独りぼっちの子ども
失ったもの、その空白に入るのが自由だっておれは思ってる。
あれからもう十年くらい立っただろうか。
おれの体は背が伸びて声変わりもして、何よりかなり力が強くなった。
敵わないと思ってた大人が何だか小さく見えて、年を重ねるだけでこんなに状況が変わるのかと、衝撃を通り越してそれは虚しかった。
半分くらいになった酒瓶を、手の平で蓋代わりに抑える。それを持ったまま、赤茶色の煉瓦が傍に積み重なる土道をぶらぶらと歩いていていく。
もうあのぼろ家は取り壊された。その近くにあった川も埋め立てられて、あそこには観光客用の宿泊施設が作られた。おれたちは元いた貧民街を追い出され、また別のところで暮らしていた。とは言っても、貧民街に変わりはない。
「ねぇ〜、リクぅ!」
舌ったらずな猫なで声が後ろから聞こえた。後ろを振り向くのも面倒で、ため息まじりに返事をした。
「なんだよ、サユ。」
「やだぁ、冷たい〜! せっかく葉巻持ってきてあげたのにぃ!」
目の前に差し出された葉巻を、むしり取るようにして受け取る。火、そうだ。今は持ってないんだ。
「あとこれ、今月のお小遣い!」
金の匂いを感じ、おれはくるりとサユに向き直った。
栄養不足で茶色になった髪。薄汚れた肌に体臭をごまかすため焚きすぎた香の香りは、貧民街特有の見た目といった感じだ。
おれはサユからも貰っている『今月のお小遣い』を しっかと掴み、なるべく最上級の笑顔を見せた。
「いつもわりーなぁ、サユ。」
「いーの! ねぇ、その代わり……今日は私とデート。ね、いいでしょ?」
今日は一番稼ぎが良い女にも金が入る日だ、おれは指折り数えて日にちを確認する。
「駄目だ、今日は上客の日なの。」
「ええ〜、またあ!? そう言うと思って、せっかく葉巻も付けたのにぃ〜!」
サユの嘆きを尻目に、遊ぶ金が手に入ったおれは金を数えながら さっさと退散する。これだけあれば、賭けに勝ったら良い金になるだろ。そろそろ野郎たちでも集めて賭けでもすっか。
酒も煙草も女も知って、盗みを働いたり賭けで稼いだり貢がせたり。運良く良い男に成長したから、貢ぎたがる奴は事欠かない。
せこせこ働く奴を、無能で苦労するねえと横目で見ながら、おれの日々は過ぎていった。
こうしていると、あの子供の頃の体験は何だったんだろうという気分になってくる。
そんなことを考え始めたら、そろそろ盗みだの賭けだのを始めろって言う合図だ。
――もしリコがいたら、盗んだり貢がせたりしてみっともない、自分で働けって止めてたんだろうか。
さて、何をしようか。旨いもん並べて、皆でぱーっとやるのもいいな。
――リコはあんなもん、食べれなかったな。食わせたらどんな反応したんだろ。きっと、
「やめろっつってんだろ!」
堪えきれず、喉から叫びが飛び出した。
誰もいないこの道で、悲鳴のような声は空に突き抜けるしかない。
ただただ涙は ぼたぼたと落ちた。
「なあ、リコ……。おれ、とんだ腐れ外道に落ちちまったよな……。」
故人に、帰ってくることの無い返事を求めて。
心の中で思い描く自分の姿は、未だに子供の姿のままだ。
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