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「……その方は、かならずしも人類の味方であるとはいえない。
理不尽な神罰を与えた例は多く、敬虔さを求めて信徒に対し過大な生け贄を求めることも多い。
名前は、正確には発声できないらしい。ヤハゥエとか仮称している宗派もあるようですが。
絵や銅像といった形で、その姿を後生に残すことを禁じている。
こんな奇妙な神様、他にいますか?
そもそも……神がたった一柱だとした排他的な例は、おれが知る限り他にありません。
この聖書に由来する宗教が、奇妙なことにかなり広範な地域に多大な影響を及ぼしているおかげで、そのことをなかなか不自然には思えないわけですが……。
他の時代、他の地域の神々ってのは、もっと不完全で歪で、ありていにいってしまえば人間のカリカチュアなわけです。
聖書の唯一神と他の神話とでは、どうにも、性質が異なりすぎる。
これは、なにに由来するのか……」
「ちょっと……アイさん。
いったい、なにを……」
「まあ、酒の席でのざれごとですから……このまま、最後までいきます。
ところで、美作さん。
聖書の物語群の舞台は?」
「シリア……チグリス、ユーフラテス流域……大部分は、アフリカ。
一部、中東やアジアも含んでいるが……」
「人類が発祥したといわれる土地と、ほぼ重なりますね。
おれはね、美作さん。
聖書っていうのは、結果的に初期の人類が接触したナニモノかの記録を伝えているのではないかと思ったときがあるんですよ。
目に見えず、名前も呼べず、必ずしも人類に優しいわけではないが強大な力を持ったナニモノが長期にわたって当時の人々と接触していたのではないかと……」
「目に見えず、名前も呼べず……」
「要するに……そいつには、形がなかった、ってことですね」
「形が……ない」
「ですが……時として、声を聞いたり会話をすることも、可能ではあった。
おそらく……なんらかの特殊な資質を持った者なら」
「神の声を聞くもの……」
「預言者、っていうそうですね、そういう人たち。聖書には山ほど登場します。
大昔には、今よりもずっと多かったみたいです。
実際に聞こえた声が意味をなしていた、うまく理解できたのかどうかは、また別の問題になりますが……」
「統合失調症とかのことをいっているのか?」
「統合失調症のすべてが、とはいいませんが……そもそもあの名称は、かなりおおざっぱな区分であり、性質の異なる症例を一緒くたに扱いすぎていると思います。
どこかにひっそりと……いまだにそいつと交信している人が、いるのかも知れません。ですが、そんな電波をゆんゆんに受信したところでこの現代ではまともに相手にされないでしょう。
しかし、大昔の、古代みたいに情報そのものが極端に少ない社会だったら、そうした電波的な情報も偉大な叡智とか恩恵として扱われ、解釈されたのかも知れない。
ただし、何度もいいますが、そいつは必ずしも人類に恩恵を与えてきたわけではない。なにか利己的な理由で勝手に何事かゆんゆんと無差別に放送していただけだ。その情報を解釈することが可能なすべての知性体に向けて、ね。
ろくに文明が発達していなかった当時は、結果としてそうした断片的な情報から様々な知的刺激やヒントを得ることも多かっただろうし、結果として文明の発展に寄与した事例もあったでしょう。
いってみれば……無定見な放送局と壊れたラジオみたいな関係というか……」
「……なんだ……それは?」
「さあ?
無責任な酔っぱらいのたわごとですから。
大昔に事故かなんかで地球に落ちてきた宇宙人だか旧世界の支配者だかが、特殊な脳構造を持った知性体だけに受信できるような放送をしていただけ……なのかも、知れない。たまたま、この地上に発生した数ある霊長類の中でホモサピエンスだけがそれをいくらかでも受信できるような脳味噌を持っていて、結果としてそれがブレイクスルーの鍵となった……とかいう、なんの根拠もないたわごとです。要は、脳の質の善し悪しというよりは、マッチングの問題で。
その放送を不適切にしか受信できなかった種族は、断片的に刺激的な部分だけを真に受けて自滅の道をひた走ることになった。
察するに、スルースキルが足りなかったんですな。それと、無駄に勤勉だった。
ひたすら排他的に、自らが属する集団のためにとことん外敵を排除しようとすれば、しまいには自分以外は全部敵という心境になりますわ、そりゃ。
ことによると、今現在もそうした電波を受信し続けている人たちがいるのかも知れませんが……現代社会は構成員の価値観がいい具合に多様化していますから……幸いなことにそうした人種が台頭し、実効的な力を持つ集団に成り上がる可能性は遙かに少なくなっている」
「……ふざけるな!」
「とはいっても……こんだけ少ない材料からいきなりきっかりした正解を出せ、といわれてましてもねえ。
こっちだって、酔っぱらいは酔っぱらいなりに、精一杯酒代に相応しい、それらしい推論をしているわけでして……」
「あ……ああ」
「ともあれ、おれのふざけた推論によると、そうした存在を仮定するのが一番しっくりくるんだけんどなあ。
人類の黎明期にそうしたモノと接触したおかげで、変な刺激を受けた人類は大きくステップアップすることが可能となった。多様な情報に触れ、それが知性や文明を発達する契機となり、結果としてここまで生き残ることが出来た。
前後して出現した別の人類たちにも、潜在的には今の人類と同等かそれ以上のスペックを持ちながらも微妙にそいつからの放送を『うまく』受信するような脳味噌の構造に恵まれなくて、環境の変化に耐えられなかったり、攻撃本能を抑制する方法を学習する前に身内で内紛騒ぎを起こして自滅の道を歩んだりして、結果、絶滅した。
おれたち人類の脳構造は、その放送をいい具合に刺激を受ける程度には受信しつつしかし影響を受けすぎない、というちょうどいい案配に、たまたま進化していた……とか」
「……滅茶苦茶だ」
「いや、まったく。
提唱した自分でも、そう思います」
「そんな突飛な推論……とさえ、呼びたくないのだが……どのみち、検証不可能だ」
「あれ?
そうでも、ないと思いますが……」
「……なに?」
「その気があったら……例の、シミュレーションがありますので……」
「……あ……」
「そうした存在を前提として設定してみれば……あるいは、なんらかの答えが出るのかも……」
「そういわれてみれば……検証自体は、可能といえば、可能かもしれないが……。
あのマシンを動かすのに、いったいどれほどの金が必要になるのか考えると……」
「では……現状で、すでにそういう存在がそのシミュレーションに内在していると仮定して検証してみては? まあ、聖書マンセーな精神的風土が強いあちらで、スポンサーにどういう理屈をつければおおっぴらにこんな検証を行うための予算を搾り取る事が出来るのか、おれにはさっぱり想像できませんが。
現に、シミュレーションの中の人類以外の種族は、そろって自滅への道を歩んでいるわけで……。
っていうか、なぜそうなったのかを推理するってのが、そもそも一番最初の出発点なわけでしょ?」
「あ……ああ。
そう……だったな」
「……あー、青子さん。
おすすめの吟醸酒、もう一杯。
これ、おいしいね」
「アイさん。
今、切れ切れに聞いていたけど……相変わらずあんた、屁理屈だけは達者なもんね。
聞いているこっちは、すっかり頭が痛くなってきたけど。
可哀想に、美作さん、頭を抱え込んじゃって……」
「おれみたいなふざけた酔っぱらいにやつに真面目な相談するから、こうなるんです。
もっと真面目な回答がほしければ、もっとまともで知的な人に相談すりゃいいんですよ。
奢られる分は頭も回すけど、こちとら、無理矢理に辻褄を合わせるのは得意でも、それ以外のことに関してはからっきしだからなあ……」
「開き直るなよ、この酔っぱらいが」
タダ酒、おいしいです
われ、黎明の頃より汝らとともにあり 肉球工房(=`ω´=) @noraneko
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