染まりやすい年頃
「何しに来たんだよ! この人殺し!」
そう言って
出会い頭に掴みかかってきたのは
マーキスの取り巻きロッサだった。
まだ学院の敷地にも入ってない門の外で
通りがかった人が驚いて見ていた。
「人聞きの悪いこと言うなよ、マーキスは死んでないだろ!」
僕が言い返すと
ロッサと一緒にいたニジーが僕の肩を突き飛ばす。
「生意気なやつめ!」
「イタズラを仕掛けてきたのはマーキスだ」
よろめきながら僕は二人を睨み返す。
怒りで
頭に血がのぼり
カッカッと熱を持っていた。
でも
ニジーが言う次の一言で
僕はすっかり水でもかけられたように
その熱を失った。
「お前のせいでマーキスはずっと学校を休んでるんだぞ!」
マーキスの容態が悪いままなのか
僕は心配になった。
あの日
ケイミラー先生は
すぐ良くなるようなことを言ってくれたから
僕は
安心してしまっていた。
マーキスが
学校を休んでいるなんて夢にも思わなかった。
今まで一度も欠席なんてしたこともない
優等生のマーキスなのに。
詳しい話を聞こうと僕が口を開こうとした時、
ものすごい早さで
マーレイ先生がやってきて
僕らのローブを引っ張った。
「あなたたちは朝から学院の前で何を騒いでいるのですか!」
僕らはズルズルと引きずられ
一気にマーレイ先生の教官室まで吸い込まれた。
そこでは
仁王立ちで睨むもう一人のマーレイ先生が
僕らを待ち構えていた。
教官室のドアがバタンと閉じると
僕らはビクリと肩を震わせた。
何が起きているのか頭がついていかない。
思わず
三人でビクビクと身を寄せあっていた。
僕らを捕らえていたマーレイ先生が
ローブから手を離すと
モヤのように揺らめいて消えてしまった。
初めて見る魔法だった。
残っているのは
目をつり上げた本物のマーレイ先生で
僕は
どんなおしおきをされるか怖くなった。
「あなたたちの着ている制服は、このチェンバー魔法学院の誇りです。泥を塗るような真似をして、許されると思っているのですか!」
僕らは震え上がった。
マーレイ先生はとても怖い。
女のひとのヒステリーはそもそも聞くにたえないけれど
マーレイ先生のそれは格別で
早く怒りを鎮めないと
どんな魔法を使われるか気が気じゃない。
「ごめんなさい、マーレイ先生。僕のせいでマーキス君がまだ学校を休んでいるだなんて! 僕知らなかったんです!」
この際だから
土下座でもなんでも思いつく限りのやり方で
かまわないとさえ思うくらいに
僕は全力で謝った。
二人の取り巻きも僕同様に
しおらしい振りで謝ってみせた。
「僕らもつい、マーキス君が心配で、言い過ぎました!」
まさに必死。
マーレイ先生の怒りの前では
僕らは握手だってしてみせる。
仲良しの真似事を。
そんな決死の覚悟が伝わっただろうか、
マーレイ先生はため息をついた。
「以後言動には慎みを忘れないように!」
「はい。マーレイ先生」
僕らは
一様にカクカクと素早く頷き
背筋を伸ばしていた。
早く解放されたい。
でもマーレイ先生は
しみじみと態度を豹変させて僕らをじっとみつめた。
非常にまずい。
長話の予感だ。
でも僕らは
おとなしく息を潜めたまま
黙って聞くしか選択肢はない。
僕らの気持ちを知ってか知らずか
マーレイ先生は話を始めた。
「マーキスは今日からまた学校に来るそうです。体調はいいと聞いています。あなたたちも心配だったでしょうが、先生も心配でした」
僕の胸は
チクンと痛んだ。
マーキスが来たらちゃんと謝ろう。
僕は
謹慎中も
自分のことばかりで
マーキスの心配なんて思い付きもしなかった。
もしかしたら
ほんとの意味では
反省なんてしてなかったんだろうか。
僕がぬくぬくと過ごしたこの一週間
マーキスは
体調が優れず
苦しんでいただろうか。
だとしたら申し訳ない、
僕はそこまでの仕返しを望んでなんかいないんだ。
「ロイ。あなたの処分は来週の学院議会で決定します」
僕はびっくりして俯いていた顔を上げた。
「放課後、ロイとマーキスには事情を詳しく話してもらいますから、そのおつもりで」
「……はい、マーレイ先生」
僕のしょぼくれた声は
情けないカエルみたいにぺしゃんこで
虚勢を張るだけの気力もなかった。
謹慎だけで終わりじゃないんだな、
退学とかになったら
父さんたちに何て言ったらいいんだろう。
「さぁ、もうお行きなさい。玄関へ行って名札を返すのを忘れてはいけませんよ」
僕らは
マーレイ先生の教官室をあとにした。
廊下に出るなり
二人は憎まれ口を叩いて走り去る。
「お前なんか追放されろ!」
もう僕は何も言い返せなかった。
すれ違う生徒はみんな僕を見てはヒソヒソと、
遠巻きに噂話をしていた。
他の学年の生徒たちすら
集会事件のことを知ってるみたいだ。
僕だけのローブの色が
さらに僕を目立たせていた。
誰もが白い目で見ている。
僕は嫌な気分だった。
トボトボと玄関へ向かう僕は
教室へ進むみんなの流れに逆らって
噂の中を歩いていく。
ほんとに
最低な気分だよ。
玄関では
ニジーとロッサのはしゃぐ声がして
僕はハッとした。
マーキスだ!
謝ろう
謝ろう
謝ろう!
僕はギュッと
両手の拳に力を入れてから
マーキスに向かって足を踏み出した。
そうして
マーキスの名を呼ぼうとした時、
一瞬早く
マーキスが僕に気付いた。
明らかに目があった、
それは確かで。
そして
思いきり目をそらしてマーキスは踵を返した。
無視。
僕はマーキスに無視をされた。
謝ることさえ
拒絶されてしまった。
取り巻きたちと談笑しながら教室へ行くマーキスは
あっという間に
みんなに囲まれて
僕の届かないとこへ行ってしまった。
実際の距離なんて
すぐ何歩か走ったら追い付ける場所なのに
そこは
ずっとずっと
遠いみたいに見えた。
見た目には
それまでとほとんど何も変わらない
マーキスが人気者で
僕は落ちこぼれ。
でも明らかに僕のランクは落ちていた。
笑われものから嫌われものだ。
辺りには悪意が満ちていたし
それは
敵意でさえあった。
僕が教室で
ケイミラー先生へお礼の手紙を書いていた時も
誰かがわざと机にぶつかって行ったり、
紙くずが飛んできたりして
何かと僕の邪魔をする。
もうイチイチ怒る気にもならなかった。
けれど、
僕の心の中には真っ黒なドロドロが渦を巻いていて
マーキスを見る度にそれは加速した。
皆が心配するマーキス
皆が褒め称えるマーキス
皆に囲まれるマーキス、
なんでマーキスだけが笑ってるんだ。
あいつが
事件の張本人じゃないか。
マーキスさえいなければ
僕はもっと真面目で何の問題もなく勉学にただ勤しんだ、
そうだ
これは全部マーキスのせいなんだ。
そう思うと少しだけ気が楽になる。
僕は
マーキスのいなかった世界を想像しては
現実とのギャップに嫌気がさした。
僕がそうして
ボンヤリ上の空だったせいで
マーレイ先生の授業が始まったのにも気付かなかった。
突然
僕の視界にあったケイミラー先生の本が取り上げられ
驚いて
ハッと我にかえった時にはもう遅かった。
「何ですか、この本は」
見れば目の前に立つマーレイ先生が
冷たい目を細めて僕を睨んでいた。
「すいません、マーレイ先生」
僕は慌てて
教科書をカバンから出して授業の準備をしたけれど
マーレイ先生の関心はそのことではない。
「なぜあなたがこの本を?」
僕は手を止めてマーレイ先生を見た。
胸がドキドキと緊張する。
「ケイミラー先生に、借りました」
声が僅かに掠れた。
じっと
こちらを見る
マーレイ先生の無表情は
怒鳴られる以上に背筋がゾッとする。
「この本はあなたなんかが読んでいいものではありません」
何かが
パキリと音をたてて
緊張や恐怖をこえた。
僕は
先生の言葉を
頭の中で反復する。
「先生。
どういう意味ですか。
僕、なんか、が、読んじゃ駄目ですか。僕が落ちこぼれの駄目人間だから、読む資格がないんですか」
自分でも驚くくらい
その声は
まるで呪詛のようで、
マーレイ先生は
慌てて言い直したけれど
僕の心には届かなかった。
「その本は医療部の学生が読むものです。言い方が悪かったですね、あなた方はまだ初等部だから、読む必要は」
「でも。ケイミラー先生は」
先生の言葉を遮る僕に
マーレイ先生が
さらに言葉を挟んだ。
「ロイ。いいですか、ロイ。何事にも順序があるのです。あなた方には、これは、まだ、早いのです。ケイミラー先生には私から言っておきます。この本も私から返しておきます」
教室は
騒然として
僕と
マーレイ先生のやり取りを見守っていた。
遠くの席から
マーキスの視線が向けられているのを感じて
僕は
マーレイ先生に
それ以上食い下がるのをやめた。
マーキスの周りで取り巻きがボヤクのも
僕の耳には届いたけれど
僕はけして
そちらを振りかえらなかった。
放課後
言われていた通り呼び出しがかかった。
迎えに来たのは一羽の鳥で
何という種類か
僕にはわからなかったけれど
四角い顔の変わった鳥だった。
僕の肩にとまって進むべき方角を教えてくれる。
呼び出しは
けして楽しいものじゃあないけれど
肩に鳥を乗せて歩くのは何だかいい気分だった。
まるで
自分が偉くなったような気がするんだ。
いつか自分の使役する動物を連れて歩きたい、
僕はそう思った。
帰りに何か動物を買って帰ったら
母さんは驚くだろうか。
鳥に案内されるままに進むと
普段
授業で行くことのない学院の奥は
まったくの見慣れない場所だった。
辺りには
初等部の生徒なんかは一人もいなくて
中等部らしい生徒すらいる様子もなくて、
いるのは
ずっと背の高い
立派な長いローブの高等部、
あるいは
さらにその上の
専門部の生徒たちかもしれない。
専門部には
医療学部とか天文学部とか
難しい学部が色々あるらしいけれど
雲の上の話で僕にはよくわからない。
僕みたいなこどもが
やってくるのは珍しいのか
みんなチラチラ振り返り
悪意とはまた別の奇異の眼差しを受ける。
でも
肩に乗せた鳥が僕のことを証明するみたいに
彼らはすぐ納得しては興味をなくしていた。
中には
僕のことを知ってて誰かに耳打ちする人もいたけれど
昼間ずっと受けた
容赦ない責めるだけの感情は向けられはしなかった。
誰かが言った。
「へぇ。あの子が噂の一年坊主? キミ、なかなか見込みあるよ。頑張ってね」
そんな励ましを受けたせいか
単純な僕の足取りは軽くなって
何となく
景色を楽しむだけの余裕さえ生まれた。
チェンバー魔法学院の中は薄暗い場所が多くて
それは
日頃使う初等部のエリアもここも大差ない。
壁の赤い炬は
誰もいない時は自動的に消えるらしいけれど
それを実際に見た人はいない。
窓のない場所が大半だから
この炬がなければ
学院の中はたちまち真っ暗だろう。
足元は暗くて
今まで気付かなかったけれど
石畳の床には魔法文字が刻まれている。
時々変わるのが楽しい。
書かれているのは
どうやら学院の行事の案内みたいだ。
初等部のエリアでは見たこともない。
気を配ればそこかしこに魔法が散りばめられてる。
それらは
ボンヤリしていたら見落とすくらいひっそりしていた。
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