僕が君を嫌いになるのに七日とかからなかった話

第1章 チェンバー魔法学院

 僕の色、君の色



 僕の通うチェンバー魔法学院は国の機関に附属するとても大きな学校だった。世界でも一・二を争う魔法の名門校で長い歴史がある。学院で魔法を学ぶということはそれだけで名誉なことだ。


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 でも たとえそれが どんな格の高い立派な所であっても

 そこにいる人間の 品性までは保証しない。




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 チェンバー魔法学院に通うのは

 僕の小さい頃からの夢だった。


 受かりはしないと笑われながらも


 僕は入学試験を受け、

 合格したんだ。



 おかげで家族は

 チェンバー魔法学院のある

 この街に引っ越してくることになった。



 ずっと田舎で暮らしてきた

 父さんや母さんは


 慣れない都会で

 毎日必死に仕事をしている。


 妹は

 賑やかなこの街が大好きだと喜ぶけれど、


 おばあちゃんには滅多に会えなくなった。



 家族にも

 いろいろ迷惑をかけて


 僕の夢は叶ったんだけど。



 朝、


 いつものように学院に向かう僕の

 足取りは重い。



 すがすがしい空気を

 胸一杯吸い込んでも


 気持ちは一向に晴れもしない。



 小鳥が飛び回るのを目を細めて見上げた。


 あんなふうに

 自由に空を飛べたらきっと楽しいだろうな。




 まっすぐ続く石畳の道、


 その先に

 チェンバー魔法学院の建物が見える。



 細く三角に伸びた青い屋根が

 いくつもあって


 白い石壁に

 鮮やかなコントラスト。


 青と白が学院のシンボルカラーで


 僕らの纏う制服も

 白地に青の模様が施されていた。



 その上に羽織っているローブは

 それぞれに別のもので


 僕のは一番安い

 マーブーの毛で編んだ薄茶色のローブだ。



 僕の髪の色に似ていて

 よく似合うと家族は言ってくれたし


 僕は気に入っている。



 このローブは案外優れもので


 水を弾いたり

 風を通さなかったり

 火にも強い、


 だから

 制服をあらゆる汚れから守ってくれる。


 強いて言えば


 僕の自尊心までは守ることができないのが

 唯一の欠点だ。



 ローブには

 何段階かランクがあって、


 これは最低ランク。


 僕の家は裕福じゃないし

 仕方ないよ。


 ローブがあるだけ感謝をしなくちゃ。




 ところが

 チェンバー魔法学院は名門だから


 薄茶色の

 マーブーのローブを着ているのは僕だけなんだ。



 一番多いのは

 僕のよりも二つほどランクの高い

 灰色ウォンラットのローブ。


 ウォンラットは

 巨大なネズミ、


 マーブーのほうがずっと可愛いさ。



 でも

 灰色ローブのやつらはまだいいんだ。


 問題なのは

 緑や青のローブを着たあの王様気取りたちさ。




 チェンバー魔法学院の敷地は

 ぐるりと高い柵に囲まれている。


 その柵だけは

 学院のカラーではない金属製の黒、


 【拒絶の色】だと

 僕は思っていたけれど


 【吸収】の意味があるらしい。



 外から来る悪しきものも

 学院から溢れる魔法も

 この黒い柵が隔ててくれる、


 ──本当にそうならいいけどね。



 ところどころ緑の蔦が巻き付き

 小さな青いバラが花を咲かせていた。


 季節が変われば

 大輪の白いバラも顔を出す。



 バラは魔法の力を強めてくれる。


 だからきっと黒い柵にも

 何かの魔法がかけられていると思う。



 初等部の入口には生徒たちの姿があって、


 いろいろなお喋りの声が聞こえてくる。



 僕は

 廊下の壁にある自分の名札を裏返した。


 名札の色が青く変われば在校中。



 ちなみに

 他の誰かの名札に手を出すことは校則違反だ。



「お、」


 背後から男子生徒の声がした。



「おはよう、ロイ」



 名前を呼ばれ振り返ると


 同じクラスの男子、


 ニジーとロッサが愛想笑いで立っていた。



 二人ともいつもなら

 声なんかかけてこない。


 僕は不審に思いながら

 小さな声で短く挨拶を返した。




 嫌な気持ちになって足早に教室に向かう。


 あの二人は

 マーキスの取り巻きだ。


 関わり合いになりたくない。



 マーキスというのは

 チェンバー魔法学院の創立以来ずっと


 一族皆が

 この学院に通っている魔法使いのエリートで


 物凄いお金持ちだ。



 小さな頃から

 魔法の教育を受けて来たマーキスは

 成績だって優秀で


 初等部でただ一人

 真っ青なローブを身につけているんだ。



 クラスの人気者なのに


 僕には何かと絡んでくる。


 きっと僕に

 落ちこぼれのレッテルを貼ろうとしてるんだよ。



 そんなマーキスの取り巻きが

 朝から声をかけてくるなんて


 絶対何か企んでるんだ。


 僕の席に

 魔法がかけてあるかもしれない。



 毎度の嫌がらせに僕は腹が立っていた。


 教室の扉を

 勢いよく開けると、


 途端に何かが目の前で弾けて


 黄色の粉末が辺りに飛び散った。



 僕は驚いて

 咄嗟に顔を腕で庇ったけれど


 粉末が肺に入って咳き込んでしまった。



「おはよう、ロイ。今日の気分はどうだい?」



 涙目で咳き込んでいる僕に

 悠然と声をかけてきたのは

 もちろんマーキスだ。


 僕は頭に血がのぼり

 かっとなって

 マーキスに向かって叫ぶ。



「何テことスルンだよ!」



 耳慣れない高い声。


 一瞬クラス中が静まり

 次の瞬間皆が大爆笑した。



 僕は真っ赤な顔になり両手で口を塞ぐ。


 なんて酷い声だ。


 僕の声は

 子ネズミみたいなふざけた声になって、


 物凄く恥ずかしい!



 笑っている皆を手で制しながら


 マーキスは偉そうに

 先生みたいな口調で解説を始めた。



「黄色山トカゲの尻尾にはたくさんのアーチ元素が含まれていて、気化させると空気よりもずっと軽い気体になる。それを吸い込んだロイの発する声は、通常よりも三倍くらい早いものになるから、こんなふうに高い音に変わって聞こえるんだ。気化しきれなかった粉末が多いのは今後の課題さ」



 辺りからは

 しみじみと歓声が上がり

 マーキスは尊敬の眼差しを受けている。


 僕は惨めな粉だらけだ。



「マーキスくんて本当に物知りね」



 ミス・チェンバーの可憐な声が聞こえて


 僕は死にたくなった。



 さっきの僕の声も

 聞かれてしまったに違いない。



 ミス・チェンバーとは

 チェンバー魔法学院で一番可愛いと

 僕が思っている娘で


 隣のクラスなんだよ、


 隣のクラスなのに

 なんでこんな時にここに居合わせたか


 僕は絶望する。



 きっと

 わざわざマーキスが

 この仕掛けのために呼んでいたんだ。


 そう思うと

 なおさら悔しい気持ちになった。



「僕なんかまだまださ。兄さんたちに笑われちゃうよ」



 そんな謙遜を

 ミス・チェンバーに返してから


 マーキスは

 わざとらしく

 僕の肩を叩いて粉末を払ってみせた。



「すまなかった、ロイ。綺麗に全部気化する予定だったんだけど」



 謝るべきポイントは

 そこだけじゃないはずだ。


 僕はマーキスを睨んでいたけれど

 また変な声が出るかもしれなくて

 何も言えなかった。



「でもロイのローブの色なら目立たないから平気さ」


「床の掃除を手伝うよ、マーキス」



 いつの間にいたのか

 ニジーとロッサがそう言って笑った。



 粉まみれになったのは

 絶対にわざとだと思う。



 騒ぎを知らないマーレイ先生は

 僕の顔を見て驚き


 キイキイと高い声を上げた。



「まぁ、何ですかロイ。チェンバーの生徒としての自覚を持ってください。身だしなみには気をつけるように!」



 クラスの皆はクスクスと笑っていた。


 僕は惨めだった。



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