佐藤君が死んだ

「これ」


母の声に目線を上げると、テーブルに3枚ぐらいの紙が広がっていた。


「何それ」


 またスマホに目線を戻す。季節外れの水着を来た4人の男女が海でバーベキューの串と自分の顔のアップを交互に映している。串が映る度に肉や野菜が減ってるから画面の外にいる人が食べてるんだろう。居間で見るために音量はオフにしてるからどんな音が鳴っているかはわからない。


「あれ、佐藤君、夕方から葬式いくっていう」

「ああ、佐藤…裕…一だっけな…正直クラスも違うし話したこともないんだよね」

「でしょう、だから、これ、回ってきたのよ」

「だから何さそれ」

「佐藤君のおうちのスコアってやつよ」


 それを聞くとスマホをソファの肘置きに乗せた。


「えっ、それって本当にあるの」

「あるわよ、友達の同級生が担当してる会社の人らしくてね。ちょっと持ってきてもらったのよ」

「そんなのもらって大丈夫なの」

「みんなやってるし、なんかばれないようにうまくやってくれるみたいよ」


 紙の一枚を手に取る。デジタル情報処理の授業で見たような表が並んでいる。こういうのは大抵表の下に一番大事なデータがあって、そこはたいてい色が変わっているものだ。案の定一番下に網掛けで「総合スコア」が書いてあった。


 「この57点って、どうなの」

 「相当低いみたいよ、60点切ると色々規制されるみたいだし」

 「規制ってなに」

 「電車とか飛行機予約で取れなくなったり、家とか高いもの買えなくなったりするみたい。あと、やっぱり就職とかも大変になるみたいね」

 「就職って、わかっちゃうものなの」

 「そりゃそうよ、お母さんでも見れるんだから、会社が見れないわけないでしょ」

 「そりゃそっか、で、なんで低いのさ」

 「ちょっと読んでみたんだけど、税金の払い遅れとか続いてたみたいね。あとお父さんが夜中に飲み屋や電車の中で暴れてるのとかカメラに写ってたみたい。選挙も行ってなかったみたいだし。」


 そんな話を聞きながら、佐藤君のことを思い出していた。話したことはないけれど、表情は少し覚えている。短く刈り上げた髪で、階段の前で友達と笑いながら喋っていたことを覚えている。なんて話してたかな。「おやじムカつくわー」って言ってた気がしたけど、きっと今の話を聞いてそう思ってしまっているのだろう。ああ、そうだ。マンガ雑誌を回し読みしていた。読んだことない雑誌だったけど、アニメにもなったマンガが表紙のやつだった。あの雑誌は佐藤君が買ったのだろうか。その雑誌を読む佐藤君も笑っていたような気がする。


「それでさ」


 母親の声色が少し低かった。その瞬間、雑誌を読む佐藤君の笑顔に白い無機質な照準が合わせられて、そこに「57」という数字が大写しにされているイメージが浮かぶ。


「そのスコアの会社の人が言うには、こういうスコアの人だったら無理にいかなくてもいいんじゃないかっていうのよね。多分これ聞いていかない人も多いだろうし、ヘタにいって何かトラブルにつながっちゃったらうちのスコアも、ああ、聞いた話だとうちのスコアは今のところ」


その「57」という数字が、彼の笑顔に似合うものとは思えなかった。


「行くよ」

「えっ

「行く。香典お願いしてたのちょうだい」

「いいのかい」

「いいの」


 そう言いながらソファに横になり、右手を伸ばしてスマホをとる。制服のよれを直して、天井を見上げた。天井の蛍光灯のひもがなくなったのは半年前だった。ひもの代わりに電気を消してくれるスピーカーに佐藤君のことを聞いたら「57点です」と正確に教えてくれるんだろうか。そんなことを考えながらスマホに目を移す。新しい動画は前に何度か見たモデルがメイクを早回しで見せてくれるものだった。モデルの顔の前に照準が現れそうに見えて、目を離した。あの佐藤君と一緒に雑誌を回し読みしていた同級生たちが、来てくれればいいなと、そんなことを考えながら、まだ今年初めて来た冬用の制服が伸び切っていないところに気づいて、姿勢を直す。

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掌編:This story is mine,and not mine. 日向日影 @hyuugahikage

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