第2話「あ〜らイケメン」

*起業するのだ


 かちゃかちゃかちゃ。

 ハルカがノーパソに向かって、夢中になってキーボード打っている。

 そこは、屋根裏部屋のハルカ・サイドなんだけど、骨董好きなおばさまから一万円札を5枚もらってから、まだそんなに時間がたったわけじゃない。

 だもんで、すぐそこには斜めってる宇宙船はあるし、そのおかげで整理タンスも倒れたままなんだけど、そんなことにはおかまいなし。

 かちゃかちゃかちゃ。

 夢中になってキーボード打っている。

 どやどやどやと部屋に戻ってきてから、ずっとこう。

 でもって、ハルカの傍らには、ちゅ~っ、チューブくわえて中身を吸ってるカバーオと、ぽか~んとそれを見ているカナタがいた。

「それ、なに?」

「携帯食料であります」

「いっぱいあんの?」

「はっ。7年間は餓死せぬようストックされております」

「よかった」

 と、キーボード打ちながらハルカ。

「食わせる心配はないわけだ」

「しかし、宇宙船が修理できませんと」

「分かってるって。だから・・あ、間違えちゃったじゃない」

 マウスでぴっ、ぴっ。ミスったとこ、カットしてるらしい。

 カバーオ、むすっとした顔で、またちゅ~っ。

 ぽかん。口開けて、それ見てるカナタ。

 気づいたカバーオ、食べます? と、差し出す。

 うれしそうに受け取るカナタ、早速、チューブに口つけて、ちゅ~っ・・といった途端に、

「うげっ」

 顔が歪んだ。

「どんな味?」

「ん、と、生臭いハーブ入り、くさいチーズ風味、甘くないチョコ」

「んげっ」

 顔も上げずに、表情ゆがめるハルカ。

 カバーオ、怒った顔で、ぷいとチューブを取り戻した。

「できたっ」

 ノーパソから、ハルカが顔を上げる。

 ん? カナタとカバーオが、画面を覗きこむ。

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「どお?」

「どお、って?」

「起業するのよ」

「キギョー?」

「新しくビジネスを始めるってこと」

「はあ?」

「どういうこと?」

 まだ分かんないのか、こいつら。ハルカ、じれったそうに説明する。

「だからぁ、歴史グッズ欲しいってヒトから注文取って、その時代にタイムマシンで出かけて、注文の品を持ってきて、でもって、売り飛ばすのよ」

 売り、飛ばすんですか、ハルカちゃん。

「あ、い~かも」

「それは・・・」

 対照的反応のカナタとカバーオ。

「すでにごまんえん稼いだではないか、じきに・・・」

「しかし、そのぉ」

「なに?」

「タイムマシンの使用には、その・・・」

「あたしたちを乗せると規則違反だってのね」

「それだけではなく、ほかにも・・・」

「じゃ、一人で行ってきてくれる?」

「は?」

「だってあんた、60インチ4K3Dのテレビがないと、宇宙船が修理できないんでしょ」

「はぁ」

「それにはお金がいるのよ」

「それは、そうですが・・・」

「じゃ、ほかに自分で稼げる方法があるの?」

 カバーオ、むすっと俯いちゃった。

「あたしはあんたを助けてあげようと思って言ってるんだよ」

「はぁ」

「それとも、下に駆け下りて、パパ、ママ、ヘンなヒトがいるのぉ、110番してぇ、って言おうか?」

 ぐすっ。カバーオ、泣き出しそうな情けない瞳で、うるうる、口惜しそうにハルカを見ている。

 なんで? あ、そうか。これが弱みを握るってことなのね。

 あんまし言うとかわいそうだけど、なにかの時には、ひひっ。

 ハルカ、人生で初めて握った“人の弱”みであった。

 あれ? ヒトじゃないか。ま、ともかく。

「分かった」

 ハルカ、改めてカバーオを見る。

「あとで無理やりやらされたとか言われるのもイヤだから、条件を決めましょ。その上で、やるかやらないか、自分で決めてよ。それならいいでしょ」

「そうですね」

 なんか、あいまい~なご返事。けど、かまってられるか。

「儲けは折半」

「せっぱん?」

「半分こってこと」

「あ、ああ」

「でもって、60インチ4K3Dテレビが買えるだけ稼いだら、ミッション終了。あんたは宇宙船を修理して、こっから出て行く」

「はあ」

「どお?」

「はぁ」

 くったり下向いて、考えこんじゃった。

「ねえ、ぼくたちの分は?」

「だから、60インチ4K3Dテレビが二台よ」

「あの、一台で十分なんですが」

「一台はうちんちのっ」

 カバーオに言い返して、今度はカナタ。

「分かったか」

「あ、そ~ゆ~こと」

 納得したカナタの顔がほころぶ。

「その上、タイムトラベルが楽しめるんだぜ」

「恐竜の時代も?」

「そ~ゆ~注文があればね」

「おっんもしろっそうっ」

「だろっ」

 にかっと笑って、二人で盛り上げる姉と弟。

 でもってこちら、難しい顔のカバーオ。

「あの、ひとつだけ」

「なに?」

「タイムマシン使用規則には従ってください」

「あ~、その件」

 ハルカは、一度はマリー・アントワネットも楽しんだミュージック・プレイヤーの一件を思い出した。

「分かったわ。あんたがダメってことは、やらない」

「お願いします」

 ぺこりと、頭を下げている。

「カナタもだよ」

「ふぁ~い」

 どうせ規則違反するのは姉ちゃん、と思ってるもんだから、カナタの返事、軽い。

「それでいい」

「はい、結構です」

 こくんと、どっちかってゆうと、自分に頷くカバーオ。

「重大な規則違反ではありますが、緊急非常事態でありますから、やむを得ません」

 すっと顔を上げて、ハルカを見る。

「やります」

「自分で決めたんだからね」

「はい、自分で決めました」

 も一度、こくり。

「よっしゃ」

 またまたノーパソに向かうハルカ。

 作った広告は、商店街ホームページの、パパが経営する古道具屋のサイトの隅っこにアップされたのだった。

 だって、レストランと古道具屋のホームページ、ハルカが任されてるんだもん。

 *

 さて、その夜。

「あの」

 カバーオが、宇宙船からハルカの部屋に顔を出した。

「な~に~」

「宇宙船が、その、傾いておりますために、わたくしの睡眠箱も、その・・・」

「すいみんばこ?」

「は、睡眠のための、箱であります」

「で?」

「傾いておりますと、その・・・」

「寝る場所が欲しいの?」

「はい」

「あんた男でしょ。カナタんとこで寝て」

「あ、はい」

 カバーオ、のっそり宇宙船を出て、カーテンで仕切られた・・いや、今はカーテンと宇宙船で仕切られたカナタ・サイドに移動する。

「え~っ、ここで寝るのぉ」

 露骨にイヤな顔のカナタ。

 だって、宇宙船のおかげで本棚は倒れてるし、コミックは散らばったまんまなんだもん。

「あの、こんなのありますけど」

 カバーオが差し出したのは、ん? ぬあんと、メガネがなくても3Dの、ちっちゃなゲーム機だった。

「わおっ」

「どうぞ」

「いいの?」

「はい」

「サンキュッ」

 早速、ベッドの上でゲームっちゃうカナタ。

 そのベッドの足元に、散らばってたコミック自分で片づけて、ひっそりと横たわるカバーオ。持参の毛布をかけて、

「ふぅ~う」

 ため息をつく、不時着最初の夜だった。



*歴女あらわる


 でもって、次の日はど~ゆ~わけか日曜だった。

 あ、そうそう。外から、ハルカとカナタんちを見てみようか。

 駅前の商店街が終わりに近づくあたりで、お弁当やさんの角を曲がってすぐのところに、ハルカとカナタんちはある。

 向かいにクリーニング屋さんと歯医者さん、並びにお寿司屋さんと小料理屋さんがあって、その先はもう住宅街になっちゃう、そんな場所。

 通りから見ると、二階建てプラス屋根裏部屋のなが~い建物で、左からレストラン、古道具屋、美容院と並んでいる。

 つまり一階がお店、上が住まいになってるのね。

 真ん中にはもともと小さな本屋さんがあったんだけど、店を閉めちゃったもので、ハルカのパパが趣味で古道具屋を始めたってわけ。

 もちろん、儲かってない。

 じゃ、古道具屋の上はっていうと、これが、右端の美容室の一家が、自分ちとつなげて使っているのだ。

 この美容院、駅前やショッピングセンターにもお店を出してて、すご~く流行ってるらしい。

 だってさ、裏の駐車場には、ポルシェなんか置いてあるんだぜ。

 そんなわけで、レストランと古道具屋、二軒のお店をやってるハルカんちなんだけど、住んでいるのは、レストランの上の二階と屋根裏部屋だけってわけ。

 んでもって、今はお昼時。

 パパとママは、ランチタイムで忙しいレストランで働いてて、ハルカは、カバーオに借りたゲーム機に夢中のカナタといっしょに、古道具屋の店番をしていた。

 カバーオ? 突き刺さった宇宙船が開けた屋根の穴を修繕してるはず。なんせ、雨漏りだけは防がねば。

 昨日晩も、今朝も、パパとママは、子供部屋には上がってこなかった。

 そもそも、二人ともめったに上がってこないんだ、子供部屋には。

 放任主義? どうなんですか、ハルカさん。

「ママは忙しくて、パパは無責任なだけだと思うよ」

 だ、そうです。

 にしても、斜めに突き刺さったままの宇宙船だけは、やはりなんとかしなくちゃいけないかも。

 古道具屋の看板?

 うん、ありかも。

 にしても、稼がねば。

「だぁ~れかホームページ見てくれたかなぁ~」

 ノーパソの画面見ながら、ハルカがつぶやく。

 だって[ご注文はご来店またはメイルでも]って書き足したんだ。だから、メルチェは欠かせない。

「見てねんじゃね」

 カナタ、ゲーム機から顔も上げずに言いやがる。

「なんでよ」

「もっとイラストとかついてなきゃ、誰も見ないって」

「そう思ったなら、なぜ早く言わぬ」

 ハルカ、いきなりカナタの首に腕を回す。

「すぐそやって怒るんだからぁ」

 必死に腕を振り払うカナタ。

 するとそこに、

「たのもうっ」

 高校の制服を着用した若い女性、すなわち一人の女子高生が立っていた。

 けど、「たのもう」って。

「いらっしゃいませぇ」

 そこはお店の子・ハルカ、ただちに営業笑顔。

「歴史グッズを手に入れるというのは、この店か」

「あ、では、ホームページをご覧に?」

「さよう」

 ほうれみろ。ハルカ思わず、カナタの横っ腹を肘で突いてやった。

「それはそれは、ようこそいらっしゃいました」

 営業笑顔が、ホント笑顔に変わっちゃった。

「それで、どのようなお品物をお探しですか?」

 尋ねるハルカを、女子高生がくいと睨みつける。

「注文を受けつけるは、そなたか」

 って、時代劇じゃないんだから。

 けど、口元くいと引き締めて、どんぐりまなこでこっちを見ているところは、どうやら当人、侍かなんかのつもりらしい。

 開きぎみの足が外股で、今どき珍しい膝の隠れるスカートが、なんか袴に見えてくる。

 でもって、肩には竹刀袋と道具袋提げている。剣道部だな、どう見ても。

「はい」

「見たところ、未だ幼き面影のようだが、マジそなたが注文を受けつけると申すか」

 中学生のようだが、だいじょぶかって言いたいんでしょ。ヘンなとこに[マジ]とか入ってるし。

「このビジネスの、担当者でございます」

 ハルカも、目いっぱいオトナっぽく、ビジネス・ウーマン風に答える。

「どのような品物をお探しですか?」

 女子高生、ようやく納得・・したかどうかは分からないけど、

「では」

 と、話し始める。

「拙者、戦国武将に関心を寄せる者である。先ず手始めに、なんでもよい、名の通った戦国武将が使っていた品が欲しい」

「たとえば、どのような・・?」

「さよう。武具甲冑」

「え?」

「と、言いたいところだが、拙者、高校生の身ゆえ、高価な物には手が出かねる。そうだな・・・」

 首を傾げて考えている。

「扇、采配、杯・・・なんでもよい。一万から十万くらいの間で購入できるものを頼む」

「いちまんえんからじゅうまんえんくらい・・・」

「できるか」

「分かりました。なんとかいたしましょう」

「値は、品物を見てからの交渉でよいか」

「結構です」

「よし、では、手に入ったら、こちらに電子の文で知らせてほしい」

 電子の文って、つまりメイルでしょ。渡された紙切れにも、ケータイのメルアドが書いてあるもん。

「かしこまりました」

「楽しみにしておるぞ」

 それだけ言うと、のっしのっし、武将みたいな歩き方で、店を出て行った。

「知ってるよ、ぼく」

 見送りながら、カナタ。

「ああいうの、歴女っていうんでしょ」

「なんでもいいの。お客が来たではないか」

 ぐっ。ハルカ、ガッツポーズ。



*いざ初仕事


「お客さまが・・・」

 話を聞いたカバーオの顔が、ふぁ~んとゆるんだ。

「では、宇宙船の修理も・・・」

「いきなりはムリだよ。一万から十万の間って言ってたし」

「そうなんですか」

「けど、このビジネスが軌道に乗れば、それくらいあっという間に稼げるわよ」

「軌道・・?」

「そう。つぎつぎとお客さんがきて、どしどし稼げば」

「つぎつぎ、どしどし・・・」

 カバーオの目が、ふぁ~っと遠くを見た。

「だ、だいじょうぶだよ。今に、すんごく高くかってくれるお客とか出れば」

「ホントですか」

「うん、多分、きっと」

「はあ」

 ありゃま。しょげたように俯いちゃってる。けど、

「分かりました」

 すっと顔を上げると、きっぱりとハルカを見た。

「やりましょう。自分で決めたことですから」

「えらいっ」

 なんか分かんないけど、誉めといた。

「いざ、初仕事なのだっ」

 えいえいお~っ。

 てなわけで、カバーオとハルカ、カナタの三人は、どやどやっと、斜めったままのヒヒック型タイムマシンに乗りこむ。

「で、どこの国の、いつの時代に行けばよいのでしょう」

「どこの国って、ニッポンに決まってるでしょ」

「はあ。で、時代は」

「戦国時代っ」

「それでは分かりません」

「あんた、なんかいいの持ってたじゃない」

「あ、ウサンクサペディア」

 なにやら計器をがちゃがちゃやるカバーオ。

「出ました。え~と、15世紀の半ば、または後半らあたりから、16世紀の後ろぐらいにかけて、ニッポンでは戦がたくさんあり、あげくに室町幕府が倒れた」

 って、ウサンクサペディアって、マジい~かげん。

「あ~、授業でやったことあるかも」

 かもって、もう、ハルカちゃんまでい~かげんなんだから。

 正しくは、1467年の応仁の乱、または、1493年の明応の政変にはじまり、1573年に室町幕府が倒されるまで、だかんね。

「だいたいその辺よ」

「あと、近畿地方のどっかにして」

「どっかって・・・」

 さすがのカナタも呆れちゃった。

「だって、どうせ誤差出るんだよ、このタイムマシン。でしょ?」

「ええ、ええ」

 むっと答えるカバーオだけど、背中だったせいもあって、ハルカちゃん、てんでおかまいなし。

「近畿地方にいっぱいいるんだよ、戦国武将、確か」

 あり? それちょっと違うかも。

「あと、終わりのほうにしてね、戦国時代の」

「どうせ誤差でますけど」

 むすっと言い返して、計器がちゃがちゃ。

「けどさあ、戦国時代って、戦争ばっかやってたんでしょ」

「そうよ、下克上よ」

 お、そこは知ってた。

「危なくね?」

「だから終わりのほうにしたんじゃない」

「へ?」

「あ~づちももやま~、は~なざ~かり~」

 ハルカ、いきなり歌い出した。

「なにそれ」

「戦国時代って、安土桃山時代とつながってんのよ、確か。だとすれば、豊臣秀吉の豪華なお茶会。お姫さまの豪奢なお着物。出雲の阿国の歌と踊り」

 こ~ゆ~ときのハルカったら、両手広げて、夢見るよう。

「ブンカの花が咲いた、けっこ華やかな時代だったんだから」

「ふ~ん」

「あたしたちはミライからの旅人。きっと、どこかの戦国武将が、珍しい客人としてもてなしてくれるわ。な~んか楽しそう」

 勝手に夢見ちゃって、ハルカ、うきうき。

「そんなにうまくいくの」

「な~に言ってんの。マリー・アントワネットだって、仮装舞踏会に連れてってくれたじゃないの」

「そうだけど」

「行かなくっちゃくちゃ」

「くっちゃくちゃ?」

「くっちゃね~とっ」

 って、これはカバーオ。

「なにそれ」

「ペンピーノ語で、出発という意味です」

「あっそっ」

「くっちゃね~とっ!」

 てなわけで、ヒヒック型タイムマシンは、がらがらじゃ~っ、いつもの音とともに、ふぉ~んと白く光り出す。

 でもって、おおよそ四百年前くらい前後の、ただの野っ原だったハルカんちあたりをスキップして、さらに、がらがらじゃ~っ、ふぉ~ん。

「長いね」

「ときどき、ルートが混乱するんです」

「はあ?」

 ぽとっ。

 やっと出た・・じゃなくって、到着した、らしい。



*どど~ん、どど~ん、って?


「あっ」

 到着した途端、カバーオが声を上げた。

「あっ、って、なによ」

「ちょっとずれました」

「どれくらい?」

「え~と、いっせん、ろっぴゃくねん・・ちょうど、くらいのようです」

「って、かなりずれてるじゃない」

「これで精いっぱいなんです」

「あんたの腕が悪いんじゃないの」

 その言葉に、カバーオ、むっとハルカを見た。

「前にも言いましたが、遠くの的にボールを投げて、必ず真ん中に投げられますか?」

「お、逆ギレ?」

「あは、姉ちゃんじゃムリだ」

「仕方がないんです。マシン性能の限界なんですから」

「分かったわよ」

 ハルカ、なんとなく気圧されちゃった。

「けど、1600年って、なんか大きな事件があったような」

 人差し指を唇にあてて、考えてる。

 しっかりしてよ、ハルカちゃん。

「い~じゃん、アヅチモモヤマなんでしょ」

「それもそうだ」

「外、出よ」

「よっしゃ」

 ガチャッとドアを開けて、ひょいとカプセルから飛び降りれば、そこはざっと510年ばかし前。

 さぁ~っと風が流れてて、あたり一面の丈の高い緑の草がさわさわさわっ。

 やったら広い野っ原だった。

 ジャージの二人に、秋っぽい風がさわやか。

 雨上がりなのか、地面が黒くて、湿っぽくって、葉っぱもしっとり濡れている。

「どこ、ここ」

「えと・・・」

 カプセルの中で、カバーオが計器をかちゃかちゃ。

「現在の岐阜県の西の端、滋賀県との県境近くのようです」

「ようですって・・・」

 振り向けば、カバーオの不満そうな顔。

 はいはい。マシン性能の限界ね。

「ま、いちおう近畿地方なわけだけど・・・」

「な~んか田舎だ」

「だいたい、県境あたりって、田舎よね」

「どやって武将グッズ手に入れるの?」

「ん・・・」

 ハルカ、言葉に詰まっちゃった。

「い~かげんなんだから」

 むっとカナタを睨んでみる。

「戦争、やってないよね」

「戦国時代終わっちゃってるんだから、だいじょぶじゃない」

 二三歩前に出て、あたりを見回してみる。

 ひろ~い野っ原なんだけど、まるっきし平らじゃなくって、ゆるやかに波打つような感じ。で、ところどころにかたまって木が生えている。

 まわりは低い山並みに囲まれてて・・・あれ? なんか見える・・・幟っつうか、旗指物っていうの? 大河ドラマの合戦シーンで見たようなヤツが、あちこちに・・・。

「ねえ」

「ん?」

「あれって・・・」

 と、遠くの幟を指さした、その途端。

 背中のほうから「わぁ~~っ」っていう喚声と、がちゃがちゃモノがぶつかる音、そして、ど~んど~んってなにかが次々と爆発するような音が聞こえてきた。

 ん? ん?

 思わず顔を見合わせるハルカとカナタ。

 そのカナタの目が、ハルカの後ろを見て、あ? と丸くなった。

 ん? ハルカも振り向く。

 すると、たくさんの旗指物が揺れていて、草の海の真ん中を、大勢の男たちがこっちに走ってくるではないか。

「カナッ」

 タを省略されたカナタの腕を引っ張って、草むらに隠れるハルカ。

 カバーオも、リモコンぴっ。カプセルの表面を周囲と同化させた。

 その目の前を、どどどどっ、わっさわっさわっさ、馬に乗り、旗指物をさした数人の鎧兜の武者を先頭に、槍だの刀だの持った数十人の男たちが走ってゆく。

 これって、戦しにいく侍と足軽?

 でもって、遠くからはまた、ど~んど~ん。

「やってんじゃん、戦争」

「いっかい戻ろ」

 カプセルに戻るハルカとカナタの耳に、どど~ん、どど~ん、次々と鳴り響く爆発音。

 こりゃ、鉄砲の音だよ、きっと。

 どうやら、合戦やってるまっただ中にやってきちゃったみたいだぞ。

「カバッチッ」

 声をかけると、カバーオがむっと顔を上げた。

「その呼び方はやめてくださいと言ったはずです」

「急いでんのよっ」

「わたしの名前はカバーオです。カバッチだなんて」

 後半を吐き捨てるように言う。どうゆう意味なんだろ、カバッチって。

「分かったわよ、カバーオさまっ」

「そゆこと言ってる場合じゃないと思うんだけど」

 はい、カナタくんの言うとおり。

「ねえ、なんかない?」

「なんか?」

「ん~と、防弾チョッキとか、なんたらシールドとか、結界とか、そゆやつ」

「ありません」

 けんもほろろってやつ。冷たいご返事。

「なによ、それ」

「わたくしは、ここで待機しておりますから」

 周囲と同化したカプセル動かして、小さな窪地にぽこん。上に草なんかかぶせてる。

「けど、戦場のまっただ中なのよ。身を守るものとか、なんかあるでしょっ」

「わたくしの所持する装備は、すべて用途が定められております」

 ぴしゃりと言って、

「緊急時でもないのに、なにに使われるか、分かったもんじゃない・・・」

 口の中でぶつぶつぶつ。

 な~によ、それ。ハルカ、ちょっとキレた。

「共同事業でしょ。助け合うとか、そ~ゆ~気持ちはないわけ?」

「はい、共同事業です。わたくしはタイムマシンを提供する。あなたがたは、お客の指定した物品を取得してくる。よくできた分業制です」

「そぉ~だけどぉ~」

「だから稼いだお金もセップンなのでしょ」

「セッパンッ!」

「タイムマシンの確保が、わたくしの最大の使命です。さもないと、元の時代に戻れなくなりますよ」

 ハルカ、むっすぅ~。

「あは、言いくるめられた」

「分かったわよ。あたしたちだけで、お客の指定した物品を取得してくるわよっ」

「はい、イサダホン」

「行けばいいんでしょ、行けば」

 差し出す小さな機器をひったくるハルカ。

 やれやれとハルカを見るカバーオ。

「もしも、どうしようもなく危険なときは、音声メイルしてください」

「音声メイル?」

「ケズトコというアイコンに触れたら、伝えたいことをしゃべってください。終わったらもう一回触れれば、発信できます」

「ふうん?」

 スマホよりふた回りもちっちゃい機器をしみじみ眺めた。

「ま、メイルがないことを祈っておりますが」

 言いながら、そそくさとタイムマシンにもぐりこんじゃった。

 わぁ~ったわよ。

「カナッ、行くよ」

「ふぁ~い」

 てなわけで、ハルカとカナタは、武将グッズを手に入れるべく、合戦まっただ中の野っ原へと足を踏み出したのでありました。



*時は1600年、所は・・・?


「戦国時代だって戦争ばっかしてたわけじゃないって? ブンカの花が咲いたって?」

「ぶつぶつ言うなっ。あたしだって、こんなことになるとは・・カナッ、姿勢低くっ」

「姉ちゃんもね。俺よか背ぇ高いんだから」

 草の野っ原を、とりあえず何ごともなさそうな方向に向かうハルカとカナタ。

 だって、あっちのほうからは「わ~~っ」って喚声と、がちゃがちゃがちゃっとぶつかり合う音。こっちのほうからは、どどど~ん、どどどど~ん、一斉に鉄砲を撃つ音。

 なんせ騒がしい。

 ひろ~い野っ原が、合戦の緊張感に包まれてることが、ハルカにもようやくひしひしと感じられてきた。

 けど・・・。

「ねえ、誰と誰が戦争してんの?」

「分かるわけないでしょっ」

「ちぇっ、逆ギレしちゃって」

「けどさ、戦してるってことは、武将がいるのよね。ちょうどいいじゃない」

 たたたっ。背の高い木が何本か集まってるとこに走りこむハルカ。

 追いつくカナタをぱっと見る。

「よいか、カナタ」

「あ~ん?」

「戦というものは、敵と味方が向き合って陣を張り、その真ん中で戦うものだ」

「だから?」

「だから、真ん中に入っちゃうと危ないけど、うま~く裏側に回りこんで、陣にもぐりこめば・・・」

「こめば?」

「武将グッズを手に入れるチャンスではないか」

「危なくなったら、逃げるからね、俺」

「あ~ら、姉思いだこと」

 ハルカ、カナタのお尻をぺしっ。

「木に登って、ようすを見て」

「へ?」

「どこが真ん中で、どこか陣の裏側かわかんなきゃ、行動のしようがないでしょ」

「ふぎゃっ」

 木登りはカナタの得意種目。手頃に枝の張った大木見つけて、するするする、あっという間に適当な高さまで登った。

 で、高いところからあたりを眺めてみたら、これがびっくり。

「どお?」

「すんげっ」

「どうなの?」

「ねえ」

「なに?」

「幕が張ってあって、旗とか立ってるとこが、陣?」

「そうよ、どこにある?」

「そこらじゅ」

「なぬ?」

「こっちにも、あっちにも、あすこにもあるし、向こうの方にはいくつもある」

 指さす手が、時計回りに次々と移っていって、とうとう一周しちゃった。

「くぁ~~っ・・・」

 ハルカ、訳わかんない雄叫び。

 あたしたち、そんなでっかい合戦のまっただ中にいるわけ?

 どうゆう合戦よ、一体。

 さて困った、と腕組みした、その瞬間、

「そこでなにしてる」

 かすれた声がしたもんで、どきっ。

 カナタも、やばっと木から飛び降りて、ハルカの後ろに隠れる。

 この意気地なしめ。

 でもって、おそるおそる振り向くと、丈の高い草むらから、3つ4つ、人影が出てくる。

 前に二人、ハルカと同じか、ちょい上くらいの男の子。後ろに、カナタと同じくらいの男の子が二人・・いや、もう一人出てきた。

 あら、まだもう一人・・この子はカナタより下って感じの女の子だ。

 けど、どいつも薄汚れてて、尻っぱしょりっていうの? 着物の下の方をたくし上げて、背中んとこで止めてあるから、草鞋はいた足がむきだし。

 中には、半纏みたいのはおっただけで、薄汚れたふんどしのお股が丸見えの子もいる。

 いやん。

 と、ここまで観察したところで、相手は5メートルほど前進し、ハルカとカナタは2メートルくらい後ずさった。

 間の距離、4メートルあまり。

「なにしてる」

 先頭の、薄汚れてはいるんだけど、目元がほんのり涼しげな少年が言う。

「あ・・・」

 どうしよ。不意打ち喰らって、言葉が出ない。

「目当てはわしらと同じだべ」

 やっぱ先頭にいる、ハルカより背も高く、年もちょい上の、ジャガイモ系骨張った顔の少年が、まんまのだみ声で言う。

「だろうな」

 目もと涼しげが答える。

 その間に、距離がさらに詰まる。

 まずい。太い木、背負っちゃった。

「なんなの、あんたたちこそ」

 距離1メートル半で、相手の足が止まった。

「おなごのくせに、生意気な口ききよる」

 だみ声が、言いながらつつっと前に出て、いきなり距離を詰めると、

「目当てが同じなら、仲良くやろうじゃねえか」

 手を伸ばして、ハルカの左腕をつかむ。

 その瞬間・・まずい、体が反応しちゃった。

 えいやっ。

 つかんだ相手の腕を、下から握ると、ぐいと持ち上げて、くいっと反転。

「うぐっ」

 だみ声、たちまち片手を後ろ手に取られて、前のめりになっちゃった。

 ハルカ、護身術同好会の学年副リーダーなのであった。

「トオッ」

 後ろでは、空手3級のカナタが、型を作る。

「若君に手をかけるようなことあらば・・・」

 若殿連れた腰元のつもりだったんだけど、

「あたしが許さないかんねっ」

 昔言葉、後半まで続かなかった。

 やっぱ、この設定、ムリあるな。

「手を、離してくだせえ」

 目もと涼しげが前に出て、言った。

「どこのどなたか知らなかったもんで。見たこともねえ恰好してらっしゃるし」

 いいぞ、敬語になってきた、相手。

 とはいうものの、警戒心もあらわに、こっちの姿をねめまわしてるし、後ろのチビどもも興味津々って感じでこっち見てる。

 そりゃね、ハルカとカナタ、二人して上下ジャージだし、背中にはちっさなデイパック背負ってるし、この時代じゃ、不思議だわな。

 こっちだって、だみ声の腕つかんだまんま、ささっと相手を観察。

 どうやら、武器は持ってないようだ。

「どこのお人だ」

「我らは、遠いミライの国より、この合戦を視察にきたものである」

「はぁ」

 目もと涼しげ、腰をかがめてる。

 どうやら、上から目線が有効のようだぜ。

「そなたら、名はなんという」

「おらは喜助で、こいつは伍作、あと、六に、金太に、辰に、亀」

 きょとん。亀という女の子が、くりくりの目でこっち見てる。かわいい。

「どうか、手を離してくだせえ」

「いで、いでで」

 あんまりうまく決まっちゃったので、そんなに力入れてないのに、これだ。

「我らに手を出すでないぞ」

「へえ」

「よし」

 伍作の腕を、突き飛ばすように離す。

「あっ」

 つんのめってから、こそこそ喜助の後ろに回った。

 どんなもんだい。

「そなたら、ここでなにをしている」

 ようし、声も落ち着いてきたぞ。

「そのぉ」

 喜助と伍作が顔を見合わせ、チビどもが二人を見上げた。

「言うてみよ」

 後ろじゃカナタが、姉ちゃんの強気にひやひや。

「戦が終わるのを、待ってるとこで」

 どうやら、目もと涼しげの喜助ちゃんがリーダー格らしい。

「待って、どうする?」

「それは・・・」

 喜助が、どうしたものか、目顔で五助に問うている。

 こっちが何者か、分からないせいかもしれないけど。

「どうするのだ?」

 喜助と顔を見合わせてた五助が、ぱっとハルカを見ると、

「死んだ侍から、金目のモノを引っぺがすのさっ」

 だって。

 それって、もしかして・・・、

「泥棒?」

 カナタくん、言っちゃった。

「そうじゃねえっ」

 ひえっとのけぞるハルカ。

 だって伍助くん、いきなり唾飛ばすんだもの。

「こうでもしねえと、おらたちは飯も食えねえ」

「どれもこれも、家も親も、いねえ子供らで」

 チビたちを手で示して、喜助が言う。

「家も、親も?」

「珍しいことじゃねえべ」

 伍助の言葉に、喜助がうなずく。

「おらたちの生まれるずっとずっと前から戦ばかり続いて、おかげでどこも田畑は荒れるし、生きていけねえから、捨てられる子どもも多かったんだ」

「おらのおっ父は、朝鮮とかの戦に駆り出されたまま、戻ってこねえし、孤児なんぞ珍しくもねえ」

 つかえていたものを一息ではきだすように、喜助と伍作がかわるがわるしゃべりまくる。

 喜助は、ちっちゃいときにお父さんがやっぱり戦に駆り出され、爺ちゃんと婆ちゃんに育てられたのだが、貧乏がイヤで逃げ出したのだとか。あと、六? 金太? どっちかは捨て子だったらしい。

 すると後ろでポキッ。

 はい、気づいたヒト。そう、カナタくんがチョコバー取り出して、ぱくっとやったとこ。

 退屈すると、食うんだ。

 ま、ともかく、あんまし早口でまくしたてるんで、100%アンダースタンドってわけにはいかなかったんだけど、六人が六人とも、今は家も家族もなく、あちこちで野宿しながら生きているらしい。

 しかも、そういう子どもたちって、伍助によれば珍しくないらしい。

 そうか。戦って、ふつうの人にとっては、迷惑なだけのものなのね。

「ともかく、おらたちは、自分の力で生きていかなきゃいけねえんだ」

「だから、おっ父やじっちゃんに聞いたとおりに、戦があれば・・」

 さすがに言葉を飲みこんじゃった。

 けど、そういうこと、あったんだろうね。戦のあとで、金目のモノを持っていっちゃうような人たち。

 ハルカも、この薄汚れた子どもたちが、ちょっとばかり気の毒に思い、それもしょうがないのかも、と思った。

 すると後ろで、またぽきっ。

 気がつくと、小さいほうの四人ががん見している。

 そりゃそうだよね。400年も昔の子どもたちにとっては、なに食べてるんだろう? だもんね。

 しょうがない。カナタくん、ポケットからチョコバー二本取り出して、いっちゃん前にいた六って子に渡す。

 でもって、封の切り方教えて、二つに分けろってジェスチャーして。

 うれしそうに頷いた六が、封を切って、パキッとやって、亀ちゃんにも渡して、四人でぱくり。

 すると、みるみるお目々がまん丸になって、顔中でおいしいって言っている。

 それを見て、

「すまねえ」

 喜助が頭を下げた。

「よかろう」

 なんかキャラ怪しくなってきたぞと思いながら、ハルカ、斜めがけしたショルダーから、こないだトモダチにもらったTDLのお土産のバームクーヘンふたつ出して、喜助に渡す。

「そなたたちの分だ」

「あ、ありがとうごぜえます」

 喜助、バカに卑屈に受け取って、伍作にも渡す。

 でもって、ぱくっとやった二人の顔が、にま~っととろけた。

 甘い物、貴重だったんだよ、この時代。

「ところで、ここはなんという場所だ」

 え? 喜助と伍作が疑わしそうな目でハルカを見る。

「知らねえのか」

「遠い国から来たと申したではないか」

 ちょい年上っぽい二人の少年が、うっと気圧されちゃった。いいぞ。

「なんという場所だ」

「ここは、関ヶ原だ」

 ハルカ、聞いてびっくり。

「せっきがはっら~~っ」

「はぁ」

「石器が出るの?」

 チョコバー食べながら、カナタ。

「ちゃう、そうだ。1600年だ」

 ハルカの頭の中で、乏しい知識がようやく結びついた。

 乏しいは余計じゃbyハルカ。

「いっせんろっぴゃくねん。関ヶ原の戦いといえば、天下分け目の決戦ではないか」

「分け目?」

 カナタくん、髪に手をやってるけど、その分け目じゃないから。

「そっ、日本中の戦国武将がふたつに分かれて、最後の決戦をした、歴史上もっとも大きな合戦なのだ」

「げぇ~~っ」

 カナタ、よく分からなかったけど、ともかく驚いた。

「けど・・・」

 ハルカのお目々がキランッ。

「ってことは、戦国武将、それも有名どころがうようよってわけじゃない」

「そうなの?」

「そうよ。戦国武将の紅白歌合戦みたいなもんだもん」

 ちょっと違うかも、ハルカちゃん。

「しめた」

 むふっ。

 って、ハルカちゃん、あんましその気にならないでよ。なんせ、合戦の真っ最中なんだぜ。



*占い師ハルカ


 ん?

 ふっと気がつくと、喜助や伍作が、なにやら疑いのまなざしでこっちを見ている。

 ありゃま、ちょとはしゃぎぎみの会話に、疑問を感じてしまったようす。

 なんとかせねば。

「我らは、この戦の行方を見届けるよう、ミライの国の殿に言いつかっておる。戦のようすは、どうだ」

 ぎらんっ。伍作がなんかちょっとイヤな目で見たけど、喜助のほうが答えてくれた。

「朝のうち、東軍側が有利じゃったが、西軍側もよう踏ん張っておる」

「じゃが、松尾山の軍が動けば、西軍のもんじゃろう」

「うん、おらもそう思う」

 がちゃがちゃ、どど~んのほうを見やりながら、言う。

「松尾山?」

 ハルカ、頭の中で乏しい知識を検索。なんかそこ、有名どこの武将がいたのではなかったか?

「その陣の、後ろに出たい。どのように行けばよい」

「あれが、松尾山だ」

 喜助が、こんもりと高い、丘みたいなとこを指さす。なるほど、上の方には陣が張ってあるぞ。

 指を動かしながら、喜助が先を続けようとするのを、伍作が

先んじた。

「右だ。右側にまわりこんで、巻くように出れば、陣の後ろに出られる」

 え? と、喜助が驚くように伍作を見たんだけど、ハルカもカナタも、松尾山のほう見てて、気がつかなかった。

「分かった。礼を言う」

 行こうとしたとき、ふっと喜助と目が合った。

 なんか、情けなさそうな表情をしているけど、元は悪くない顔だ。それに、涼しげな目元と、透明感のあるまなざし。

 ハルカ、思わずバッグから、チョコ一箱取り出した。

「腹の足しにせよ」

「すまねえ」

 チョコの箱受け取った喜助が、いや、喜助だけじゃなくて伍作も、まるでお化けでも見るように、ハルカを見ている。

 ま、お化けみたいなもんなんだけどね。

 とととっ。二三歩後ずさって、

「幸運を、祈る」

 くるりと背を向けると、そこにカナタ。

「カナッ、行くよっ」

 あっ、いけね。カナタ、若殿の設定だったんだ。ま、いいか。

 カナタをせっついて、松尾山のほうに歩き出した。

 振り向くと、喜助と伍作、それに四人の子どもたちが、そのまんまの場所で二人を見送っている。

 喜助と伍作がなにか話してるが、もう聞こえる距離じゃなかった。

 実は、

「右へ行けば、侍に見つかるぞ」

「ああ。侍なら、詮議するべ。あいつらが、何者か」

「それで、お前・・・」

 てなやりとりがあったのだった。

 そんなこととは知らないハルカとカナタ。早歩きだったのが、小走りになり、どうにか松尾山の麓にとっついた。

 で、とっとことっと斜面を上って、どっこらしょ、息も切れてきたので、とりあえず足を止めてみた。

 ふ~い。

 背の高い草むらから、ぬっと頭だけ出してみる。

 改めて、高いとこから眺めると、あちこちで衝突が起き、戦のまっただ中だってのが、よく分かる。

「こ~りゃすごいわ」

 ハルカ、思わずお目々がキラリ。

「安全なとこ行ったほうがいいんじゃない」

 ちょいびびりのカナタ。

「なにを言う。歴史のハイライトをこの目で見られるのよ。これがわくわくせずにいられるか」

「そんなことしにきたんじゃないでしょ」

「そうだけどさ」

「なんでもい~から、武将グッズ手に入れて、帰ろうよ」

 カナタの中では、昔の戦争って、かなり野蛮なイメージなんだ。だから、ちょっと怖い。

「うんにゃ。なったけ高く売れて、なおかつ、ちっちゃければもっといい」

「危ない目にあいたくない」

「そりゃあたしだって同じだよ」

「じゃ、どうするの?」

「だから、考えてるんじゃないか」

 腕組みのまま、すっくと立って、う~むと戦況を見つめるハルカ。つっても、戦況なんか分かんないんだけどさ。

 そもそも、どっちがどっち軍なのかも分かんない。

「は~あっ」

 カナタ、ため息で、その場に体育座りしちゃった。もうどうにでもしてよってとこ?

「そうだ」

 いきなり、ハルカがカナタの横にしゃがみこむ。

「占い師に化けるってのはどお?」

「はあ?」

 ハルカの唐突な発言に、カナタのお目々がまん丸になる。

「だってさ、ニッポン中の戦国武将が、二手に分かれて戦ってるんだよ。誰だって、どっちが勝つのか、気になるでしょうが」

「そうだけど」

「だから、どっかの陣に、占い師だって言って、入りこむのよ」

 ひょっとしたら、アタシの占いが、戦の行方を決めちゃったりして。

 おもしろ~い・・って、ハルカちゃん、それで歴史が変わっちゃったら、大変なことになるのよ。

「でも、どやって?」

「あたしたちの時代のモノ見せれば、だいがいびっくらするわよ」

「マジ?」

「マリー・アントワネットだって、ほら」

「あ、そうか」

「なんか持ってない?」

 言いながら、肩掛けバッグの中をがさごそ。仕方ないので、カナタも自分のデイパック下ろして、中をあさる。

「怪しげな雰囲気のがい~わよね」

 先ず、真っ赤なバンダナを海賊かぶりしてみる。でも、いっよも怪しげじゃないんですけど。

「これ、どお」

 ちっちゃい懐中電灯を差し出すカナタ。

「いい、いい。光りもんは効果的よ」

 はあ、そ~ゆ~もんですか。

「あとは音ね」

 バッグの中をがさごそごそ。

「あら~、ミュージック・プレイヤー忘れてきちゃった。こっちでいいか」

 と、ケータイを手に、音データから適当に選んでみる。

 ルルルル、ルルルル。昔の電話のベル。

「怪しくない?」

「怪しくない」

「五百年前なんだよ。十分怪しいわよ」

 もっかい。ルルルル、ルルルル。

 その途端、

「何者だっ」

 ばさばさっ。

 草むらかき分けて、刀を抜いた鎧兜姿の侍が二人と、やりを構えた足軽が五人ばかり、どっと飛び出してきた。

 ほ~ら、変な音出すから。

「あ、怪しい者じゃありませんっ」

 槍を突きつけられたカナタがとっさに答える。

「そういうところがじゅうぶん怪しいわ」

 あり? どっかで聞いたようなやりとり。

「おかしな風体の子どもだな。そこでなにをしている」

 相手が子どもと見て、ちょっと気を抜いた感じ。でも、刀は抜いたまんま。

「姉ちゃん、どうしよ」

 するとハルカちゃん、毅然と胸をそらしちゃった。

「そなたたちは、どなたの軍団の者か」

 って、ため口どころか、見下ろし口調。おいおい。

 カナタ、後ろに回って、小さくなった。

「なに?」

「どなたの軍団の者か」

 え? と、なっちゃった刀を抜いた侍なんだけど、戸惑いながらも、答えた。

「我らは、小早川秀秋どのの軍勢だ」

 小早川秀秋?

 あんまり聞かない名前だな。小者かしら? けど、戦国武将には違いなさそうだ。

 と、思ったハルカ、堂々と言い放つ。

「わたくしは、ミライの国からやってきた占い師である。戦の行方を知りたければ、占ってさし上げると、秀秋どのに伝えよ」

「なに?」

 刀の侍たち、思わず顔を見合わせちゃった。

 けど、ハルカは堂々としたもの。にやりと笑ってみせちゃってるんだもん。

 まぁ~ったくいい度胸。

 ごくっ。思わず唾を飲んで、カナタ、偉大なる姉を見上げた。



*あ~らイケメン


 案内されてるんだか、捕まっちゃったんだか。

 刀を鞘に収めた二人の鎧兜の侍が先に立ち、ハルカとカナタがつづく。でもって、後ろには槍を肩にかけた五人の足軽。

 ま、槍を背中に突き立てられてるわけじゃないから、やっぱ案内されてるんだろう。

 けど、ホンモノの武器を持った、昔のオトナに囲まれてると、やっぱ、い~気持ちはしない。

 でもって、めっかったとこから、斜面を斜め上、斜め上に登ってゆくと、やがて、かなり大きめの陣が近づいてきた。

 どうやら、小早川秀秋ってヒトの陣らしい。

 家紋の入った幕が、迷路みたいな感じで、いくつもいくつも張り巡らしてある。

 その間に、大勢の足軽たちが、槍や刀を持ってあちこちに待機していて、中には、ちょっと偉そうな侍や、もっと偉そうな侍もいる。

 そうそう。鉄砲隊らしき人たちも、後ろのほうに待機してたっけ。

 いつでも出陣できる準備が整っていることは、こんな場面を初めて見るハルカにも、なんとなく分かった。

「ここで待っておれ」

 鎧兜の侍が指さしたのは、張った幕の前に立っている一本の木の下。そこで待ってろってことらしい。

 でもって、五人の槍の足軽が見張りに残る。

 占い師ハルカは、堂々とすっくと立ち、カナタ、こっそり姉ちゃんの影に隠れた。

「ねえ」

「ん?」

「怪しい者、斬れっ、なんて言わない?」

 ん、ん? ハルカ、思わずカナタの顔を見る。

「ま~さか」

「だって、昔の侍って、人を斬っても、罪にならないんでしょ」

 そ~言えば・・武士の刀に触っちゃっただけで「無礼者」とか言って、斬られちゃう話を聞いたことあったっけ。

 ぞわっ。さすがのハルカも、ちょっと怖くなった。けど・・・。

「だ・・」

「だいじょぶ?」

「む・・」

 あ、自信ないんだ。

「斬られたり、しないよね」

 カナタ、おまたのあたりに、ぞわっとするもの感じて、情けない声で尋ねる。

 けど、びびってなるものか。

「任せときな」

「ホント?」

「いざとなったら・・・」

「いざとなったら?」

「そん時、考える」

 あら? カナタ、今度は膝ががくりと笑った。

 すると、思ってたより早く、さっきの侍が、もっと偉そうな侍といっしょに戻ってきた。

「この者か」

「はっ」

 ジャージ姿のハルカとカナタを、しげしげと見ている。

 ハルカ、ここぞとばかり、堂々と胸をそらす。気分は、無礼者っ、ってところ。

 すると、偉い方の侍が、

「こちらへ参れ」

 威張ってるわけでもないけど、丁寧でもない、微妙な口調で言うと、先に立った。

 え~い、ままよ。どこに連れてかれるのか分かんないけど、ハルカとカナタ、偉そう侍の後ろをくっついていった。

 今度は、槍の足軽はついてこない。

 でもって、いくつかの幕を通り抜け、警護を固めた幕の前にやってきた。

 どうやらここが本陣らしい。

 偉そう侍が、膝を立てて、腰を落とし、一礼すると、

「連れて参りました」

 中に向かって、言う。

「入れよ」

 中から声がして、

「はっ」

 答えた偉そう侍が、

「さっ」

 中へ入れと促した。

 そこで、ハルカとカナタ、偉そう侍に見送られるように、ゆっくりと本陣ヘと入ってゆく。

 でもって、足を踏み入れたその途端、どっきんっ。さすがのハルカも、すっげえ緊張感に襲われた。

 だって、おっかない目がたぁ~っくさん、こっちを見てるんだもん。

 幕に囲まれた、ちょうど学校の教室くらいのスペースだった。

 ハルカの右と左と両方に、鎧兜に身を固めた、なんかどっか血走った目をした偉そうな侍がずらっと並んでいるんだ。

 床几っていう小さな折りたたみ椅子に腰を下ろしてるせいか、みんな足は広げちゃってるし、肘は張ってるし、その姿勢でこっち睨んでる。

 なんか、威嚇的。

 でもって、正面に、大将ってか、武将らしき人物が座っている。

 すぐ横には、カナタと同い年くらいの、ふつうに着物を着た男の子が、ちんまりと座っていた。

 お小姓っていうんだ。

 けど、そのせいか、武将らしき人物のまわりだけ、なんか、空気が違う。

 武将、なんだよね、きっと。

 だって、髭でも生やしたおっさんかと思ってたのに、すっごぉ~く若いんだもん。

 高校生か、大学生くらいって感じ。

 しかも、

「あ~ら、イケメン」

 ハルカ、思わず声に出しちゃった。

 それくらい、細面で、目鼻立ちがくっきりしてて、うん、確かにイケメンなんだ。

 けど、ハルカの言葉を聞いた両側の侍たちが、ざわざわざわっ。思わず身構えるヤツまでいる。

 どうやら、まじないか外国語と勘違いしちゃったらしい。

 けど、イケメン武将は、ようすを変えなかった。

 珍しいものでも見るように・・って、実際、ハルカとカナタはかなり珍しかったと思うけど、すっと目を細めて、こっちを見ている。

 その目が、どこか気弱そうで、頼りなさそうで、そこがまた、ハルカのハートにびびっときた。

 目と目がぴっと合ったところで、にこっ、思わず微笑みかけると、イケメン武将もふっと口元をゆるめる。

 あら~ん、い~感じじゃないの。

 ハルカ、つい調子に乗った。

「ないすつーみーちゅー」

「えーごかっ」

 すかさず突っこむカナタ。

 両側の侍たちが、またざわざわざわっ。

 けど、ハルカはイケメン武将と二人の世界。

 だって、目ぇ、そらさないんだもん、彼ったら。

 と、ようやく、イケメン武将が口を開いた。

「言葉は、通じるのか」

 そう来たか。

「はい」

 こっくり、可愛いほうで頷くハルカ。

「小早川、秀秋どのか」

 おいおい。いきなり見下ろし口調かよ。

「なれなれしい口をきくでないっ」

 ほうれみ。左側にいた鎧兜の侍が、ずいっと体を前に出して、おっかない顔で睨んでるぞ。

 けど、

「よい」

 イケメン武将が制してくれた。ほっ。

「いかにも、余が、小早川秀秋である」

 ぞくぞくっ。やった。

 ホンモノの戦国武将が、しかもイケメンが、目の前にいるんだぞ。

 ハルカ、わくわくが止まらない。

「初めてお目にかかります」

 ゆっくりと一礼。

 顔を上げると、またイケメンと目と目がぴしゃり。

「占い師とは、そなたか」

 やっぱり。占いに関心ありと見た。

「はい。ミライの国からまいった、占い師にございます」

「ミライの国。それはどこにある」

「殿のご存じない、遠いとおいところでございます」

 にこり。

「ほ~お」

 目が興味ありと言ってる。いいぞ。

「どのように占う」

「それは、言えませぬ」

 だって、考えてなかったんだもん。

「言えぬと?」

 イケメン武将が、顔を上げてこっちを見ている。

「占いの秘法は門外不出。どなたであろうと、お教えすることはできませぬ」

 ようし、出任せにしちゃうまいぞ。ハルカ、自分にうっとり。

「ですが、殿がお求めの答えは、ここに」

 神秘っぽく、自分の胸に手をあててみた。

 学校でやったら、笑われんだろな。なんせ、ジャージだし。

 けど、なんとなく効果はあった・・と、思う。

「余が求める答えを知っておると?」

「はい。この戦の行方を、お知りになりたいのでしょう」

 それを聞いて、思わず体を反らすイケメン武将。

「知っておるのか、戦の行方を」

「もちろん」

「では聞こう。この戦、どちらが勝つ?」

「東軍と西軍、でございましたね」

「さよう」

 よかった。当たってた。

 南軍と北軍なら南北戦争。そりゃアメリカだ。

「西軍の大将は、どなたでございますか」

「石田三成どのだ」

 うん、聞いたことのあるビッグネームだぞ。

「では、東軍は?」

「徳川家康どのだ」

 わお。もっと有名なのが出てきたぞ。

 と、思ったら、カナタがビッグネームに反応しちゃった。

「あ、そっちだ」

 言った途端に、ざわざわざわ。

「東軍が勝つと申すか」

「やはり、東軍に味方すべきでござろう」

「だが、戦は西軍有利の形勢。寝返って、あだら敗北を喫すなど、あってはなりませぬ」

「さよう。占い師などの、まして子どもの言うことなど、お信じになるのですか」

「戦はもう始まっております」

「だが、約束でござろう」

「ええい、黙れだまれっ」

 なんつうか、喧々囂々・・読める? “けんけんごうごう”だよ。話し合いがヒートアップしちゃって、みんなが勝手なことわめいているような、そんな状態のことね。

 すなわち、居並んだ鎧兜の偉そうな侍たちが、口々に自分の言いたいことをがなり出しちゃった。

 でもって、イケメン武将は苛立ったようすで爪を噛んでいる。どうやら、この人の癖らしい。

 けど、どうなってんの?

 おっと、その前に。

「あんたは黙ってな」

 カナタのほっぺをぎゅっ。

「いでっ」

 そんなようすを、イケメン武将が見ている。

 やばっ。ハルカ、思わずぺろっと舌を出すと、イケメン武将が口元でふっと笑う。

 だからハルカも、にこっ。

 見交わす目と目が、あら、微熱っぽくない? ハルカ、勝手にそう感じた。

 けれどもまわりは、まだ喧々囂々。

「約束を違えると申すのか」

「形勢を見るは、戦の常道」

「いつまで形勢を見る。もはや猶予はならぬっ。殿っ、ご決断をっ」

「従ってはなりませぬ。殿、ご英断をっ」

 あっち派とこっち派が、それぞれイケメン武将に決断を迫っている。

 当人はというと、すっかり困惑の体。

「客人の前だ。控えよ」

 それだけ言うのが、精いっぱい。

「だが、もはや猶予は・・」

「ご決断をっ」

「分かっておる」

 喧々囂々どもを制して、気弱そうな目が、ハルカを捉えた。

(あら、この人、なにかに迷ってるんだわ)

 ハルカは、直感的にそう思った。

 あたしの直感は、当たるのだ。

「まこと、東軍が勝利すると申すか」

「いいえ」

 ハルカ、ゆっくりと首を横に振る。

「なに?」

 だって、徳川家康って、将軍になる人でしょ。ってことは、東軍が勝つんじゃないの?

 カナタ、怪訝にハルカの顔を見上げる。

 だってさ、答えを出すのは簡単だけど、それじゃ面白くないじゃん。

 それに、この人は、あたしになにかを訴えたがっている。あ~ん、母性本能、くすぐられちゃう。

 もう少しお近づきになっちゃお。

「この者は、まだ見習い。うわべの答えしか見ておりませぬ」

「うわべの答えと?」

「はい。真実は風に舞う羽根のごとく移ろいやすいもの。真の答えは、まだ出ておりませぬ」

 いいぞ。ハルカの出任せ絶好調。カナタは呆れて、かっ。

「では、答えは?」

「その前に」

 ハルカ、気弱イケメン武将をきっぱりと制して、言う。

「殿の背後に、よからぬ霊が見えまする」

「なに?」

 気弱イケメン武将、不安にどきっ。

 出任せ馴れしたカナタは、も一度、かっかっ。

「その霊が取り憑いている限り、残念ながら、殿に勝利は訪れませぬ」

「なんと・・・」

 まわりの鎧兜たちもざわざわざわ。

 なにしろ四百年あまりも昔の人たち。霊とか、そういうのの存在を、まだまだホンキで信じていたんだ。

「わたくしが、よからぬ霊を取り除いて差し上げましょう」

「できるのか」

「はい。ですが、それにはお人払いを」

「ならぬっ」

 イケメン武将にいっちゃん近いとこにいたおっさん侍が、バネ仕掛けのように立ち上がった。

「刺客かもしれませぬぞ」

 刀の柄に、手までかけちゃってる。

 けど、すっかり自分に酔っちゃってるハルカちゃん、てんでひるまなかった。

「殿のお命を奪うモノがあるとすれば、それはわたくしではなく、殿に取り憑いたよからぬ霊。それでもよいのですかっ」

 普段、パパやママに、うるさいと言われている、ハルカのよく通る声が役に立った。

「う・・・」

 おっさん侍、鎧兜のまんま、言葉も返せずに立ちつくしちゃった。しめしめ。

「信じられるかっ」

 反対側から、別のひげ侍が、半分刀を抜きながら、立ち上がる。

 む、そうきたか。

 ならば、行くぞ、カナタ。

「ふらぁ~っしゅっ・・・!」

 叫びながら、素早くスマホ取り出して、タップ。

 すると、こないだダウンロードしたゴジラの咆哮が、がぉ~、がぉ~っ。かなりの音量で叫びだした。

 横では、サインを了解したカナタが、自分のスマホでカメラフラッシュ、ピカッ、ピカッ。

 これには居並んだ鎧兜の侍たちが、み~んなびっくらこいちゃった。

「おお・・・」

 中には、のけぞりすぎて、床几の向こうに落っこちゃった侍までいる。

「我らが技を信ぜよっ」

 ケータイ掲げて、言い放つハルカ。

 アニメの見過ぎじゃねえの。カナタ、呆れたけどしょうがない、もいっちょ、ピカッ。

 イケメン武将もびっくらして立ち上がり、お小姓の肩に手を置いて、体を支えている。

 ゆっくりと、そっちに体を向けるハルカ。

「いかがなさいます」

「わ、分かった」

 よっしゃ、これでイケメン武将と二人きり・・じゃないけど、お近づきになれるぞ。

 ハルカ、自分の手際ににやり。


*どゆこと?


 がちゃがちゃがちゃ。

 鎧のこすれる音をたてながら、両側に居並んだ侍たちが出て行くと、し~ん、本陣の中は、にわかに静かになっちゃった。

 なにしろ、イケメン武将とお小姓と、ハルカとカナタしきゃいないんだもん。

 もっとも、遠くからは、雄叫びの声や。どど~んどど~ん、鉄砲の音も聞こえている。

 そのBGMが、この場の緊迫感を強調しているようで、ハルカ、なんとなく自分に酔った。

 もっとも、イケメン武将のほうは、ぽかんと口を開けてハルカたちを見ている。

 そらそうだわな。ゴジラの咆哮がぉ~っに、カメラフラッシュシュバッシュバッだもん。そら驚くよ。

 お小姓が、気を利かせて、床几をふたつ、持ってきてくれる。

「あ、どうも」

 カナタが受け取って、二人して床几を並べている。

 こいつ、同い年くらいだよな、と、そんな感じで互いをちらっちらっ。

 さて、どうするか。

「座っても、よろしいでしょうか」

 ゆっくり、余裕かます。

「あ、ああ」

 言って、イケメン武将も、自分の床几に、どっさと座る。

「そなたたちは、一体・・・」

 何者なのか、聞きたいよね、そりゃ。

「ご安心くだされ。殿のために、ミライの国から参ったのです」

 信じたのか、そうじゃないのか、ともかく、開けっぱだった口が、ようやく、うむと閉じた。

 それから、じっとハルカを見て、

「余の後ろに、どのような霊が見えているのだ」

 気弱そうな表情を見せて、不安そうに尋ねる。

 ここは一発、脅かしてやれ。

「なにやら、恐ろしい顔をした異形のモノ、物の怪に違いありますまい」

 ひえっと、イケメン武将が青ざめている。ぴくぴく、眉が神経質そうに動いた。

「追い払えるのか、その物の怪を」

「その前に」

「ん?」

「殿は、なにかお悩みのようす」

「うむ」

 やっぱり。ひとつ、もったいつけて頷いてみせるハルカさま。

「さきほどのご家来衆の言い合いといい、なにかあると思っておりました。して、なにをお悩みか」

「うむ」

 ちょっとためらってから、真っ直ぐにハルカを見て、口を開いた。

「どうすればよいのか、分からぬのだ」

 その目が、おせぇ~てっとハルカを見ている。

 明らかに年下のハルカに、イケメン武将がだんだん信頼を寄せてきているのが、ひしひしと伝わってくる。

 へへ、どんなもんだい < ハルカ。

 ったく、ようやるよ < カナタ。

「実はな」

 ため息ひとつついて、イケメン武将、とうとう悩み事を話し始めた。

「我らは、西軍の三成どのに味方して、ここ松尾山に陣を張っておるが、東軍の家康どのと内通しておるのだ」

「ないつう?」

「さよう。先ほど、一人、鎧も身につけておらぬ男がおったであろう」

 はあ。そういえば、そんな人がいたような。

「家康どのが送ったのだ。余が、東軍に味方するのを見届けるためにな」

 ん? ってことは・・?

「寝返る約束を?」

「うむ」

「では、お悩みとは?」

 イケメン武将が、なんともはや情けない表情を浮かべる。このヒト、根っから気が弱いんだ、きっと。

「この場にいたっても、どうすればよいか、決断がつかぬのだ」

 マジ、弱り切っちゃってるようす。それとも、物の怪とか、脅かしすぎちゃったかな。

 にしても、この気弱そうなイケメンが、武将?

「お約束、なさったのでは?」

 約束しちゃったなら、果たすっきゃないんじゃ? って、ココロ。

「ああ。二カ国の加増を条件にな」

「かぞう?」

「分からぬか。領地を増やしてくれるというのだ」

「だったら・・・」

「見習いは黙っておれっ」

 言いかけたカナタを、慌てて遮った。

 にしても、おれ、だって。どんなニホンゴだよ。カナタ、ちょっとふくれた。

 こんなときは、ポケット探って、チョコバー取り出して、ぱくり。

 ん? お小姓がじっとこっちを見ているぞ。

 ぱきん。チョコバーふたつに割って、とことことこ、半分をお小姓に差し出す。

「す、すまぬ」

 恐るおそる受け取って、かじっ。

 はっと、オドロキのような表情がお小姓の顔に広がる。

 こんな甘いもの、食べたことないよね、そりゃ。

「ぼく、カナタ、君は?」

「じ、次郎丸と申す」

 名乗りあっちゃってるの。

 と、そんな間にも、イケメン武将は、ハルカに、自分の立場の説明を続けていた。

「だがな、三成どのも、西軍に加わる見返りに、加増の上、秀頼どのが元服するまで、余に関白職を与えると言うておる」

 秀頼って・・あ、そうだ、豊臣秀吉の子どもだ。そうそう、茶々が産んだんだよね。

 よっしゃ、少し分かってきたぞ。

 秀吉って、最後は関白だったんだよね。ってことは、秀頼がオトナになるまで、ナンバー1の座につけるってことじゃん。

 だったらその方が・・いや、けど、このヒト、迷ってるんだよね。

「それでも、西軍には従えぬと?」

「三成は、狐のようなヤツ。信用はできぬ」

「ならば・・」

「家康も、信じられぬ狸親父だ」

 ありゃま。狐と狸ねえ。

 けど、分かってきたぞ。つまりは、東か西、勝つ方に見たかしたいってわけね。

「それで、この戦の行方をお知りになりたいと?」

 ハルカ自信満々で言ったのだけど、

「そうではない」

 あっさり否定されちゃった。なんで?

「この戦、きっと勝つ」

「え?」

 すっと立ち上がるイケメン武将。

「ここ松尾山は、どちらの軍勢をも、側面から突ける場所にある。余が味方すれば、そちらの勝ちじゃ」

 ありゃ、だったらなにも迷うことは・・・。

「軍師の言うままに、陣を敷いただけのことだがな」

 落ち着かなそうに、あたりを輪を描くように歩きながら、言う。

 けど、なんかヘンだぞ、このヒトの言ってること。

「では、なにをお迷いで?」

 足が止まって、不安そうな、いっそ怯えたような顔を、ハルカに向けた。

「余は、恨まれとうないのだ」

「は?」

「どちらに味方しようが、約束を違えたことになる。裏切ったことになる。裏切られ、戦に敗れた者たちは、きっと余を恨むであろう。それが、恐ろしいのだ」

 たまっていたモノを吐き出すように、そkまで一気に言う。

 そして、

「どちらに付こうが、余が、この戦を決することになる」

 言いながら、どすんと座ると、

「裏切られ、敗れた者たちに、恨まれ、呪われるのだ。それを思うと、どうしてよいか、分からぬのだ・・・」

 神経質そうに、手に持った扇子を、もう一方の手に叩きつけている。

 んなこと言ったって、戦はもうとっくに始まっちゃってるんだぜ。

 小山の下からは、今も鉄砲の音や、がちゃがちゃぶつかり合う音、雄叫びの声、などなどが聞こえてきている。

「教えてくれ、どうしたらよいのだ」

 すっかりハルカを、ミライの国の占い師と信じているイケメン武将が、真っ直ぐにハルカを見ている。

 その顔ってば、高校生か大学生みたいで、とぉ~っても純粋な目をしている。

 横でカナタが、どうするの? と見上げているのが分かった。

 あっちでは、お小姓までが、これまた少年の純粋な目でハルカを見ている。

 わぁ~ってるよ。けど、こ~りゃ困ったぞ。

 戦に勝つ方というなら、教えて上げることもできる。

 日本の歴史を大ざっぱに言えば、戦国時代のあとは江戸時代だ。江戸時代といえば、徳川幕府。

 ってことは、この戦、徳川家康のほう、つまり東軍が勝つのよね。

 けど、この人は、どっちが勝つかを知りたいのではない。

 戦は、どっちでもいい、今、この人が味方に付けば、そっちが勝つ。

 けど、そうなると、負けた側にとっては、あいつが裏切ったせいで負けた、となる。

 それが恐ろしいと、この人は言う。

 なんて気がちっちゃい、というのは簡単だけど、この人は、恨まれることを、とっても恐れている。

 どうしてだろう。

 ヒトに恨まれてまで、なにかを手に入れても、幸せになれないから?

 ここまで、2.3秒。

 ハルカの頭の中を、こんだけのことが駆けめぐった。

 けど、なにか言わなくちゃ。

 そう思ったときだった。

「余の後ろに見えている物の怪とは、誰か、余を恨んでいる者ではないのか?」

「いえ」

 とっさに、否定した。

「そこまで、しかとは見えませぬ。けど・・」

 ん? イケメン武将が、こっちを見ている。

「お決めになれぬのは、なにかわけがおありでは?」

 あてずっぽ。っつうか、反射神経で言った。

 けど、反応あり。

「余は、自分で物事を決めたことがないのだ」

 はあ? 心の中でそう思って、そいでもって結局、

「はあ?」

 口に出しちゃった。

 どゆこと?

「自分で、物事を決めたことがない、とは?」

 ふうっと、小さくため息。

「何ごとも、秀吉どのの言いなりだったのだ」

「秀吉どのの?」

「うむ」

「偉いヒトだもんねえ」

 つい、カナタが口をはさむ。

 黙っていなさいと、止めようとしたら、イケメン武将のほうが先に口を開いた。

「そうではない」

「へ?」

「余は、秀吉どのの、甥なのだ」

「あ~らま、名門」

 今度は、ハルカが声に出しちゃった。

 だいじょぶかね、そんな調子で。

 それはともかく、小早川秀秋ってヒトが、秀吉の甥っていうのは、ホントのこと。

 秀吉の奥さんである、ねねの、お兄さんの五男として生まれたんだ。

「お子のなかった秀吉どのは、余をよう可愛がってくれた。元服した後には、養子にまでなったのだ」

「秀吉どのの、養子?」

「さよう」

「んじゃ、関白さまの跡継ぎ?」

「だが、余が十二の年に、秀頼どのが生まれた」

「あらま、実の子登場」

「それで、小早川家の養子となったのだ」

「ふ~ん」

 フクザツ。

 けど、戦国時代、武将の間では、男の子が養子に出されるのは、よくあったことなんだ。

 だって、男の子がいない家では、跡継ぎがいない。男の子がたくさんいる家では、長男以外、男が余っちゃう。

 そこで、男の子を融通しあうっていうと言葉は悪いけど、ま、そういうことだったんだ。

 それに、あの家と親戚になれば、なにかと・・みたいな打算もあった。

 女の子が、いわゆる政略結婚に嫁に出されるのと同じだね。

 戦国時代、武将の家に生まれるって、案外、窮屈で、自分じゃどうにもできないところがあったのかもしれないね。

「けどさ」

 またまた口を挟むカナタ。

「殿さまだったら、なんでも自分の思い通りなんじゃないの」

 言われてみりゃ、そうだけど。

「晩のお菜くらいはな」

 口元で笑いながら、イケメン武将が答える。

 あ、晩ご飯のおかずくらいはってことか。

 それくらいしきゃ、自分で決められないの?

「秀吉どのの甥であるばかりに、時に疑われ、時に忠誠を示さねばならなかった」

 ふ~ん。

 けど、そうなんだ。

 たった十三歳のときに、秀吉の弟・秀次の謀反に関わったとされて、もらった領地を没収されたり。かと思うと、十五歳のときには、慶長の役っていう、秀吉が朝鮮を攻めた戦争に参加して奮戦したり。それなのに、勝手に国に帰ったと告げ口されて、領地替えにあったり。

 結構、翻弄されたヒトなんだ。

「さまざまな者たちが、余を貶めようとし、利用しようとした」

 そうなんだろうねえ。

「つまるところ、いつもいつも、まわりの者の言うことに耳を傾け、顔色をうかがい、おのれの考えなど持ちようもなかった」

 そっか。家来でさえ、いろんなこと言うんだろうね、きっと。

「余は、今年でやっと、十八」

 18歳か。どうりで、高校生か大学生に見えたわけだ。

「殿などと、呼ばれる器ではないのだ」

 がっくりと、広げた足に、肘と手を乗せて、俯いている。

「それが、余の決断ひとつで、この天下分け目の決戦の、行方が決まるなど・・・」

 ゆっくりと顔を上げると、

「戦に勝っても、誰かの恨みを買い、その上、味方からも、後ろ指を指されよう。どうで、余の評判は、悪くなるばかりだ」

 憔悴したようすで言う。

 うむ。確かに、袋小路だわな。

「こんな場所から、こんな自分から、逃げ出してしまいたい」

 切なく、年下のハルカを見つめている。

「余には、まだまだ知りたいことがある。学んでみたいこともある。やってみたいことも、いくつも、いくつも・・・」

 そう言うイケメン武将の瞳が、なんとまあ、とっても澄んでいるいるじゃないの。

 本音なんだ。

 このヒトは、まだ18歳で、やってみたいことが、たくさんあるんだ。

 それが、秀吉の甥に産まれたばかりに、戦乱の世に、武将と呼ばれる地位にいるばかりに・・・。

「人は、おのれの運命から逃げられぬものなのか。そなたの力で、変えられぬのか」

 ハルカはきゅん。胸が締めつけられるような思いで、イケメン武将の瞳を見つめ返した。

 このままじゃ、このヒトは、運命に負けてしまう。

 ほっといちゃいけない。

 ハルカの中で、アラームが鳴っている。

「運命を変えることは、出来ぬものか」

 絞り出すような声に、思わず応えた。

「承知いたしました。変えてみせましょう」

 おいおい。

 おいおいおい。

 おいおいおいおいおい。

 ちょっとハルカちゃん、いくら未来からやってきたっつったって、ヒトの運命なんて、変えられるわけないっしょ。

「まことか」

 イケメン武将が、驚きまじりの目を、きらんっと輝かせた。

「まことに、運命を変えられると申すか」

 ハルカ、決意の表情でしっかりと頷く。

 言っちゃったもんしょうがない。やってやろうじゃないの。

 その時だった。

「殿っ!」

 鎧兜の若武者が、ずかずかとあたしたちだけの本陣に入ってきた。

「何ごとだ」

「家康どのが、我が陣に大砲を向けております」

「なにっ」

「もはや、猶予はできませぬ。ご決断を」

「すぐ行くゆえ、しばし待てっ」

 マジですかぁ。若武者、困ったような目をイケメン武将に向けたが、命令とあればしかたない。

「お待ちいたしますっ」

 一礼すると、がちゃがちゃ音をさせて出て行った。

 本陣には、再び、イケメン武将とお小姓と、ハルカとカナタだけ。

 顔を上げ、ハルカを見たイケメン武将が、よろけるように一歩、足を前に出す。

「まことに、運命を変えられるのか」

 安心させなきゃ。きっぱりと頷いてみせるハルカ。

 頷きながら、よっしゃ、閃いたぞ。

「先ずは、この戦、勝ちましょう」

 どっちに味方しても勝てるって言ってたもんね。ここはクリア、のはず。

「だが、どちらに味方する?」

 こっからだ。

「誰を幸せにできるかをお考えあそばせ」

「なに?」

「勝って、殿が何を手に入れるか、誰に恨まれるかではなく、誰を幸せにできるかを」

 え? とイケメン武将がハルカを見る。

 一体そなた、なにを言っているのだ、と。

「勝って、誰かを幸せにしたならば、ご自身からお逃げなさいませ」

「逃げる?」

「恨まれてまで、生きることはございませぬ。殿、いえ、ひとつの命である、ご自分をお思いなされませ」

 イケメン武将が、いよいよ目をまん丸にして、ハルカを見ている。でもって、その瞳が、戸惑うように左右に動いている。

 分かんない。分かんないんだけど、なんとか理解したい。瞳が、そう言っているように思えた。

「ここで、この戦で、殿であるおのれを殺すのです」

「なに?」

 動いていた瞳が、ぴたっと止まって、ハルカを見た。

「おのれを、殺す?」

 聞き返すイケメン武将に、ひとつ頷いて、先を続けようとしたら、

「殿っ」

 声とともに、さっきの若侍がまた飛びこんできた。

 いいとこなのに、もうっ。

「もはや、もはや猶予はっ」

「分かっておるっ」

 久しぶり、殿らしく一喝した。

「まもなく出陣する。外で待てっ」

「はぁっ」

 ありゃ、声が裏返ってら。

 不安そうな、泣きそうな顔で、若侍が渋々下がってゆく。

 すっと、イケメン武将がハルカを見る。

「行かねばならぬ」

 けど、声がちょっとだけ、震えてるぞ。

「だが、余はまだ、どちらに味方するか・・・」

 だと思った。ここだ、ハルカ、ガンバレ。

 自分で自分を励ましながら、ハルカ、いっちゃん強い目でイケメン武将を見て、そして、ゆっくりと言った。

「ご自分でお決めなされ」

「なに?」

「殿の、ご自分でお決めになる力が、背後に見える物の怪に打ち勝つ道。そして・・・」

 澄んだ目が、じっとこっち見てる。

「自らを生きる、始まりとなりましょう」

 やっと少し、イケメン武将の目に力が戻った。

 いいぞ。

「よくぞ言うてくれた・・・」

 そこまで言いかけたところで、

「殿っ」

「もはや猶予はなりませぬ」

「ご出陣をっ」

 どやどやどや。鎧兜の家来たちが入ってきちゃった。

「分かっておるっ」

 苛立つように一喝するイケメン武将。

「今行くっ」

 言っておいて、ハルカに視線を戻す。

「待っていてくれるか」

 待っててあげたい。けど、カバーオがうるせ~だろうしなぁ。

「それは叶いませぬ」

「では、二度と会えぬと申すか」

 会いたいよ。会いたいけど、どうしたらいいか・・・。

 答えられずにいると、イケメン武将が、ずりっ、ハルカの方にほうに少しだけ体を寄せた。

 そして、真っ直ぐにハルカを見ている。

「もう一度、そなたに会いたい」

 きゅん。

 やめてよ、そんな言い方。

 どうしよ、涙目になってきたじゃん。

 そうだ。

 咄嗟に、バッグからイサダホン取り出し、キルトのポケットティッシュ入れに突っこんだ。

「これを、お預けいたします」

 差し出すキルトの袋を、イケメン武将が受け取る。

 もちろん横では、カナタがぎょえっとなっている。

「きっと、これを受け取りに参ります」

「まことか」

「懐深く、肌身離さず、お持ちくださいませ」

「分かった」

 イケメン武将、ポケットティッシュ入れを懐深く突っこんでいる。

「そしてこれは、殿のご武運を祈るお守りでございます」

 見えないように、小銭入れから500円玉一個、取り出した。だって、100円じゃケチくさいじゃん。この際、しょうがない。

 差し出す500円玉を、イケメン武将が恭しく受け取る。

「お信じください」

 ハルカの言葉に、イケメン武将が、眉根に力をこめた。

 よっしゃ。効き目あったぜ。

「行ってまいる」

 頷くハルカを見ながら、名残を惜しむように、二歩、三歩と後ずさり、そこで、くるりと背を向けた。

 一瞬ののち、

「出陣であるっ」

 きっぱりと叫んだ。

 途端に、陣の中がざわざわと賑やかになる。

 のっしのっしと本陣を出るイケメン武将を、ハルカは、ふ~い、脱力しながら見送った。

 我ながら、よくやったぜ。

 けど、これでよかったの?

 もしも、西軍に味方しちゃったりしたら・・・。

 え~い。そんなこと、どうせママに聞いたって分かりゃしないんだ。

 だが、イケメン武将が後ずさったとき、すっとハルカの後ろに回ったカナタが、「ヒガシ、ヒガシ」と口を動かしてたのは、さすがのハルカさまも気がつかなかった。

 そのカナタ。

「あ、手伝うよ」

 出陣の支度を始めたお小姓を手伝っている。

 ったく、調子い~んだから。



*で、どっち?


 ざわざわざわ。どやどやどやっ。

 それぞれ武者や足軽を率いた、鎧兜のお侍たちが、どやどやと集まってくる。

 いよいよ出陣っていう緊張感が、陣全体に漲ってきた。

 その真ん中で、従者みたいなヒトに手伝ってもらいながら、イケメン武将がひらりと馬にまたがった。

 鎧兜で馬に乗ったところは、さっすが戦国武将って感じ?

 そしてその回りに、偉そうなお侍さんたちが、やっぱり馬に乗って集まってくる。

 さっきまで、東か西か、喧々囂々だった人たちが、今はじっと、イケメン武将に注目している。

 ちゃんと、決めたかな?

 占い師ハルカとしても、どきどきもんでイケメン武将を見つめた。

(自分で決める力が、自らを生きる始まりとなる・・・)

 その言葉が、イケメン武将=18歳の小早川秀秋の頭に、よみがえっていたかもしれない。

 その時、イケメン武将が、手に持ったなにかを、ぴんっと弾き上げた。

 空中でくるくる回転しているのは、ありゃ、ハルカがお守りにあげた500円玉ではないか。

 落ちてきた500円玉をしっかとつかみ、そして、手を開いている。

 表だったのかな、裏だったのかな。

 その瞬間、イケメン武将が、すっと顔を上げた。

「我らは東軍に味方するっ。眼下の大谷勢を、側面より攻めるのだっ」

 その声に、囲んでいた侍たちがざわざわとざわめく。

「さっすが秀秋どの。ご英断でござる」

 にんまり笑って、そんなこと言うのは、一人だけ鎧兜着てないおじさん。この人が、きっと徳川家康が送ったヒトなんだろう。

 けど、

「恐れながらっ」

 一人の鎧兜の侍が、イケメン武将の前にひざまずいた。

「寝返りなど、武士としてあるまじきこと。殿のご命とあれど、従うことはできませぬ」

「余が決めたことじゃ」

「ならば、お暇つかまつる」

 立ち上がり、くるりと背を向けると、一隊を率いて、陣の後ろのほうに出て行っちゃった。

 あれ? って、感じ。

 途端に、陣の中がざわざわし始める。

「松野どのが・・・」

「先鋒の松野重元どのが、離反された・・・」

 そんな声が、ハルカの耳にも届いてくる。

 動揺が広がって、出てっちゃったヒトに続こうとしているお侍が何人かいそうな気配なのが、ハルカにも分かった。

 しかも、馬上のイケメン武将まで、なんだかおろおろしてるじゃないの。

 こりゃいかんわ。

 思わずハルカ、つい、ととっと前に出て行っちゃった。

「大儀は御殿にありっ」

 ママがいっつも耳をふさぐ、よく通る声がほんっと役に立つ。

 そこにいた人たちが、え? とこっちを見る。

 どうしよ、と思ったら、背中で、木々を揺らす風の音が聞こえた。

 よっしゃ、ギャンブルかけよっ。

「風は東より吹き来たりて、西へと流れる。殿のご決断が、風を動かすのが分からぬのかっ」

 ちょっとハルカちゃん、みなさん、目が点になってるよ。

 え~い、構うもんか。

「この風を見よっ、殿の背中を押す風をっ」

 途端に、ざわざわっが大きくなって、ひゅうっと風が動くのを感じた。

 ハルカのふたつ結びにした髪が、すうっとなびく。

 向こう側で、従者が持っている旗指物も、ゆらりとなびく。

 そして、馬に乗ったイケメン武将の背中にも、ざわっと風が揺れる。

「おお・・・」

 ハルカの言ったとおりになっちゃったもんだから、囲んでいた侍たちが、思わずどよめく。

 よっしゃ、ここだ。

 ぐいと右手でスマホを掲げると、目いっぱいの声を張り上げた。

「我らが術を信じよっ。武運は、我が殿にあり。ふらぁ~っしゅ」

 カメラ・ストロボをシュバッ、シュバッ。

 後ろでカナタが、自分のケータイから、ゴジラの咆哮を、がお~~っ。

 いいぞっ。

「お~~っ!」

 ハルカが叫ぶと、取り囲む侍たちも、

「お~~っ!」

 よっしゃ、もっかい。

「お~~っ!」

「お~~っ!」

 よ~っしゃ、盛り上がってきたぜい。

「殿っ」

 呼びかけると、イケメン武将が、きんちょうに引きつった顔をハルカに向け、それでも、しっかりと頷いてみせた。

 なのでハルカも、じっくりと微笑み返し。

 やっと、イケメン武将がかすかに微笑み、すっと前を向いた。

「我らが力を、存分に見せてくれようぞ。者ども、行け~~っ!」

 采配っていう、短い棒の先に房みたいのがついたヤツを、頭上に掲げ、さっと前方に振る。

 それがまさしく、出陣の合図。

「出陣っ」

「お~~っ」

 あちこちから声が上がり、先ず先鋒の隊が斜面を駆け下り始める。

 それに続いて、次々と、次々と、大勢の馬に乗った鎧兜の侍たち、何百何千という槍や刀を持った足軽たちが、どどどっ、斜面を駆け下りてゆく。

 いくつもの旗指物が、揺れながら斜面を駆け下ってゆくのは、まさしく壮観ってヤツだった。

 後ろからは、ずいと前に出た二門の大砲が、どど~ん、どど~ん、まるで景気つけるみたいに、駆け下りる軍勢の向こう側を狙って、大砲を発射する。

 どど~ん、どど~んっ。

 その音が、あんまりものすごいもんで、ハルカは首をすくめ、カナタは耳をふさいじゃった。

 で、そのかっこのまんま、駆け下りる軍勢を追うように、とととっと前に出る。

 そこには、大砲の音に驚く馬を御しながら、今まさに、斜面を駆け下りようとするイケメン武将=弱冠十八歳の小早川秀秋の姿があった。

「ご武運を」

 声をかけるハルカに、馬上のイケメン武将が振り向く。

「きっと、また会おうぞ」

 一言だけ発して、小さく頷くハルカを見る間もなく、どどどっ、馬で斜面を駆け下りてゆく。

 ちゃんと颯爽としてるじゃん。

 かっこいいよ。

 ハルカ、若者らしいイケメン武将の姿に、思わず見ほれちゃった。

「よかったね」

 横にやってきたカナタが言う。

「勝つほうに味方して」

「そういうことじゃないのよ」

「へ?」

「自分で決めたってことが大切なの。自分で決めれば、たとえ負けても、悔いは残らない・・・」

 眼下に小さくなってゆくイケメン武将の姿を見送りながら、ハルカなんだか、恋人を見送るような気分になっていた。

 やがて、斜面をおりきった軍勢が、大谷勢の側面に襲いかかる。

 叫び声が、モノがぶつかり合う音が、激しく聞こえてくる。

 けど、あれ? あのあたりって、タイムマシンを隠したあたりじゃ・・・。

 そんなことには気づかず、ハルカとカナタ、眼下の戦を見やっていた。



*沽券にかかわる


 その時、タイムマシン内のカバーオは、がっはっはっは、大口開けて笑ってた。

 ペーパー式の電子ブックで、昔のコミックを読んでいたんだ。

 名作でさ、これ、何度読んでも笑える。

 がははっ。

 と、その途端、体が回転するのを感じた。

 それも、くるくる、くるくる。

 おわ?

 慌てて、外のようすをモニターで見ると、ぬあんと、野蛮な男どもが、刀の刃をぎらひらと光らせて、斬り合いをしているではないか。

 こら大変だ。

 操縦桿を握ったカバーオ、その場を脱出しようとしたんだけど、ころころころ、またも回転するもんだから、思うようにいかない。

 その上、ずぼっ。

 体が一瞬、宙に浮いて、それからどしんと落ちた。

 外部モニターから察するに、窪地っつうか、ようするに穴ぼこに落ちたらしい。

 穴ぼこ?

 カバーオの頭に不安が走った。

 このマシン、穴から自力で脱出する方法なんて、ないのであります。

 *

 そのちょっと前のこと、ハルカとカナタは、眼下の戦況を見守りながら、ゆっくりと丘の中腹あたりまで降りてきていた。

 なんせ戦っている大谷勢を、側面から突いたのだ。ハルカの目にも、小早川勢優勢と見えた。

 ところが、ありゃ? 後ろから別の一隊があらわれたと思ったら、小早川勢の側面を襲ったぞ。

 どうやら、小早川勢の裏切りを予想して、兵を隠していたらしい。

 ありゃま、たちまち陣形を崩されてるじゃないの、小早川勢。

 ってゆうか、挟み撃ちにあって、丘の麓に釘付けになっちゃってるではないか。

「なんか、ヤバそうな感じじゃね」

 カナタの目にも、小早川勢の劣勢が分かる。それっくらいに、劣勢。

「なんとかしなくっちゃ」

「あっちが勝ったら、歴史が変わっちゃうもんね」

「うんにゃ。占い師の沽券に関わる」

「あ、そっち」

 けど、どうしたらいいだろう。

 ヒントを探して、いろんな軍勢が入り乱れた戦場のあちこちに視線を飛ばす。

 と、そのうちに、やっと気づいた。

「あそこ、タイムマシン隠したあたりじゃない?」

「あ」

 カナタも、お目々まん丸でそのあたりを見た。

「カバーオ、どしたかな」

「イサダホンがあればね」

 しらっと言うカナタ、ハルカにじとっと睨まれたことは言うまでもない。

 しょうがない。バッグに手を突っこんで、バードウォッチング用の双眼鏡を取り出すハルカ。

 確か、あのあたりか、もうちょいこっちか。肉眼と交互に、双眼鏡を動かしてゆく。

 すると、ん? なんか、草むらが動いたような。

 慎重に、双眼鏡を行ったり来たり。ピントもすこ~し調整して・・・。

 あれだっ。

 戦場のまん真ん中で、入り乱れて戦う侍や足軽たちの間を、風景と同化したタイムマシンが転がっている。

 転がってるぶん、風景との同化がちょっとずれるもんで、それでハルカちゃん、見つけることができた。

 にしても、い~目してるわ。

 でもって、ありゃ、どすんと穴に落っこっちゃった。

「よっしゃ、あそこよ」

 もっかい、双眼鏡外して、位置を確認。

「けど、戦争やってんじゃん」

 む、確かに、タイムマシンのまわりは侍や足軽が入り乱れて・・ん? ありゃ?

「わぁ~っ」という喚声が上がったかと思うと、左手の軍勢が後退し始め、右手の軍勢が追いかけてゆく。

「まるっきり押されてるじゃない、こっちが」

 こっち? カナタ、ちょと違和感感じたけど、ま、い~か。

 実際、小早川勢は、伏兵の出現にあたふた、次々と後退を余儀なくされている。

 けど、そのかわり、タイムマシンのまわりから、ヒトがいなくなった。

「今のうちよっ」

 だっと走り出すハルカ。

「わきゃっ」

 カナタも、斜面をぴょんぴょん、跳ねるように姉ちゃんを追いかけた。

 斜面を駆け下り、草むらを突っ走り、ようやく、穴にはまったタイムマシンの前にたどり着いた。

 すぐ、かぱっとハッチが開いて、カバーオが顔を出す。

「よかった。一人では動かせなくて」

「大変なの」

「すみませんが、押してください」

 タイムマシンから出て、ボディを押そうとしている。

「勝たせたいほうが負けちゃいそうなの」

「自力では、この状態から脱出できないのです」

 力いっぱい、タイムマシンのボディを押している。カナタもお手伝いに入って、うんこらしょ。

「それどころじゃないんだってば」

「こっちだって、それどころじゃないんです」

 よいさっ・・けど、動かない。

「どうしても戦に勝たせたいのっ」

 ハルカのつんざくような大声に、カバーオが顔をゆがめて、やっとこっち見た。

「なんかない? なんたら光線とか、バリアとか、結界とか、そうゆうやつ」

「ありませんっ」

 思いっきりキッパリと答えたカバーオさん。

「歴史的事実に関わることは、規則違反であります」

「けど、このまま負けちゃったら、歴史が変わっちゃうのよ」

「歴史がそうなら、なにかが起こったのでしょう」

 ん? ってことは?

「そっか、なにか起こせばいいのか」

 え? カバーオ、ぎょえっとハルカを見た。

「いけまっせんっ」

 唾飛びそうな勢いで言う。

「歴史に関わるのは、じゅ~だいっな規則違反であるのですっ」

「んなこと言ってるば~いじゃないの」

「歴史が変われば、あなた方の存在も、消えてしまうかもしれないのですぞっ」

「だいじょぶ。ウチの先祖がこの戦に関係してるとは思えないから」

「いや、あの・・・」

 そういうことじゃなくって、と言いかけた、その時、

「お~い」

 声がして、見ると、草むらから頭だけ出した喜助と伍作が走ってくる。

 ぎょえっ。カバーオ、慌ててタイムマシンに乗りこみ、パタンッとハッチを閉めた。

 入れかわりに、ばさっ。草むらかき分けて、喜助と伍作がハルカとカナタの前に飛び出してきて、いきなり、

「無事だったか」

 だって。

「は?」

「捕まったんでねえかと、気になって・・・」

 どこか、バツが悪そうに言う。

「え?」

「こいつが・・・」

 顎で伍作を示して、

「侍に見つかるほうに・・・」

 言われた伍作が、慌てて視線をそらせている。

 ん? わざとそっちに案内しただと?

 くっと睨むハルカの目線の下のほうで、草むらからごそごそと出てくる六と金太と、あとなんだっけ、ともかく、小さいほうの男の子3人と女の子も出てきた。

「無事だったか」

 もう一度言うから、

「え~え、捕まったわ、見事に」

 言い返した。

「けど、あたしはミライの国の占い師でもあるの。小早川秀秋どのに、それはうやうやしく迎えられたわ」

 え? 目をまん丸にして、ハルカを見ている。

 このおかしなかっこの娘、ホントに身分の高いヒトなのだろか、って思ってるだろ。

 よっしゃここは強い気でいこ。

 なんか、ヒントが見つかるかも。

「戦は、どんなようす?」

「向こうで様子見していた軍勢が、動き出そうとしてる」

「もともと西軍の軍勢だ。大谷勢に加勢すれば、戦は西のもんだろ」

 やばいじゃない、それ。

 ふっと戦場のほうを見やれば、遠目に、馬のイケメン武将が、なんだかうろうろしているのがチラッと見えた。

 どうしよ。なんか手はない?

「三成の勝ちか。くそっ」

 ん? なんでそんな言い方?

「三成が、どうかしたの?」

「あ、いや・・・」

 言った喜助が、なんだか口ごもっている。

「なにかあったの?」

「こいつの父ちゃん、半殺しの目にあったんだ」

 伍作が、かわりに答えた。

「行列の前、横切っただけで」

「石田三成の?」

 こくり。喜助が頷く。

 そうなの。そんなことがあったんだ。

「侍なんて、みんなそうさ。いばってるばっかりだ」

 ふむ。ならば。

「あなたたちの手で、戦の行方を変えてみない?」

 え? とハルカを見る喜助と伍作。

「できるのか、そんなことが」

「できるわけねぇ」

「やってみせようじゃない」

 きっぱりと言うハルカを、えっ? と見て、互いの顔を見合わせ、またハルカを見る喜助と伍作。

 と、その時、

「歴史に関わることは、じゅ~だいっな規則違反ですからね」

 くぐもったカバーオの声が、風景と同化したタイムマシンの中から聞こえた。

 けど、地面から聞こえたように感じた喜助と伍作はびぃ~っくり。

 腰抜かしそうになりながら、声のしたあたりを怖そうに見ている。

「気にしないで、地の声だから」

 え? お目々をまん丸にして、言葉も出ないようす。気の毒に。

 けど、心は決まった。

「い~じゃない。この際、歴史を変えてやるっ」

「な、なんですって」

 すっくと立って、きっと戦場を睨みつけるハルカ。

「歴史は、あたしが作るっ」

 どこからともなく風が吹いてきて、ふたつ結びの髪がさわっと揺れる。

 おやま、カッコイイではないの、ハルカさま。

 オーラを感じたのか、ハルカの姿に、ととっと後ずさる喜助と伍作。

 カナタだけは、呆れて、かっ。

 そしてカバーオは、絶望のあまりタイムマシンの中でぶくぶくと沈んでいった。

 さっと喜助と伍作を見るハルカ。

「その、様子見してた軍勢を、こっちにつける手はない?」

「え?」

 喜助と伍作、困ったようにハルカを見ている。

 俺らは子どもで、侍でもないんだと、その目が語っている。

 けど、伍作のほうが、ぼそっと言った。

「霧でも、出りゃ・・・」

「霧?」

「朝方みてえに霧でも出りゃ、この乱戦だ、相手を間違えるってこともあるかもしれねえ」

 その言葉に、ハッと喜助も顔を上げる。

「俺らなら、霧の中でも道案内できる」

「なるほど」

 ハルカ、だんだん分かってきた。

「もしも霧が出れば、あんたたちが案内を買って出て、違う相手にぶつけることもできるってことね」

 頷く喜助。

「けど、この天気じゃ・・」

 霧は出ないと言いたい伍作。

「ふむ」

 顎に手をあてて考えるハルカ。

「まさか・・・」

 喜助と伍作、まるで魔法使いでも見るように、ハルカを見ている。さて、ハルカ、どんな魔法を使う?

 ちらっとタイムマシン見たけど、カバーオはぴしゃりとハッチ閉じて、とじこもっている。

 なんかない? とか聞いても、どうせ「ありません」ぴしゃり、だろうし。しゃあない、自力でやるっきゃない。

「枯草と枯れ枝を集めてくれない」

「ええけど、火はどうやっておこす?」

「はい」

 カナタ、自分のバッグから、すかさずキャンプ用のガン型ライターを取り出した。

 子どもが持ってちゃいけないんだぞ。ま、サバイバルグッズってことで。

 カチャ。火をつけてみせると、「おお」、喜助と伍作がオドロキで目を丸くする。

 ま、そうだわな。

「いい?」

「分かった」

 六や金太たち、小さな子どもに手伝わせて、枯れ枝枯草を集めては、積み上げていく。

 けど、うまく火、つくかな。

 と、カナタが今度は、新聞紙取り出して、丸め始めた。

 ダテに去年、子ども会キャンプに参加したわけじゃなさそうだ。

 丸めた新聞を、枯れ枝枯草集めた真ん中に突っこんで、キャンプ用のライターで、カチャッ。

 ぼわっと炎が上がり、どうやらうまいこと火がついた。

 そら、あおいで。

 カナタは残った新聞紙で、喜助や伍作や六や金太たちは着物の袖で、ハルカはバッグ振り回して、あおぐあおぐ。

 ぱちぱち、ぱちぱちと小さな音がして、もわっと煙が上がり始めた。

 と、その時、喜助が手を止めて、あっちを見た。

「動き出した」

 え? と見ると、草の波の向こうを、いくつもの旗指物が動いている。

「このまま、黒田勢につくつもりだべ」

「もっと、もっと枯草をっ」

 カナタが、六や金太といっしょに、ようやく燃え上がった炎に枯草を放りこむ。

 けど、やりすぎじゃ? ほうら、炎がちっちゃくなっちゃった。

「なんとかしてっ」

 カナタが、ちょっぴり熱いのガマンしながら、燃えそうなところを必死であおいでいる。

 いいぞ。少し、煙、増えた、けど・・・。

 どどどどっ、どどどどっ。

 あれは、馬の足音だ。動き出した軍勢が、どんどん近づいてくる。

 このまま、ハルカたちの横を通り過ぎれば、その先には劣勢の小早川勢が・・・。

 いけない。勝ち負けじゃない。あのヒトを、ここで死なせたくない。

 生きてて。

 だって、もう一度会うって、約束したんだもんっ。

「もっと、もっとあおいでっ」

「うぎゃ」

 けど、反応したのは、カナタと六や金太たちだけだった。

 喜助と伍作、いよいよ迫ってきた軍勢を、呆然と眺めている。

「もう間に合わねえ」

「火を焚いたくれえじゃ、初めから、ムリだったんだ」

「お前、おらたちを騙したのか」

 喜助が、不信の目でハルカを見ている。

「違う、あたしは・・・」

「お前、一体何者なんだ」

「だから、ミライから来た、占い師・・・」

「おらたちを、からかってるのかっ」

 ぐいっと踏みこんできて、ハルカの腕をつかむ。

 恐いっ。喜助の勢いに、反応できなかった。

「なにすんのっ」

 腕を返そうとしたが、今度は相手も分かっている。

 ぐいと、つかみ寄せられた。

「何者なんだ、お前」

 恐い顔で睨んでいる。どうしよう。

 ぱかん。その時、いきなりタイムマシンのハッチが開いて、カバーオが顔を出した。

「ぎぇっ」

 驚く喜助や伍作たち。

 今だっ。

 腕をひねって、ようやく喜助の腕を振り払った。

「カバーオッ」

 パッと、タイムマシンの前に走り寄る。

 するとカバーオ、ひょいとなにかを口に入れ、くちゃくちゃやっている。

「食べてるば~いじゃないでしょっ」

 喜助たちの動きを警戒しながら、思わず怒鳴りつけた。

 ぷいっとイヤな顔するカバーオ、口の中のもの取り出して、ひょい、炎の中に投げ入れた。

 なんか態度わりぃ~っ・・っと思ったその瞬間、ぬあんと、ぶおっと炎から風が巻き起こったかと思うと、あっという間、マジあっという間に、あたり一面、ミルクのような霧に覆われてしまったのだ。

 その霧の濃いこと、濃いこと。

 またまたタイムマシンにすとんと入り、ぱたっとハッチ閉めたカバーオの姿さえ、すぐそこなのに、かすんでいる。

 けど、カバーオったら・・・。

 遠くからは、ざわざわ、ざわざわ、霧にまかれた軍勢が、足を止めているらしい物音が伝わってくる。

「あんたたちっ」

 叫んでみると、白い霧の向こうから、目をまん丸にした喜助と伍作、そしてカナタがあらわれた。

 それっくらい、濃い霧なんだ。

「できる?」

「あ、ああ」

 目の前で起きた魔法に、びっくらこいた瞳のまんま、喜助と伍作が頷く。

「お前たちに、魔法の水をしんぜよう」

 瞬間的にキャラ作るか。カナタが呆れて、かっ。

 ハルカがバッグから取り出したのは、午後の紅茶。

「コップ、ない?」

 だって、口飲みさせるの、イヤだし。

「ん」

 カナタが取り出したのは、なんか見かけない茶碗。

 あんたこれ、どっから持ってきたの? と思いつつ、受け取って、午後の紅茶をとぷとぷとぷ。

「さ」

 受け取って、恐るおそる口をつける喜助。

 一口飲んだら、目が丸くなった。

「甘え」

 ひったくるように取って、伍作もごくり。

「あめ~え」

 そりゃそうでしょ。その頃、甘いものってとっても貴重だったんだもの。

「頼んだわ」

「ああ」

 と、答えた喜助だけど、そのままそこに立っている。

「そのかわり、その・・・」

「なに?」

「うまくいったら、お前の・・いや、お前さまの、その・・」

 正体が知りたいのかな? それとも・・・。

「戻ったら、聞くわ。さ、急いで」

「分かった」

 伍作の方をポンッと叩いて、さっと霧の中に走り出す。

「チビたちを・・・」

「だいじょぶ」

 さっと手を振った喜助の姿が、もう霧の中に消えていた。

(うまくいって。お願い・・・)

 真っ白な霧の中で、風が動いている。

 首筋のあたりが、なんだかひんやりとした。

 と、ハッチがぱかっ、カバーオがぬっ。

「さっさと終わらせてくださいねっ」

「くわっ」

 なんか、反射的に叫んだ。

 横では、いつの間にか午後の紅茶手にしたカナタが、口飲みでこくこくこく。

 あれ? 茶碗は?

「こっち来いよ」

 チビたちを、タイムマシンの影に連れていってる。

 ほんと、調子いい。

 *

 喜助と伍作は、真っ白な霧の中を走っていた。

 音のようすだと、あっちとこっちと、ふたつの軍勢が霧にまかれている。

 顔を見合わせ、アイコンタクト。頷きあうと、喜助はあっちに、伍作はこっちにと走ってゆく。

 やがて先ず喜助が、霧の中で右往左往している軍勢を見つけた。

「土地の者でごぜえやす。ご案内いたしやしょう」

「子どもか」

 馬の上から、偉そうな鎧兜の侍が見下ろしている。

「ここらは、遊び場でございます」

「にわと申すか」

「目をつぶっても案内できまする。どちらの軍勢でございましょう」

「西軍だっ、小早川勢を叩く」

「かしこまりました」

 さっと馬の手綱つかんで、一方へ走り出す。

 その後ろを、軍勢がぞろぞろついてくる。喜助、こりゃちょっと快感。

 すると、わずかに薄くなった霧の向こうに、合戦まっただ中のようすが見て取れた。

 けど、旗指物の印とか、はっきり見えない。

 いいぞ。こっちはちゃ~んと、戦況は把握しているんだ。

「あれに見えるが、小早川勢の側面でございます」

「よくやった。者ども、行くぞっ」

「わ~~っ」

 軍勢が突進してゆくのを、喜助、そこでにやりと見送った。

 突進する軍勢はといえば、刀を抜き、槍を構え、馬を走らせ、目の前の敵に襲いかかったところで、ありゃ、こりゃ大谷勢と気づいた。

 けっど、血気に逸った兵たちは、そんなことおかまいなし。ものすごい勢いで大谷勢に襲いかかっている。

 いきなり側面を突かれて、陣形が乱れる大谷勢。

 あ、こりゃ、こっちのが有利だ。

「構わぬ。このまま、東軍に味方する。行けぇ~っ!」

 大将らしいヒトが采配をふるい、戸惑っていた侍たちも、これで腹が据わった。

 というところに、今度は伍作に案内された、もうひとつの軍勢があらわれる。

「戦の行方、東軍にありと、味方されたようです」

「むむ、我らも続くぞっ」

 わぁ~っと加勢しに加わっちゃった。

 この人たち、脇坂安治、小川祐忠、赤座直保、朽木元綱といった武将たち。

 そもそも、ようすを見ていたってことは、勝つ方につきたかったわけ。勝てば、褒賞という、ご褒美がもらえるしね。

 そんな軍勢だっただけに、最初の軍勢が東軍につき、がぜん東軍有利となったものだから、さぁここで一働きとがんばっちゃったわけ。

 たまらなかったのは、大谷勢。

 せっかく松尾山の麓まで小早川勢を追い詰めていたのに、その側面を突かれちゃったんだから、ひとたまりもない。たちまち、総崩れになっちゃった。

 と、このあたりで、霧がすぅっと晴れてくる。

 たまらなくなったハルカは、タイムマシンのそばを離れて、戦場のほうに走っていた。

 たった一人で。

 だってカナタは、タイムマシン裏で、六や金太たちと、ペケポンやってるんだもん。

 カバーオはもちろん、タイムマシンの中。

 大きな石があったので、その上に乗っかって、戦場のようすを眺めてみる。

 すると、味方を得た小早川勢が、総崩れになる大谷勢に襲いかかっているのが、ハルカの目にも分かった。

 どこ、どこにいるの?

 あちこち動いていたハルカの目が、ぴたりと止まる。

 いた。

 遠くに、馬に乗ったイケメン武将の姿が見える。

 颯爽と采配をふるい、家来や足軽たちを鼓舞している。

 よかった。ちゃんと生きてるし、戦にも勝てそうだ。

「よかったんだよね、これで」

 いつの間にか、胸の前で、両手を握り合わせていた。まるで、なにかに祈るみたいに。

 するとそこに、戻ってきた喜助が、ハルカの姿を見つけて、走り寄ってきた。

「うまくいった」

 どや顔でハルカを見ている。

「うん。ありがとう」

 ちょっぴり潤んだハルカの瞳が、喜助をとらえる。

 あり? なんかどぎまぎしているぞ。

「あの・・・」

「ん?」

「お前さま・・・」

 どうしたの? と、その目を覗きこむ。

「あの・・えっと・・・」

 なにをどう言ったらいいのか、分からないらしい。

 きっと、聞きたいことがたっくさん頭と胸の中にたまっちゃってるんだろな。

 けど、会話はそこまでだった。

 喜助の後ろから、伍作が走りこんできた。

「本隊が動き出した。じき、ここらでも戦が始まるぞ」

「え?」

 言われてみれば、遠くから地響きのような喚声がわき起こり、旗指物の波がこっちに近づいてきている。

 その上、ひゅ~ん、ひゅ~ん、なんだか気味の悪い音が聞こえてきて・・・どか~ん、どか~ん・・!

 ありゃ、大砲の弾がすぐ近くに落ちてきたぞ。

「危ない、下がろう」

 伍作と喜助に守られるように、とりあえず、みんなが待っているタイムマシンのところに戻った。

「姉ちゃん」

 カナタが、六や金太や辰といっしょに、ちっちゃな亀を守るように座っている。

「ここは危ねえ、下がるぞ」

 喜助と伍作が、小さい子を連れて、あっちへ行こうとした。

 けど、ハルカとカナタは、そのまんまそこにいる。

「お前さまたちも・・・」

 と、その声がかき消されるような勢いで、ひゅ~ん、ひゅ~ん・・・どど~ん、どど~ん。大砲の弾がすぐ近くで弾けている。

 かぱっ。いきなりハッチが開いて、喜助たちがいるのも構わず、カバーオが出てきた。

「きけっ、きけっ、危険でありまっす」

 見たことないほど慌てている。

「これは、軍用ではありませんから、いくら昔の大砲でも、直撃されたら、ひとっ、ひとっ、ひとたまりもありませんっ」

 外に出てきて、タイムマシンを押そうとしている。

「手伝ってくださいっ」

 慌てて手伝うカナタ。喜助と伍作も、顔を見合わせながら、恐るおそる、手伝いに加わろうとしている。

 けど、あのさ。

「時間移動すればいいんじゃない?」

「あ・・・」

 カバーオの目が点になって、手が止まった。

 その間にも、ひゅ~ん、ひゅ~ん・・・どど~ん、どど~ん。

 首をすくめるカバーオ。

「直ちに出発いたしましょう」

 声が裏返ってるんでやんの。

 さっさとタイムマシンに乗りこみ、

「お願いですから、早くっ」

 その言葉に、カナタがパッとタイムマシンに飛び乗る。

 ひゅ~ん、ひゅ~ん・・・どど~ん、どど~ん。

 その音、ちょっぴり恐かったけど、ハルカは真っ直ぐに、喜助と伍作を見た。

「これでお別れよ」

 タイムマシンから半身出したカナタが、どっから出したんだ? ディズニーランドみやげのバームクーヘンを六や金太たちに配っている。

「もう、会えねえのかっ」

 喜助が、驚いたようすで聞き返す。

「ええ。わたしは、ミライの国の、占い師、ハルカ」

「ハルカ・・・」

 その名前を、喜助が口の中で繰り返す。

「早くしてくださいっ」

 カバーオだ。ったく、空気読めないんだから。

「さらばっ」

 パッとタイムマシンに飛び乗ると、頭の上でかぱっとハッチが閉まった。

 残された喜助たちには、タイムマシン、なにしろ風景と同化してるから、地面にぽっかりあいた穴に飛びこんだみたいに見えたかもしれない。

 そして、次の瞬間、ぼわっと白い煙があたりを包んだ。

「あっ・・・」

 驚いて後ずさる。

 けど、煙はすぐに消えて、あとにはもうなにも残っていなかった。

 ぽかん。

 そりゃ、ぽかんとなるしかないわな。

 ハルカ。あれは、あの人は、実在したのだろうか、と。

 *

 さて、タイムマシンの中では、ハルカがなんだか思い詰めた表情をしている。

「外、見られない?」

「できないこともありませんが」

 カバーオがなんかいじくると、外部監視用モニターに外のようすが映った。

 あ、馬に乗ってる、あの人だ。

 ハルカの気持ちを察したように、画面がイケメン武将を大きくとらえる。

 あれ? けど、なにかに怯えたような顔してる。

 どうして?

 と、思うと、映像がさぁ~っと流れ、別の人物をとらえた。

 なんだこの人、白い頭巾で顔を覆っている。

 けど、目が、恐ろしいほどの光りを湛えて、怒りと憎しみで一方を睨みつけている。

 一方を・・・イケメン武将だ。イケメン武将が、睨みつけられているんだ。

 画面が一瞬、その位置関係が分かる映像になったかと思うと、ざぁ~っと流れて、ぷつりと消えた。

 がらがらがらがら、じゃぁ~~っ・・・タイムマシンは、すでに時間移動を始めていた。

「あのヒト、どうなったかな」

 カナタが、ぽつりと言う。

「ねえカバーオ、いつものヤツで調べてよ」

「ウサンクサペディアですか?」

「そう、それ。姉ちゃん、あのヒト、なんて名前だっけ」

「小早川秀秋」

「コ、バ、ヤ、カ・・・あ、出ました」

「なんだって?」

「え~と、セキガハラッパの合戦のさい、秀秋の裏切りによって敗れた白覆面の武将が、死ぬ間際に、三年の間、祟ってやると誓った。そのことを知り、怯えた秀秋は、気が違ったようになり、合戦の二年後に死亡した。尚、死因は分かっていない」

「なんですってっ」

 ハルカのよく響く声が耳元をつんじゃいったもんで、カバーオの耳の中、き~ん。

「そんな、二年後に死んだなんて、そんなはずない・・・」

 ちょっと呆然としちゃったハルカちゃん、けどすぐ、気を取り直した。

「カバーオ、イサダホンのメイル機能って、時間移動中でも使える?」

「時間差が少なければ、なんとか・・」

「貸してっ」

「へっ?」

「あんたのイサダホン、貸してっ」

「自分のはどうしたんです」

「い~から、貸してっ」

 勢いに押されて、カバーオ、渋々、自分のイサダホンを渡した。

 ひったくるように取って、ケズトコ・アイコンをタップ。なにやらぶつぶつとメイル内容を吹きこんでいる。でもって、発信。

 間に合って。お願いだから、届いて。

 ぷぃ~んと情けない音がして、どうにか送信が完了した、らしい。

 届いたんだ。届いたんだよね。

 ハルカ、メイル送信したばかりのイサダホンを、きゅっと握りしめた。

「あの・・・」

 待ってたように、カバーオが聞く。

「自分のイサダホンは、どうしちゃったんです?」

「あ~ら、いっけな~い、置いてきちゃったわぁ~ん」

 わざとらしいんだから、ハルカちゃん。

 カバーオ、思わずがっくし。頭が前方に落ちた。

「まさか、カバーオの道具を、昔の日本に置きっぱなしにはできないわよねぇ」

「そのつもりだったんでしょ」

 怒ってます、カバーオさん。

「誤差出ますけど、いいですねっ」

「い~わ。さっきより、ちょっと後なら、きっとイサダホン探せるし」

「ったくもう・・・」

 声が震えてる。かなり怒ってるぞ。

 けど、ハルカはにやり。

 やがて、がらがら、じゃぁ~~っ・・・ぽとん。

 どこかに、着いた。

「いつのどこ?」

「ん~と、1605年、現在の滋賀県あたりです」

「4年後か・・・」

 イサダホンで、もう一台の位置を探る。

 すると、ぴっぴっ、反応があったではないか。

「カバーオ、あんた、いい勘してるわ」

「はぁ」

「すぐ近くに、反応があったわ」

「そうですか」

 やる気のないお返事。

 けど、そんな近くにイサダホンがあるなんて、カバーオ、あんた、まだ隠し技持ってるね。

 そこには気がつかなかったハルカちゃん、

「行ってくるね」

 もうハッチ開けて、外に出て行く構え。

「戦争やってない?」

「やってない」

「じゃ、ぼくも行く」

 カナタもハルカに続く。

「私からは、連絡ができないわけですね」

「タイムマシンの場所は分かるわよ。これ、あるから」

 カバーオのイサダホンをかざして、にやり。

 カナタとともに、タイムマシンの外へ出て行った。

「はぁ~~~~~~~っ・・・・・」

 残されたカバーオのため息の、長かったこと、長かったこと。



*妹なんです


 外に出ると、またもや草むらだった。

 池のほとりで、大きな松の木なんかあって、で、池の向こうに、すこぅし高くなっている街道のようなものが見えた。

 背中に荷物を背負った人とか、馬を引く人とかが、のんびりしたようすで歩いている。

 イサダホンのナビ機能によると、あの道をあっちに歩いてゆけばいいらしい。

 街道に上がってみると、その向こうに海・・じゃないな、波がないもの。ってことは、大きな湖が広がっていた。

 しっかし、相当広い湖だぞ。そういえば、カバーオが今の滋賀県あたりっていってたっけ。するとここは、びわ湖の湖畔なのだろうか。

 ともかく、ハルカとカナタ、イサダホンが示す方向に、すたすた歩き出す。

 もちろん、行きかう人は、ジャージ姿の二人を、物珍しいってゆうよりは、なんつうか、びっくり眼で眺めてくけど、この際、気にしない気にしない。

 やがて、宿場町っていうのかな、道の両側に、ぎっしりと家が並んでいるところにやってきた。

 いや、家の裏側にも、そのまた裏にも家がある。どうやら、それなりの大きさの町らしい。

「この町にあるの?」

「うん、そうみたい」

 カナタの質問に、イサダホン見ながら、ハルカが答える。

 目的地まで、あと100メートルない。

 なんだか、どきどきしてきた。

 イサダホンは、ちゃんと信号を発信している。けど、それが、どんな状態か分からないじゃないか。

 ちゃんと、あの人が持ってるならいいけど・・・。

 いい加減なウサンクサペディアによると、関ヶ原の合戦の二年後に亡くなったという。

 そこきっと、歴史の教科書と同じだって気がする。

 もしもそうなら、じゃあ、イサダホンは誰が?

 知らない人が持ってるのだろうか。それとも、縁の下かなにかに、捨てられているとか?

 けど、とにかく、取り返さなくちゃ。

 この時代に置いていくわけにはいかないもの。

 会えなくても、仕方のないことなんだ。

 ハルカは、なんだか胸がきゅんとしてくるのを感じながら、ゆっくりと、ゆっくりと、イサダホンの画面を見ながら、足を進めた。

 街道から一つ折れて、裏道に出る。

 あれ? なんか小さなお店の並んでいる通りだ。

 画面を拡大。あとちょっと。次のお店の、建物の中だ。

 足を止める。

「ここんち?」

「うん」

 お店の前からはちょっと距離を置いて、中を覗いてみる。

[辰之屋]って看板が出てる。[小間もの]とも書いてある。

 見ると、台の上に、櫛とか、髪飾り・・なんていうんだっけ、そうだ、かんざしだ、そういうのが置いてある。

 はは~ん。女の人の使うこまこましたモノを売ってるお店なんだな。

 でもって、ハルカと同い年くらいの女の子が、台の上の品物を並べ直していて、店の奥に、ハタチ前くらいの店員さんが、ヒマそうに外を眺めていた。

「どうすんの?」

 尋ねるカナタの顔を見た。

 ま、カナタはただ無責任そうに、ハルカを見上げてるだけなんだけどさ。

 よし。ハルカ、意を決した。

「ごめんください」

 声をかけながら、お店に向かう。

「はい」

 顔を上げ、振り向いた女の子が、ハルカとカナタの姿に、

「あっ」

 と、声を上げ、目を丸くしている。

 ん? どっかへんなとことか破けてない? カナタは? 慌ててチェックしたけど、そういうんじゃないみたい。

「あっ」

 と、今度は男の声がして、奥にいた若い店員が、これまたお目々をまん丸にして、ハルカのとこまで出てきた。

「お前さま・・・」

 まるで化け物でも見るみたいに、こっち見てる。

 そりゃ、この時代的にフシギなかっこかもしんないけど、なにも、そこまで。

 落ち着け、ハルカ。

「失せものがここにあると、占いに出ており・・・」

「あ、はい、はいはい、少々お待ちを」

 あり? まだぜんぶしゃべってないのに。

「旦那さま、旦那さまぁ・・!」

 大慌てで奥に引っこんじゃった。

 どうなってるの?

 残った女の子が、今度はカナタの顔をしげしげと見ている。

「どうも」

 カナタ、ちょい年上の視線に、どぎまぎ。

 やがて、暖簾をかき分けながら、奥から人が出てきた。

 その顔が、はっと驚いたようにハルカを見て、

「そなたは・・・」

 と、思わず言ったその声。

 あの人だ。

 生きてたんだ。

 すっかり町人風の恰好をしているけど、間違いない。あの時のイケメン武将・小早川秀秋その人が、再び、ハルカの前に立っていた。

 目をまん丸にして驚いているその人に、ハルカ、にこり。

「お久しゅうございます」

 優雅、なつもりで、ゆっくり一礼する。

「だが、だが、五年もたつというのに、ひとつも、ひとつも変わっておらぬではないか」

 あ、そうでした。

 こっちにとっては、ほんの数十分前だけど、あれから5年もたってるんだもんね。

「妹なんです」

 思わず、ウソついた。

「弟です」

 カナタは、ウソついてない。

「妹に弟・・・」

 驚き目のまんま、しげしげと二人を見て、それからハッと我に返った。

「ここではなんだ、奥へ」

 さっと道をあけて、奥に案内してくれる。

 *

 てなわけで、庭に面した静かな座敷に案内された。

 いいの? って感じで、上座っていうのかな、床の間を背にした場所に、座布団あてがってもらって、座った。

 ちょっとカナタ、正座正座。

 膝を叩いて、促すと、カナタ、渋々、ちんまりと正座した。

 けど、ハルカだって正座は得意じゃない。こりゃどっちみち、長居はできぬ。

 で、すっかり町人姿になっちゃったイケメン武将が、

向き合って座った。

「まことに、妹と弟、なのか?」

「はい。お預けしたものを、返してもらうようにと、姉に」

 怪訝そうな顔が、いつしかマジになってて、じっとハルカの目を見ている。

 ぽっ。ほっぺた、赤くなったかも。

「では、そういうことにしておこう」

 ほっ。

 でもきっと、本心とは違うんだろうな。飲みこんでくれたんだ、いろんなことを。そうに違いない。

 すっと体を伸ばして、懐に手を入れると、まさぐるようにイサダホンを取り出した。

「言われたとおり、肌身離さず、持っていた」

「お役に、立ちましたか」

 イサダホン持ったまま、顔を上げてハルカを見る。

「音がして、文字が浮いたときには、驚いた」

 でしょうね。ハルカ、ついにやり。

 だって、さっきのメイル、ちゃんと届いてたんだ。

「それで?」

「文字のとおりに、気が違ったフリをして、己から逃げることにしたよ」

 小さく頷く。

「そりゃもう、手におえぬほど、気が違ったフリをしてやった。すると、とうとう座敷に閉じこめられた」

「まぁ」

「どうしたものかと思っていると、小姓がいただろう、あやつが手引きをしてくれて、まんまと逃げおおせた」

 にこりと笑って、こくり。

「家臣たちは、オレが死んだことにして、棺桶に石をつめて、葬式を出したらしい」

 自分でも、面白そうに笑っている。

 そこに、

「失礼いたします」

 オトナな感じの女性が、おちゃとお菓子を持って、入ってきた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 お茶とお菓子と置きながら、じろりとハルカの顔を見ている。

 ありゃ、感じ悪いぞ。

「どなたなの?」

 イケメン武将に尋ねている。

「恩人だ」

「恩人?」

「ああ。この命を、助けてくれた人だ」

「まぁ」

「焼き餅を焼くような相手ではない」

「それは失礼いたしました」

 驚いてたのに、ふいに口をとがらせて、出て行ってしまった。

 ハルカとカナタ、ぽかん。

「女房なんだ」

「えっ」

 と、驚くハルカ。

「じゃ、結婚を」

「うむ」

 あれ、頷きながら、照れてるぞ。

「それまでの自分に分かれ、町人となって、しばらく遊び人のような暮らしをしていたのだが、そのうちに、あれと出会ってな」

「お幸せそうで」

「すっかり尻に敷かれているよ。今では、晩のお菜も、思い通りにはならぬ」

「まぁ」

 くすくす。小さな声で笑いあう。

「だったら、殿さまのがよかったんじゃないの」

 出された、落雁みたいなお菓子、もぐもぐ食べながら、カナタが口を挟んだ。

「いやいや」

 けど、イケメン武将、大きく首を横にふっている。

「今のほうが、ずっといい。思い通りに、生きてゆけるのだ」

 ふっと遠くを見る目になって、はっと思い出して、ハルカを見る。

「今な、絵の稽古をしているのだ」

「絵の?」

「うむ。そのうち、櫛や簪の元絵を描いてみようと思ってな」

 はは~ん。櫛や簪のデザイナーになるつもりなのね。い~んじゃない。奥さまが、小間物屋を仕切って、自分はのんびりと。

「それもこれも、そなたのおかげだ」

 言われてハルカ、ゆっくり首を横に動かした。

「いいえ。殿・・あ、いや・・旦那さまが、ご自分でお決めになったことです」

「そう思うか・・・」

 しみじみつぶやいて、この人にとっての不思議な存在・ハルカを、じっと見ている。

 だからハルカも、そっと微笑みを返す。

 すると隣で、ずずずずずっ、カナタが音たててお茶すすってる。

 ったく、お行儀わりぃ~んだから。

「そうだ。飯でも食ってゆくか」

「あ、いえ」

 そりゃまずいよ。やっぱ、長居はできない。

「もう行かねばなりませぬ」

 立ち上がりながら、答えた。

「そうか」

 まるで、この不思議な存在のルールは犯してはいけないとでもいうように、元イケメン武将も、素直に立ち上がる。

「これを」

 差し出すイサダホンを、しっかりと受け取った。

 でもって、飽きちゃったカナタを先頭に、元イケメン武将に送られて、店に戻る。

「喜助、亀」

 元イケメン武将が、店員さんを呼んで・・あれ、ちょっと待って、喜助に、亀?

 ハッと見直すと、そうだ、あの時、ハルカよりちょい上だった喜助と、カナタのちょい下の女の子・亀の、五年後の姿だった。

「あんたたち・・・」

 思わず声に出すと、後ろで元イケメン武将が、にやり。

「気づかなかったか」

「あ、ええ」

「あれは、二年前だったか、人足のたまりで、関ヶ原で不思議な者に会ったと声高に話しているのを耳にしてな」

 そりゃ、話したくなるわな。

「なにか、虫が知らせてな。俺が預かるかわりに、その者のことは郊外するなと約束させたのだ」

 ふぅ~ん。そんなことがあったのか。

 思わず見返すと、喜助が、困ったように、不思議そうに、ハルカを見ている。

 そりゃそうだよね。五年たっても、あのときのままなんだもの。

「他のみんなは?」

 そこの不思議無視して、つい聞いちゃった。

「伍作と六は炭屋で、金太と辰は米屋で、それぞれ奉公してる。みんな、旦那が世話してくれたんだ」

「そうか、よかったね」

 ありゃ、どっちが年上なんだか。

 はにかむように笑っていた喜助が、不意に、意を決したように、ハルカを見た。

「ハルカ、さんだったよな」

「覚えててくれたんだ」

「忘れやしねえよ」

 そうでしょうとも。

 ハルカ、にやりと笑顔を見せる。

「私は、ミライの国の占い師。いつまでも、思い出の中で生きているわ」

 あ~、ダメ。これ以上ここにいると、うるうるきゅんになっちゃいそう。

 すっと体を向けて、元イケメン武将を見た。

「さようなら」

「うん」

「カナタ、行くよ」

 いろんな思いを振り切るように、ってやつ? ともかく、カナタの肩をぽんっと叩くと、ハルカ、ぱっと走り出した。

 カナタが、いつものように三分の一歩後ろをついてくる。

 きっと、見送ってくれてるんだろな。でも、振り向いちゃいけない。だって、あなたたちは、何百年も昔の人たち。

 これ以上関わっちゃいけないことくらい、分かってる。

 風が背中を押している。追い風に乗って、ハルカはどこまでも走った。

「ご飯、食べたかったな。すんごいご馳走出たかもよ」

「なに言ってんの。昔のご馳走よ。ハンバーグも唐揚げも出てこないわよ。魚と野菜ばっか」

「げっ」

 食欲だけは肉食系のカナタ、がっかり。

 そういえばお腹空いたな。スピードゆるめて、歩きに変えた。

 けど、なんか、風が気持ちいい。

 ハルカ、両手を広げて、四百年前の心地いい風を、思いっきり味わった。

 びゅっ。

 差し出すイサダホンを、カバーオがいきなりひったくった。

「分かってるわよっ」

 なにか言いたそうなカバーオの機先を制してやる。

 ぶつぶつぶつ。とってもとっても不満そうな顔しながら、カバーオが先にタイムマシンに乗りこんだ。

「さ、早く帰りましょう」

「はいはい」

「けど、楽しかったね」

 呑気なカナタといっしょにベンチ型シートに座る。

「くっちゃねーと」

 がちゃがちゃ機器類操作するカバーオのかけ声とともに、がらがら、じゃ~っ。タイムマシンは、帰還の途についたのであった。

「まったく、どれだけ規則違反を犯したことか」

 それ、独り言? 聞こえよがしってやつだよね。わざと聞こえるように言う独り言。

「それって、上司とかに分かるわけ?」

「いえ、宇宙船の、さまざまな装置が故障していますから。私の緊急信号が届くのも、二十数年後です」

「二十数年後?」

「だぁから、早く故障を修理したいのです」

「だったらい~じゃない。少々の規則違反くらい」

「そういう問題じゃありません。いずれ、報告しなくてはいけないのですから」

「ゆっくり言い訳考えてあげるわよ」

 むっすぅ~っ。ありありと分かる不満たっぷりの顔を、ハルカに向けた。

「それより、仕事は果たしたんでしょうね」

「あ・・・」

 そうだ、武将グッズ。すっかり忘れてた。

「まさか、なにも手に入れていないとか?」

「あ、だって、一人の気弱な若者に、生きる喜びを与えるだけで精いっぱいだったのよ」

 ぎろりっ。ハルカを見るカバーオの目が、みるみる怒りに燃え上がる。

「なんのために規則違反を犯して、四百年も昔にやってきたと思ってるんですかっ」

 ひえっ。カバーオの勢いに、ハルカ、シートの上でちっちゃくなった。

「それでビジネスですか、起業ですか、まったく呆れたものです」

 ぎろぎろぎろ。怒りの目がこっち睨んでる。こりゃヤバイぞ。カナタ、なんとかして、ちょっと・・あり? バッグごそごそやって、なにしてんの?

「こんなんでいい?」

 取り出したのは、あれ? なんか見慣れない茶碗。

「本陣片づけるとき、こっそりバッグに入れたんだ。二個」

 と、もいっこ取り出した。

「偉いっ、よくやったっ」

 ハルカ、思わずわが弟を抱きしめちゃった。

「くわっ」

 と、呆れているのは、もちろんカバーオさん。



*さんぜんえん


「ホンモノなんでしょうね」

 今日も、長い制服スカートを袴みたいに履いた女子高生歴女がぎろりと疑いの眼を向ける。

 あら、このヒト、あんま目つきよくない。

「正真正銘、小早川秀秋が、陣中で使っていた湯飲みでございます」

 帰ってすぐ、品物が手に入ったとメイルすると、歴女、その日のうちにやってきた。

 この前みたいに、「ごめん」とか言ってね。

 でもって、「これです」とハルカの差し出す茶碗を、手にとって見ているところ。

 間違いなくホンモノなのに、ホンモノと証明するものがなんにもないとこが口惜しい。

 陣中で使ってるとこ、見たわけじゃないんだけどさ。

「確かに、違い鎌は小早川家の家紋だけど・・・」

 茶碗の横腹の、鎌がバッテン型に重なってる絵を見てる。あれ、家紋だったんだ。

「けど、なんか、新しい感じなのよね」

 そらそうだ。茶碗にとっては、400年たってないんだもん。

「よい焼き物は、使いこまぬかぎり、古びたりしないものです」

 つっ。疑い眼がこっち見てる。

「使ってなかったと?」

「大切に保管されていたのでは?」

 じろっ。さらに疑い眼。

「どうやって手に入れたの?」

「それは・・・」

 タイムマシンで持ってきたなんて、言えないもんなぁ。

「守秘義務がございまして」

 苦しい。

「ふうむ」

 歴女、手に持った茶碗をためつすがめつ。

「鎧兜や刀とは言わないけど、せめて、扇子とか采配とか、戦国武将らしいものならよかったんだけどなぁ」

 ごもっとも、けど、

「これでも、ようやく手に入れたもので・・・」

 とでも言うしかないよね。

「それに、ホンモノかどうか分からないじゃない。せめて、箱とか差し紙とかあればなぁ」

 そこ、今後の課題だな。けど、今回の場合しょうがない。自分のミスなんだし、カナタに助けられたんだし。

「ごもっともです」

 しゅん。

「それにさぁ」

 不意に、歴女が顔を上げて、ハルカを見る。

「小早川秀秋って、大谷吉継の祟りに怯えて、狂乱して死んじゃった情けないヤツなんだよね」

「いえ」

 あっ、思わず・・・。案の定、歴女がこっちをじろり。

「なぁに?」

「あ、いえ」

「歴史、知ってるの?」

 そう来たか。この戦国オタクめ。

「はぁ」

「気が小さくて、優柔不断で、愚かな殿さまだったのよ」

 歴史書には、そう書いてあるんだろうな。知りもしないくせに。ふんっ。

「人気が、ないと?」

 相手はお客さまだ。立てて立てて。

 頷きもしないで、じっとハルカを見て、いきなり言う。

「二千円」

 あ、買ってくれるんだ。ほっ。けど、言い値で売れるか。

「そんな、それではこちらが・・・」

「じゃ、いくらなの?」

「五千円」

 むっ。唇があからさま、不満。

「三千円」

 にっ。まぁしょうがない。けど、顔は渋々。

「承知いたしました。では、三千円で」

「またなにか入ったら、知らせをよこせ」

 お金出しながら、歴女が言うから、

「かしこまりました」

 ハルカ、目いっぱいの営業笑顔を浮かべた。

 *

「さんぜんえん」

 こちら、二階の子供部屋。もらったばかりの千円札三枚を床に並べて、ハルカにカナタ、そしてカバーオが、囲むように座っている。

「売れたんだ」

「そうよ、売れたわよ」

 カナタ、どんなもんだいと小鼻ひくひく。

 はいはい、今回はあんたのお手柄だよ。

「60インチフルハイビジョン4K3D液晶テレビの価格の、何%になりますでしょうか」

 こいつ、分かってて言ってるな。

「はいはい、1%にもなりませんよ」

「くっ、くくっ」

 あり? カバーオったら、肩震わせている。

「いったい、いつになったら、いつになったら・・・」

 おいおい、泣くなよ。

 けど、どうしよ。かける言葉探してたら、ノーパソからピーパピポ。

「あ、メイルだ」

 よかった。ひとまずカバーオから離れて、新着メイルを開けてみる。

 ん?

「ねえ、マリー・アントワネットおばさんの知り合いだって」

「え?」

 カナタとカバーオが、同時に顔を上げた。

「マイアミの別荘にいるけど、今日発つから、戻ったらお店に伺って、相談したいことがある、ってさ」

「マイアミの別荘?」

「お金持ってそう」

「ひょえ~っ」

「どうする」

 カバーオを見て、聞いた。

「やる?」

 ふぅ~~~っ。なが~いため息のカバーオさん。

「目的を、忘れないでくださいね」

「わかってるわよ」

「今回は、初回ということで諦めますが、目的を、忘れずに・・・」

「分かってるってば」

「約束ですよ」

 しつこい。けど、それ言っちゃ、さすがにかわいそうだ。

「分かった。約束する」

 ふぅ~~っ。もっかいため息。

「では、やります」

「いいのね」

 こくん。

「自分で、決めたことですから」

「よっしゃ」

 ただちにメイルに返信を打つハルカ。

 送信っ!


[つづく]

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ハルカとカナタと宇宙人・地球の歴史はビジネスチャンス @Sohshing

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