眩しい青
甘くて芳ばしい、幸せいっぱいの香りって何かわかる?
正解はパンのこんがり焼ける匂い。
父さんと母さんはパン屋だからさ、僕は生まれた時からずっとこの素敵な匂いに包まれて来たよ。
「いってきます!」
美味しさの中をくぐり抜け、僕は外へ躍り出た。舗装された石畳のタイルが美しい町並み。清々しい青空に小鳥たちも軽やかに飛ぶ。僕もまるで翼があるみたいに走った。
「おはようハイランダー」
ご機嫌に挨拶をした相手は警察犬。チロリと僕を見たけどやれやれとパトロール。
坂道を下る。遠くの景色がよく見える。素敵、ほんとう素晴らしい、僕は歌いだした。
なんて素晴らしい今日
神様に祝福を
ありがとう伝えたい
何もかも新しい
これから始まる毎日に
ドキドキと高鳴る鼓動
何も恐れない
夢から覚めたら
さあ始まるんだ
行こう
夢に描いた幸せの続きは
今始まる
今始まる
ここから始まる
あっという間にたどり着いた。三角屋根の棟がある学校。今日から僕もここの生徒。ほら見て、制服の上に羽織るローブ。僕のは髪の色と同じに薄茶色。灰色や焦げ茶色のローブの人が多いみたい。たまに薄緑のローブの人もいる。色んな色があるんだな。
学校の建物も制服も青と白のコントラストが綺麗。
黒い細い金属の柵がぐるりと取り囲んだ先に立派な門が見えた。所々柵に巻き付いた蔦、まだほとんど蕾の薔薇。
鼻を近づけて香りを嗅ぐ。優しい清涼感。
僕は再び学校を仰ぎ見た。
なんて素晴らしい今日
それは魔法
溢れる魔法
神様がくれた奇跡
喜びを抑えきれない僕の調子外れの歌声は、周りの生徒に笑われた。
「ヘタクソ」
慌てて僕は口を押さえる。そう僕は歌が下手なんだ。そんなことも忘れるくらいはしゃいでしまっていた。
今さらながら気をとりなおして僕も涼しい顔を作ってみせる。周りは皆緊張からか真面目な顔で、僕みたいに大はしゃぎしている奴は見当たらなかった。
でも仕方ないよね。この学校に通うために田舎から引っ越してきたばかりの僕には何もかも輝いて見える。
だってここは、魔法を教えてくれるチェンバー魔法学園なんだから。
「おはよう。ようこそ伝統あるチェンバーへ」
背筋をしゃんと伸ばした背の高い女性が門の中で僕らを迎えた。威厳ある眼差しに僕は一瞬竦み上がりながら、女性の胸元のネームプレートを盗み見る。それから目上の女性に対する挨拶のゼスチャーを交え礼をした。
「おはようございます、ミス・マーレイ」
門をくぐって学校の中に足を踏み入れると新入生でごった返し、自分のクラスを探そうと掲示板の前に群がる人垣を前に僕はため息をついた。しばらく近寄れそうにない。
その時後ろから明るい声が飛んできた。
「やあ! 君も合格出来たんだね」
振り返ると驚くくらい鮮やかな、真っ青のローブ。他に誰もそんな色を纏ってる人はいないからすごく目立つ。そんなローブの彼が僕に親しい女の子に対してする挨拶のゼスチャーを見せた。
僕が普段、母さんや妹にするような挨拶だ。普通挨拶は相手の性別と親しさで変わるんだけど、都会ではもしかして年の近い相手には誰でもこんなふうなのかな? 僕は目を丸くした。
「会えて嬉しいよ、わからないことがあったら何でも僕に聞いてくれていいよ」
親しげな笑顔を向けられ僕は青の眩しさに目眩を感じた。
「特別な色なの? 他に誰も着てない」
「ん? ああ、このローブのことか。君の色だって、他にはいないよ」
言われて初めて気付いた。辺りを見回すと確かに薄茶色のローブは誰も着ていない。落ち着いた地味な色だから目立たないだけで。
「自己紹介がまだだったね。僕はマーキス。マーキス・ティンクベルっていうんだ」
青いローブの彼が名乗ったけれど途端に周りの生徒が息を飲んで次々に振り返ったから、僕は名乗り返すタイミングを逃した。
「ティンクベル」
「ティンクベル家の御曹司だって」
ざわざわと囁く声が押し寄せて僕は戸惑う。何だろう、有名な一家なのかな。
マーキスはあっという間に他の生徒に取り囲まれ、僕は輪の中から押し出された。
「マーキスくん。よろしく」
「僕は」「私は」
皆がこぞってマーキスに挨拶を始めた。僕は何だかわからなくて人のすいた掲示板の方へとこっそり移動した。
よくわからないけどおかげで早く掲示板が見れたや。
自分の名前とクラスを確認して、マーキスも同じクラスだと知った。挨拶できなかったけど、あとでゆっくり話せばいいよね。
でも、あんな人気者がどうして僕に声をかけてきたんだろ。
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