Turn2 行峰フェイズ


「今、何て言った……?」

 

 この質問に意味はない。なぜなら、僕の中で答えが出ているからだ。


「……」


 返崎さんは僕の質問に答えず、じっと『リサイクル』を見ている。

 言った。彼女は確かに『リサイクル』に向かって言った。


 「お久しぶりですね」、と。


「……」


 『リサイクル』を見つめる彼女の顔はどこか悲しげに見えるが、そんなことはどうでもいい。


「君は……そいつを知っているのか?」


 僕の新たな質問にも返崎さんは答えない。しかし、こちらを振り向いて僕を見た。


「こいつが……『リサイクル』が何者なのか知っているのか!?」

「……」


 依然として返崎さんは黙っている。僕は我慢できずに彼女に詰め寄ってしまった。


「答えてくれ!! こいつは、『リサイクル』は……!」


『ケテ、ケテケテケテ』


「!!」


 僕が返崎さんに詰め寄っていた間に、『リサイクル』は動き出していた。そして、校舎の横に設置されているゴミ置き場に近づく。


「待ってくれ! あんたは、あんたは何者なんだ!? 『あいつ』は何処へ行ったんだ!?」


 『リサイクル』本人にも問いただす。僕の親友を連れ去った本人と、そいつの正体を知っているであろう人物。その両方が今、僕の前にいる。

 僕は焦っていた。それはそうだ、一年間探し続けて手がかりすら見つけられなかった親友の行方とあの事件の真実。それを見つけるきっかけがようやく僕の前に現れたのだ。

 だけど僕は忘れていた。こいつは常識が通じる相手ではないことを。『リサイクル』はゴミ置き場に置いてあったあきビンやあきカンの入ったゴミ袋を手に取る。


 そして、そのゴミ袋を自らの体に沈めるように、『取り込んだ』。


「あれは……!」


 同じだ。あれは僕の親友が消えたときと同じだ。

 アイツはああやって……

 そして『リサイクル』は次々とゴミ袋を体に取り込んだかと思うと、ついに意味のある言葉を発した。


『あんたは、何処へ行ったんだ? 『あいつ』は何者なんだ? ……ケテケテケテ』


「……?」


 何だ今の『リサイクル』の言葉は?

 僕は何処へ行った? 今ここにいるじゃないか。それに何だ? こいつも誰かを捜しているのか?

 

「『リサイクル』! あんたの目的は何だ!? 何で僕の前に現れたんだ! 答えてくれ!」

『……』


 僕は必死に『リサイクル』に呼びかける。先ほどからこいつの行動と言葉にまるで意味が読みとれない。一体こいつの目的は何なんだ?


 だが、次に『リサイクル』が発した言葉で、僕はこいつの言動の意味を知る。


『あんたは答えてくれ……何で目的は僕の前に現れたんだ……』


 これは……!

 これは、先ほど僕が言った言葉だ。僕が言った言葉を組み替えて喋っているだけだ。

 つまりこいつは……


 こちらの問いに答える必要はさらさら無いということだ。


「この……!」


 怒りで思わず顔をしかめたが、その直後にそれは驚愕の表情に変わる。


『ズ、ザーザザッザザザ……』

「え……」


 テレビの砂嵐のような音が発したかと思うと、『リサイクル』の体が波打ち、今度は中から何かが出てくる。それは……


 リサイクルマークが描かれた、鈍色に光る鉄製のハンマーだった。


「……!」


 こいつ、体の中から武器を出せるのか!? いや待て、こいつは武器を出して何をしようとしているんだ!!?

 しかし、その答えは直ぐにわかった。『リサイクル』はゆっくりと返崎さんに近づき、ハンマーを持った長い腕をゆっくりと振り上げる。

 

 その時、ようやく気づいた。

 こいつの狙いは、返崎さんだ。


『……!』

「っ! 返崎さん!!」


 目の前の異常すぎる光景に動揺して凍り付いていた体がようやく動き、返崎さんに駆け寄る。しかし、当の彼女は目をつぶって微動だにしていなかった。


「なにやって……!」


 だめだ、普通に走っていたら間に合わない。とっさにそう考えた僕は、返崎さんに飛びつくように抱きつき、そのまま勢いに任せて彼女諸共倒れ込む。


「ぐうっ!!」


 倒れ込んだ後に地面に転がった僕はあちこちすりむいたが、返崎さんを守ることには成功した。しかし……


「痛っ……」


 左肩の一部分がわずかに痛む、どうやらハンマーが掠ったらしい。しかしそれを気にしている場合ではない。早くここから離れないと。


「返崎さん、大丈夫!?」

「……」


 返崎さんは僕と同時に起きあがったが、どこか悲しそうな顔をしている。その態度に僕は思わず叫んでしまった。


「なんで逃げなかったんだ! あのままだと死んでたよ!?」


 『リサイクル』は確実に返崎さんの頭を狙っていた。僕が動かなければ、ハンマーが彼女の頭を砕いていたはずだ。

 しかしそんな僕の問いに、彼女は真剣な顔で答えた。


「それでいいのです」

「え……」


「彼が私を殺すのであれば、私はそれを受け入れます。それが罪人である私の、せめてもの償いです」


「罪人って……」


 この期に及んで意味不明な言動をする返崎さんに戸惑うが、今はそれどころではないことを思い出した。


「……まずい!」


 まだ近くには、ハンマーを持った大男、『リサイクル』がいる。この体勢で襲われたらひとたまりも……


「……あれ?」


 しかし、僕が振り返ってみると、予想に反して『リサイクル』はその場に留まっただけだった。手に持ったハンマーをじっと見ているように見える(目の部分が見えないので実際に見ているかわからない)。

 すると、そのハンマーが瞬く間に錆のような色に染まり、ボロボロと崩れ去った。


「どういうことだ……?」


 『リサイクル』は体内から武器を取り出せる。しかし、取り出した武器は長い間は使えないということか? 何はともあれ、チャンスだ。直ぐにこの場を離れて……

 いや待て、ここで離れたらどうなる? 二度と『リサイクル』は僕の前に現れないかもしれない。そうしたら、僕の親友の行方も永遠にわからなくなる。しかし、この場に留まるのは危険だ。そうなると……


「返崎さん、君は逃げるんだ」


 とりあえず返崎さんだけでも逃がさなければならない。そうなれば僕と『リサイクル』は一対一で、彼女を守る必要もなくなる。その後、なんとしてもヤツを押さえつけて動きを封じ、警察に突き出すんだ。そうすれば後は、警察が事件を解決してくれる。

 

 僕の親友を、見つけてくれる。


「義堂さん、私は逃げるつもりはありません」


 だけど、返崎さんはそんな僕の邪魔をする。


「……どうしてだ!! どうして君は!!」

「私はあなたの目の前で、あなた以外の存在によって死ななければならないのです」

「僕は、そんなことを望んでいない!」

「だとしても、これが私の償いであり……」


 そしてまたしても、彼女はあの言葉を言う。


「あなたの救いとなるのです」


 ……だめだ。彼女の意志は固い。

 そうだとしても、僕はここで『リサイクル』から逃げるわけにはいかない。彼女を守りながらでも戦うしかない。

 そうだ、確か返崎さんはハサミを持っていたはずだ。あれがあれば……


「あっ!?」


 しかし、目的のハサミは『リサイクル』の足下にあった。どうやら返崎さんを突き飛ばしたときに、彼女の手から離れたらしい。


『ザザー……ケテケテケテ』


 『リサイクル』は、例のノイズがかかった鳴き声のような音を発しながら、ハサミを拾って自分の体の中に取り込んでいく。何だ!? 今度は何をしてくる!?

 僕はとっさに身構えたが、当の『リサイクル』はこちらに背中を向けて、何かを探し始めた。

 チャンスじゃないか? 後ろから取り押さえれば……

 気づかれないようにヤツの後ろに近づいていく僕だが、突然『リサイクル』はこちらを向いた。


「う、うわっ!!」


 驚いて思わず尻餅をついてしまった。まずい! ここで攻撃されたら……

 だが、予想に反して『リサイクル』の顔はこちらを向いていなかった。その顔が向いているのは僕の後方。返崎さんのいる位置だ。

 やはりこいつの狙いは返崎さんだ。しかしその理由を考えている暇は無い。彼女を逃がさないと。

 

「返崎さん! 逃げるんだ!」


 僕はとっさに『リサイクル』の足をつかみ、動きを封じる。だがここで、再びヤツの体が波打った。そして、ヤツは体の中から何かを取り出す。


『ケテ……ケテ』


 それは、長い木の棒の先端に鋭く尖った刃がついた物体……そう、投げ槍だった。刃の部分には先ほどと同じようにリサイクルマークが描かれている。

 そしてヤツはそれを握った手を大きく振りかぶる――


 しまった! 飛び道具じゃ、動きを封じても……


「あれ、なんかあっちで大きな声がしなかった?」


 そのとき、校舎の角から誰かの声が聞こえてきた。その声に『リサイクル』も反応する。そしてその直後……


『ザー……ザザー……』


 出現したときと同じような音を発しながら、一年前と同じようにその場から消えていった。そしてその場には、先ほど『リサイクル』に取り込まれていた、いくつかのゴミ袋が残された。


「はあ……はあ……はあ……」


 次々と起こった異常事態に振り回された体に、一気に疲労が襲ってきた。だけど、何とか二人とも生き残れたことに安堵する。

 しかし……


「くそっ!」


 結局、手がかりは得られなかった。『リサイクル』が何者なのか、親友はどこに行ったのか、何も得られなかった。

 いや違う。得られたものはあった。そう……


「返崎さん」


 僕は、立ち上がって後ろにいる返崎さんを見る。


「君は、あいつを……『リサイクル』を知っているんだね?」


 彼女は答えない。しかしもう、僕の中で確信がある。


 返崎さんは、『リサイクル』に関わっている。


「あきらかにアイツは君を狙っていた。教えてくれ。アイツは一体何なんだ!?」


 彼女は尚も答えない。


「アイツは僕の親友を連れ去ったんだ! 僕はこの一年間、アイツの正体を探ってきたんだ! 頼む、どんなささいなことでもいい! アイツについて何か教えてくれ!」


 そしてようやく、彼女が口を開く。


「言えません」


 ……どうしてだ。

 命を狙われているんだぞ? あんな怪人に、あんな常識の通じない相手に。なのにどうして。


 どうして助けを求めないんだ。


「ですが、一つお伝えしておきましょう」


 その言葉に、僕は藁をもすがる思いで耳を傾けた。


「彼はおそらく、義堂さんと私が二人きりになったときに現れます」


 それは、今後も彼女に関わり続けなければならないことを意味した。



「ふう……」


 高校入学早々、波乱の一日を送った僕はホームルームが終わって下校時間になると教室で一人ため息を吐いた。


「どうなるんだ、これから……」


 思わず口に出してしまったが、そう思うのも無理はないだろう。

 おしとやかそうな女の子と同じクラスになったと思ったら、いきなり目の前で自殺されそうになるし、しかも彼女があの『リサイクル』に関わっている人物で、入学早々『リサイクル』に襲われるし。

 結局あの後、ホームルームが始まる時間が近づいていたので、返崎さんに話を聞けないまま教室に戻ることになった。

 返崎さんは先に下校したようだ。てっきり、一緒に帰ろうみたいなことを言われるかとも思ったが、よく考えたら今日初めて会った男と二人きりで帰るのも変な話だろう。

 しかし、僕と返崎さんはすでにクラス内で好奇の視線に晒されている。ホームルームの間も、僕を見て何かを話し込むクラスメイトもいた。もちろんその理由は、彼女のあの発言だ。


『この命、あなたへの償いのために使うことをお許しください』


 いきなり相手にひざまずいてこんなことを言ったのだ。そうなると、彼女自身もその発言をされた僕も、普通の人間ではないと見なされただろう。どうやら僕が平和な学校生活を送るのは難しいようだ。

 だが、今はそれどころではない。やっと一年前の事件の真実が掴めそうなのだ。とりあえず今日わかったことを整理しよう。


 まず『リサイクル』はおそらく自由な場所に自由に出現できる。ただ、返崎さんの言葉が真実であれば、アイツが現れるのは僕と彼女が二人きりになった時だけ。つまり、今この瞬間には現れないということだ。

 次に返崎さんの目的。彼女はどういうわけか僕に大きな罪悪感を抱いていて、その償いのために僕の前で自殺をしようとしている。ただ、僕に殺されるのではなく、あくまで自分の死を僕に見せるのが目的らしい。『殺されたがり』というわけではないようだ。

 そして三つ目、ここが最大のポイント。


 返崎さんと『リサイクル』には何らかの関係があること。


 返崎さんは『リサイクル』の存在を知っていた。そしておそらくその正体も知っている。そして『リサイクル』は、どうやら返崎さんを殺そうと狙っているようだ。アイツも返崎さんを知っていると見ていいだろう。

 さらに、『リサイクル』が現れる条件。僕と返崎さんが二人きりになった時。

 確かにあの時、校舎裏の近くに他の生徒の気配がして、『リサイクル』はそれに反応して姿を消した。どうやら僕たち以外の前でその姿を現したくないようだ。そしてこの一年間、アイツは僕の前に姿を現さなかった。それも返崎さんの言葉を真実だと裏付けている。


 そうなると、僕が『リサイクル』に会うには返崎さんと行動を共にしなければならない。


 ただ問題はある。あの人は何かと話を自殺に繋げたがる。『リサイクル』について聞き出すのは難しいだろう。

 どうすればいいのか……


「……考えていても仕方がない。とりあえず何か行動を起こそう」


 そうだ、今日わかったことがもう一つあった。僕はそれを確認するために、もう一度校舎裏に行くことにした。



 再び訪れた校舎裏は、午前中の出来事など無かったかのように痕跡が残っていなかった。『リサイクル』が体から取り出したハンマーや投げ槍も見る影もなく無くなっている。

 しかし、僕が確かめたかったのは別にある。それが校舎の横にあるゴミ置き場だ。


「どれどれ……」


 いくつかある半透明の袋に何が詰まっているかを調べてみる。どうやら、燃えるゴミと燃えないゴミは綺麗に分別されているようだ、

 その中に、僕は目的の物を見つけた。


「やっぱりか……」


 僕が見つけた物、それはわずかなアルミ缶と空き瓶だけが入った、スカスカのゴミ袋だった。


「……」


 おそらく僕の予想は当たっている。これらのゴミ袋は、先ほど『リサイクル』が体の中に取り込み、去っていくときにその場に残していったものだ。そしてその中から、大量のスチール缶が無くなっている。つまりこういうことだ。


 『リサイクル』は、体の中に取り込んだ物を再構成して再利用する能力を持つ。


 最初のハンマーは、スチール缶を体の中で再構成したもの。次の投げ槍は返崎さんのハサミとゴミ袋の中にあったいくつかの木材を再構成したものだろう。しかし、再利用したものは長く使えるものではないようだ。

 完全なリサイクルは幻想に過ぎないのだと聞いたことがある。何かの廃品を再利用しようとする場合は、大抵は環境に負荷がかかる処理をしなければならず、その負荷は普通にゴミを消却する場合のそれよりも大きいのだと。

 そして、廃品を再び利用する際には品質が落ちるため、その品質に合わせた別の品物に転用されることが多いのだそうだ。つまり、『リサイクル』の能力も同じことなのだろう。


 再利用は出来ても、同じように長く使うことは出来ない。捨てられたものは、やはり捨てられたものなのだ。


 ……相手の能力はわかった。しかし、その目的となるとまるでわからない。

 どうしてアイツは返崎さんを襲うのか? どうしてアイツは僕の親友を連れ去ったのか。


 アイツはそもそも、何がしたいのか?


 しかし、これ以上考えても答えは出ないことを悟った僕は、仕方なく家に帰ることにした。



「ただいま……」

「おかえり。あら? もう制服汚しちゃったの?」


 母さんに指摘されて初めて気づく。そういえば、『リサイクル』に襲われた時に地面を転げ回ったんだっけな。


「洗っておくから、早く脱ぎなさい」

「うん、ありがとう」


 母さんに制服を渡した僕は、着替えるために自室に向かった。




 日が暮れて、夕食の支度を手伝っていると父さんが帰ってきた。


「ただいま……」

「おかえり、あなた」

「うん、ただいま」


 母さんが父さんを出迎える。父さんも満面の笑みで母さんに応えた。


「おかえり、父さん」


 そして僕も父さんを出迎える。しかし……


「……」


 父さんは僕に軽く会釈しただけで、さっさと奥に行ってしまった。その反応に、心がチクリと痛む。


 まだ、父さんは僕を――


「義堂」


 うつむいた僕の背中に、母さんが寄り添う。


「大丈夫よ。父さんだって子供じゃないんだから。いつか、ね?」

「うん……」


 しょうがないと言えばしょうがない。だけど僕は……


 あの時から未だ、父さんに受け入れられてなかった。



「ふう……」


 夕食と入浴を終えて、自室のベッドに横たわる。


「明日からどうなるかな……」


 忘れかけていたが、僕は入学初日で早くもおかしな人に関わってしまった。しかも、おそらくは僕自身もおかしな人だと思われている。こんなことで大丈夫だろうか。


 ……いや、前向きに考えよう。まだ一日経っただけだ、誤解はゆっくり解けばいい。返崎さんともゆっくり話し合って、自殺を思いとどまらせよう。そして出来れば、『リサイクル』について聞きだそう。


 そう決意した僕は、眠りについた。



 しかしまだ僕はわかっていなかった。『普通』でない者に対する、身勝手な『悪意』が存在することを。



――フェイズ終了――

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