Turn7 行峰フェイズ


「あ、あああああ……」


 全てを思いだした僕は、思わずその場に蹲る。そうだ、僕は……


 天青素子を、殺したんだ。


 思えばずっと疑問だった。『親友』は、天青さんは『リサイクル』に取り込まれる時になぜ僕に助けを求めていなかったのか。今思えば当然だ。彼女は既に死んでいたのだから。

 返崎さんは蹲る僕に合わせるようにしゃがみ込み、僕に言葉をかけるでもなくじっと見つめてくる。その顔は気まずそうに目を細め、何と言っていいかわからない様子だった。

 

 彼女の手首にある『リサイクルマーク』。


 あれは、『リサイクル』が自分の身体の中で再構成した武器に描かれていたマークだ。先ほど、『リサイクル』が僕らに向かって投げていたナイフにも同じマークが描かれている。『リサイクル』が何か物質を取り込んで、再構成した物には全て、あのマークが描かれていたんだ。

 そして、返崎さんにも同じマークが痣のように浮かんでいる。つまり、彼女は『リサイクル』に再構成された人間。『リサイクル』に取り込まれたことのある人間。

 そして僕は、『リサイクル』に取り込まれた人間を一人だけ知っている。


「君は、返崎さんは……『天青素子』なのか……?」


 それが僕がたどり着いた結論。そう考えれば全て辻褄が合う。返崎さんが『リサイクル』を知っていたことも、僕の前で死のうとしていたことも。

 返崎鈴音は、天青素子の『再利用リサイクル』だったのだ。


「義堂さん……」


 返崎さんは僕の名前を呼ぶ。その顔を見ても、天青素子の面影は感じられないし、性格も全然違う。とても同一人物とは思えない。だけど、僕は名前を呼ばれてあることに気がついた。


「やっぱり君の中で、僕はまだ『斉藤義堂』なんだね」

「……!」


 そう、彼女は初めて僕と会った時から、僕のことを『義堂さん』と呼んでいた。それはおそらく、彼女の中ではやはり、『斉藤義堂』という名前が僕の名前だから。だからどうしても、『行峰義堂』という名前で僕を呼びたくはなかったのだろう。


「全てを、思い出してしまわれたのですね……」

「……ああ」


 返崎さんは全てを覚えていたのだろう。僕が天青素子を、かつての自分を殺したことを。そして自分が『リサイクル』によって『再利用リサイクル』された存在であることを。やはり僕は彼女の人生を狂わせていたのだ。取り返しのつかないほどに。


「義堂さん、あなたは何も悪くないのです」


 彼女は突然そんなことを言い出した。


「私が、私が全て悪いのです。私があなたの気持ちをまるで考えずに、自分のしたいようにしてしまったから……だからあんなことになってしまったのです。それが私の罪。私があなたに償いをしなければならない理由」


 そうか……返崎さんはそのことをずっと後悔していたのか。だから僕に罪悪感を抱いていたんだ。


「ですから、私はあなたのためにこの命を使わなければならないのです。それが、あなたが蘇らせてくださった私の存在理由なのです」


 返崎さんは必死に僕に訴えかける。いや、その言葉はもはや懇願とも言えるものだった。

 だけど僕は、それを受け入れるわけにはいかなかった。


「違う!」

「え……?」

「違うんだ。僕は、僕は君が命を懸けるほどの人間じゃないんだ」


 そして僕は、彼女に全てを打ち明ける。


「あの時、僕が願っていたのは君の無事じゃなかった。僕の保身だった。どうすれば僕が君を殺したことにならなくて済むのか。それしか考えていなかったんだ」

「義堂さん……」

「僕は願ったんだ。僕以外で天青素子を殺してくれる存在を。そして、僕が天青素子を殺したことを無かったことにしてくれる存在を。君のことなんて考えていなかった」

「……」


「僕は、天青素子が嫌いだったんだ」


 今こそ僕は、それを認める。

 そう、僕は彼女が嫌いだった。僕の都合も考えずに自分に付き合うように強要してくる彼女が。だから、僕は彼女を殺してしまったんだ。

 そして同時に悟る。「人を嫌わない」という僕の信念。これは僕が天青素子を嫌っていたということを隠すための方便に過ぎなかったんだ。僕は他人に悪意を向けたくなかった。悪意を向ける醜い自分を見たくなかった。悪意を向けた結果、人を殺してしまった自分を隠したかった。だから人を嫌うことが出来なかったんだ。


「僕は……最低最悪の卑怯者だ」


 何が『親友の行方を探している』だ。そんな言葉で自分を飾って、僕は悲劇の主人公になっていると思いこんでいたんだ。


「義堂さん、あなたがご自分を許せなくても、私はあなたを許します」

「……」


 それでも返崎さんは僕に優しい言葉をかけてくる。その言葉で本当に救われそうになる。だけどダメだ。ダメなんだ。


「返崎さん、それは君の言葉じゃない」

「え?」

「僕は、きっと僕は君を変えてしまったんだ。僕に都合のいい存在に変えてしまったんだ」


 彼女は『リサイクル』に取り込まれた。そして僕の前で死にたいという願望を抱いた。そう、その願望はあの時の僕の願いと同じだ。


 僕以外の誰かが、天青素子を殺してしまったことになってほしいという願いと同じだ。


 そして僕は『リサイクル』を見る。アイツは未だに苦しんでいる。苦しみながらも、尚もナイフを手にとって返崎さんを攻撃しようとしている。

 僕は立ち上がり、『リサイクル』に近づく。


「もういい、もういいんだ」

『ケテ、ケテ……ケテ……』


 僕はもう悟っていた。『リサイクル』の正体が何なのか。


「君は、君はずっと、僕の代わりに天青素子を、返崎さんを殺そうとしてくれていた。君も、返崎さんも、僕の願望を叶えるために動いていたんだね」


 『リサイクル』はずっと返崎さんを狙っていた。返崎さんも『リサイクル』に殺されようとしていた。それらは全て僕のためだったんだ。僕の目の前で『リサイクル』が天青素子だった返崎さんを殺すことで、『行峰義堂』が、『天青素子』を殺したことを僕の中から永遠に葬り去るつもりだったんだ。

 ならば『リサイクル』の正体も想像がつく。『彼』は僕の代わりに天青素子を攻撃してくれる『ヒーロー』であり、僕の『親友』を連れ去った敵としての役を演じてくれる『怪人』。


 『リサイクル』は、僕が天青素子を嫌いだという、『悪意』そのものだったんだ。


 僕は自分がやりたくないことを全て『リサイクル』に押しつけた。天青素子を嫌うこと。天青素子を殺したこと。天青素子を攻撃すること。臆病で卑怯者の僕に代わって、やりたくないことをやってくれる存在だったのだ。

 

『ケテ、ケテ、ケテ……』


 だって、その証拠に『リサイクル』は……


『  ケテ   ケテ』


 初めて姿を現した時から……



『タス、ケテ』



 その覆面の下で、ずっと悲鳴を上げていたのだから。

 そしてそれを知った瞬間、『リサイクル』の覆面がポロポロと崩れ落ちる。

 

「うっ……」 


 そこには、空洞となった両目から血の涙を流す、傷だらけの僕の顔があった。


「本当に、ごめんなさい。そんなになるまで君に全てを押しつけていたんだね」


 『リサイクル』の素顔は思わず目を反らしたくなるほどにひどい物だった。だけど僕はもう目を逸らさない。僕は、自分の醜さから目を逸らさない。


 だから、今こそ受け入れよう。


 僕は苦しむ『リサイクル』をそっと抱きしめる。


「今まで本当にごめんなさい。今からは、僕がちゃんと自分の行動に責任を持つから」


 それを彼に告げた時、『リサイクル』の身体が覆面と同じようにポロポロと崩れ落ち始める。いや違う。これは、戻っていっているんだ。

 そして『リサイクル』の姿が完全に崩れ落ちたと同時に、僕は自覚する。


 これで、ついに本当の僕が戻ってきたのだと。


 お帰り、僕の『悪意リサイクル』。君がいるべき場所は、ここだ。


「義堂さん……」


 パチ、パチ、パチ

 

 その時、境内に手を叩く音が響いてきた。


「いやあ、めでたいねえ。殺人犯が自分の罪を認めて悔いる。なんとも感動的な瞬間じゃないか」


 見ると、金水くんが階段の下から姿を現した。彼は例によって、あの人を見下すような湾曲した笑みを浮かべている。


「しかしねえ、悔いるだけじゃダメだよね。ちゃんと警察に自首しないと。あ、なんなら僕が警察に通報してあげようか? こうして証拠もあるし」


 そう言いながら、彼は一枚の写真を取り出す。それは先ほど見た、僕と血を流す天青さんが映っている写真と同じ物だった。


「あなたは……! あなたは全てを見ていたんですか!?」

「いやあ、あの日『たまたま』この神社を訪れてね。そうしたらそこの行峰くんが天青さんを殺したじゃないか! いやあ、驚いたね。すぐに通報してもよかったんだけど、死体があの大男に消されてしまったから出来なくてねえ。でも、行峰くんが殺人を自覚した今なら通報できるよね? あれ、まさか自首しないなんて言わないよね? 自分がどれだけ罪深い存在かわかっているんだからさあ」

「義堂さんは悪くありません! あなたが天青素子にあんなことを言うから……!」

「おいおい、僕は君に行峰くんの秘密を教えただけだよ? それで君たちがどう行動するかは君たちの勝手だよねえ?」


「……君が、全てを仕組んだのか?」


 僕は静かに、金水くんに質問する。


「仕組んだなんて人聞きが悪いなあ。僕は天青さんに君の秘密を教えただけだよ。あ、あとこの神社で話し合いをすればいいんじゃないかなとは言ったかな?」

「そんなことを言えば、天青さんがどういう気持ちになるか考えなかったのか?」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」


 そして金水くんは言った。


「何で僕がそんなことを考えないといけないんだい?」


「……」

「そもそも、君が隠し事をしていたのが悪いんだろ? 一方で僕は親切にも君たちの距離を縮めようとしていたんだ。そう、僕が何をしたって言うんだい? 天青さんが君に詰め寄って、君が天青さんを殺した。これが全てだろ?」


 その態度に、返崎さんが激高する。


「……あなたには、罪悪感が無いのですか!?」

「罪悪感? 僕がそんなものを感じる必要は無いだろ? だって僕は何も悪くないのだから」

「あなたは……!」

「無駄だよ、返崎さん」

「え?」


「彼は、自分を完全に『外』に置いている」


 そう、僕は金水くんという人間を理解した。天青さんを殺した責任から逃れようとした僕と同じ行動をしているこの男を理解した。


 金水朝顔にとって、この世に起こる全ての出来事は『対岸の火事』なのだ。


 彼はその『幸運』によって、あらゆる厄災から逃れてきた。だから人の痛みがわからない。いや、想像しようとしない。何が起こっても自分は無事でいられる。どんなに人が傷ついても自分は傷つかないでいられる。そんな環境で育ってきた彼は人を傷つけることに躊躇いがない。いや、人を傷つけているという自覚がない。

 彼が言う『普通』とやらも、自分が他人を一方的に攻撃するための大義名分に過ぎない。彼はただ、自分が綺麗なまま他人を攻撃したいという欲望しか持っていない。

 そして彼は全ての責任から逃れようとしている。自分はただ、きっかけを作ったに過ぎないと。結果には責任を持たないと。

 僕はその意見を否定しようとは思わない。確かに彼はきっかけを作ったに過ぎないのかもしれないのだから。


「金水くん、確かに君は悪くないかもしれない」

「おや、わかっているじゃないか。そうそう、全ては君がいけないんだよねえ」

「だけど、僕は君に言うことがある」


 そう、僕はどうしても彼に言いたいことがある。


「金水朝顔、僕は君のことが……」


 そして僕は、精一杯の『悪意』を込めて、言った。



「殺したいほど、嫌いだ」



 その発言をした僕は、おそらく目を逸らしたくなるほど醜い顔をしているのだろうと思った。



――フェイズ終了――

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