第16話

「あれっ、その花」

 隣席の彼女は、私の持っていた鉢植えをクリクリとよく動く目で興味深そうに眺めた。

「お供えしようと思って」

「……そっか、今日でちょうど一ヶ月だもんね」

 彼女はしみじみとした口調で呟いた。

 駅前で私が全て思い出してから、一週間が過ぎていた。

 教師も含めた教室の全員は、赤毛の彼―――いや、交通事故で亡くなった不幸なクラスメイトの事を思い出していて、空席の机に活けた生花に水をあげたり、机の側で思い出を語ったりしていた。

 いや、違うな。きっとみんな忘れてなんかいなかったんだろう。私一人が忘れていて、彼にまつわる全ての記憶も、行動も、会話も、全部の意識外に追いやってしまっていたんだろう。

「でも、良かったよ。ようやく吹っ切れたみたいで。ずっと心配だったんだ」

 ふふっと彼女が笑う。

 その一言でやっと気づいた。

 彼女は、私の事をずっと心配してくれて、気さくに話しかけてくれたのだと言う事に。

「ゴメン、心配かけて。もう大丈夫だから」

「あ、あれ見てよ。まだ手つきがぎごちないよね」

 彼女が指差す方向には、生花を取り替えようと頑張っている少年がいた。

「新しいクラス委員として、職務をまっとうしようと頑張ってるんじゃない。見守ってあげようよ」

「前任者が優秀過ぎたから、どうしても、ねぇ」

 彼女はため息をつきながら席を立つと、もたもたしているクラス委員の元に駆け寄って生花の交換を手伝い始めた。

 窓からそよぐ風が心地良く、鉢植えの青い花を優しく揺らした。

 入梅と気象庁が発表したのは昨日の事。

 でも今日はそれが嘘のように、雲ひとつ無い青空が窓の外に広がっていた。

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ミオソチス・シルヴァティカ 宮野原 宮乃 @yfukuzawa

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