第13話.きみの片割れに恋してる

 おれの名前はサバオ。気軽にサバって呼んでくれよな。前に一回会ったきりだけど、もうみんな、おれのこと覚えてくれたかな?

 おれは、船職人の息子だ。夜の市場という所で、造船の仕事を請け負っている。

 おれはいつも、そこで親父の手伝いをしている。って言ったって、単なる小間使いだけど。船造りに関しても、材料を運んだり磨いたりって程度のことしかさせてもらえないんだ。

 そんなんだから、おれはそれまでこの仕事に大した意欲もなかった。

 しかしある日を境におれは生まれ変わった。

 今では朝ご飯を食べてても造船、学校に行ってても造船、造船してても造船。といった具合にほとんど常に造船のことを考えている。

 何故かって? それは……んふふっふふふふんふふぅふふっ教えてあげないぞっ

 それで、んふっ、まあそれはともかくムフフッ。

 そう。そういうわけで今から、おれは〈風鈴の帆〉というお店に行くんだ。

 何を隠そう、あそこの店の船はうちの家系が作ったものらしいんだ。

 水臭いな親父。何だよ親父。そんな大事なこと早く言ってくれよ。おれがそれを知ったの、本当に最近なんだよ。

 何だよ、その切っても切れない縁みたいな、もう出会う前から始まっていたストーリーみたいなとにかく運命的な巡り合わせ。

 おれ、もう船と一生添い遂げるよ。

 なるなる、造船技師。なるよ親父。継ぐよ跡。

 そんなわけでおれは親父の造船の店……。えぇと、その名も……んーんんの船……。何だっけ、獣の船みたいな生首の船みたいな、うちの店の名前。

 ……を、譲り受けることにした。

 さてさて話を戻して、おれはそう。〈風鈴の帆〉に向かっているんだ。今日の心の太鼓も好調。スキップしちゃうぞ。

 さあいよいよ、ここを曲がればリコちゃ……〈風鈴の帆〉へ辿り着くぞ。

 そして曲がるぞ曲がり角……。あ〜。特に誰ともぶつからなかった。曲がり角を曲がるたびに、運命の出会いを心のどこかで考えちゃうのは、俺だけじゃないはずだ。いや、おれはリコちゃん一筋だけどね? 考えるだけさ、あくまでも。

 まあそれは置いといてっと。空と地面とその狭間に揺らぐ灯り。星空の中にいるようなこの通りにこそ彼女がいる。通称、三途の川。

 ああ、もちろん通称だよ。この川沿いにいろんな店が並んでいて、おれもそっち、川沿いで売る側。でも、中には〈風鈴の帆〉みたいに、川の上で商品を売っている人もいる。陸の方が絶対に儲けはいいのに、そうしないのは接客嫌い達が水の上に逃げたのかな。事実、面倒そうな客がこの辺で騒いでる時は、何艘もの船がすすっと川の奥の方に逃げて、絶対に岸に近づかない。

 ちなみに、川を挟んだ向こう岸もあるけど、店を開くのは禁止らしくて、こっち側の岸にしか屋台は並んでいない。

 向こう岸でお店を出したら、絶対に川の向こうにいる人たち喜ぶのに……。だって向こうの人達、いっつもこんな風に、羨ましそうに夜の市場を眺めてる。意地悪しないで、あっちにも店を出してあげたら……あっ。あのおばーちゃん、また手を振ってくれてる。おーい、おーい。

 えっ。何? おばあちゃん。おれに何か用なの? 

 うーん、まだ時間はあるな。待ってね、今、川を渡って……。

 あっ〈風鈴の帆〉だ! わったたた、こうしてる場合じゃないっごめんねおばーちゃん、また今度!

 シャツ! でてない。

 チャック! 開いてない。

 靴下! オッケー両方履いてる行くぞっ!

 ざわざわ……ざわざわ……

 あれ、おかしいなあ。これはもしかして、人だかり……? 

 〈風鈴の帆〉に人だかりができるなんて、想像できないけど……。あっ! それは別にあのお店が売れてないとかそういうわけじゃないよ!?

 ……そうじゃなくて……リコちゃんの性格的に、人だかりが出来るようなこと、許しそうにもないけど……。ん?


 さあー寄ってらっしゃい見てらっしゃい!


 え? これ……呼び込み?

 リ、リコちゃん?

 人の隙間を縫って――行くことはできなかったので、少し後ろの方で、小高い丘のようになってる場所から見てみる。

 あれ、髪切った? 髪染めた?

 いや、そういう話じゃない。事はもっと重大だ。

 リコちゃんが、笑ってる……!

 笑顔どころか、微笑みすら見たこともない彼女が、あんなにも満面の笑みを振舞っている。それもたくさんの人に囲まれて。

 まじで可愛い。本当に可愛い。

 どうしよう、笑顔だけでおれはこんなに幸せ。死ぬのかな。笑顔だけで人を昇天させたとしたら、その場合リコちゃんに罪は行ってしまうのだろうか? いいや、そんなことおれが絶対にさせない。幸せの末に死んだなんて、原因である幸せをくれた微笑みを罪と呼ぶにはおかしすぎる。そんな不条理からはおれが守ってみせる。

 ちょっと髪は短すぎて男の子みたいだけども、いやそれでも充分すぎるほど可愛いから良いんだ。あれはあれで似合ってるから。実際、とても似合ってる。

 それにしてもリコちゃんは、いきなりどうしたんだろう。ふだん見せない笑顔をあんなにも振る舞って、大盤振る舞いすぎじゃないだろうか。おれも欲しい。

 おれが代金を払ってでも見たかったリコちゃんの笑顔を……。あのお客たちは、当たり前のように享受しているだって? せめて驚いてくれよ! せめて尊いものを得ることができていると噛み締めてくれよ! そうでなきゃ、あのお客たちは初めて来たにも関わらずあんな愛想の良いリコちゃんを享受したってことになって、それがどれだけ貴重なことかも知らないでその笑顔を浴びているなんていう羨ましい存在になってあぁあっ!!


 リクの冒険譚、はーじまーるよー!


 ……うん? あは、聞き間違えちゃった。リクって、それじゃあ男の子じゃないか。

 あんなにそっくりな別人がいたら、それこそドッペルゲンガー、クローン、ふた……。






 いやあ驚いた。まさか彼が、リコちゃんの双子のお兄さんだったなんて。

 人だかりが失せた頃を見計らって、リク君という同じくらいの年の男の子に近づく。

 それにしても、あの男の子の話術は本当に見事だった。最初のつかみの時点で、観客が心を鷲掴みにされているのが分かったもん。それに、おれもいつの間にかその話に聞き入って、お客さんと一緒にわくわくしてた。特に、赤鬼たちとの喉自慢大会のところなんか、手に汗握る展開だった。まさかこのお兄さんが、和平的に終わると思った最後にあんなことをするなんて。大どんでん返しだったなあ。

 どちらかというと大人しい真面目な男子という見た目なのに。あんなことをするなんてなあ。見かけによらないことをする彼に、話しかけるタイミングを伺っていると、運良くあっちから気が付いてくれた。


 おっ。どうしたの君、何かお買い求め?


 ……何だか、子どもに接するような話し方だなあ。いや、いいんだけども。でもそっちだって同じくらいの子どものくせに……。大人に混じってるうちに、自分も大人みたいな気分になって、周りの同い年の奴らをガキ扱いしちゃうような奴か? あ、それおれか。だっひゃっひゃっひゃ!

 ……この笑い方、真似したくなるな……。まあいいや。

 ぱぱっと、注文の品を取りに来たって用事だけおれは言った。おれは正直、すっごくがっかりしていたんだ。リコちゃんがいなかった……。テンション下がる……。おれの胸の中にいる、心の太鼓を打ち鳴らしていた達人も悲しそうだ。

 今日一日、これだけを楽しみにしてたのに……。あーあ。おれは明日から、何を楽しみに生きていけばいいんだろう……。

 メモ用紙を見ていたリク君が、そこに書いてある注文の品と、それを頼んだ店名を読み上げた。


 「人間の生首」


 ……えっ。そんなもの頼んだの? なんか親父、生々しいもの使ってんなあ。持って帰るのおれだぜ、手で持って帰るのかよ。


 「獣首の造船」


……あっ、そっか。「獣首の造船」か、うちの店の名前! 惜しかったな〜。ところで親父の中では、人も獣に含まれるの?

 それを読み上げるや否や、リク君は驚いたように顔を上げた。

 その顔はやっぱり優男っぽくて、とても赤鬼たちにあんな乱暴なことをした相手には思えない。

 リク君がおれを指差す。


 「えっ、君、もしかしてあそこの息子さん?」


 えっ、おれのこと、知ってるの?

 ……いやー……。自分のことをバカにしてると思ってた相手がさ、自分を知ってくれてたって思うと……なんというか、ちょっとだけ気分、良くなるよね? なるだろ?


 「君のことは君のお父さんから聞いてるし、妹からも時々……いや、割と……うーん、かなり聞いてるよ。」


 もう一回言って?






 リク君。君とは結構、仲良くなれるかもしれないね。

 だってさ、だってあの人おれのこと、未来のっ、未来の弟とかっ……ンフフッ。

 やっ、違うよ、別にお義兄さんがおれを応援してくれたからだとか、おれとリコちゃんがぴったりだなんて言ってくれただとかそんなそんなとかじゃなくてっ。そういう、そんなやましいアレじゃなくて。純粋に話してみたら案外良い奴だったってアレだよっ。

 リコちゃんが花を好きだとか、この花をあげればイチコロだってことを教えてくれるような、気の良い奴だったんだよ。それにそのために、無料であの商品をくれたり、なんかすっごく太っ腹な人だったんだ! 

 お義兄さんの、あの商売へのストイックさもすごいって思った。やっぱり子どもが経営してるだけあって、いろいろ大変そうだ。親父に防水加工の件を相談してくれないか、とか言ってたし。おれの一存じゃ決められないからちょっと困ったけど、まあまあ、未来のお義兄さんの頼みじゃなあ〜。


 「おれに任せてくれ、お義兄さん。」


 なんちゃって、なんちゃって! 勢いに任せて、お義兄さんとか言っちゃったよ〜!

 まあ、赤鬼にあんなことしちゃうくらいだし、あの見た目からは想像がつかないような豪胆さと男らしさがあるんだろ! おれは、そこに惚れたんだ! 朗らかで太っ腹で頼れる男、おれはお義兄さんに付いて行く!


 ……そんなわけで、おれは世界にひとつだけの花を抱えて、ハードボイルドに帰路を辿る。

 防水の件を聞いた親父に、おれが鉄拳を食らわされるまで、あと数分……。

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