Turn7 ??フェイズ
私は自分の耳を疑った。彼が、義堂さんがあんなことを言うはずがない。
だけど今の言葉が私の聞き間違いではないことは、その言葉を言われた本人である金水朝顔が証明した。
「おいおい、僕を殺す? もしかして君は何も反省していないのかな?」
そう言いながら金水は尚も人を見下すような微笑を崩さない。明確な殺意を向けられても、自分は絶対に安全でいられる。奴には、その確信があるのだ。
義堂さんの言う通りだった。金水は、完全に自分を『外』に置いている。
そのことを確信すると同時に、静かな怒りが湧く。こんな、こんな奴が私と義堂さんの関係を狂わせたのか。こんな奴の気まぐれのために、義堂さんは苦しんだのか。
だけど義堂さんは金水のそんな態度にも動じなかった。
「金水朝顔、僕は君の気持ちが少し分かるよ」
突然、義堂さんはそんなことを言った。
「自分の行動に何の責任も負わず、他人からも何の追及もされない。確かにこんなに楽なことはない。僕は身を持ってそれを実感した」
「おやおや、殺人犯に同感を得られるとはねえ。でもね、僕は殺人なんて犯さないから君とは全然違う人間だと思うよ?」
「そうだね、僕は君のような腐りきった人間じゃない」
これが、これがあの義堂さんなのだろうか、暴力を振るわれても抵抗をせずに、相手をかばうような言動を見せたあの義堂さんなのだろうか。
違う。もうあの時の彼とは違う。彼はもう『悪意』を持っている。金水に対してとてつもない『悪意』を向けている。それが今の彼の攻撃的な言動に表れている。
「わからないなあ!」
だがそんな彼に対して、金水は尚もその笑いを崩さなかった。
「僕が誰かを殺したか!? 僕が誰かを傷つけたか!? 僕が誰かを苦しめたか!? 僕はそんなことは一度もしていない! だからねえ、僕は綺麗な人間なんだ! 君のような人殺しのクズに、そんなことを言われる筋合いはないんだよ!」
「なら聞こう、君はなぜ天青さんに僕の秘密を教えたんだ?」
「さっきも言ったろ? 君たちの距離を縮めようとしたんだよ。あとはそうだね、強いて言うなら……」
金水は、その口をいっそう湾曲させる。
「天青さんと君が、勝手に破滅するのを見たかったからかな? あ、でもそれは悪い事じゃないよね? だって君は人殺しをするようなクズだし、天青さんは他人に面と向かって悪口を言うようなクズなんだから。クズは破滅して当然だよねえ?」
……やはりそうだ。これが金水の本質なのだ。
自分は安全で絶対に攻撃されない位置から一方的に他人を攻撃して、自分の安全を確保した状態で他人の破滅を見たい。そして自分は徹底的に責任を逃れられるような行動しかしない。自分は綺麗な人間でいたい。
金水は、そんな腐りきった欲望しか持っていない。
「君は、そうやって他人に責任を押しつけていたんだね?」
「はあ?」
そんな金水の言葉に対して、義堂さんは眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにする。
「君は自分の行動に一切の責任を持たない。だがそれは、自分が負うべき責任を、そして悪意を他人に背負わせていることに他なら無い。僕が天青さんを殺した悪意を『リサイクル』に押しつけようとしたようにね」
「だからさあ、わからない人だね君も。僕はそもそも責任を負うようなことはしていないんだよ」
「だけどそんなことをしていても、いつかは責任を負わないといけない時が来る。その時は絶対に来るんだ。僕が天青素子と『リサイクル』の真実を知ったように。君にはその覚悟があるのか?」
「そうだねえ、答えてあげようか」
金水は両手を広げて言い放つ。
「そんな覚悟、僕はしなくていいのさ。だって僕は何も悪いことはしていないのだから」
その言葉を聞いた義堂さんは、わずかに悲しそうな表情をしたように見えた。
「金水朝顔……! どうしてあなたはそこまで……!」
金水のあまりの態度に、私が奴に向かっていこうとした時だった。
「返崎さん!」
義堂さんが大声で私を呼び止め、思わず動きが止まってしまう。
「君はそこで動かないでいてくれ。これから全ての決着をつける」
「……どういうことですか?」
彼は私の言葉の返答を示すかのように、『リサイクル』が先ほど作り上げて、地面に散乱していたナイフの一本を手に取る。
「義堂さん!?」
「金水朝顔、僕は今確信したよ。君はこれ以上生きていてはいけない存在で、そして僕は君を許せそうにない。だからここで……」
そして義堂さんは、ナイフを金水に向ける。
「君を殺す」
その視線はまっすぐ金水を捉え、決して離そうとはしていなかった。
「義堂さん、待ってください! あなたがそんな……!」
「返崎さん、君はそこで見ていてくれ。僕が人を殺すところを、目を逸らさずに見ているんだ」
「義堂さん!」
激しく動揺する私に対し、ナイフを向けられている張本人である金水はあくまで余裕の表情だった。
「僕を殺す? ああ、やっぱり殺人犯は殺人犯で、クズはクズなんだなあ。だから君は警察に捕まるべきだよねえ。ちゃんと通報しないとねえ」
そう言いながら、奴は携帯電話を取り出す。
「警察を呼ぶなら呼べ。だが警察が来る前に、僕は君を殺す」
「おいおい、君は忘れているのかい? 僕が『幸運』に守られていることを。君がそんなナイフで僕を殺そうとしても全くの無意味なんだよねえ。あ、でも殺人未遂にはなるよね?」
「『幸運』?」
そう言えば、金水は怪我や病気にかかったことがないことを思い出した。それに教室で『リサイクル』に襲われた時も、奴は不思議な力で守られていた。それは奴が『幸運』とやらで守られているからと言うのだろうか。
「関係ないよ。その『幸運』を破る方法を僕は既に見つけている」
「……へえ。ならやってみなよ。僕を殺してみなよ! さあ!」
金水は再び両手を広げて挑発する。それに対し義堂さんはナイフを金水に向けながらゆっくりと奴に近づいていく。
「もう一度言うよ、金水朝顔。僕は既に『幸運』を破る方法を見つけている。謝るなら今のうちだ」
「そんなハッタリは無意味だとわからないかな? 僕の『幸運』は絶対だ。君が何をしようと無意味なんだよ!」
それでも義堂さんは金水へ近づいていく。その歩みはあくまで、見せつけるようにゆっくりとした動きだった。それを見た金水は少し苛立ちを見せる。
「おいおい、まさか本当に刺すつもりか? そんなこと出来る訳ないんだ。無駄なことは止めなよ!」
金水の叫びにも義堂さんは黙ったままだ。そして義堂さんと金水の距離がお互いに触れられるほどまで近づいた。
「残念だよ、君が心から自分の行動を悔やむなら僕は君を殺さなかった。だけどもう遅い」
義堂さんは金水の目を見ながら無表情で言い放つ。その顔に私は確かな恐怖を抱いた。
「だ、だから無意味だと言っているだろ? 君が僕を殺すことなんて出来っこないんだ!」
「いいや、僕は君を殺せる。さよならだ、金水朝顔」
そして義堂さんはナイフを腰の横で構え、金水の腹部に向ける。
「ま、待てよ。まさか本当に……」
金水がその顔に明確な恐怖を浮かび上がらせるのと同時に、義堂さんはナイフを突きだした。
「う、うわぁ!!!」
その場に悲鳴が響きわたる。
私はその瞬間を見ていたはずだった。それなのに、何が起こっているのかわからなかった。
ナイフが、確かに刺さっている。
――義堂さんの、腹部に。
「……え?」
私も、そして金水も驚きを隠せない。何が起こっている? 今、目の前で何が起こっている?
だが義堂さんは、自分にナイフが刺さっているというのに笑みを浮かべた。まるで、予定通りと言わんばかりに。
「なんだ、これ?」
「……」
「なぜだ、なぜ君は……」
金水は怯えた顔で叫ぶ。
「ナイフを『逆さ』に持っていたんだ!!」
ナイフを、逆さに?
私が見たときは、確かにナイフの刃先は金水に向けられていた。それが逆さになるとしたら、義堂さんが自分でナイフを逆さにするしかない。
いや、義堂さんがナイフを逆さにしただけではナイフは刺さらない。そうだ、金水はさっき、悲鳴と共に手を前に突きだした。もし、その手が逆さになったナイフを押し出したとしたら。
金水が、義堂さんをナイフで刺したということになる。
義堂さんはナイフが刺さった腹部を押さえながら、その場にうずくまる。だがその顔は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「ぐっ……ついに……やったね? 僕をナイフで刺したね?」
「な、何を言っているんだ! 君が勝手にナイフを逆さにしたんじゃないか!」
「しかし、君は僕に刃先が向いたナイフを押した。つまり君が僕を刺したんだ……これで君の『幸運』は破られた」
「え……?」
「君の親御さんは……この神社で何と願ったんだっけ?」
「あ……!」
『この子は決して他人を傷つけない子に育てます。だからこの子をお助けください』
「君の『幸運』には条件があったんだ。君が決して他人を傷つけないという条件が。だがその条件は今、破られた」
「ち、違う! 僕は何もやってない!」
「いいや、君は僕を刺したんだ。そして、君は……」
義堂さんは息を荒げながらも、確かな言葉で言う。
「今こそ、その責任を負うべきだ」
その言葉を受けた金水は、恐怖にひきつった表情で歯をガチガチと鳴らしていた。
「い、いやだ。僕が何をしたって言うんだ。僕は何もしていない! そうだ、誰か僕を守ってくれ! 綺麗な僕を……」
金水は震える足で後ろに下がりながら、懇願するような声を上げる。だがその直後、何かにつまづいて転倒した。
「あっ!?」
そして私は見た、金水が倒れていくその地面に……
『不幸にも』、『リサイクル』のナイフが刃先を上にした状態でめり込んでいたのを。
「が、あ……」
ナイフはものの見事に金水の胸を貫いた。口から血が吐き出され、両目から涙があふれ出ていく。
「そ、んな……僕が、何を……」
金水は最期まで自分の行動の責任を認めようとはしなかったが、もう奴は動かない。
こうして、他人に全ての責任も悪意も背負わせ、私たちを苦しめた元凶である怪物はあっけなく命を落とした。
「義堂さん!」
私はうずくまる義堂さんに駆け寄る。彼も重傷のはずだ。腹部から血が流れている。
だが彼は、無理に浮かべたような笑いをその顔に貼り付け、金水の死体に向かって言い放った。
「ざまあみろ」
――フェイズ終了――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます