集会事件




 そんなわけで


 僕は

 マーキスに

 絶対復讐してやろうと思った。


 あの高慢ちきに一泡吹かせてやらないと

 僕の気は治まらない。



 放課後は

 学院内の図書室に通って

 いっぱい魔法の勉強をした。


 黄色山トカゲの尻尾より

 もっと純度の高い

 アーチ元素は何から採れるのか、


 片っ端から本を読んだ。



 僕よりもっと

 恥ずかしい思いをすればいい。



 三日後にある集会では

 マーキスが

 全初等部の前でスピーチをする予定だから


 そこで恥をかけばいい。



 やり返すなら

 倍返しが基本だと思う。




 そうして

 待ちに待った集会の朝。


 僕は

 魔法の薬を隠し持っていた。



 小瓶の中には

 二種類の無色透明な液体、


 これを水に入れて混ぜ合わせると

 気化が始まる。


 どれくらい効果があるかは

 わからないけれど


 ずっと軽い気体になるはずだ。



 ステージの中央にスピーチ台がある。


 コップに

 喉の渇きを潤すための

 水がおいてあるわけで


 集会の準備を手伝う係の僕には

 そこに薬を潜ませるのは造作もないことだった。



 僕は

 誰にも見られないよう

 手早くコップに魔法の薬を忍ばせ


 その上に

 そっとそっと水を注いだ。



 マーキスが

 コップを傾けた時に混ざりあう予定だから


 ここは慎重に。



 スピーチ台にコップを置いて


 僕は空っぽになった小瓶を懐にしまった。


 水が入っていた小さなポットは

 まだ半分水が残っていて、


 スピーチ台の内側にある

 棚に置いておく。



 コップの中で

 透明な液体たちは

 もやもやと揺れていたけれど


 やがて静かに沈殿して

 水の底でおとなしくなった。


 準備は万端だ。




 教室では

 マーキスがスピーチ原稿を片手に


 咳払いをしたりして喉の調子をみていた。



 僕は思わず

 ニヤけそうになりながら


 必死に頬を引き締めて

 何気ないふうを装い自分の席につく。



 スピーチの練習を

 取り巻きに聞かせていることから

 マーキスはどうも緊張しているみたいだ。



 クラスの皆が

 マーキスの横を通る度に励ましの挨拶をかけている。


 僕は

 心の中で

 そっと声をかけた。



 せいぜい、

 小鳥ちゃんに気をつけてね――





 ところが、


 マーキスは小鳥ちゃんにはならなかった。



 ピーチクピーチク

 さえずると思っていたのに、


 ステージに立って

 おもむろに水を少し口に含んだマーキスは


 コップをスピーチ台の上に戻すなり


 皆が見ている前で

 ぐるぐるっと目を回して


 その場に倒れてしまった。



 会場は

 悲鳴やざわめきで


 僕も

 何が起きたかよくわからず


 皆と同じく

 おろおろと見守るしかなかった。



 先生たちが

 ステージに集まりマーキスの介抱をする。



 その中の一人


 黒い長ローブの先生が

 コップを手に取り軽く揺すった。


 残っていたコップの水は

 すぐに気化してすべてなくなってしまう。


 ただの水ではないことがバレてしまって


 僕は手に汗を握りながらも


 マーキスの容態が心配で


 どうしていいかわからなかった。



 喉がからからで

 声も出ないのに


 何か

 言葉が


 真っ白な頭の中で


 ただ。



 まるで

 人形になったみたいにぎこちない足が


 無意識に一歩一歩


 ステージに向かっていた。



 自分の体じゃないみたいに

 何かに操られるみたいに


 僕は吸い寄せられた。



 黒い先生と

 ずっと目があっていてそらせなかった。


 魔法だったのかもしれないけど

 この時は何も考えられはしなかった。



 進み出た僕に先生が言った。



「話せ」


「……台の裏に、普通の水は残っています……」



 僕の心臓はバクバクと破裂しそうに弾んだ。


 他の先生や生徒たちは

 もう意識には入ってこない、


 すべてを

 この黒い先生に支配されたようだった。



「では、普通の水ではなかったこれは、何だった?」




 長い前髪の隙間から鋭く覗く切れ長の目。


 近くで見る先生はローブだけじゃなく

 黒ばかり。


 肌の白さや

 ピアスの赤い石は

 僕の目には入らない、


 ただ圧倒的な黒が目の前にいて

 僕の口を割ろうとしていた。



 従わなくてはならないと

 僕の中で何かが叫ぶ、


 抵抗や逃避は

 思いつく自由すらなくて


 すべて

 吸い込まれるんだ。



 白状しようと口を開いた瞬間、


 倒れていたマーキスが

 魚みたいに口をパクパクさせて

 何かを呻いたようだった。


 一瞬

 黒の先生の注意がそちらにそれると

 僕は解放され


 やっと現状を理解した。



 僕の後ろで

 ざわめく生徒たちがブーイングをしながら


 僕を非難しているんだ。



 マーキスに毒を盛ったのか!とか

 人殺し! なんて声が聞こえて


 僕は恐くなった。


 マーキスが死んでしまったら

 僕は人殺しになる。



 泣きそうになりながら

 急いで小さなポットをスピーチ台の棚から出し


 マーキスの脇に膝をついた

 黒の先生の持つコップに


 何の害もない普通の水を注いだ。



 先生はコップを振るって

 無害を確認をすると

 マーキスを抱き起こしその水を飲ませ


 何度も声をかけていた。



 マーキスは

 肩で息を切りながら

 何かを先生たちに耳打ちする、


 何を告げたのか

 先生たちは顔を見合わせていた。



「先生、……マーキスは助かりますか」




 その後

 マーキスは医務室へと運ばれていき

 集会はお開きになった。


 僕だけは

 黒の先生の教官室に呼び出されている。


 部屋の入り口に

 先生の名前が書かれたプレートがあり


 僕は

 ケイミラーというその名前を

 頭の中で繰り返した。



 日頃

 初等部の授業で

 お世話になることのない先生方までは知らない。


 だが

 初等部の集会に

 姿を見せるということは

 中等や上等部の授業も受け持っていない、


 もっと上の階級の

 偉い先生かもしれなかった。



 ケイミラー先生は男の先生だけれど

 長い髪を背中の辺りで一本に束ねていた。


 背の高いケイミラー先生に続いて教官室に入ると

 ソファーに座るよう指示を受けた。


 僕は言われた通りに従うしかない。



「マーキスくんはしばらく安静にしていれば、元気になるだろう」



 最初に

 ケイミラー先生はそう言ってくれた。


 僕はホッとして情けない顔で笑う。



「君が彼のコップに細工をした、ということで間違いはないか?」



 僕はうつむいて

 それから頷き


 懐の小瓶を取り出した。



「リパの花の茎から採った汁と、カイガン岩の雫です」


「……なるほど」



 ここら辺で自然に採れるアーチ元素を

 しらみつぶしに調べた僕は


 その中から

 最も効果が高そうなその二つを集めて

 魔法の薬を作ってみた。




「『汗かき岩の滴は非常に扱いが難しいのですよ? 我々大人の魔法使いですら上手く採取出来ないものをどうして初等部の生徒に扱えるのです?』」



 ケイミラー先生の部屋で本棚の掃除をしていたらしいホムンクルス魔法生物が突然こちらを振り返って口を挟んできた。


 ホムンクルスは高等魔法で、学院内でもその姿は時々見かけるけれど、言葉を話すなんて思わなかったから僕は驚いた。


 それは明らかに、ケイミラー先生に与えられた仕事をこなすだけではなく、自ら考える力があることを示している。今の発言から察するに、魔法の知識も僕よりありそうだ。


 そしてケイミラー先生が咳払いしただけで、ホムンクルスは元の仕事に戻った。なんて賢いんだろう。



 ケイミラー先生は静かな声で教えてくれた。



「昔からその手のイタズラは皆がよくやる、が。皆が使うのは黄色山トカゲだ。店で売っているからね」



 手に入れるのは簡単かもしれない。


 でも僕にはあまり

 お金を無駄遣いする習慣はない。



「君が集めたものは、人が吸うには純度が高すぎる。今回のように、血の気が引いて視界がブラックアウトしたり、酷ければ窒息死を招いたりする」



 僕は

 真っ青になった。


 知らなかったんだ。


 そんな危険なものだなんて。



 そんなこと

 僕の見た本には書いてなかったよ。


 僕はただ仕返しをしたかっただけなのに。




 ケイミラー先生の教官室に

 担任のマーレイ先生がやってきた。


 マーレイ先生は目を吊り上げて


 まるで

 頭から蒸気の出そうな顔で僕を睨んでいた。



「あなたはなんてことをしてくれたの! 謹慎処分です!」


「でも先にやってきたのはマーキスなんです」


「んまあ! ちっとも反省はしないのですね!」



 マーキスは

 クラス一番の優等生で

 マーレイ先生のお気に入りだ。


 キンキンと尖った声で

 マーレイ先生は信じられないと頭を振るう。


 僕は反省も後悔もしているけれど


 悪いのは

 僕だけじゃないという事実を

 きちんと知ってもらいたかった。



「一週間、家から出てはいけません!」



 マーレイ先生が

 一方的に告げて怒り狂って出ていった。


 マーキスだけが被害者だなんて

 そんなはずはないのに。



 肩を落とす僕に

 ケイミラー先生は一冊の魔導書を差し出し僕に押し付けた。



「一週間の謹慎なら丁度いい。読んで勉強しておくんだな」



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