Turn5 天青フェイズ


「ここか……」


 私は昨日決心した通り、町外れにある神社の前に来ていた。長い階段の上が、神社の境内となっているようだ。


「斉藤くん……」


 階段を上りながら、思わずその名前を呟く。どうしてだろう。どうして彼はあんなことをしたのだろう。

 彼と出会ってから、私は初めて本当の友達が出来たのだと感じていた。私のことを認めてくれて、私のことを受け入れてくれる本当の友達が。

 でも、彼はそうでは無かったのだろうか? 彼にとっての私の存在なんて、友達に値しない数多くの人間の一人にしか過ぎなかったのだろうか。

 

 そんなことは無い。彼だって私のことを友達だと思ってくれているはずだ。


 頭を振って自分の考えを改めると、私は階段を登り切り、神社の本殿の前に立つ。彼はまだ来ていないようだった。


 深呼吸をして、彼が来るのを待つ。大丈夫だ、きっと彼はまた私のことを受け入れてくれる。


 そして……


「ああ、お待たせ天青さん」


 階段を上ってきた斉藤くんが姿を現した。その手には途中で買ったのであろう缶コーヒーを持っている。


「待っていたよ、斉藤くん」

「ごめんごめん、いつもはもっと遅い時間にここにお参りにくるから……」

「うん、いいよ。私が呼び出したんだし」

「本当にごめん。それで、話って何だい?」


 私は昨日のうちに、斉藤くんに話があるからという理由でここに来るように連絡していた。彼も毎週ここに来るというから、快く承諾してくれた。


 ……本当に彼は私のお願いをよく聞いてくれる。なのに、こんなに優しい彼がどうして。


「あのね、斉藤くん。私のこと、どう思ってる?」

「え?」

「答えてよ」

「あ、改めて聞かれると恥ずかしいな……ちょっと待ってね」


 彼は困ったように頭を掻いて、私への答えを考える。そう、決して彼は私を傷つけないように言葉を選んでくれる。たとえ内心でどう思っていたとしても。


「……そうだね、天青さんのことは、大切な友達だと……思ってます」

「……」


 その言葉に、思わず涙しそうになる。

 彼の口からその言葉が聞けた。ならそれでいいじゃないか。彼がそう言ったのであればもういいじゃないか。私の心の一部分がそう訴えかける。

 だけど私の不安はそれでは抑えられなかった。どうしても彼に問いただした上で、もう一度その言葉を聞きたかった。

 だから私は、話を切りだした。


「斉藤くん、私もね、君のことは本当に大切な友達だと思っていたんだ」

「うん……ありがとう」


 笑顔で返してくれる斉藤くんを見ながら、話を続ける。


「でもね、それだけじゃない。私は本当に君に感謝しているんだ」

「え?」

「君が私を受け入れてくれたこと、君が私を否定しなかったこと、それが本当に嬉しかった」


 これは本心だ。私は本当に嬉しかったのだ。


「それでね、私は君と何回も遊んで会話していくうちに、君を本当にかけがえのない存在だと思ったんだ」

「……」

「今こそ言うよ、私は……」


 一呼吸置いた後、意を決して言う。


「あなたのことが、好きです」


 これが私の気持ちだった。私は既に彼のことを、恋愛対象だと思っていたのだ。


「天青さん……」


 私の告白を受けた斉藤くんは、うまく言葉が出てこない様子で目を泳がせる。


「だから、あなたのお返事を聞きたいです」


 これではっきりする、彼にとって私はどういう存在なのか。告白を受けてくれるのであればそれ以上の喜びは無い。そして断られたとしても、彼は私と真摯に向き合ってくれているということになり、それでも納得はできる。


 問題は、『それ以外』の反応をされた場合だ。


「あ、えっと……」


 彼は未だに戸惑っていた。そして承諾も拒否もしてこない。そう、これは私がもっとも見たくない反応だった。


「どうしたの?」

「あ、天青さん……」

「私の告白に応えられないの?」

「あ、いや……」


「やっぱり君は、私を信用してはいないの?」


「……」


 見たくなかった。こんな彼の姿は見たくなかった。

 彼は探している。『どうすればこの状況を無難に切り抜けられるか』を。私の告白をすぐに断らずに、無難に終わらす方法を探している。

 つまり彼にとって、私はそういう女なのだ。一つ間違えた反応をすれば、彼にとって面倒な存在になってしまうのだ。


 つまり彼は、私のことを心から信用していたわけではなかったのだ。


 それを確信した瞬間、急速に心が冷たくなった気がした。

 彼が私に優しくしていたのは、私に刃向かう勇気が無かったからだ。私を否定しなかったのは、私に勝てる自信が無かったからだ。

 そしてそれを証明する決定的な証拠を、私は持ってしまっている。


「あのね斉藤くん。実はさ、あることを聞いたんだ」

「……あること?」

「そう、すごい不思議なことなんだけどね」


 そして私は、あの時の金水の言葉を思い出し、それをそのまま言う。



「『あの学校に、斉藤という名前の生徒は存在しないそうだよ』」



「あ、ああ……!」


 彼が私に怯えるかのように後ずさる。その反応は、隠していた秘密がバレてしまったという反応そのものだった。


「ねえ、どういうこと? 君はあの学校の生徒なんだよね?」

「そ、それは……」

「まさか他の学校に不法侵入していたの? 違うよね? 君は間違いなくあの学校の生徒だよね?」


 後ずさる彼を逃がすまいと、私は詰め寄る。そしてその腕を強く握った。


「痛っ……」

「ねえ、どういうことなの? 答えてよ」

「あの、違うんだ」

「何が違うの? あとさ、もう一つわかったことがあるんだ」


 私は彼の腕を強く握りながら、言葉を続ける。


「君の学校に問い合わせたんだ、本当に斉藤っていう生徒はいないのかどうか。そうしたら確かに斉藤って名前の生徒はいなかった」

「……」


 彼は俯いて私を見ようとしない。いつの間にか小雨が降り始めて、私の顔に水が落ちた。


「でもね、もう一度確かめてもらったら『斉藤』って名前の生徒はいなかったけど、代わりにある名前の生徒がいることがわかったんだ」

「あ、あ……」



「ねえ、どういうことか教えてよ。『行峰義堂』くん」



 そう、これが彼が私に隠していた秘密。

 彼が名乗り、私の携帯電話の連絡先として登録されている『斉藤義堂』という名前は全くの嘘っぱち。彼の本当の名前は『行峰義堂』だったのだ。


 彼にとって、私は本名を教えるに値しない存在だったのだ。


 本当にショックだった。そして今まで私が見ていた、『斉藤義堂』という存在はただの幻影なのではないのかと思った。

 でも私はそれでも彼を信じたかった。だけど、彼は私を信じてはいなかった。

 だから私は、彼に怒鳴り声を上げた。


「どうして!? どうして私に本当の名前を教えてくれなかったんだ!」

「ま、待ってよ、その……」

「そんなに私が信用できなかったの!? 私が見ていた君の姿は全部嘘だったの!?」

「……」


 あくまで言葉を濁す彼を見て、私はついに感情が爆発した。


「ふざけるな!!」


 そして爆発した感情に従うように、彼の頬を平手で叩いた。


「……!」

「なんだよ……私一人で舞い上がって……すごい、バカみたいじゃないか……」


 ……本当に、本当に私が見ていた彼は本当の彼では無かったんだ。こんなことが……


「……るさい」

「え?」


 その時、彼が言葉を発した。


「うるさい、うるさいんだよ!」

「さ、斉藤くん?」

「ああそうだよ! 僕は『行峰義堂』だよ!! もう僕はその名前なんだ!! 君にはその名前を教えたくは無かったけどね!!」


 初めて見る、彼の怒り。驚いた私は思わず腕を放してしまう。彼の顔は私を攻撃する『悪意』に満ちており、その姿は思わず目を背けたくなってしまうほど、見たくない姿だった。


「大体君はなんだよ! 勝手なことばかり言って! 自分のやりたいことばかりやって!! 僕はそれに合わせてやっていたのにもううんざりだ!」

「そ、そんな……」


 彼の口から私を罵倒する言葉が出てくる。いやだ、聞きたくない。こんなものは聞きたくない。


「もう終わりだね、君は僕を『斉藤義堂』と認識してくれたから付き合ってあげたけどもういい。さよならだ」


 そう言って彼は階段を降りようとする。


「ま、待って!」


 しかし私は彼の腕を再び掴む。


「待ってくれ! 悪かった、私には君しかいないんだ! 私は君を……」

「うるさい!」

「あっ……」


 そして、その時私の身体は宙を舞った。彼に突き飛ばされたと気づいた直後には。


「がっ……」


 私は頭を、階段の角に強打していた。


「……え?」


 彼が私のことを驚いた顔で見ている。起きあがろうとするが、力が入らない上に視界がぼやけていく。


 そして、私の頭から暖かいものが流れ出ていくのを感じた。


 ……ああ、なんでこんなことになったんだろう。なんでこんなことをしてしまったんだろう。

 後悔しかない。いいじゃないか。彼の名前がどうであろうと、私が彼を大切に思っていると信じていればよかったじゃないか。

 だけどもう、取り返しはつかない。だけど願いが叶うのであれば、彼に謝りたい、償いをしたい。


 そう考えていた私は、はっきりと見た。彼の身体から何かのマークが出てくるのを。


 

 だがそれが、『天青素子』が見た最期の光景となった。



――フェイズ終了――

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