第3話 逃げた!前編

その日は家族みんなが疲れていた。

お父さんは接待があったし、お母さんは朗読会の帰り、弟はバスケの対外試合、私は期末試験が目前で焦っていた。


だから誰も窓が開けっぱなしなことに気が付かなかった。

窓を開けたまま、ピッポくんを放鳥してしまった。さらにその日はピッポくんの好きな黄色いタオルをベランダに干していた。気付いた時にはベランダに飛び出してしまっていた。


慌てて追いかけたが、そのまま飛んでいってしまった。家族は大パニックだ、着るものもほどほどに飛び出していった。うちはマンション住まいなのでぐるっと一回りしないとピッポくんが飛び出していった方に行けず、着いた時にはもうどこにもいなかった。


インコは帰巣本能というものがない。群れのある場所が居場所なので、一定の場所に留まらないからだ。なので、インコ自身が元の場所に帰りたいと思っても帰れないのだ。それに自然界では弱い個体だ、群れでいるから大きな鳥にも負けないのであって一匹だと縄張り争いなんか簡単に負けてしまう。食べるものも果物や粟など、住宅街ではなかなか手に入らないであろうものばかり。1週間も生きていけない。


ただセキセイインコの1日の移動距離は2キロほど(本気を出せばもっともっと飛べるが)。つまり今日中なら、まだ近くで捕まえられる可能性があるのだ。近所に住んでいるおばあちゃんに家まで来てもらって、万が一家に帰ってきたときのために待機してもらう。私たち家族は彼の大好きなリンゴを持って公園など彼が行きそうなところを走り回った。


何時間も走り回って、日もすっかり落ちたころお父さんが迎えに来た。

「かすみ、もう帰ろう」

なんでそんなこと言うのか分からなかった。だってまだピッポくんは見つかってないんだよ?彼は寒がりだから、どこかで震えているだろうし、ベランダにカラスが来たときなんかびっくりしてひっくり返っちゃうほど怖がりなのに。だから早く見つけてあげないと

「なんで?なんでお父さんはそんなこと言うの?そうだよね、お父さんいつも仕事でいないから、ピッポくんと遊ぶことなんてほとんどなかったし、別にいなくても寂しくなんてないんでしょ!」

私はイライラをお父さんにぶつけた。

でも、お父さんだって彼のこと可愛がってて、たまにおもちゃを買ってきたりして気にいってもらえなくてへこんだりしているのだって知ってる。接待明けでくたくたで本当は休みたいはずなのにパジャマのまま飛び出して来たんだ、お父さんだって心配なんだ。靴だってよごれてるし、パジャマには枝が付いている。きっと茂みの中もかき分けて探したんだろう。なのに酷いこと言った。

お父さんはちょっと悲しそうに微笑んで

「かすみ、風邪ひくからこれ着なさい」とコートを差し出してきた。お父さんが会社に行くとき使ってるやつ。お父さんのにおいがする。なんだか少しほっとした。

「お父さん、私まだピッポくん探す」そう言って私は再びピッポくーん!と彼を呼びながら歩き出した。


お父さんもそうかそうかと言ってついてきた。


それから1時間ほどお父さんと一緒にピッポくんを探した。時間は11時、もっともっと探したかったがピッポくんも寝ている時間だ。呼んでも気が付かないだろう。私は泣きながらお父さんに連れられて家に戻った。


おばあちゃんが作ってくれたお味噌汁とおにぎりを食べて、お風呂に入った。身体がとても冷え切っていた。おばあちゃんもずっと待っていたそうだが帰ってはこなかったようだ。その日は期末試験も目前だというのに眠れなかった。勉強でもしていようかと思ったがピッポくんのことが心配で頭にちっとも入ってこなかった。

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