第11話〈動くドールハウス〉
〜童話の世界から持ってきたかのような、可愛らしいドールハウス。アンティーク調に仕上げられた家からほんのりと香る、紅茶の香り。それはそこに住む人形が淹れる、紅茶の香りかもしれない。
日の目をみることの無かったこの作品は、人の所業とは思えないほどの精密さで作られていた。家具のひとつひとつに施されたバラの彫刻、金でできた流麗な金具。棚に敷かれたレースの刺繍まで、全てにおいて妥協されることの無かった至高の芸術。花瓶に挿された枯れかけのバラさえも、消え入る命を宿したかのようだった〜
はいいらっしゃいませー。今日はそこまで面倒な気分ではないので、ゆっくりご覧になって構いませんよー。あら、ご婦人の方ですか。珍しいですね、こんなゴミ溜めに。
……あぁ、そちらですか? そちらは〈動くドールハウス〉です。はい、このドールハウスは美しさも勿論ですが、それだけではありません。このドールハウスを作るときに一緒に作られた小さな人形たち。その人形が、この家で実際に生き、暮らしている姿を見ることができます。
意思の疎通は私たちとあまりとれませんが……。やはり、そこは人形ですのでね。このドールハウスから出ようとすることもありません。外のことに興味を持つこともない、私たちを意に介することもなければ、何か伝えようとしてくることもない。本当にこの家だけで完成された小さな世界なんです。
……ん? どうされましたお客さん。人形たちがずっとこっちを見て喚いてるのが気になる?
……さあ、何故でしょうかね。あっ。今、外の世界とは関係ないと言いましたが、大きな音がした時や家を持ち運んで揺らしてしまうような時には、そういえば反応を見せますね。それではないでしょうか。船の上で揺られて、パニックを起こしている。
明らかに罵声を吐いている様に見える、と? はあ、確かにこちらを向いて叫んだり、腕を振り回したりしていますね。いえ、特に何かしたわけではありませんが……ちょっとうるさいですね。失礼します。
(バンッッ!!!)
………………。
静かになりましたね。うるさい時は今みたいに、思い切り壁を叩けば大体は静まりますので。
え? あぁ、確かに。売る前の商品を傷つけかねないことは、店としてするべきではありませんでしたね……。失礼致しました。
え、そうじゃなくて? 人形たちの許可の話? いえ、とってませんよ。
……え……? はい、とりませんよ? 話も。つけてません。
ふむ、それは勝手に彼らとその家を売り物にしたから怒っているのではないか、と。
お客さん、おもしろい考え方をしますね。ふふ。
恐らく人形にそんな概念は……、いえ。
まあそうといかがですかこの商品。トイレ、バスルームありの日当たり良好。築6年で持ち運びに便利です。今なら人形の老人、父、母、息子二人に娘一人、召使い二人がついてきますよ。お見積りは……
(カシャンッ!)
………………痛……っ。
……何、これ。ティーポット?
…………。
ふぅん、どうしてティーポットが私の顔に。それもとっても小さいティーポット。まるでお人形用のおもちゃみたい……ね。とても可愛らしいわ。
(ガツッ バシャンッ ガボボボガボゴポ)
すみませんお客さん。やっぱりこのドールハウスは売れそうにありません。
川の水に浸けたドールハウスを売りに出すのは、さすがに……、しぶといわねまだ生きてる。
それに単なるドールハウスでしたら、夜の市場で売る必要も無くなってしまいますもの。この動く人形ありきの商品でしたから……。しかし流石に商品の要といえども、ここまで人格形成に失敗したものを売りに出すわけにはいきませんから。お客さまに迷惑がかかってしまいます。あ、そろそろ静かになってきた。
……え? どうなさったんですかお客さん。買うから、その手をはなしてあげて、って……。
いえいえ、こんなものをお客さまにお渡しするわけにはいきません。どちらにせよ、全匹静かになったら水からあげ……。そ、そこまで気に入って頂けたのですか? 分かりました、引き上げます。
(ザパッ)
……意外とまだ生きていますね。あぁ、お値段の方ですか。こんなことになってしまいましたし、安く売りますよ。
大丈夫ですよ、ドールハウスそのものの方は無事ですので。あ、人形もいちおう無事ではあります。
では、ご相談の方を致しましょう。まずはお見積りの方から……
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