俺と息子と神様見習いと
月夜野出雲
俺と息子と神様見習いと
夏も終わりかけ、公園の木々で鳴くセミの声の数が少なくなったようなと感じた、ある晴れた昼のことだった。
4歳になる息子・リクト、普段はリクって呼んでるんだが、せがまれたんで公園まで来たのはいい。
が、遊び相手になりそうな歳の子は誰もいない。
数日前にはたくさんいた小学生達も、夏休み終盤ということもあってか3から4人のグループが2つしかおらず、それもこれから帰ろうとしているところだった。
「リク、今日はお友達いないみたいだし、このまま動物見に行くかい?」
いつもなら『ほんと!?また、ぞうさんみにいこっ!!』と駆け出すのだが・・・
「ねぇねぇパパ?あのおねえちゃん、どうしたんだろ~?」
と、桜の木の根元を指差す。10歳位だろうか?女の子がうずくまっているように見える。さっきまではいなかった気がするんだが、見落としたか?
夏の終わりとはいえ、まだまだ熱中症の危険が高い。しかも時間的に日陰もほぼ無く帽子も被ってはいない。
「えっと・・・君、気分でも悪くなったかな?」
リクの手を取ってその子に近寄り声をかけてみた。熱中症だったら大変だしな。
「うわっ!だ、大丈夫ですよ。ちょっと探し物してただけですから。」
後ろから声をかけたせいか、びっくりさせてしまったみたいだが、ちゃんと受け答えできてるし、大丈夫そうだ。
しかし長い時間外にいたのか、汗だくになっている。
それにしてもどこかで見かけた気がするのは、登下校中にでも見かけたからか?
「探し物もいいけど、一旦水でも飲んで休憩したら?倒れちゃうぞ?」
すると、その子は一瞬困ったような顔をしたが、探し物とやらを再開した。
それを見たリクが、「おねえちゃんのおてつだいする!」とそばに向かって走り出した。
しまった!今日は砂遊びか動物園の予定だったから土いじりされると洗濯がぁ!泥は落としにくいんだよぉ!!
「あっ!リク待って、ストッ・・・」
『プ』を言う前にリクは木の根っこに足をとられてこけ、そして盛大に泣き始めた。
こうなってしまうとしばらくは泣き止まない。それにリクのすり傷が思ったより酷そうだ。急いで消毒しなくちゃだ。
やれやれ、服も土で汚れたがそれは後回しだな。
「ごめんな君、騒がしちゃって。リク、消毒するから帰るぞ。」
と、俺がリクを抱き上げようと近寄るより先に、その子はリクのそばに駆け寄って「大丈夫?痛かったね。」と怪我した膝に手を当てた。
なんだ?リクに何をする気だ?
「ボク、もう治ったから大丈夫だよ。」
治った?手を当てただけで?
何がおきたんだ?
マンガみたいに呪文唱えたり、光ったりしたわけじゃないのに?
しかもリクが泣き止んでる?
「ほんとだぁ!ぜんぜんいたくないよ。おねえちゃん、すごいんだね!おいしゃさんみたい!」
えっ・・・?医者はそんな治し方できねぇよ!って4歳児にツッコミいれてどうするんだよ!てか、何なんだ!!
「おじさんそのタオル、きれいな水で濡らしてふいてあげて。」
女の子がティッシュで軽く傷周りを拭いてくれたんだが、汚れは落としきれていない。
そして、そこにあるべきはずの傷が・・・・無い・・・・・
俺の思考回路はオーバーヒートしたかのように煙をあげ、動かなくなってしまったようだ。
「おじさん?」
再び声をかけられ、ようやく動けるようになった。
「タ・・・タオルを濡らせばいいんだよな?」
慌てて水道を探すもトイレのところにしかなく、それもやや汚い。
仕方ない、やはり帰ろう。帰るしかない。俺の方が熱中症になりかかってるのかもしれないしな。もしかしたら、本当は俺は寝ているのかもしれない。昨日は久し振りの残業だったからな。
いや本当の本当は、リクとあの子がグルでマジックを・・・
んなわけあるか!初めて会ったのにできるわけあるかい!ってなに言ってんだ俺は!冷静になれよ!!
あれ?女の子、一瞬だけど笑った?気のせい・・・か?
「あ~・・・えっと・・・うちの子の怪我、治してくれてありがとうな、お嬢さん。後は家でやるからこのまま帰るよ。探し物の邪魔してごめんな。」
焼けた思考回路が変なつながり方をしたようだったが、言語中枢は無事だったようで良かった。
一方、女の子は神妙な顔つきをしている。やっぱり笑った様に見えたのは、気のせいだったようだ
「いえ、私の方こそジャマしたみたいで・・・。リク君、ごめんなさい。」
その子は俺に頭を下げてから、リクにも頭を下げた。
しかし、違和感がある言い方だな。そもそもこの子は、うちらの邪魔はしていない。うちらの方が邪魔していると思うんだが。
「パパ、もうかえるの?おねえちゃんとあそびたいのにぃ!」
な!?ワガママ発動寸前だ!しかも探し物の手伝いじゃなくなってるし、このままだと帰らなくなるぞ!!
「ねぇ、リク君。リク君のパパ、困ってないかな?大丈夫?」
立っていた女の子はタイミングよく、そしてさりげなく目線の高さをリクと合わせ優しく諭すように話している。リクも心なしか落ち着いているように見える。
この子、年の離れた弟妹でもいるのか?
気付くと女の子とリクは、何かを話し合ってるみたいだ。
「そうだ!おねえちゃんといっしょにかえればいいや!」
何言い出すんだ!早く帰らないとまずいな。
「探し物で忙しいらしいから、お姉ちゃんとは帰れないぞ。」
「やだ!おねえちゃんとかえるのー!!」
結局、ワガママ発動完了だな・・・はぁ・・・
結局、女の子も休憩するというので途中までの約束でお付き合いいただく事になってしまった。
で、公園から次の交差点までの約束で歩いていたのだが、帰宅ルートの各交差点でリクが『寝転がり手足バタバタ攻撃』したため、結局3人で我が家にたどり着いてしまった。
「おちゃど~ぞ」
帰って直ぐにシャワーを浴びせて体を洗ったのだが、件の膝だけでなく顔や腕の傷もなくなっていた。おかしい。家に着くまではあった気がするんだが・・・。
「リク君、ありがとうね。いただきます。」
「もしよかったら、そうめんでも食べていくかい?」
そうキッチンから声をかけると、「いや、あの、お、おかまいなく。これ以上はご迷惑でしょうし・・・」と顔の前で手を左右にふる女の子。
「治してくれたお礼だし、それにリクもいっしょに食べたがってるから。」
あれ、俺なんで昼飯に誘ってんだ?親御さんがご飯作って待ってるんじゃ・・・ないか・・・?
あれ?今、一瞬だけご両親がいない気がしたのはなんでだ?デジャヴ?昔にも似たよう事があったような・・・。
「あ・・・ご両親が作って待ってるか。」
「えっと・・・それは大丈夫なんですが・・・やっぱり、いただいても大丈夫ですか?」
「どうぞどうぞ!えんりょなくどうぞ!」
お椀と箸を女の子に渡しながら、満面の笑みでそう言ったのだが、おいリク、どこで覚えた。幼稚園で覚えたのか?
『子供はあんな言葉をどこで覚えてくるのか?』と、妻とママ友達が言っていたのを思い出したよ。
「「「いただきま(~)す」」」
女の子は合わせた両手の親指で箸を挟んで頭を軽く下げた。箸の使い方もとても綺麗だ。多分あれなら、豆を箸で摘まむのも容易いだろう。ご両親の躾は厳しそうだ。うちは・・・気長に教えよう。
「あの、何か?」
いかんいかん。じっと見ていたから変に思われそうだ。
「箸の持ち方が綺麗なんで、ご両親の躾が行き届いてるなと。リク、お姉さんの箸の持ち方上手だぞ。」
「ほんとだ~。きれいだぁ~。」
わかってるのかいないのか、リクは女の子の箸先を見つめる。
女の子は気恥ずかしいのか、軽くうつむいてしまった。余計なことを言ってしまったようだ。
「ほらリク、先に食べちゃいなよ。お姉さんも食べづらそうにしてるぞ。」
「うん!たべる!」
そんなこんなで、食べ終わったリクは「あそぼ~!」と椅子から降りようとした。
「おいリク、食べ終わったら言うことあるだろ?」と止めようと手を伸ばすと、
「ご馳走様でした」
女の子は、いただきますの時と同じ様に箸を持って手を合わせた。やっぱりどこかのご令嬢か?身なりも会話もきちんとしてるし。
これでリムジンでも迎えに来たら、完璧なセレブだな。
「ごちそうさまぁ!」
おっ?リクが真似した。見本が良いとお行儀も少しは良くなるようだ。
そして、リクと女の子はリビングで積み木を始め、俺はリクの食べこぼしを片付け始めた。1年前の大惨事なテーブル周りから比べれば、はるかに楽になったよ。
食器を片づけ終わると、リビングが静かになっているのに気付いた。どうやらリクはソファーで寝てしまったようだ。
あれ?リクにかかってるタオルケット、出しっぱなしだったか?いや・・・妻が今朝洗濯して、干していたような?
そうだ帰ってきた時、玄関から干しているのは見た。女の子も外に出た気配もないし、そもそも、タオルケットってなぜわかった?家のはバスタオルっぽいんだから・・・。
不可解
突然頭に浮かんだこの一言が、俺の中で少しづつ広がっていく。
まさかあの子、妖怪・・・とか?
そうじゃなきゃ、リクの傷が一瞬で治るとか有り得ないだろ。しかも気付いたら俺もリクも受け入れていた。
直接問いただしたいが、こっちが気付いた様子を見せたら、襲われかねない。俺じゃなくリクが、だ。
リビングの様子を伺いながら、背筋に冷たいものを感じた。
どうする?どうするんだよ、リクがヤバい!
「おじさんやリク君をどうにかしようとか思ってませんから、安心してください」
ビクッ
マンガみたいな表現だが他に言いようがない。金縛りにでもあったように体が硬直している。しかも俺の思っている事を読んだのか?
女の子はリクのそばを離れると、食べる時に座っていた席に着いた。
「おじさん達に話しかけられたとき、すごくびっくりしたんです。だって人払いしたつもりでいきなり後ろから声をかけられたから。」
人・・・払い・・・?何言ってるんだ?そんな事でき・・・あっ!
「気付いたみたいですね。あなた方が来た時に丁度帰ろうとしていたグループがそうです。ちなみに私があの時謝ったのは、公園で遊ぼうとしてたお二人を追い出そうとしたからです。ごめんなさい。」
女の子・・・いやもう雰囲気は完全に大人の女性になっているが軽く頭を下げたあと、右手の平を上に向けテーブルの向かいを指し示す。座れって事か?
コクっとうなづきニコッと笑う彼女。
「で、色々聞きたいんだけど、まずリクを誘導か催眠術にかけて家にきた理由は?」
椅子に座った俺は内心の怯えを隠すように、彼女の目を見ながら問い質した。
「誓って誘導も催眠術もしていません。リク君に誘われたので来ました。お茶もらったら帰ろうと思ったんですが・・・」
「じゃあ、俺が君に食事を進めたのは・・・」
「おじさんのお気持ちってことですね。」
ニコッと微笑むと爆弾を投下した。
おい、端から聞いたら危ない発言だぞ!訂正させねば。
「誰も聞いてないから大丈夫ですよ。」
「っ!はぁ~・・・あのなぁ勝手に思考を読むな。で公園で人払いしてまで何の探し物だ?」
さっさと忘れて聞きたいことを聞こう。話が進まなくなりそうだ。
「あの場所に埋めたタイムカプセル、と言えばわかりますよね?」
タイム・・・カプセル・・・?物自体はわかるが、あの場所?
あの場所・・・
あの場所・・・
えっと、あの場所・・・?
「まだ思い出せない?リュウタ、どんくさいなぁ。」
「おい、俺はリュウタロウだ、誰がリュウタだ。なんか似てるなぁ。まるで・・・」
まるで・・・、小学校の時の同級生・ミサキみたいな物言い・・・まさか!?
「ミサキ・・・なのか?」
「正解!やぁっと思い出せたんだね。相変わらず思い出すの遅いよ!あっちなみに私死んでないからね。昔も今も同一人物だから。なんせ私、神様見習いだからね。」
はぁ!?どこの小説だよ、その設定。でも、髪型が違うだけで覚えている顔と、一致しているはずだ、多分。
「いやいや、そこは同じって言い切ってよ!昔と比べても髪が短いだけなんだからぁ。」
「だから、勝手に人の思考を読むな。で、神様見習いっていつからだよ?」
頬杖をつきつつ、ミサキに質問する。目線はミサキからはずしている。焼け石に水だとは思うが、少しでも読まれたくないと思ってのことだ。
「へぇ~、結構簡単に受け入れちゃうんだ。ちなみに焼け石に水だよ。」
「割とそんなような小説とか読んでるからな。ただ、混乱はしてるけど。で?いつから。」
「いつからって質問だけど、40年くらい前からかなぁ?まぁ簡単には神様にはなれないよ。」
俺、生まれてないぞ。それに今までどこで生活してたんだ?ミサキの家は誰も覚えておらず、同窓会の案内もミサキだけは誰も出していなかったて聞いたし。
「2丁目のお
2丁目っていうと、公園出て直ぐの交差点を右折して直進した先に、小さいお社があるんだがそこだったのか。小学校の頃は良く遊んだっけ。
「でもさぁ引っ越さないで、お子さんもいるなら遊びに来てよぉ。カブトムシとかまだいるし、ついでにお賽銭してくれるなら、スッゴく嬉しいんだけどなぁ。ニヤリ。」
「ニヤリなんて口に出して言うなよ。まあお賽銭くらいなら出してやるよ。」
「じゃあ50万くらいポンとお賽銭し「五円だ」」
右手を開いて突き出し、セリフも被せてやった。大体50万ってうちに欲しいくらいなのに。
「じゃあ、1825円で・・・」
「それ365日×5円だろ?毎日来い、ってことか?それより、タイムカプセルはずっと探してたんか?」
話が脱線した。早く戻そう。
「5年くらい前から・・・でも全然見つからなくて・・・」
「俺らは7~8年前かな?見つからなくてあきらめてたんだよ。」
「そっか・・・」
ミサキはそう言うと、黙ってしまった。
よほど大切な何かを入れていたんだろう。段々と表情が泣きそうになっている。今まで彼女がこんな表情をしたのは、見たことがなかった。
リクの使っているキャラクター柄のハンドタオルを黙って渡すと、リクのそばに座った。
ダイニングから時折、泣き声聞こえた。が、かける言葉が見つからず聞こえない振りをした。
正直、あのミサキが神様見習いを40年前からって言うのもどう言ったら良いかわからないのに、ましてタイムカプセルについてなんて言えばいいのやら皆目見当つかん。
ミサキが落ち着いたのは30分位してからだった。目を真っ赤にし、微かに残る涙の痕跡と、無理矢理な笑顔。
吹っ切れたのか切れてないのか、他人の思考が読めない俺にはわからない。
「帰るね、リュウタ。」
「ああ、気をつけてな。それから俺はリュウタロウだ。」
「ヘヘッ!っとそうだ、リク君にまた会いに来ても良いかな?」
ミサキは近づくと下から俺を見上げる。
「いいけど?青田買いにしては早すぎるんじゃないか?まぁパイロットになりたいって、今は・・言ってるからな。超有望株だぞ?」
「リク君ならリュウタと違って暴落しなさそうだし、親御さんのお勧めだし、考えとくよ。」
「なっ・・・暴落ってどういう意味だ!?」
「アハハ、冗談だってば!リュウタの子供だから、目が離せないだけだよ。」
「まぁな。目が離せないのは同意するよ。」
なぜかお互いに沈黙してしまう。
「そうだミサキ、家に神棚上げとくから神様になったら家でゆっくりしなよ。お社は2丁目ので良いんだろ?御札は・・・『
「なら、『
うっとりとした顔をしているミサキだが・・・
「それって、出雲大社から来るんじゃないか?『
「うっ・・・じゃ、じゃあ、暫定で『岬大明神』で・・・」
怖いのか?そんなに。顔も心なしか青く見えるのは気のせいか?
「それじゃあ、もう帰るね。」
「あぁ、元気でな。」
「それって神様見習いに言うセリフじゃないと思うんだけど・・・まっいっか。じゃあねリュウタロウ・・・・・・、バイバイ。」
両手を大きく振るミサキ。
「俺はリュウタロウだって何度・・・えっ?」
気がつくとミサキの姿はなかった。
○年末の2丁目・お社
「あなた、なんで今年はここなの?誰もいないじゃない。破魔矢も買えないし・・・」
妻と、寝てしまったリクを抱っこしている俺は、小さなお社に来ていた。
ちなみにだがミサキと再会した翌日、神棚を家に上げた。御神酒は毎日、榊は1日と15日に俺とリクで、一緒に御供えしている。
御神酒は当然リクにはあげていない。御神酒代わりの水も御供えしているのでそちらを飲ませている。
そして御神酒は一合も無いが夫婦で分け合いながら飲んでいる。
そして日付変わって1日になり、リクを起こしてバッグの中身である、ビニール袋を妻とリクに渡す。
「なっ!なんなのこれ?重いじゃない!?」
そりゃそうだ。五円玉1人366枚だから約1.5kgってとこか。今年は366日だそうだからな。
リクは、俺がサポートして入れてやった。
3人分計1098枚。金額にして5490円
一気に入れるのは今年だけにしよう。妻の青筋がくっきり出ているからな。
そうそう、うちの神棚は一社で、お札を手前から順番にお祀りしている。
一番手前の一枚目は『
二枚目は『氏神様』の御札
最後に奥の三枚目の御札は俺の拙つたない習字でこう書かれている。
『
俺と息子と神様見習いと 月夜野出雲 @izumo-tukiyono
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