その青は眩しすぎたんだ


 マーキスが何者なのかはその日のうちに判明することとなった。代々優秀な魔法使いを排出しているティンクベル家といえばこの国一番の魔法使い一家。マーキスの兄さんたちも宮廷魔法使いとして活躍しているらしい。チェンバー魔法学院はそもそも魔法使いの一族の末裔が多く入学していて、僕のような家業と関係ない一般の家の子の方が少ない。だからティンクベルの名前を知らないなんてじゃないかと驚かれる。新入生代表の挨拶をマーキスがするのも当然で、同じクラスのみんなはマーキスと一緒に勉強ができることを喜んでいた。先生方もマーキスには一目置いている。僕みたいな何も知らない初心者と、幼い頃から魔法教育を受けたマーキスでは、あまりに立場が違う。みんながひそひそ話で噂をしても、我先にとこぞって群がり声をかけても、いつもマーキスは堂々としていて、悠然と、誰にでも優しかった。期待されて、頼られて、憧れられて。すごく人気者。どこから見ても満点。


(僕とは大違いだ)


 僕は田舎育ちで、身近に魔法使いはいなかったから、お話に出てくる魔法使いしか知らない。僕が魔法使いの学校に行きたいってワガママを言っても、父さんも母さんも反対しなかった。おばあちゃんも応援してくれた。このローブもおばあちゃんがお祝いにくれたんだ。妹も僕と同じチェンバーに通いたいって言ってたけど、魔法学院はお金が沢山かかるから難しいかもしれないって父さんが唸ってた。僕がすごく優秀な成績だったら奨学金が貰えるから、そしたら来年は妹が入学できるかもしれない。


(奨学金を貰うには一番の成績じゃないといけないって。一番。マーキスに勝って一番に)


 それはあまりに無謀な考えだってわかっていた。どんなに真面目に勉強しても、ゼロから始める僕に誰も期待なんかしてない。


「では今日から皆さんはこのチェンバーの一員であることを忘れないでください。何か困ったことがあればいつでも私や彼に相談するよう」


 クラスの担任の先生、ミス・マーレイはマーキスの肩を抱いた。クラスのリーダーは最初から決まっていたかのように秒で終わった。


 そうか。もしかしたらマーキスは、最初からクラスメイトを把握していて、中でも魔法に縁遠い僕を気にかけてくれているのかもしれない。魔法使い一家同士の繋がりをもたない僕じゃクラスでも孤立してしまうかもなんて。同じ一年生なのに彼はできた人だ。


 休み時間に僕がトイレを探してキョロキョロ辺りを見回していた時も、一早く声をかけてくれた。はじめての魔法実験の授業で僕の順番が来た時も頑張れって言ってくれた。いつもすごく褒めてくれる。そう。すごくすごく褒めてくれる。


 マーキスは誰にでも優しい。誰にでも優しいんだけど、僕には特別優しい気がする。薄々僕もなんか変だなって気付いていた。みんなも次第に変だなって気付いた。だってマーキスは人気者だから。みんながマーキスとは仲良くなりたいって思ってる。マーキスは注目の的なんだ。そのマーキスの一挙一動、言動のすべてにみんなが興味津々で。なんであいつだけいつも特別扱いなんだ? って、そりゃあ誰でも思うよ。僕も思うもん。


 放課後。僕が忘れ物をとりに教室へ向かうと案の定クラスの誰かに絡まれた。


「お前、あんまり調子に乗るなよ」


「魔法使いには序列がある。家柄と能力順だ。お前は一番下っ端だからな!」

「マーキスはクラス全体のために下っ端のお前に声かけてるだけ」


 まだクラス全員の顔も名前も覚えてない。でもこの二人は見覚えあるな。名前は確か、なんだっけ、えーと。


「何とか言えよ!」


「僕は調子になんか乗ってない」


 黙っていたら怒られるので仕方なく反論したら、余計に怒られた。


「そういう態度が生意気なんだよ!」


 だけど僕にだってマーキスのことはわからない。


「誰かまだ教室に残っているのか? おや、ロイに──ニジーとロッサ。大きな声を出していたが何かあったのか?」


 鮮やかな青いローブが現れて、僕らは黙った。不思議そうに首を傾げたマーキスに僕は小さな声で答えた。


「僕は忘れ物を取りに来ただけだよ」


「マーキス! 教えてほしい魔法があるんだ」

「僕も!」


 ニジーとロッサ? 二人はさっきまでのことをなかったことにしてグイグイマーキスに話しかけていた。僕はそんな彼らを後目に荷物をまとめて教室を後にした。


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