魔法の学舎



 やがて

 広い廊下から

 脇道にそれた場所にある両開きの扉の前で

 鳥が鳴いた。



 すると扉が開いて

 明るい光が目をさした。


 僕は思わず顔をしかめて


 それでも目をこらして中を覗けば


 そこは一面白い壁のこじんまりとした部屋だった。


 床には

 青色の絨毯が敷いてあり

 いかにも大事な場所だと主張する。



 僕はゴクリとノドを鳴らしてから

 部屋の中へ足を踏み入れた。



 部屋の中央には背もたれのついた椅子が二つ。


 隣り合わせに並べてあって、


 それしかなかった。



 僕は違和感に襲われ足をとめる。



 あの椅子に

 僕とマーキスが座るなら


 先生方はどこに?


 椅子に座った僕らを

 ぐるりと囲んでたちはだかるのだろうか、


 威圧的に

 上から見下ろすように。




 僕が椅子を黙ってみていると


 鳥がまた鳴いた。



 翼を広げ飛び立つと

 正面の壁にまっすぐ向かう。



 僕は思わずびっくりして目を丸くした。


 壁に激突なんて痛いだろう、


 あの鳥は

 僕をこの部屋まで案内したんだ、


 目が悪いわけではないだろうし


 なぜ。



 でも

 僕が身構えたのが間抜けなくらい


 鳥は

 スッと壁の向こうへすり抜け消えてしまった。



 僕は呆然と立ち尽くしながら考えた。



 壁に見えているけれど

 もしかすると奥があるのだろうか。




 壁の前まで行き

 恐る恐る手を伸ばした。


 向こう側へ突き抜けてしまうかも。



 その時、

 わざとらしい咳払いの声が

 誰もいないはずのこの部屋に響いて


 僕はビクリと動きを止めた。



「席について待ちたまえ」



 老人の声がして僕は手を引っ込める。



 どうやら向こう側からはこちらは丸見えらしい。


 少しだけ頬が熱くなって

 いそいそと椅子のところまで戻る。



 ややしてマーキスもやってきた。


 扉が開く音を後ろに聞いて

 それはわかったけれど


 僕は椅子に腰掛けたまま振りかえらない。



 マーキスなんかと目を合わせるつもりもない。



 すると

 僕のあしもとに

 右へ左へうねりながら突然蛇がやってきた。



「うわぁっ」



 驚く僕が椅子に飛び乗ると隣の席にマーキスが座った。



 僕は

 蛇がそのまま行ってしまうまで

 椅子の上にしがみついていた。



 マーキスの嫌がらせかと最初は思ったけれど


 蛇が

 壁の向こうへ行ったので

 案内役の使役動物だったのかとようやく理解した。



 途端に恥ずかしくなり

 僕はたたずまいを正して座り直した。



 マーキスの隣の席は居心地が悪い。


 何となく

 少しだけ椅子を離したくなった。




 狭い部屋に

 マーキスと二人きり


 隣り合わせに座ってることがすごく辛い。



 だってお互い避けあってるんだ。


 僕もマーキスも口を開くわけがなかった。



 頭の中が

 マーキスへのストレスでいっぱいで


 何だか気持ちが悪い。



「では始めるかな」



 また老人の声がした。


 マーキスは

 にわかに驚いたようで辺りをキョロキョロして、


 僕はちょっと

 優越感を感じたけどそれは一瞬のこと。



 狭いと思っていた部屋はとてつもなく広かった。



 白い壁が全部消えて


 その向こうには

 ズラリと先生方が並んでいて


 思わず

 僕もマーキスも息を飲んだ。



 僕らの正面に


 弓なりに拡がる席は

 後ろにいくほど高い段になっていて


 一番後ろの

 一番高い場所に


 立派な白髭をたくわえた老人の姿があった。



 チェンバー魔法学院に

 入学した時に


 一度だけ僕らはその老人に会う機会があった。



 学院最高の大魔法使い、ローバー学長だ。



 ローバー学長の一つ前の段に三人、


 見たこともない

 いかにも立派そうな先生に並んで


 ケイミラー先生がいた。



 そんなに偉い先生だったのだろうか。


 でも勿論

 今回の集まりに

 学院全部の先生が来ているわけではなさそうだ。



 とにもかくにも

 僕は無性に緊張していた。


 ものすごい

 威圧感を受けて竦み上がっていた。



 一番下の段の僕らの前にはマーレイ先生がいた。



「一週間前に開かれた初等部の集会で、マーキスが倒れた件について。あなた方にいくつかの訊問をします。正直に答えてください」



 この緊張の中では正直に答えるしかない。


 上手い嘘なんか

 考え付くだけの余裕は持てないだろう。



「マーキスが壇上でコップの水を口にいれたことで意識を失い倒れたわけですが。ロイ。あなたが水に細工をしたことに間違いはありませんか」



 僕はなるべく後ろの先生方は見ないで

 マーレイ先生だけに焦点をあわせていた。


 怖かったからだ。



 マーレイ先生も怖いけれど

 まだ面識がある分免疫もある。


 何か粗相があって失言しても

 マーレイ先生ならなんとかなるかもしれない。



「……僕が細工をしました」



 少しだけ

 伏し目がちに目をそらしてしまった。


 なんであんな馬鹿なことをしてしまったんだろうと

 今さら悔やんでもすでに手遅れなんだ。



「水に何を入れたのですか」


「リパの花の茎から採った汁と、カイガン岩の雫です」



 前に

 ケイミラー先生に話したように


 僕は素直に白状する。



 先生方が少しざわめき


 マーキスも僅かにみじろいだ。



 息を飲むような微かな空気は

 普段なら気付きもしないのに


 こんなときだけビシビシ感じる。


 特に注目されたのはカイガン岩の雫みたいだった。



「なぜそんなことをしたのです」


「僕はマーキスくんのイタズラで、黄色山トカゲの……クラスのみんなの前で恥をかかされました」



 上手く

 言葉が紡げない。


 何を言ってるか自分でもよくわからない。



「事実ですか? マーキス」


「はい。」



 マーキスは

 マーレイ先生に短く返事をした。


 ごまかしたり

 言い訳をしたりするんじゃないかと思っていたけれど、


 案外

 マーキスですら

 この緊張からは逃れられないのだろうか。



「なぜそんな……」


「山トカゲは学院の店で買いました。やり方は叔父さんから聞きました。このイタズラは代々諸先輩方もしているもので、通過儀礼だと……僕も、『教わった魔法の知識は実際に試していかないと知識ばかりで身にはつかない』という叔父さんの意見に賛成でした」



 前言撤回、

 何をイケシャーシャーとそれらしく主張してるんだ。


 黙って聞いていればいい気になって!



 僕は

 ムカムカと

 また腹が立ってきた。




「そうですね。長い歴史のあるチェンバー魔法学院ですが、山トカゲ騒動は毎年耳にいたします」



 マーレイ先生はやれやれと首を振った。



「でも、例年なら それで終わり です。」



 再び

 僕を見たマーレイ先生が少しだけ強い口調で言った。



「なぜあなたは仕返しを考えたのでしょう。それも使い古された安全な山トカゲではなく。誰に入知恵をされたのです」



 怖い目をしていた。



「いえ、あの……入知恵なんて」



 僕は

 しどろもどろになって目を泳がせた。



 だいたい僕は

 山トカゲのイタズラがそんな有名なものだと

 今はじめて知ったのに


 マーレイ先生は何を言ってるんだろう。



 まるで僕が誰かにそそのかされたみたいに。



「誰を庇っているのですか」


「僕はただ、本で調べただけです。黄色山トカゲ以外にもアーチ元素を含むものはたくさんあります。マーキスくんが声が高くなる仕組みを解説していたから、それで……」


「あなたが一人で?」



「……はい……」



 僕はしょんぼりとうなだれていた。



 マーキスみたいにたくさん友達がいれば一人じゃない。


 マーキスみたいに

 頼りになる叔父さんが何でも教えてくれはしない。


 マーキスみたいに魔法の知識はないし


 魔法の道具も持ってない。



「ロイはよく放課後、図書室に通って一人で勉強していましたよ。事件の前も連日姿を見ました」



 上の方から誰かの声がした。



「ずいぶん熱心で、今時珍しい生徒だと感心してました」


「では本当に一人で?」


「誰かの入知恵ならば、もっと上手くやっていたのではないですかね。もっとも、イタズラの仕返しではなく、マーキスの暗殺を目論む何者かがいたなら――私ならロイではなく、マーキスの友人を使います」



 ケイミラー先生が小さく笑って言うと


 マーレイ先生は

 少し苛ついた顔で咳払いをした。



 僕は先生方の話は寝耳に水で


 そんな

 陰謀の心配までされていたなんて驚愕だった。



 だからマーキスも

 学院を休んでいたんだろうか。



「ケイミラー先生は、謹慎中のロイに医療学部のテキストファイルを貸し出しましたね、どういうおつもりですか」



 何やら

 マーレイ先生の矛先は

 ケイミラー先生に向いてしまった。


 僕のせいで


 ごめんなさい、

 ケイミラー先生。



「私は以前から、ずっと疑問なのですよ。危険を教えないこのやり方が」



 悠然と微笑みを浮かべてケイミラー先生は返す。


 もう話は

 僕のわからないとこまで広がってしまっていた。



「初等部の図書に、人体に与える被害を記さない。だから今回のロイのようにわからずにやってしまう。事故のもとでしかない」


「ですが人体に危害を加えるやり方を安易に知らせることにも繋がるのです!悪意を持って取り組む生徒がいたら収拾がつきません」



 白熱していく二人のやり取りを

 僕はハラハラと見守った。



「ロイは。悪意など持ってはいなかった。危険がわかっていたなら、そのやり方を選ばなかった」



 ケイミラー先生がまっすぐ僕を見ていた。



「教えられたことだけをする優等生は管理が簡単だが、本来学問とは自ら探究していくものです。勤勉と称するなら、ロイこそが優秀な生徒ですよ。私はロイに謝りたい、もっと学ばせてやりたいのです」




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