第4話 後編
気が付くと7時だった。4時くらいまで起きていた記憶があるのでいつの間にか眠っていたようだ。リビングに行くとお母さんがおはようと言ってきた。目の下に隈があるのでお母さんも眠れなかったのだろう。テーブルの上にはすでに空になった食器があった。お母さんが「けんやがね5時ぐらいに起きてきて、「かあさん飯作ってくれ」って言うのよ。普段はぎりぎりまで寝てていくら起こしても起きないくせに。朝食作ってあげたら、俺ピッポくん探してくるって出てったわ」
彼の方がよっぽど冷静に考えて行動している。日が落ちたらインコは何も見えないのでさっさと寝てしまうのだ。代わりに日が昇るとあっという間に起きて行動しだす。昨日は早めに切り上げて、朝は日の出とともに探したほうが効率的なんだ。私もそうすればよかった、と落ち込んだ。
朝食要らないという私に対し、お母さんが無理矢理食べさせた。不思議と朝食を食べると前向きになれた。そうだ私もさっさと準備して登校前の時間を有意義に使わないと。よーし、食べるぞ!
私はむしゃむしゃっと朝食を平らげ、ばばばっと身支度をした。ブラシが甘く寝癖が残ったが気にしない。待っててねピッポくん!
ただ、その日も彼は見つからなかった。その次の日も、また次の日も。
同級生や先生に顔色が悪いと心配された。お父さんが会社の人に教えてもらった迷子鳥のネット掲示板も毎日チェックした。お母さんも張り紙を作り、友達にお願いしてあっちこっちに張っていった。弟だって大会を目前にして忙しい中、朝は早く出ていくし部活のランニングも公園を巡るルートに変えてもらったそうだ。
正直何度ももうだめかと思った。でも毎日探し回った。勉強するのも冬の寒い時期だったけど公園近くのカフェのテラス席に通った。店員さんも不思議そうな顔をしていたけど構わなかった。むしろ張り紙を壁に張ってほしいとお願いした。快く引き受けてもらった。
ピッポくんがいなくなってから10日間が経った。お父さんや弟は半ば諦めているようだ。新しい子を会社の人から貰ってこようか?というお父さんに私は雷を落とした。うちの家族はあの子だけなんだ。新しい子が来てもピッポくんが心配で心配で世話どころではない。
掲示板を確認したが、情報は何も無かった。一度ピッポくんっぽいインコが見つかりましたという連絡があり確認しに行ったが、彼とは色が全然違うハルクインの女の子だった。その子は次の日ちゃんと飼い主に引き取られていった。逃げて2日目だそうだ。
私は彼が大事にしていた丸いおもちゃを指で転がしながら泣いた。途中で弟が帰ってきて、普段だったら絶対からかうのにそっとしておいてくれた。ずっと泣いていたが、そのうち疲れてきてしまった。涙がとまったところで弟がココアをそっとテーブルに置いていった。あたたかい
ココアを飲み干して、涙でぐじょぐじょになった顔を洗いに洗面台に向かった。目が真っ赤だ。ひどい顔。試しに笑ってみる。最近笑っていなかったせいか顔がへんにこわばる。それでも人間、笑顔で背筋を伸ばすと気分がよくなってくる。まだあきらめるには早い。きっとピッポくんも自然の中で寂しい思いをしながら頑張っているはずだ。もう一度近所の公園をまわろう。
そう思って靴を履いていると電話がかかってきた。誰だろう。
出てみると私が勉強しているカフェからだった。たまにオーナーがやってきて、余ったパンなどを雀にあげるらしい。さっきもいつものようにパンをあげていたら、カラフルな色した鳥が雀にまじってパンを食べにきたので面白がって話しかけたら肩に飛び乗ってきたのでお店に連れてかえってきたのだと。とりあえずずっと使っていなかった金魚鉢に入れられているところを、私が張り紙を渡した店員さんが出勤してきて見つけ、私この鳥探している子を知っています。ということで電話を掛けてきてくれたみたいだ。
自転車に飛び乗り、カフェまで走った。びゅんびゅん走った。鍵をかけるのももどかしくて、そのまま店内に入った。
ピッポくんがいた。
金魚鉢の中でパンをついばんでいた。
彼は色こそ普通だが、頭の毛が一本ピンとはねているのだ。よくお母さんとなんでだろうね、なんて笑っていた。金魚鉢のなかのインコも頭の毛がはねていた。試しに話しかける
「ピッポくん?」
もしかしたら、長い雀たちとの生活で言葉を忘れたかもしれない。そう思いながら。
パンをついばんでいたインコがこちらをみた。
そして、へたくそな小鳥の歌を歌ってくれた
もう沢山泣いたから涙なんて出ないはずなのに、拭いても拭いても溢れ出てきた。店員さんがあったかい紅茶を出してくれた。今日は人の親切が身に沁みる。心なしかピッポくんもホッとしているようにみえた。そうだよね、10日間も外の世界で頑張ってたんだもんね。こんなに時間が経って近くにいたってことは、彼なりに家を探していたのかもしれない。でも場所が分からないから家族に迎えに来てもらえるのを待ちながら。
ようやく泣き止んだ私は、店員さんとオーナーによくよくお礼を言った。家族の命の恩人だ。今後も通わせてもらおう。オーナーは数時間の間にインコの魅力にやられたらしく、お父さんの会社の人にインコを譲ってもらえないか訊いてくれとお願いされた。お安い御用だ。
こうしてピッポくんの脱走劇は終わり、金魚鉢に入れられたまま彼は家に帰ってきた。
かごの中でお気に入りの丸いおもちゃをつつく彼に言う。
「おかえり、ピッポくん」
「ただいーま」
ピッポくん編 おわり
インコのある生活 @ishiyaki-imo
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