Turn3 行峰フェイズ


 『リサイクル』の襲撃を受けた翌日。つまり僕が高校に入学して二日目の朝。

 僕は再び通学路を自転車で走っていた。ただし昨日とは違い、かなり憂鬱な気分でだ。

 何しろ昨日は色々なことが起こりすぎた。返崎さんとの出会いと、彼女の意味不明な言動。そして、一年ぶりの『リサイクル』の出現。


 そして、返崎さんが『リサイクル』に関わっているという事実が明らかになった。


 それらの出来事が一気に襲いかかったためか、昨日の夜は風呂に入ってベッドに横たわった直後に眠りについてしまった。起きた後も、体のだるさは取れていない。その体を引きずりながら学校に向かっているわけだが、僕の気分が沈んでいる理由は他にもある。

 昨日のクラスメイトの反応から見て、入学早々僕と返崎さんが悪い意味で目立ったのは明白だろう。もしかしたら、今日もまだ噂になっている可能性もある。

 『リサイクル』を追うのも重要だが、僕としてもやはり高校生活を充実させたいという気持ちはある。とにかく、返崎さんとはしばらく距離を取った方がいいかもしれない。あの様子だと、『リサイクル』について聞き出せそうにないし。


 まずはクラスの皆の誤解を解こう。それから彼女の様子を見て、どうやって『リサイクル』について聞き出せるか考えよう。


 そう考えているうちに学校が見えてきた。ここから僕の高校生活を仕切り直すんだ。


 だがそんな僕の決意は、見事に打ち砕かれた。


「おはようございます、義堂さん」


 ……教室の入り口で三つ指をついて僕を出迎えた、返崎さんによって。


「本日もよい天気となりました。罪人である私ではございますが、是非とも義堂さんのお力になれるように努力しますので、どうかよろしくお願いいたします」

「……」


 クラスメイトが唖然としている。僕も唖然としている。

 ……えっと、何これ?

 しかし僕が疑問を口に出す前に、返崎さんは立ち上がって次の行動に移っていた。


「では義堂さん、お席までご案内いたします」


 そして、僕の席を手で指し示す。


「いやいやいや、知ってるから! 昨日もここに来たから!」

「ああっ、申し訳ありません! 私はまた罪を重ねてしまいました! ではせめて、せめて鞄をお持ちいたします!」

「いやいや大丈夫だから! ここから僕の席まで5mも無いから!」

「も、申し訳ありません! 私の考えが至りませんでした!」


 返崎さんは僕の指摘を受ける度に、ペコペコと頭を下げて平謝りしてくる。

 ……つ、疲れるなこれは。朝一番でこのテンションか……

 そもそも彼女はどういうつもりなんだろう。僕の前で死ぬのが目的じゃ無かったのか?


「あのさ、色々と聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょうか。何なりとお申し付けください」

「……うん、とりあえずさ、さっきから何をしているのこれ?」


 僕の質問に、返崎さんはキョトンとした顔をする。


「あの、やはり私に至らない点が?」

「いやそうじゃなくて! なんで僕を出迎えたり、鞄を持って行こうとするの!? 旅館なのここは!?」

「ああっ! 申し訳ありません! 私は、大罪人である私は、少しでも義堂さんへの償いをしたいと考えた末、微力ながら身の回りのお世話をしようと思いついたのです!」

「は、はあ?」


 な、何を言っているんだ彼女は。いつのまにか罪のグレードが上がっているし。


「ですので、今日から義堂さんをお教室でお出迎えし、学校内では精一杯のご奉仕をさせていただきます。そして、ご自宅への送迎やお食事の用意なども私にお任せ頂ければと……」

「待って待って、そんなトントン拍子に話を進めないで」


 相変わらず彼女は僕の意見を無視するなあ。まあ、一途と言えば一途なんだろうけど。

 しかし、本当になぜ彼女はここまで僕に罪悪感を抱いているのだろう。いくら記憶を探っても、彼女と出会った記憶はない。

 ただ、このままでは彼女につきまとわれる形になってしまう。そうしたらまた『リサイクル』に襲撃される可能性は高い。なんとかしないと。


「……ねえ、返崎さんって行峰くんに何したんだろうね」

「わからないけど、もしかして行峰くんってそれをネタに返崎さんをこき使おうとしているんじゃない?」


 ……クラスメイトたちがヒソヒソとこちらを見ながら話をしている。しかも話の内容が一部聞こえてきた。

 どうやら噂になるのは避けられない。こうなったら……


「返崎さん、じゃあ一つお願いするよ」

「はい、なんでしょうか」


 僕は、意を決して言った。


「しばらく、僕に近づかないで」


「え……?」


 教室内がざわめく。言った僕自身も心が痛む。なにしろ僕はこれまで人を嫌ったことがない。いや、別に返崎さんが嫌いになったわけじゃない。彼女のこれからを考えての行動だ。

 少なくとも、僕はこの一年間を平和に過ごすことは無理なようだ。ならばせめて、彼女だけでも平穏な生活を送ってもらいたい。僕への罪悪感など忘れてほしい。そのための発言だ。僕が手ひどく彼女を拒絶すれば、彼女は『被害者』として扱われる。彼女に同情する女子も出てくるだろう。それでいい。それが彼女のためのはずだ。

 どちらにしろ、今の彼女から『リサイクル』について聞き出すのは難しい。それに彼女と二人きりになれば、身を守ろうとしない彼女の命が危険だ。そうなると、しばらく僕から離れるのは、やはり彼女のためなのだ。


 僕に尚も視線を投げかける返崎さんを後目に、僕は自分の席についた。



 昼休み。

 購買に行こうとした僕だったが、その前に立ちはだかる人物がいた。


「お待ちください」


 言うまでもない、返崎さんだ。


「……言ったよね? 僕に近づくなって」

「はい」

「じゃあ、どういうつもり?」

「これをお渡ししようと思ったのです」


 返崎さんが差し出したのは、ナプキンに包まれた直方体の物体。


「これは……」


 どこからどうみても、お弁当箱だった。


「今朝、作らせていただきました。義堂さんがお昼ご飯に不自由しないようにと」

「え……?」

「お口に合わなければ捨ててかまいません。ですがそれでも、私は義堂さんのお世話をしたいのです」

「……」


 どうしてだろう。

 どうして、あんなにきっぱりと拒絶した僕に尽くそうとするのだろう。

 どうにもわからない。彼女がここまでする理由。しかし、わかったこともある。


 ……彼女の人生は、間違いなく僕によって狂わされている。


 彼女をこうした原因は、どう考えても僕だ。そうでなければ説明がつかない。さらに僕は、その原因を綺麗さっぱり忘れている。

 そんな状態で、彼女を一人にするのはあまりにも無責任ではないだろうか。僕は彼女のためと言いながら、彼女と関わっていくのをただ嫌がっていただけなのでは無いだろうか。

 なんて汚い。なんて卑怯な思想だろう。僕は全ての責任を彼女に押しつけていたんだ。

 だめだ。僕は彼女をなんとかしなければならない。それを避けることは出来ない。それをしてしまえば、僕の信念に反する。


「……わかったよ」


 そこまで考えた僕は、決意をした。


「このお弁当、受け取るよ。それと、君の分のお弁当はあるの?」

「は、はい!」

「じゃあさ、一緒に食べようか。……この、教室の中で」

「……はい、ありがとうございます!」


 僕の言葉を聞くと、彼女は心の底から喜んでいるかのような笑顔で応えた。

 ……僕のせいで、彼女の人生が狂った。ならば、彼女のせいで僕の人生が狂っても文句は言えないのかもしれない。

 そう考えた僕は、二人で彼女の作ったお弁当を食べた。

 正直、周りの視線が痛かったが、これも僕の行動の結果などだと自分を納得させた。


 ……だがその視線の中に金水くんが加わっていることには、まだ気づいていなかった。



 一週間後。

 

「では義堂さん、また明日お会いしましょう」

「うん」


 放課後になり、返崎さんは先に教室を出ていった。

 彼女は相変わらず僕に弁当を作ってきてくれて、雨が降っているときは自分の傘を差し出したり、忘れ物をした時は貸してくれたりした。

 しかし、一緒に帰ることだけは断固拒否した。それはもちろん、『リサイクル』の襲撃を見越してのことだ。高校の近くならまだしも、門前町に入ってしまえば人気の多い道はほとんどなくなる。そうなれば僕と彼女が二人きりになる可能性も高く、『リサイクル』が襲ってくる可能性も高い。

 そうなったら、自分の身を守る気のない返崎さんを守るのは至難だ。彼女自身は『彼に殺されるなら本望です』と言っていたが、僕としてはそうはいかない。僕のせいで彼女を殺してしまうなど、絶対にあってはならない。


 それが僕の決心。彼女の人生を狂わせた僕の義務。


 そう考えていると、野太い声で名前を呼ばれた。


「おい、行峰」


 振り返ると、そこにはクラスメイトの男子がいた。体が大きく、何かスポーツをやっていると聞く。確か名前は……久米田くめだくんだったかな。


「な、なに?」

「なにじゃねえよ。お前どういうつもりだよ」

「は?」


 どういうつもりと言われても、何のことだかわからない。


「お前さ、何でそんなに調子乗ってるの?」

「ちょ、ちょっと待って、何言ってるの?」


 なんだなんだ? 久米田くんは何を言っているんだ? 

 もしかして、僕が返崎さんをこき使っていると思っているのかな? それで僕に注意をしてきたのか?

 だとしたら誤解だ。なんとかして彼を説得しないと。


「あのさ、久米田くん。誤解なんだよ」

「あ?」

「えっと、返崎さんとのことを注意しに来たんだよね?」


 僕が探り探りで会話を進めていくと、突然久米田くんが怒りだした。


「てめえ、ふざけんなよ!」

「え、ええ!?」


 久米田くんは怒鳴り声を上げ、机を叩く。その音に、僕は飛び上がってしまった。


「え、ええと……」


 何を言っていいかわからなくなった僕に、久米田くんが本題を切り出してくる。


「お前さ、彼女がいるからって調子に乗るんじゃねえよ」

「か、彼女?」

「とぼけんなよ、返崎のことだよ!」

「……え?」

「返崎と付き合ってんだろ? しかもそれをわざわざ自慢げに見せつけやがって。気に入らねえんだよ!」


 ……ええと、つまりこういうことか?


 久米田くんは、返崎さんと僕が付き合っていると誤解していて、僕たちが付き合っているのを周りに見せつけているのがイヤミに見えたということか? 

 だとしたらまずい。このままだと僕だけでなく、返崎さんにも危害が及ぶかも知れない。なんとしても誤解を解かないと。


「待ってよ久米田くん、誤解なんだよ」

「あ?」

「僕は返崎さんとは付き合っていない。彼女は単なる……友達だ」

「……」


 僕と返崎さんの関係をどう表現していいか一瞬迷ったが、とりあえず『友達』ということにした。大丈夫だろうか、これで納得してくれただろうか。


「ふーん……じゃあお前は『友達』に弁当を作ってもらったり、教室でお出迎えをしてもらったりするんだな?」

「あ……」


 そ、そうだ。よく考えたら返崎さんは僕にそういうことをしていたんだ。それで『友達』と言うのは無理がある。


「それとも何だ? 『僕は付き合ってもない女友達に弁当を作ってもらえるほどモテる男なんだぜ』って俺に言いたいのか?」

「いや、その……」


「それが調子乗ってるって言ってんだよ!」

「ひいっ!」


 久米田くんが机を蹴り飛ばす音が、教室内に大きく響きわたる。その音に、僕は思わず頭を両手で覆ってしまった。

 だがそうしたことにより、無防備になった僕の腹部に久米田くんの鉄拳がめり込む。


「ぐぶえっ!」


 腹に一瞬、鋭い痛みが走ったかと思うと僕の体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。その後、壁に打ち付けた背中と殴られた腹に鈍い痛みがジワジワと響く。


「な、なんでこんな……」

「なんでじゃねえよ。お前が調子に乗っているから俺が教育してやるってことだよ」


 あまりにも理不尽な言い分に僕としても彼に怒りを覚えたが、そのとき考えた。


 でも、これは僕が原因なんじゃないか?


 よくよく考えたら、僕が返崎さんに色々してもらっているのは事実だ。それに、客観的に見たらどう見ても僕と返崎さんは付き合っているように見える。それなのに僕はそれを否定した。確かにイヤミにしか聞こえない。

 そうだ、仕方ないじゃないか。久米田くんが怒るのも当然だ。もしかしたら僕はこの状況を甘んじて受け入れるべきなのかもしれない。

 そう考えていた僕を、久米田くんは激しく踏みつけてきた。


「ぐあっ!」

「てめえ、何だよその目は。俺を哀れんでいるようなその目は。気に食わねえな、優等生ぶりやがってよお!」


 そう言って、久米田くんがさらに僕を踏みつけようとした時だった。


「やめてください!」

「なっ!? 何だお前!?」


 いつのまにか教室に入ってきていた返崎さんが、僕を踏みつけようとした久米田くんの足を掴んでいたのだ。


「て、てめえ! 離せよ返崎!」

「いやです! 私は義堂さんを守る義務があるのです! 私は義堂さんのために生き、義堂さんのために死ななければならないのです!」

「わけわかんねえこと言ってるんじゃんねえ! くそっ!」

「ああっ!」


 久米田くんは返崎さんを強引にふりほどくと、自分の荷物を背負った。


「とりあえずよお、行峰。お前がこのまま調子乗ったことするようなら、こんなもんじゃ済まねえからな。毎日いじめてやんぞ」


 そして、扉を力任せに閉めて教室を出ていった。


「大丈夫ですか? 義堂さん」

「う、うん……ありがとう、返崎さん」

「……」


 ……情けない。

 僕のせいで彼女の人生が狂ってしまった。僕はその償いをするべきなのに、彼女に助けられてしまった。こんな、こんなことで……


「義堂さん、一つ質問させて頂きたいのですが」

「え? なに?」

「なぜ、彼に反撃をなさらなかったのですか?」

「……え?」


 意外な言葉だ。返崎さんはてっきり暴力が嫌いな人だと思っていたけど。


「何でって、暴力はいけないよ」

「しかし、相手があのような行動に出ているのに、そのまま黙っていては……」

「だけど、それでもだめなんだ。それに今回は僕が原因なわけだしね」

「そんな。義堂さんは何も悪くありません!」

「いや、僕が原因なんだよ。僕が誤解されるような行動をとったから久米田くんも怒ったんだ。それにさ……」


 ここからは僕の主観になってしまうが、返崎さんにも僕の信念を伝えておきたかった。


「久米田くんだってさ、本当は悪い人じゃないはずなんだよ。きっと僕がイヤミな行動を取ってしまったから瞬間的に頭に血が上っただけだと思うんだ。落ち着いて話し合えば、ちゃんと彼だってわかってくれる。だから僕は彼に暴力は振るいたくない」


 そう、僕は決して『人を嫌わない』。どんな人間だっていいところと悪いところがある。だからそう簡単に人を嫌ってはいけないんだ。

 そして、人間というのは人を嫌う度に醜い感情が増すと僕は思っている。そうならないためにも、僕は人を嫌わない。そう誓ったんだ。

 

 だが、僕の発言を聞いた返崎さんは……


「か、返崎さん?」


 なぜか目に涙を溜めていた。


「どうしたの?」


「あなたは……あなたはそういう人間だから……」


「え? ……!」


 返崎さんが何かをつぶやいていたが、それどころではなかった。

 僕が目を見開いたのを見て、返崎さんも後ろを振り返る。


「どうしたのですか? ……あ!」


 そう、いつのまにか教室には僕と返崎さんの二人しかいなかったのだ。

 つまり、条件を満たしたことになる。


『ケテ……ケテケテ』


 その証拠に、トレンチコートを纏った大男、『リサイクル』は返崎さんの直ぐ後ろ、僕の目の前に立っていた。



――フェイズ終了――

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