Turn4 行峰フェイズ


『ケテ、ケテ、ケテ……』


 教室に現れた『リサイクル』は返崎さんをじっと見ている。覆面を被っているその顔からは何を考えているか全くわからない。


「か、返崎さん!」


 僕はとっさに返崎さんの腕を掴んでこちらに引き寄せる。その間に『リサイクル』は教室にあったいくつかの机を身体の中に取り込んでいた。


『ザ、ザザザ……』


 そしてまたしてもヤツの身体が波打ったかと思うと、その中から大きな斧が姿を現した。今までの武器と同様、斧の金属部分にはリサイクルマークが描かれている。


「義堂さん、この手を離してください」

「そんなこと出来るわけないだろ!」


 この期に及んでも僕の前で死のうとする返崎さんに少し苛立つが、今はそんな場合じゃない。とにかくどこか人のいる場所まで逃げないと。そう考えた僕が返崎さんの手を掴んだまま立ち上がった時だった。


「……あれ?」

『ザ、ザザザザザ……ケ、ケテケテケテ……』


 『リサイクル』は何故か斧を手に持ったまま動かない。いや、それどころか身体を小刻みに震えさせて、どこか苦しそうに呻いている。

 なんだ? 何が起こっているんだ? 


「義堂さん、あの、腕が痛いのですが……」


 返崎さんが僕に痛みを訴えてくる。どうやら強く掴みすぎていたらしい。


「あ、ああ、ごめん」


 僕が返崎さんの腕を離した時だった。


『――――!』

「えっ!?」


 『リサイクル』は再び動き出し、斧を両手で握り大きく振りかぶる。斧は柄が長く、この距離でアレを振られたらひとたまりもない。


「ま、まずい!」


 僕は反射的に再び返崎さんの腕を掴んで逃げだそうとした。だが……


『――アアアアアアアアア!!』


 その時、『リサイクル』は大きく苦しみだし、持っていた斧を床に落とす。


「……?」


 どういうことだ? 何でコイツはここまで苦しんでいるんだ? 

 何かコイツが苦しむ要素があるのか? 僕がコイツにダメージを与えているのか?

 そこまで考えて、僕はあることに気づく。


「……あれ?」

「……」


 僕が握っている返崎さんの腕。正確には僕は彼女の左腕の手首の部分を掴んでいる。 

 そしてそこには、白いリストバンドが着けられていた。


「義堂さん、痛いです……」

「……」

「義堂さん?」


 ……たぶん、彼女の手首にはあまり触れてはいけないものが残っているのだろう。だからリストバンドが着けられている。彼女が痛がっているのはそのせいだ。

 だけどもし、もし僕の推測が当たっていたとしたら、僕は彼女の秘密を暴かざるを得ないかもしれない。


 僕は罪悪感を抱きながらも、返崎さんの手首を強く握った。


「……ッ!」

『ガアアアアアアアアッ!!』


 痛みをこらえるように返崎さんが顔をしかめるのと、『リサイクル』が今までにないほどの叫び声を上げるのはほぼ同時だった。『リサイクル』は背中を大きく反らし、ビクビクと身体を震わせている。

 

 間違いない。理由はわからないが、返崎さんの手首は『リサイクル』の弱点となっている。


 ……そしておそらくは、このリストバンドの下に、その理由も眠っているはずだ。


「返崎さん」

「ダメです」

「……この状況でそんなことを」

「ダメなのです。あなたにこの下にあるものを見せるわけにはいきません」


 やはり返崎さんはこのリストバンドを外したくはないようだ。

 当然だろう。そもそも見せられないものがあるからリストバンドを着けているのだ。そしておそらくは僕にも見せたくはないのだろう。

 だけど、僕は見なくてはならない。そして理由を知らなくてはならない。なぜ『リサイクル』は返崎さんを襲うのか。その理由を。

 

 それが、『リサイクル』の正体に繋がるはず。なぜだかわからないが、僕にはその確信があった。


「悪いけど、僕は知らないといけないんだ!」


 そして僕は無理矢理彼女のリストバンドを外そうとする。


「や、やめてください!」


 返崎さんはリストバンドを外そうとする僕の手を掴み、激しく抵抗する。


「……!?」


 だが、その時僕の頭にある光景が浮かんだ。

 あのとき、あの神社で僕の親友が僕に激しく詰め寄ってくる光景。

 なんだこれは? 僕はこんなものは知らない。あのとき『あいつ』と喧嘩なんてしていなかったはずだ。


 喧嘩なんてしていなかった? 本当に?


 そうだ。僕は親友が『リサイクル』に連れ去られていく直前のことをほとんど覚えていない。まさかこの光景は、その時の記憶――? だとしても、なんでこのタイミングでそれを思い出したんだ?


 しかし僕がそれを考えている隙に、返崎さんは僕の手を引きはがした。


「あっ!」


 しまった。彼女の手を離してしまった。そうなると当然……


『ケテ、ケテ、ケテ……』


 『リサイクル』は再び動き出し、さらに返崎さんはヤツの前に身を差し出している。ダメだ、このままじゃ彼女が殺されてしまう!

 だが、その時だった。


「なるほどね、随分と面白いことになったねえ」


 教室の扉が開き、金水くんが姿を現したのは。


「か、金水くん!?」


 なんでここで彼が現れたんだ? いや、そんなことはどうでもいい。このままでは彼も危ない。


 ……いや待て。


『……ア、ア』


 『リサイクル』は金水くんをじっと見ている。そう、まだ『リサイクル』は消えずにその場に留まっている。どういうことだ? コイツは僕と返崎さんが二人きりになった時に現れるんじゃなかったのか?


『ガ、アアアアアアアッ!!』


 そして『リサイクル』は返崎さんに目もくれず、教室の入り口にいる金水くんに一直線に襲いかかっていった。


「金水くん!」


 僕が叫ぶが、金水くんは平然として、全く動かない。


『………アアアアアア!!』


 『リサイクル』の腕が金水くんに迫っていた。だが、その腕が彼に触れることはなかった。


『……!!』


 なぜなら彼に触れる寸前、『リサイクル』は見えない壁に弾き飛ばされるかのように吹き飛び、教室の壁に叩きつけられたからだ。


「え……?」


 あまりに非現実的な光景に唖然とする。しかし当の金水くんは全く動揺していない。まるでそれが当然と言わんばかりに。


「おいおい、君が僕に敵うはずがないだろ?」


 金水くんはそれまで見たことも無かった相手を侮蔑するような笑みを浮かべて『リサイクル』に言い放つ。そして『リサイクル』の方は床に倒れたまま、金水くんを見ていたが……


『……ケテ』


 やがてその姿が透けていき、完全に姿を消した。


「……金水くん、大丈夫?」


 僕はとりあえず金水くんに声をかける。


「ああ大丈夫だよ。僕が怪我を負うはずがないからね。ましてやあいつ相手に」

「え?」


 ちょっと待て。彼はなんて言った? 『あいつ相手に』?


 まさか彼も、『リサイクル』を知っているのか?


「金水くん……」


「相変わらずですね、あなたは」


 僕が質問する前に、返崎さんが金水くんに詰め寄っていた。


「やあ、無事だったかい?」

「……」

「いやあ、無事だったようだね。なによりなにより。やっぱり世の中は平和でないと……」

「……!」


 その時、僕は目を疑った。


 返崎さんが金水くんを殴ろうとしていたからだ。


「返崎さん!」

「離してください! この人は、この人だけは……」


 僕はあわてて返崎さんを止めるが、彼女は金水くんを尚も睨みつけている。


「あなたなんて、死んでしまえばいいんです!」


「なっ!?」


 返崎さんの金水くんに対する敵意。いつもの彼女では考えられない姿だ。やはり金水くんもこの件に関わっているのだろうか。


「おいおい待ってくれよ。返崎さん……だったっけ?」

「……」

「まあいいや。とにかく『あんなこと』になったのは全て君の行動が原因だろう? それを僕のせいにするのはお門違いってやつじゃないかなあ?」

「ちょ、ちょっと待って!」


 僕を差し置いて話を続ける二人を制止する。この二人の関係も何の話をしているのかも全くわからない。


「金水くん、君は『リサイクル』……さっきの大男を知っているのか?」

「うん? 知っているよ」

「……!」

「それだけじゃない。僕はこの返崎さんとやらが君に何をしたのかも知っている」

「え!?」

「……」


 何で金水くんがそれを知っているんだ? いや、問題はそこじゃない。新たにこの件の関係者が現れた。そこが重要なんだ。


「でも彼女は君にそれを知られたくないようだねえ。いやあ全く意地悪な人だなあ」

「あなたは……!」

「でもね、いずれ君たちは真実を知ると思うよ。僕はその瞬間を楽しみに待っているんだ」

「な、何で……?」

「まあいいじゃないか。それとね、君たちもあまり教室でイチャイチャしない方がいいよ。噂っていうのはどう広がるかわからないからね」

「え?」

「そうだね、例えば……」


 金水くんは目を細め、口を湾曲させて先ほどの相手を見下すような笑みを浮かべる。



「クラスの乱暴者に、『行峰くんは彼女を持たない男子を陰でバカにしているみたいだ』……なんて噂が耳に入ったりねえ」



「まさか、君は……!」

「例えだよ、た・と・え。まあ、僕は君たちに忠告したからね。君たちがどんなことになろうと僕のせいじゃないよね」

「金水くん!」

「そんな大きな声を出さないでくれよ。それじゃ、僕はこれで」


 そして金水くんは教室から出ていった。


「……」

「義堂さん」

「な、なに?」

「あなたは何も悪くありません。ですので、あの人の言葉に耳を貸す必要もありません」

「でも……」


 返崎さんに言葉を返そうとしたが、このままだとまた『リサイクル』が出現する恐れがあったので、僕は彼女と別々に教室を後にした。



 翌日の朝。

 僕はいつものように教室に入る。だが僕が入った瞬間、クラス内の空気が変わったように思えた。クラスの皆が僕を見て、ヒソヒソと話し込んでいる。

 

「おい行峰ぇ」


 そんな中、昨日と同じように久米田くんが僕に迫ってきた。


「お前よぉ、見下げ果てた奴だな。イヤミな上にクラスメイトに嫌がらせまでするのかよ?」

「え、なんのこと?」

「とぼけんじゃねえよ! お前だろ? 教室の机をいくつも隠したのはよ」

「え……?」


 僕が教室の机を隠した?

 久米田くんの言葉を確かめるように教室を見回すと、確かに昨日まで並べられていた机のうち、いくつかの生徒のものが無くなっている。


「お前、昨日俺が帰った後も教室に残っていたよな? その後に返崎と一緒に机を隠したんだろ?」

「そんなことしていないよ!」

「嘘をつくなよ! お前が机を隠したせいでその中にあった教科書とかも全部無くなってるんだよ! 悪いと思わねえのか?」


 久米田くんの言葉に呼応するかのように、女子の一部が声を上げる。


「そうだよ! 洋子の教科書とかも全部無くなったんだからね!」

「いくらなんでもタチが悪いよ! 行峰くん、早く机を返してよ!」


 なんだなんだ!? 何でこんな状況になっているんだ?

 僕は昨日の状況を思い出す。久米田くんが帰った後、僕と返崎さんは『リサイクル』に襲われた。そして金水くんと話した後、別々に帰って……


 ……あ。


 そうだ、あの時『リサイクル』はいくつか机をとりこんで斧にしていた。そしてその斧は『リサイクル』と一緒に消えてしまっている。だから教室から机が無くなったんだ。

 どうする? 正直に話した所で信じてくれるはずがない。かといって、このままだと僕が机を隠した犯人だと思われてしまう。


「おい、黙ってないでなんとか言えよ!」

「うわっ!」


 久米田くんが僕の胸ぐらを掴んだ時だった。


「やめてください!」


 昨日と同じように、返崎さんが久米田くんに掴みかかった。


「返崎! お前もグルか!?」

「違います! 義堂さんは机を隠してなどいません! 全て私がやったのです!」

「か、返崎さん!?」


 なんてことだ。返崎さんは僕をかばって犯人になろうとしている。ダメだ、それだけはダメだ。どうにかしないと。

 

 ……そうなるともう、これしかない。


「久米田くん」

「なんだよ?」

「僕が、僕が机を隠した」

「義堂さん!」

「返崎さんは関係ない。これは全て僕の仕業だ」


 返崎さんに罪を背負わせるわけにはいかない。そうなると、僕が犯人だと認める他無かった。


「へえ、大したバカップルだねえ。お互いに守ろうとしているのか」

「違います! 義堂さんは……」

「うるせえんだよ! 行峰は自分が犯人だと認めたんだ。さあ、皆に謝って机を返してもらおうか?」

「そ、それは……」


 皆に謝るのはなんてことない。だけど机を返すのは不可能だ。机はもう消滅してしまって存在しない。けど、それを皆に説明することも出来ない。


「おい、どうしたんだよ。早く机のある場所に案内するよ」

「……出来ない」

「ああ!?」

「机を返すことは、出来ない」


 そうなるともう、事実を言うしかなかった。


「てめえ、そんな話が通ると思ってんのか!? とにかく教科書だけでも返せよ!」

「それも出来ない」

「ふざけんな! 教科書を燃やしたとでも言うのかよ?」

「そうだ」

「……なに?」

「教科書は燃やしてしまって、もうない」


 ……仕方が無かった。

 真実を話しても向こうは納得してくれない。そうなったらもう、向こうが一番納得するであろう作り話を真実にするしかない。


「驚いたな。お前がそんな悪党だったとはな」

「……」

「とにかく、このことは教師にも言っておくぜ。行峰義堂は他人の物を隠す最低な野郎だってなあ!」

「ま、待ってください!」


 久米田くんのあまりの言葉に返崎さんが口を挟もうとする。


「返崎さん! これでいいんだ」

「そんな……」

「ここは、僕に任せてくれ。君は何も心配しなくていい」

「……」


 返崎さんは、尚も納得していない顔をしていた。


 そしてこの日から、僕の平和な学校生活は徹底的に蹂躙された。


「おい行峰、ちょっとつき合えよ」

「断るわけないよね? あんなことしておいてさ」


 久米田くんとその友達は毎日のように僕を呼び出した。そして……


「じゃあ、お前に隠された机や教科書の恨みを晴らしてやらないとな」


 校庭の隅に呼び出された僕は、久米田くんからの暴力を受けることになった。


「ぐうっ!?」

「おいおい、てめえに悲鳴を上げる権利があるとでも思っているのかよ?」

「か、は……」

「言っておくが、返崎以外、クラス全員お前のことが嫌いだってよ! そりゃそうだよな! お前はクラス、いや全校生徒の敵なんだもんなあ!」

「う、う……」


 暴力以上に、久米田くんの言葉が心に刺さる。周りにいる久米田くんの友達も笑いながら僕を見下している。だけど、仕方がないんだ。これも返崎さんのためだ。


「それにさ、返崎も実際はどうなのかわからねえよな」

「え?」

「そうそう、本当はもう行峰のことなんか綺麗さっぱり忘れてんじゃないの?」

「……」


 ……本来なら、それでいいはずだ。僕は彼女の人生を狂わせてしまった。これ以上彼女を振り回すわけにはいかない。

 だけど、僕は……彼女が僕を忘れてしまったらとても寂しいと感じてしまった。


「やめてください!」


 だけどそんな僕の元に、彼女はやってきた。


「邪魔すんなよ返崎。それともなんだ? お前も俺たちと遊んで欲しいのか?」

「……」

「そういえばさ、先輩が女の子紹介してくんないかって言ってたんだよなあ。おっと、ちょうどいいのがいるじゃん」

「……!」


 そんな、久米田くんは返崎さんにも手を出そうと……?


「いいですよ」

「え?」

「その先輩に私を紹介したいのであればしてください。ですが、一つお聞きします」

「はあ?」


「私を殺す覚悟は、おありですか?」


「……何言ってんのお前?」

「もし私に乱暴するのであれば、徹底的にしてください。そして、義堂さんの前で私を殺してください。そうでなければ、お断りします」


 ……どうしてだ。

 どうして彼女は、僕のためにここまでしてくれるんだ。どうして僕を見捨てられないんだ。


「う、うう……」


 その事実に、思わず涙してしまった。


「なんだこいつ? イカれてんのかよ。もういいや、行こうぜ」


 久米田くんは呆れたように吐き捨てると、教室に帰っていった。


「義堂さん、大丈夫ですか?」

「う、うん……」

「……どうしてですか? なぜ今回も無抵抗だったのですか?」

「今回のことは僕が原因だ。『リサイクル』を止められなかった僕の……」

「そんな! 義堂さんは何も悪くありません!」

「そうだとしても、僕は久米田くんたちに暴力は振るえないよ。彼らが悪いわけじゃないんだから」

「……わかりました。とりあえず、保健室に行きましょう」


 返崎さんに連れられて保健室に行く。しかし、養護の先生は外出しているようだった。


「ここで待っていてください。先生をお呼びしてきます」

「……うん。いつつ……」


 保健室の椅子に座り、怪我の具合を確かめる。擦り傷は多いが、大したことはない。だが、今日までのことは、僕の心に深い傷を負わせた。


 いったいこれから僕は、どうなってしまうのだろうか?


「困っているようだね、行峰くん」


 保健室の扉が開き、金水くんが姿を現す。そうだ、彼に聞きたいことがたくさんあったんだ。


「かな……」

「おっと、君の言いたいことはわかっている。今日はその話をしに来たんだ」

「その話?」


 そして金水くんは早くも本題を切り出す。



「返崎さんとあの大男の関係、知りたくはないかい?」



――フェイズ終了――

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