素敵な代償
僕は一週間の謹慎処分を受けた。
学院からの手紙には
父さんも母さんも驚きを隠せない様子で
こどものように目を輝かしていた。
「見たかいフェア! ローブをつけたネズミが、この手紙を持ってきたんだよ」
「ネズミ……? まさか」
「本当よ、フェア。小さな白いネズミだったわ。チーズでもあげれば良かったかしら」
妹は
胡散臭げに父さんの持つ手紙を見て
それから僕を振り返った。
「チェンバー魔法学院じゃ、郵便配達をネズミに頼んでるの?」
「よくわからないけど、先生たちはいろんな動物に指示を出すみたいだよ」
単純な仕事なら
誰かに頼むより動物を使うほうが確実らしい。
人間は間違いや勘違い、
それに
うっかり忘れてしまう、なんてこともあるからね。
でも
動物に魔法をかけて
言うことを何でもきかせられるなら
同じことが
人間に対してもきっと出来るはずだと僕は思う。
逆に、人間や動物では難しい危険な仕事などは
ホムンクルスがするらしい。
命あるものではない分、
術者への負担も大きいと聞くけれど詳しくはわからない。
僕がテーブルにあったプレッツェルを摘まみ食いしていると、
手紙を読んでいた母さんが顔色を変えた。
「まぁ、自宅謹慎処分? なにがあったのロイ」
父さんも
手紙の中身を見ながら心配そうにこっちを見た。
僕は
胸がじくじくして痛いのを
何でもないようにそっぽを向いた。
「大したことじゃないよ。僕、勉強があるから」
本当は
父さんや母さんに
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
せっかく通わせてもらっている
チェンバー魔法学院なのに
僕は問題を起こしてしまったのだ。
そそくさと
自分の部屋へ向かう僕を
父さんと母さんは何も言わず見送ってくれた。
というか
何も言えない、のが現状なんだろう。
言葉にまとまらない二人の想いは
視線になって
僕の背中に突き刺さっている。
僕が
話したがらない話には
それ以上入ってこようとはしない、
それは
大人だからなのか、
親だからなのか、
僕にはわからない。
父さんや母さんにとって魔法は不思議で特別だから。
僕が合格した時もとても驚きそして喜んだ。
あの日を境に
二人にとって
僕は少しだけエリートな存在になった。
僕は僕のままだけど、
まるで一人前だと認めてくれたようで
それは嬉しかった。
二人とも
魔法とは無縁に生きてきたから、
チェンバー魔法学院という場所は
とても特別で未知な存在だ。
よくわからない環境に
一人飛び込んでしまった僕に
何の助言を出来るでもなく
いつも
どこまで踏み込んでいいか考えてあぐねている。
ただし、妹は別だ。
好奇心の塊で
未知なことは知りたい年頃なんだ。
だから
父さんや母さんが躊躇するハードルを
簡単に飛び越えて僕のもとへ来る。
自分の部屋へ下がってしまった僕を追って
妹がやってきた。
「お兄ちゃんは優しいから、父さんたちには心配かけたくないんでしょ。大丈夫、私、口はかたいの」
だから
自分にだけは打ち明けて――なんて
妹は本気で思っている。
確かに
僕との約束を破ったことはないし
口はかたいだろう。
「そんなんじゃないよ」
父さんたちに心配をかけないというより
自分の失敗が恥ずかしい。
わざわざ話すようなことじゃない。
「勉強がある、って言っただろ」
僕が邪険にすると
妹は不機嫌そうに顔を歪める。
僕と同じ色の、でも長い髪が
俯くと顔を隠してしまった。
「そうしているとオバケみたいだぞ」
妹は
生まれてから一度も
髪にハサミをいれたことがない。
普段外出するときは
綺麗に髪を結い上げて
きちんとまとめているけれど、
家にいる時は
すっかりおろして垂らしているんだ。
「前髪くらい、短くしたほうがかわいいのに」
ちょっとだけ
お世辞を言った僕に
長い前髪の隙間から
ふてくされた目が睨んでいる。
僕と妹は
よく双子に間違われるほど顔立ちが似ている。
普段なら
自分に似た顔をかわいいなんて思わないけれど、
少なくとも
オバケみたいな髪型よりはマシになるはずだった。
本当に
そのままの長さだから不揃いで
毛先はとても細い赤ちゃんの頃の髪だ。
ふわふわしていて気持ちがよさそうだけど、
髪の隙間から
睨むのはやめてほしい。
僕が背を向けて
ケイミラー先生に借りた本をカバンから取り出すと
妹は小さな声でぶちぶちと文句を言った。
「私だって、魔法の学校に行きたかったもの」
妹は
来年から普通の学校に通うことが決まっている。
僕がチェンバー魔法学院に入学して
お金がないからだ。
父さんと母さんが営むのはパン屋で、
毎日毎日
美味しいパンをたくさん焼いてくれるけれど、
パン屋の稼ぎは
どんなに人気の店でも
そんなに裕福にはなれない。
職人の数、窯の数、店の広さ、
一日に焼けるパンの量は限りがあるから、
どんなに頑張ってもお金持ちにはならない。
僕が
成績優秀な生徒だったら
二年目の授業料は免除してもらえたかもしれないけれど
初心者が
いきなりすごい成績なんて残せやしないさ。
マーキスみたく
一族皆が魔法使いで
小さい頃から家庭教師までいて、
そんなふうに育ってなければ一番は取れない。
僕がマーキスを思って気を落としていると
妹の声が
僕の意識を引き戻した。
「お話くらい。聞かせてくれてもいいじゃない」
妹は小さな頃から僕の真似っこをしていたから
自分も魔法使いになりたいとよく言っていた。
髪を切らないのも
魔法使いになるためのおまじないなんだって。
でも
そこまで夢見てた魔法使いへの道は
僕が閉ざしてしまった。
わがままを言わない妹は
いつだって聞き分けがいい。
「……ごめんよ。こっちに来て一緒に本をみよう」
ちょっとだけ笑顔を見せて
妹が僕の隣にちょこんと座る。
「すごいデタラメな文字ばかりね」
「魔法文字だよ。勉強すれば誰でも読めるようになる」
僕は
妹に魔法文字を教えながら一緒に本を読んだ。
「魔法使いってこんな勉強もするの?」
しばらく本を読み進めると妹はため息をついた。
正直僕も集中力が続かない。
ケイミラー先生の本には
今まで聞いたことのない話ばかり書いてあって、
頭の中が
パンパンになったような気がした。
「普段初等部の授業ではこんなに難しい内容はやらないよ」
僕は本を机に置いて
自由になった両腕を高くのばした。
「いつもは魔法文字の読み書き練習とか、昔の偉い魔法使いの話を聞いたり、歴史的な事件とか。簡単な魔法実験くらいかな」
ケイミラー先生の本は
人間の身体と魔法の関係について
いろいろ書かれてる本だった。
魔法で病気や怪我を治す方法を学ぶ前に
覚えておくこと、と冒頭には書かれ
どんな薬も
正しく決まった量を越えれば
毒になるのだとされていた。
魔法は
なんでも叶う夢の力だと思われがちらしい。
でも
間違って使うと
とてもおそろしい失敗を招く。
僕はそれを身をもって知っている。
ケイミラー先生が
僕に何故この本を渡したかも納得がいく。
イタズラにせよ何かの必要にせよ、
魔法を使う以上は責任を持って行うこと。
その為には何が危険かを
よく
勉強しておかなくてはならないんだ。
不意に
じっとこちらを真剣に見ている
妹の視線に気付いた。
「どうかした?」
怒ってるのかと思って僕は驚いていた。
何か
気に障ることを言った覚えはない。
でも妹はゆっくり首を横に振ると
「お兄ちゃんは特別なのね」と
わけのわからないことを呟いた。
「皆とは違う勉強のために、お休みをもらえるなんて……凄い!」
「え……」
僕は言葉をなくした。
妹は何か勘違いしている。
目をキラキラさせてまばたきもしない。
ただ
イタズラを失敗しただけなんて今さら言えもせず、
僕は苦笑いをした。
それから妹は
僕の勉強の邪魔になってはいけないと部屋を出ていった。
時々
温かいお茶や
甘いパンの差し入れを運んでくれるようになり
ちょっと可笑しかった。
謹慎中だということも忘れて
僕は満たされた気分で勉強に集中出来、
学校で授業を受けている時より
ずっといい気分ではかどった。
ケイミラー先生の本は
僕の知りたいことや興味をくすぐることが
たくさん書いてあったし、
何より
みんなの前で失敗したり
マーキスたちにからかわれたり
そういう心配がないのは
ほんとうに気が楽で
のびのびと
自分のペースで出来るのはとても幸せなことだった。
そんな日々を何日か過ごし、
僕は
ケイミラー先生の本を
半分も読んだことに気付いた。
この分だと
謹慎中に全部読みきることが出来そうだ。
「ん?」
僕は思わず声をもらした。
不意に目に入ってきたのが
動物に魔法をかけることについて書かれた頁だったからだ。
特別興味がある内容だったので声に出して読んでみた。
「『動物は人間よりも思考力が低い為、魔法の成功率が高くなる。思考により疑問や不信が生まれると、魔法がとけてしまう為、人間に対して使うには、よほどの信頼を得ていることが必要になる。その点動物はしばらく餌を与えて育てると、簡単に使役に従事するようになる』……なるほどなぁ」
それで先生たちは
ネズミやトリを飼育しているんだな、
と
そこまで考えて
僕は妹のフェアを思い浮かべた。
勝手に僕を尊敬してしまうあの妹なら
僕の魔法に
かかるかもしれない。
でも
僕はすぐに馬鹿らしくなった。
「信頼があるなら、魔法なんか使わなくても、お願いすればいいじゃないか」
問題なのはいつだって
自分にとって不都合な相手だ。
心を開いた人間に魔法をかける必要なんてない。
僕にとっては
妹のフェアよりずっと
魔法をかけてまでしてでも
どうにかしたい厄介な相手がいるんだ。
あのマーキスや取り巻きたち、
先生やクラスメートたち、
いいや
もしかしたら学校全体がマーキスの味方で。
僕は
そんなマーキスを完全に敵に回してしまったことを
ようやく知った。
それは
謹慎がとけた最初の朝のことだった。
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