第2話 ウサギのセス
工場は昔よりも綺麗になっていた。
「よぉ、セス。よぉ、セス。ウサギのセスよ。よく戻ってきたじゃないかこの街に」
葉巻を吹かし、アロハシャツと、短パンにサングラス、ドレッドヘアという出立ちで不自然な程に肌の黒い老人がウィスキーと銃を片手にセスを出迎えた。
「手紙の返事をありがとうな、ガチャンバ。あんたの返事がなけりゃ、ここには戻って来れなかったよ」
いいさ、とガチャンバという名の老人が返事の代わりに煙草の煙をセスに吹きかける。
げほっと咳き込むセスを見て笑い、ガチャンバはセスにこの街の状況のことを話してきかせてやった。
「お前が奪った金があったろ。あれで、ククリマフィアは資金難に陥り、この街でのシノギを維持できなくなった。そこに目を付けた他所のマフィア共が一斉にここへ攻め込んできやがった。シイナに、アデジ、コポルス、それにフジジとサナステ。小さいとこも含めりゃまだ他にもいたが、結局はアデジがこの街を仕切ることになった。皆がお前の噂をしてたぞ。脱兎のごとく、それでウサギのセスなぁわけだ。うはは、今となっちゃ、お前を殺し屋だと覚えてる奴は俺以外にゃいないだろうぜ。それに見てみろ、この工場。綺麗なもんだろう。監視カメラも新調したんだ。新居同然だ」
ガチャンバはひとしきり話し終えると、ウィスキーを一口のみ、セスにも勧めた。
スコッチ以外、ウィスキーと認めないガチャンバとの再会がどうにも感傷めいたものを呼び起こすのに気付いたセスはそれを拭い去ろうとでもするように、グラス一杯に注がれたスコッチを一気に飲み干した。
いい飲みっぷりだ、とガチャンバは笑い、用事があるから祝い事は明日にする。また来るからな、と言い残し、ガラステーブルの上に大量のバーガーとポテト、それに炭酸飲料と水とを置いてそそくさと工場を去っていった。
再会も束の間、ガバンチャガいなくなり、静寂が残る。まるでセスと時間だけがぼんやりとこのだだっ広い工場を漂っているようだ。
セスは砲弾をも通さぬといわれる自動シャッターを閉め、薄汚れた黄色い皮のソファに寝転んだ。ソファの前には空のドラム缶が五個と、食い物で満載のガラステーブルが置いてある。
セスは天井を見上げ、ポケットから煙草とオイルライターを取り出しゆっくりと火を着けた。
深く煙を吸い込み、吐き出すなかで自分に殺しを教えてくれた人達の顔を思い浮かべる。
最初は確か、黒い髪に色白の女だった。教えられたというより、その場に偶然居合わせただけ。人が死ぬというのを目の当りにしただけだ。真夜中に煙草を盗みに入った酒屋で、酔っ払ったゴロツキにレイプされようとしていた最中で、店主は頭から血を流し床に倒されていて、黒髪の女はでかい胸の谷間から玩具みたいな銃をだし、容赦なくゴロツキの頭を撃ちぬいた。それを外からガラス越しに見ていたのだ。
それから、とセスは記憶を探る。
ストリートチルドレンをやっていた時の苦々しく、思い出したくもない嫌な記憶は飛ばし、寺田という男に拾われた処から探ってみた。
寺田は笑うと般若の面のような顔になる男だった。銃とナイフの扱いを最初に習ったのは寺田からだったが、いまにして思えば大した技術ではなく、銃ならば弾を込め、撃鉄を起し、引金を引けば弾が発射されるという程度で、ナイフでいえば刺せば刺さるといったようなものだった。
しかし、人間的にはやさしく在ろうとしていた人で。父親の様に接してくれたのは後にも先にも彼だけだ。
次にDDだ。DDは寺田を殺し、セスを引き取った。
そして、セスを徹底的に鍛え、自分の手駒として使った。
セス自身、彼の命令をすべてこなせば、それなりの技術が身に付くだろうとなんとなしに理解していたので、寺田を殺されても哀しみを抑え、延々と彼の言う事には黙って従っていた。
だが、それよりも最初、寺田に容赦なく弾丸を撃ち込んで死体にし、その死体となった寺田を手際よくビニールで包みドラム缶に入れ、ガソリンを浴びせた後、表情一つ変えず火を着けてみせたDDへの恐怖心が何よりも勝っていたのだろう。
そんなわけでDDに師事してから六年目の春にセスはDDを殺した。
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