Turn4 天青フェイズ
「おーい、天青さん。無視するなんてひどい人だなあ」
「なら返事してやる。私に話しかけるな」
私は相変わらず他人を見下すような笑みを浮かべている金水に、激しい嫌悪感を覚えた。こんなやつとは一秒だって話していたくはない。
「おいおい、そんなことを言うなよ。僕が何をしたって言うんだい?」
……出た。
金水の口癖、『僕が何をしたって言うんだい?』。私はいとも簡単にこの言葉を吐くこの男が心底嫌いだ。
この発言は、金水という人間を象徴する発言だ。あくまで自分は何も悪いことをしていない。だから善人だ。そう言わんばかりの発言だ。
この男によって、何人もの生徒がいじめに遭っているのに。
金水はこの学校におけるいじめを煽動している。それもあくまで自分が首謀者ではないと悟られないよう巧妙に。
例えば学校の中でも身体が大きかったり、スポーツが得意だったりする生徒には積極的に近づき、いつの間にか友人になっている。一方で孤立している生徒に目を付け、その生徒のことを徹底的に調べ上げる。
そしてソイツに何らかの悪事をするように働きかける。その生徒の行動経路に例えば自分の財布をわざと落とし、ソイツに拾わせ、盗んだのではないかと騒ぎ立てる。その後、前述の『お友達』がその生徒を勝手に責め立てればいじめの始まりだ。
金水の手口の巧妙なところは、ヤツ自身は何も悪事に手を染めていないということ、そして決して自分からはいじめを示唆する発言をしないことだ。
金水はあくまで財布を落としただけ。『お友達』は金水のためという正義感で勝手にいじめを始めるだけ。そしていじめられている相手は財布を拾ったという事実を否定できないため、罪悪感に縛られたままいじめを受けざるを得ない。
コイツは他人の弱みを握ったり、他人を意のままに動かすということに関しては天才なのだ。それでいて決して自分は弱みを見せない。それだけではない、この男は不思議とあらゆる災難に遭わない。体育で怪我をすることもなければ、病欠したこともないらしい。
そして、今に至るまでいじめを金水が仕組んだという事は私以外にバレていない。
それならなぜ私がコイツの行いを知っているのか? それは金水自身がほのめかしてきたからだ。
ある時、コイツが私に声をかけてきた。
「天青さん、君はちょっと乱暴だねえ。僕はそういう人があまり好きじゃないんだよ」
突然かけられたその声に不快感を抱きながらも、突き放そうとした。
「だから何? アンタが私をどう思おうが知ったことじゃない」
「いやあ、本当に乱暴な人だね。そうやって木原さんにひどいことを言ったのかい?」
何故か金水の口から木原の名前が出た。そのことに疑問を抱いていると、金水は話を進める。
「僕は親切心で木原さんに教えてあげたんだ。飯塚さんが木原さんをよく思ってないかもしれないって」
「……!」
その言葉で、以前木原と揉めたことを思い出す。
思えばあの時は、木原が同じグループの女子の悪口で盛り上がっていた。もしそのきっかけが、その飯塚という女子が木原を嫌っていることを知ってしまったことだとしたら。そしてあの時私と揉めていなかったらどうなっていたか。
決まっている。木原は飯塚をいじめのターゲットにする。
そしてそのきっかけを作ったのが、金水だというのだろうか。
「ああでもね、僕はただ木原さんにそれを伝えただけだよ。僕の言葉を受けて、木原さんがどういう行動を取るかは僕には関係ないよね?」
コイツは何を言っている? 木原の性格を考えればその後どうなるかなんて明白なのに。
「それにさ、飯塚さんってさ、こう言ってはなんだけど『普通』じゃないよね? ちょっと育ちが悪そうだし、机も汚いしさ。しかもこの間同じクラスの人を叩いたって騒ぎになったよね?」
「……だとしても、いじめを受ける理由にはならない」
「うんうんわかる、わかるよ。でもね、どんな理由があっても人を叩くのはいけないよねえ。そう言う人はさ、嫌われるべくして嫌われるんだよねえ。あ、僕は別に彼女を嫌ってはないよ」
次々と放たれる金水の言葉に、怒りのような感情が沸き上がってくる。つまりコイツはこう言いたいのだ。
『普通』じゃない人間は、弾かれて当然。
しかもコイツはあくまで自分はいじめに荷担していない体で話している。自分は綺麗で、善人で、『普通』の人間である前提で話している。木原を操って飯塚をいじめさせようとした癖に。
「じゃあ、アンタは嫌われないって自信があるの?」
「そりゃそうさ。僕は『普通』の人間だからね。それに僕は暴力を振るったりもしない、他人を傷つけることもしないし、犯罪にも手を染めない。だから僕が嫌われたり、虐げられるはずはないよね?」
「……木原を使って飯塚をいじめさせようとしたのに?」
「おいおい、言いがかりはよしてくれよ。僕は木原さんに飯塚さんのことを話しただけだ。それ以外に僕が何をしたって言うんだい?」
その時わかった、金水という男の人間性が。コイツは徹底的に自分は綺麗でいたいんだ。
自分を『普通』と位置づけ、それを最も尊重される立場だと信じ込み、『普通』ではない者は徹底的に糾弾していいのだと決めつけている。それでいて自分では手を下さず他人に手を下させることで、自分の『普通』を保っているつもりなのだ。
ゴキブリの脂のようなギトギトの光に覆われていることで、自分を綺麗だと思いこんでいる真性のクズだ。
そして私は、金水の悪事を次々と聞かされることになる。ある時は女子を不登校に追い込んだり、男子を変態扱いさせるように仕組んだりしたことを、あくまで自分はそれに荷担していない体で話してきた。
なぜコイツは私にそんなことを話すのか。それはきっと私に知られても問題ないと考えているからだろう。
私は学校内で浮いた存在だ。そんな私が証拠も無いのにいきなり金水を悪人だと言い出しても誰も聞く耳持たないだろう。いや、下手したら私がいじめのターゲットになるかもしれない。ヤツはそれを狙っているのかもしれない。
返崎先生に相談することも考えた。だけど私は怖かった。もし先生が私より金水のことを信用してしまったら? それが怖かったのだ。
だから私は今日まで、金水の所業を誰にも言わずにいる。
そして今、その金水が目の前にいる。正直言って関わりたくはない。
「ねえ天青さん、今日はね、君に是非とも耳寄りな情報を伝えたいと思って声をかけたんだよ」
「……」
コイツの情報が何か知らないが、おそらくロクなものじゃない。無視をするのが得策だ。
「最近君が仲良くしている……斉藤くんっていったっけ?」
「!!?」
その言葉に思わず振り向いてしまった。だけどこれは無理だ。こいつの口から斉藤くんの名前が出てくることに驚かないのは無理だ。
「な、んで、彼を……」
「いや、なにね。あの学校には友達がいてね。君と彼が仲良くしてるって話を耳にしたんだよ」
まさかコイツは……斉藤くんに手を出すつもりなのか。
「お前、彼に何かしたら……!」
「待って、待ってよ。僕は何もしないさ。それにね、さっきも言ったように耳寄りな情報があるんだよ。彼について」
「なに!?」
まずい、既に金水は斉藤くんのことを調べている。いやだ、彼を失うなんていやだ。なんとしても彼を守らないと。
「実はさあ、その斉藤くんなんだけど……」
いやだいやだいやだ。
「 」
……は?
今、コイツは何て言った?
「言っておくけど、嘘はついていないよ。今言ったことは紛れもない真実だ」
「そんなわけない……彼は確かに」
「嘘だと思うなら彼の学校に問い合わせてみたらどうかなあ? それではっきりするでしょ?」
「お前、何を企んでいるんだ!」
「何も企んでなんていないさ。しかしねえ、彼もひどい人だねえ。僕だったら彼に直接問いただすかなあ」
「え……?」
「そうそう、そういえば彼はいつも土曜日は町外れの神社にお参りに行くそうだよ。よかったらそこで聞いてみるといいんじゃないかなあ」
「……」
「それじゃ、僕はこれで」
金水が去っていく一方で、私の頭の中はまだ整理がついていなかった。
嘘だ、アイツが言った事なんて全くのうそっぱちだ。
だけど私はそれを確信できなかった。なぜなら、彼の言動に金水の言葉を裏付けるかもしれないものがあったからだ。
彼を疑うわけじゃない。金水の言葉が嘘だと証明するためだ。
そう自分に言い聞かせて、私は彼の学校にあることを問い合わせた。その結果……
「……そんな、ことって」
金水の言葉が真実だと立証されてしまった。
……その後のことはよく覚えていない。
いつのまにか自分の部屋にいて、放心状態で椅子に座っていた。
どうしてだ。どうして彼はあんなことを。
彼は私にとってなくてはならない存在だ。間違いなくそう言える。でも彼にとっての私は? あんなことをしてもいいような存在?
そんな、そんな、そんな。
どうしても納得いかなかった私は……
「……斉藤くん」
明日の土曜日、彼と会うことにした。町の外れにある、神社とやらで。
――フェイズ終了――
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