Turn3 天青フェイズ
斉藤くんと正式に友人になって十日ほどが経った。
「斉藤くん、おまたせ」
「あ、こんにちは天青さん」
今日は日曜日。私と斉藤くんはお互いに買いたい物があるということで、一緒に買い物に行くことにした。と言っても、私たちが住んでいる町には大きな店など無いので、隣町のショッピングモールまで自転車を漕ぐことになってしまったが。
二人で現地に自転車で向かうという案もあったが、私としては何となくそれは違う気がしたので現地集合することにした。しかし……
「あの天青さん、大丈夫?」
「うん平気……じゃないかな」
日曜日に一緒に買い物に行く話は先週の木曜日に決めたことだが、前日の土曜日になって急に私は大きく緊張し始めてしまった。
なにしろ、男の子と一緒に買い物に行くなんて生まれて初めてのことだ。一応、いつもより女の子っぽい服装をしようと思って膝程度の長さのスカートと明るい色のブラウスを合わせてみたが、正直似合っているとは思えなかった。
なので結局、パーカーとホットパンツにスニーカーといういつもとあまり変わらない格好になってしまった。
そして直前まで服装に迷っていたので遅れそうになり、急いで自転車を漕いで待ち合わせ場所に来たので、私は大きく息を切らしていた。だから斉藤くんに心配されたのだ。
「天青さん、ごめんね」
「え?」
「僕がもっと余裕のある時間を指定すればよかったのかもしれない。そんなに急がせてしまってごめんね」
「そ、そんなことない! 私が遅れただけだよ!」
申し訳なさそうに謝る斉藤くんに対し、大きな罪悪感を抱く。
今回のことは完全に私が悪いのに、斉藤くんに気を使わせてしまった。どうして私はこんなに気が回らないのだろう。
今回のことだけではない。知り合ってから、私は斉藤くんに気を使わせっぱなしだ。私には部活があるとはいえ、連絡をくれるのはいつも彼からだし、今回巡る店も、私の欲しいものに合わせてくれた。
彼は気にしなくてもいいと言ってくれたが、正直言ってこれでいいのかとは思う。だけど折角の彼の好意だし甘えるのも大丈夫だろうと自分を納得させた。
「待たせてごめんね、行こうか」
「うん」
とりあえず私は彼と一緒に買い物を始めることにした。
「ここ?」
「うん、私がいつも用具を買っている店」
最初に来たのは、いつも部活の用具を買っているスポーツ用品店だった。……まあ、一発目にいきなり女の子らしくない場所に来たなとは思ったが、買いたいものもあるし、大丈夫だろう。
「天青さんって、陸上部なんだよね?」
「うん、君と会ったときも合同練習の後だったんだ」
「どういう種目を専門にやっているの?」
「私は基本的に中距離走かな、ハードル走とかもやるけど。ただまあやっぱり陸上部っていっても色々道具がいるんだよ」
「そうなんだ。部活の人たちもここで買っているの?」
「いやあ、どうだろうね。皆やる気がないからね。道具もそんなにいいのは使ってないよ。全く、やんなっちゃう」
「ははは、でもその中でちゃんとやっている天青さんはやっぱりすごい人だと思うな」
「あ、ありがとう……」
斉藤くんとの会話は実にスムーズに進む。他の人たちのように衝突することなんてない。おそらく、これは私ではなく斉藤くんがすごいのだろう。つい、自分の意見を強く言ってしまう私の発言を、決して否定しないからだろう。
彼との会話は本当に楽しい。それこそ、もっと早く出会っていれば良かったと思うほどに。
「さて、こんなものかな」
ある程度必要な道具を買い揃えた私は、会計をして斉藤くんと一緒に店を出る。
「さて、じゃあ今度はそっちの目的の店に行こうか」
「うん」
今日の予定はお互いに必要なものを買い揃えた後、ショッピングモールの中をある程度自由に回って行こうというものだった。だから今度は斉藤くんの目的の店に行く予定だ。
……そのはずだったのだが。
「あ、あれ欲しかったやつだ」
途中の本屋に私の欲しい本があった。
「あのさ、少し寄っていい?」
「うん、いいよ」
彼は快く承諾してくれた。さらに……
「あ、このアクセサリーかわいい」
「このアーティスト、新曲出たんだ」
「あ、これは……」
私は、欲しいものを見つけるとすぐにそこに寄ってしまい、さらに斉藤くんにそれを紹介するということを繰り返してしまった。私の好きな曲やアクセサリーを彼は気に入ってくれたみたいで、私はそれが嬉しくてつい、多くの店に寄り道してしまった。
そうしているうちに本来行くはずだった店――どうやら画材などが売っている店のようだった――に着いたのは、だいぶ後になってしまった。
「ご、ごめんね、こんなに遅くなっちゃって……」
「いいよ、気にしないで。天青さんの好きなものを知れて嬉しかったからさ」
「斉藤くん……」
彼は優しい、どこまでも優しい。どこまでも私を否定せずに受け入れてくれる。こんな人は今までいなかった。いつも私と衝突してばかりで、私を受け入れてくれる人なんていなかった。それがたまらなく嬉しい。
結局、彼が買いたかったものは売り切れていたが、彼は気にしてないよと言ってくれた。
その後、私たちはモール内にあるファーストフード店で飲み物を飲みながら一休みすることにした。
「本当にごめんなさい……」
「大丈夫だよ。もしかしたら予定通り行っても売り切れていたかもしれないからさ」
やってしまった。私の悪い癖が出てしまった。
私はどうにも我が強すぎるのだ。自分のやりたいこと、言いたいことを強く主張してしまうのだ。だから彼の買いたいものを変えなかった。
そういえば……
「斉藤くんって、絵を書くのが好きなの?」
初めて会った時も絵を描いていたし、今回買うべきものもスケッチブックだとか言っていた。何でもあそこでしか売っていないものだとか。
「うん、と言っても画家とかを目指しているわけじゃないし趣味でイラストを描くくらいだよ」
「どんなのを描くの?」
「そうだね、今日もスケッチブックを持っているから見てもらった方が早いかな」
そう言うと彼は鞄の中からスケッチブックを開き、真ん中くらいのページを広げて見せてくれた。
「へえ……」
そこには、初めて会ったときに描いていたのと同じような髪の長い女の人の絵や、短く刈り込んだ髪の男の人の絵など、人物画が多く描かれていた。
「すごい……」
彼の絵は上手かった。俗に言う、マンガのキャラクターのようなイラストが多かったが、マンガをあまり読まない私でも上手いことがわかった。
「あのさ、斉藤くんはマンガ家とか目指しているの?」
「いや、正直僕にそういう才能はないよ。キャライラストは練習したけどそれだけじゃマンガ家にはなれないし、そうなるつもりはないさ」
「そうなんだ……」
ここまで絵が上手くてもなれないなんて、厳しい世界なんだろうな。そう思っていた私は、あるイラストに目が止まった。
「あのさ、このイラストなんだけど……」
「ん? ああ、それはね僕が昔考えたヒーローのイラストだよ」
「ヒーロー?」
「うん、ちょっと悩みを抱えていた時があってね。そのとき、僕を助けてくれるヒーローが出てきてくれないかな、なんて考えちゃってさ。それでつい、イラストにしちゃったんだよ」
「うーん……」
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ」
……別に彼の考えを否定したいわけじゃない。私にだってそういった救いを求めていた時期はある。私が引っかかったのは彼が描いた『ヒーロー』のデザインだ。
なんていうか私には、どちらかっていうと『怪人』に見えてしまった。
――その『ヒーロー』は、トレンチコートとスーツを着て、帽子と覆面を被った大男の姿をしていた。
それから。
私と斉藤くんは定期的に会って遊ぶようになった。それこそ毎週のように。
「斉藤くん!」
「やあ、天青さん」
「今日はさ、あそこに行きたいんだけど」
「いいね、じゃあ行こうか」
斉藤くんは私の呼び出しに必ず応じてくれた。それだけでなく、私の行きたい所にいつも付き合ってくれた。
「天青さん、ジュース」
「うん、ありがとう。斉藤くんも結構運動神経いいんだね」
ある時は一緒にレジャー施設でスポーツをして遊んだ。
「あー、またゲームオーバーだ」
「このゲーム難しいって評判だからね」
またある時はゲームセンターでたくさん遊んで店員さんに注意されてしまったりもした。
「斉藤くん、ここわからないんだけど……」
「ああ、この問題はね……」
そしてある時は図書館で勉強を教えてもらったりもした。彼は私の苦手な教科をわかりやすく教えてくれた。
そうした日々が一ヶ月半ほど過ぎた時、私は気づいた。
自分が、斉藤くんにどんどん惹かれていっていることに。
最初は一週間に一回遊ぶだけだったのが、週に二回になり、さらに彼が私の学校まで来て一緒に下校したりもした。 彼は色々な話をしてくれる。そして私の話を聞いてくれる。私という人間を否定せず、受け入れてくれる。それがたまらなく嬉しかった。
私はもしかしたら、彼と一生を共にするのかもしれない。そんなことを自分の部屋で考えて顔を赤くしながらベッドで転がってしまって頭を打った。でも、そんな痛みなど気にならないくらい彼に夢中だった。
だけど私は彼について気になっていることがあった。
「ねえ、斉藤くん」
「なに?」
どうしてもそれが気になっていた私は、ある日の下校中に質問をぶつけてみることにした。
「斉藤くんって、どの辺りに住んでるの?」
「え……」
そう、私は気になっていた。斉藤くんの家はどの辺りなのか。
基本的に私は部活がある時は、斉藤くんに学校まで迎えに来てもらう。そして私の家の前で別れるという流れになっていた。
しかし斉藤くんは私とは別の学校に通っている。つまり彼の家は私の学校よりかなり遠いはずだ。それなのにいつも私と帰ってくれる。そのことに罪悪感を感じていた私は、自分の方が斉藤くんの学校まで迎えにいこうかと提案したことがあった。
だが彼は、それを頑なに拒否した。
「大丈夫だよ。僕が好きで君の学校まで迎えに来ているんだから」
「でも……」
「いいから。ね?」
「……わかった」
彼が私の申し出を否定するのは滅多になかったが、このことに関しては全く首を縦に振ってくれなかった。
さらに彼は自分の家庭のことを話したがらなかった。まるで家族が重荷にでもなっているかのように。だから彼の家がどの辺りなのかも全くわからなかった。
そして、今回もはぐらかされた。
「そんなこと、どうでもいいじゃないか」
「どうでもいいって……友達がどこに住んでいるかくらい知りたいよ」
「……でも、だめなんだ。こればかりは」
「どうして!? 私がそんなに信用できない?」
「そうじゃない! ただ、僕の勇気が無いだけなんだ……」
「え?」
「ごめん。その時が来たらちゃんと話すよ」
「……?」
彼の言う『その時』が何時を指しているのかはわからなかった。
だがこの出来事を境に彼の様子がおかしくなっていった。
私と遊んでいるときも、どこか集中していないような感じというか、心ここにあらずという印象を受けた。始めは彼も疲れているのかとも思ったが、その頻度は徐々に増えていった。
しかし私はそれでも彼に会うのを止めなかった。私は彼と一緒にいるのが楽しい。私は彼と話をするのが待ち遠しい。私は彼が自分を認めてくれるのが嬉しいからだ。
いつしか斉藤くんは、私の中で無くてはならない存在になっていった。
そんなある日。
私はいつものように学校に行き、授業を受けていた。木原との一件でクラス内で浮きがちになっていた私は当然のごとく一緒にご飯を食べる友達もいなかったので、一人でご飯を食べていた。
昼食を食べた後、斉藤くんと連絡を取ろうと廊下に出た時だった。
「やあ天青さん。元気そうでなによりだねえ」
その声を聞いて、私は顔をしかめた。
振り向くと、予想した通りのいやな顔をした男がいた。私はこの男が気に入らない。自分で行動せず、他人に全てを押しつけて、自分では何一つ責任を負わないこの男が気に入らない。そして他人に押しつけておいて、自分は綺麗な人間でいるつもりのこの男が本当に気に入らない。
気に入らない。気に入らないのだ。
「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれよ。同じクラスではないとはいえ、同じ学校に通う仲間なんだからさ」
だから、私に話しかけるな。偽善者の金水くん。
――フェイズ終了――
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