第3話  訪問者

 セスはDDが寺田にしてやったのと同じようにDDを殺した。


 いつの間にか眠っていたのかしらないが、DDの死体に火を着けたところで、セスは夢から飛び起きた。逃げ口はあれども、窓一つないこの工場の中からでは昼とも夜とも見当がつかない。セスが腕時計をみると、ガバンチャと別れてから、六時間程眠ってしまっていた。ストレッチをして、全身の筋肉を伸ばす。どうもソファでの寝心地は良くなかったようで、全身が鉛のように重く感じられ、おまけに空腹だった。

 セスはガラステーブルの上にあったバーガーにポテトをしこたま挟み、齧り付くと炭酸で一気に胃の中へと流し込む。


 だだっ広い工場内から小さな咀嚼音が消え、オイルライターの金属音が鳴る。

 高い天井に紫煙がゆらり、と立ち上っていく。

 セスは瞑想を始める。しん、とした工場内と同様心の静けさを保つ。

 この街に戻ったことを悔いても仕方がない。もう、後には戻れない。

 段々と頭の中が騒がしくなる。

 

 セスは目を見開く。


 どこまでも突き抜ける青い空。雲の白が誇らしく映える。辺り一面は黄色い菜の花に埋め尽くされ、その上をクロアゲハは浮沈し、舞っている。遠い太鼓の音が山々から轟き、コロポックルの楽隊がキャラバンのようなサーカスの一団を引き連れやってくる。セスは泣いている。この街に戻ることがどれだけ屈辱的だったか、彼自身にもはかり知れていなかった。

 

 世界が暗転する。

 こなかった未来が瓦解していく。コロポックル達の首は悉く宙へ舞い、クロアゲハは弾けて散った。黄色い菜の花は赤々と燃え盛り、山は爆音と共に噴火し、サーカスの一団は互いに殺し合っている。ブランコ乗りは八つ裂きにされたし、ピエロは内臓をライオンに食い千切られ、マーチングバンドは皆、串刺しだ。


 セスは冷たい地獄を想った。深遠がこちらを覗き込むよりも先に、そこへ我が身を投じたのだ。冷たく凍えきった心がぽつねん、とそこにある。


 けたたましいブザー音が工場内に鳴り響く。


 不吉な夜の訪問者がやってきた。

 

 

 

 

 

 

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へいヴん だだ @gozonnjiyori

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