第10話〈ガラスの傘〉

 〜ガラスで作られ、壮麗な細工を施された美しい傘。傘に浮き彫りとなった、バラと教会のステンドグラスの模様はどこまでも無色透明で、そこでは複雑に光と影が混ざり合う〜




 はいいらっしゃいらっしゃいらっ! ヒッ、げほっげぇっほ! げほっ、へえ、ごほっ……。

 うー、ひぃー、むせちゃった。ごほっ。

 へぁーいお客さんいらっしゃーい!

 うーん? 今日の目玉ですか〜。今日はこちら、〈ガラスの傘〉!

 こちらはですね〜、とある洋館で手に入れたシロモノなんですよ!

 持ち主は何と等身大のお人形!

 きれ〜なお人形でね、体全部が宝石でできてたんですよ。彼女は初めて会った時、はめ込まれたサファイアの瞳からぽろぽろ涙を流していました。おれはどうしたのか聞いてあげました。

 まあ、最初は雨漏りかなんかだと思ってたんですけどね! だからそのまま洋館あさりを続けようとしたら、もうそのお人形泣き叫んじゃって! 人形が泣くなんてありえないと思った、なんてごまかしが効かないレベルで泣いちゃったんです。だから、もう気づかない振りも無理だなーってあはっ!

 あ、いや、雨漏……うん、ぶっちゃけ気付いてました! 無視できる言い訳を作りました、てへっ!

 ともかく、そのお人形の話によるとこうでした。

 彼女はこの洋館の主人に気に入られてた宝石細工のお人形。絹やレースのきれいなお洋服をたくさん着せてもらった、つまり大人の着せ替え人形と。

 あ、ちなみにその服や装飾品類はおれがもう売りさばきました。良い値で売れました。普通の店をやってる取引先に……。

 それらは、夜の市場に売るようなシロモノでもなかったですしねー。この傘がここに売られている、ということは、これは普通のお店じゃ取り扱えないものってことですし……あっ。まあそれはおいおい!

 さてさて、そんなお人形の女の子、自分を大事にしてくれた主人のことが大好きでした。

 そんな彼女あった宝物。それは、彼が自分のお誕生日にプレゼントしてくれた、ガラス製の美しい傘。

 彼は、君にぴったりだ、と言って笑ったそうです。

 そしてその宝物には、実はある秘密があって……。

 お人形を着替えさせるのは主人だけの権利でした。なので主人が死んで、彼女の服は主人が最後に着せ替えをして以来そのまま。傘がどこにあるのか自分では分からない、探せない。

 彼女は宝石の瞳からまた涙を流しました。

 あれさえあれば、自分は主人のいなくなった寂しさを慰めてもらうことができる、その傘を探して来てくれまいか、と彼女はおれに頼みました。どうせ家探しをするつもりでしたし、二つ返事でオーケーしました!

 彼女は探してくれている間は、この館にいる浮遊霊たちに手を出すな、と命じてくれると言いました。

 もう、家探しもしやすくなったし一石二鳥!

 おれは妹のリコと違って視えるだけですからねー、幽霊はとにかく無視します! でも耳元で助けて助けてうるさいのなんのって! だからラッキーでしたよあっはっは!


 ……ああ! 別にこの館で大量殺人が起きたからいっぱいいるとかでは無いですよー! それは起きてないです!

 そうじゃなくて、そこにはとある一体の霊によるあまりにも強すぎる念が渦巻いちゃってるんです。だからそれに他の霊たちが呼ばれて居つくんですよ。

 館が霊のたむろ場になっちゃってるとでも言うべきなんですかねー。

 館に宿る執着心とかが周りの霊をどんどん呼び込み取り入れて、念は大きく大きくなっていく……。そう、まさに負の連鎖!

 ちなみにそこ、今はおれたちの商品開発の研究場所にしています! いろんな霊がいていろんな念の渦巻く、霊力の溢れる素敵な土地です!

 さらに念が念を呼び込むなんて、いわば枯渇しない霊力の泉も同然ですからね!

 おっと話がまたそれちゃった。はっはー!

 お人形である彼女を溺愛した今は亡き館の主人。彼女の探しているガラスの傘。館にたむろする霊たち。

 お人形の協力もあって、そこでの家探しは最高でした。


 ガラスの傘を見つけること自体は簡単でした。そのお人形用の洋服部屋があって、そこに高価なドレスや宝石も……。ただすぐ渡しちゃったら家探しができないので、全部の部屋を漁り終えてから渡しましたけどねっ!

 そんなこんなで、おれたちは例のお人形の元へ戻りました。

 彼女は、表情は変わらないものの、おれたちが傘を持ってきたのが見えた瞬間、とても嬉しそうにしていました。

 早速それを持たせてあげようとしたら、彼女は待って、と声でそれを制しました。

 何故だろう? そう思っていると、彼女はお願い、その傘をくるくる回して。と言いました。

 はいっ! そしてご覧ください、こちらの〈ガラスの傘〉!

 こうしていると精巧な造りでできた美しい傘。しかしその魅力は……見た目だけではなかったのです!

 おれは、彼女が言った通り傘をこうやって、回しました。

 ……ほぅらみなさん、耳をすませて……。


(〜〜♪〜♬〜〜〜♪〜♬)


 お聴きいただけましたか。そう! この傘はまるでオルゴールのように、くるくる回すことで歌声を奏で出すのです! 外国の言葉であるため何を言っているのか分からない。でも、分からないからこそ何だかとっても神秘的! ねっ!

 さてさて話は戻りまして。

 その宝石のお人形さんはその歌声を聞いて、泣き出してしまいました。

 あぁ、やっとあなたの声が聞けた。愛してる、愛してるわ私のご主人様……。

 ぴしっ、ぱらぱらがしゃん。

 涙を流してそれだけ言うと、そのお人形にはどんどんヒビが入り、見る見るうちに崩れて、砕けていってしまいました。

 成仏……ってのも変ですが、彼女も、成仏したんでしょうね。

 さてさて! そんな悲恋の逸話があるこの傘!

 え? 何に使えるのかって? 特には。

 じゃあ何で出品したのか?

 ただ単にきれいだったからですけど? ほら、細工とかものすごいでしょう?

 でもこんな曰くばっかついてる傘、普通には売れないし…

 それにでもほら、細工とかものすごいでしょう?

 なになに、この傘がここに売られている、ということは普通のお店じゃ取り扱えない理由があるってことだと、さっき言ったばかりじゃないかって?

 あはは! だから、その主人と人形の異常な愛情がこもった傘だからって意味ですよ〜も〜!

 ……おっと! いつの間にかお客さんもかなーり増えていらっしゃいますね!

 じゃあー早速、競りの方参りましょう! 5から! おっといきなり10。15。今回皆さんとばしますね〜! なんと、30!




 ふ〜今日も大量〜。ん? あっ、リコか! ごめんごめん、気付かなかった!

 ん、なんだ? ……あの傘? あー、売れた売れた!

 えー……? それは結局言わなかったよ。だって気味悪いじゃん。全く……だからあの洋館の主人の霊、片足が無かったんだなって感じだよな。

自分の骨を使って傘のためのガラスを作らせる、なんて正気の沙汰じゃねーよ。

 しかも死んだ後の話じゃないんだろ? 生きてる時にやったって……ただでさえ異常なのに、その相手が人形とはなあ。そりゃ奥さんに一家心中かまされるわ。

 あれはきれいを売りにしたかったんだよ。人間の骨でできたガラスなんて知ったらさすがにな〜。

 あの歌? おー! それもなんとかバレなかったぞ!

 あんな歌詞聞いたらそれこそドン引きだろ! ひたすら人形への愛情と変なポエムをたれ流す傘とかいらね……。

 まあおっちゃんも、あの傘で殴られて死んだなら本望かもな!

 さっ、今日は館のとこ行くからな! そろそろ奥さんの霊がいろんなの引きずり込んでるだろ! 大漁だといいなー、あはは!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る