第二章 〈風鈴の帆〉の章
第9話〈星空箱〉
〜研ぎ澄まされ、磨かれた水晶が冷たい光を放っている。そしてその中に散りばめられている小さな光。そのなかでもひときわ大きく輝く光の粒を繋ぎ合わせれば、形作られるのはトライアングル。そう、水晶のなかに星空が広がっている。そしてそこに浮かぶのは、冬の大三角形〜
……お客さん、注文の品にキスをするのは、お代を払ってからでお願いします。
はい、毎度ありがとうございます。
今回の注文は冬の大三角形の〈星空箱〉で宜しかったですね。確かに受け渡させていただきました。
お客さんは本当に星が好きですね。夢はお星様になることでしたっけ? 叶うといいですね。
ああ、違う?
はあ。へえ……
叶うといいですね。そんなことよりも、用は終わりですね?それとも追加注文を?
………………。
……え、作り方、ですか。
手の内を明かすことになりますし、説明しにくいから嫌なんですけども……。
うーん、どんなに信頼してても、言ったら口が裂ける呪いをかけても、友達同士のおしゃべりに花が咲いて、つい……とかありそうですし……。
あ、失礼いたしました。
……ではお詫びと言ってはなんですが、今回は特別にお教えします。いつもご贔屓にしてもらっていることですし……
はい、ですので、どうもすみませんでした。ご友人はたくさんいらっしゃるのですね。その天体模……ご友人たちをあなたは今日も携帯してきているようですし。ああ、はい。一緒に市場にお出かけに来たご友人たちでしたね。失礼いたしました。
それはそうとどうしますか?
天体模型に話しかけ続けてないで。早く決めてください。頰ずりも。このまま風鈴を鳴らせば、そのご友人ごと水に落ちますよ。
……作り方。聞くんですね、結局。はいはい、分かりましたよ。
えー。それでは下準備として……。夜の市場の空気をたっぷり吸った水晶を、まずはきれいな泉の中に入れて浄化するんです。
この夜の市場には人の……ひと……人? うーん……まあ、生き物の念や欲望と、たくさんの魔力……私は霊力と呼んでいるのですが、それがたくさん漂っています。
ここに持ってきて水晶に霊力をたっぷり吸わせ、なじませます。
しかし生き物の欲望とか念とかをいっぱい吸った水晶は濁ってしまいます。
なので霊力を込めては浄化して不純物を取り除き、また込めて……。
夜の市場と泉の往復を何度か繰り返して、充分水晶に霊力が溜まったら土台となる水晶の完成です。
あとは星のきれいな夜がいるんです。新月だと星も大きくなるので尚いいですね。
そしてその星空に向かって水晶を透かします。自分の目から見て、冬の大三角形が水晶に収まる位置に動かして固定する。
そしてシャッターを切るような感覚で瞬きをします。そうすると光が星空から切りとられ、水晶の中に星の光が閉じ込められるという塩梅です。
…………。
いや、お客さん、できませんよ?
あくまでも、感覚的なことを例えたものですから……。あと別にウインクではありません。口をひらく必要もありません。
口は勝手にひらいてしまっただけ? 左様でございますか。
……切り離すって何、どうやって。って……。
気合いじゃないですか。
気合いです。
言い方を変えれば光を集めて、閉じ込める。それを気合いでやります。
なので別に瞬きをする必要も無いと言えば無いです。そっちの方が分かりやすいかなというか、やりやすいかと思って出しただけですから。
最後だけ説明が雑? ……お客さん、だから言ったじゃないですか、説明しにくいって。
私だって嫌ですよ、頭おかしいみたいに思われそうですし。未来予知や念力が説明しにくいのと同じです。
……いえ、別に昔からできたわけではないですよ。この夜の市場に来てから出来るようになったことです。
何故かと聞かれると……。それはやっぱり、この夜の市場の影響でしょうね。ここで売られている食べ物や、店主や行き交う人たちの魔力。それを浴びているうちに、どうしてもこっちもそれに影響を受けてしまうんです。そうして、それによっては霊感に目覚めたり持ち合わせていた自分の霊感が強くなったりするのだと、私は思っています。
まあ影響の大きさは人にもよると思いますけどね。兄なんかからきしですし。ここの物のおかげで多少はって感じです。
私はその魔力がうまいこと定着したみたいで、まあ他にも増強剤とか色々な裏技を使って……こういったことができるようになりました。
はあ、なるほど。自分にもできるようになったら、好きな星を閉じ込め放題だと思ったんですね。
期待をさせてしまい申し訳ありません。しかしお金さえあれば、どれだけでも作って差し上げるので……。
何ですか、次の注文ですか?
ああ違う、この前の〈星空箱〉の修理ですか。どれどれ……。
あー。魔力がだんだん薄れてきてしまったようですね。ふむ、それだけなら魔力を足せばそれで終わりなのですが……。
この水晶、異様なほどひどく濁ってる……。
……お客さん、この水晶に何かしました?
そうですよ。おかしいから聞いているんです。
先ほど、私言いましたよね。「生き物の欲望とか念に当てられた水晶は濁ってしまう」と。
この水晶の濁り方……いや、この穢れ方はおかしいです。明らかに普通にしていればなるはずが無い穢れ方をしています。
………………。
………………。
……これは驚きました。まさか、接吻されただけでこれほどまで穢れるとは。
よっぽど嫌だったんですね、この子……。
……あっ!
お客さん、さっきの方も見せてください! そう、冬の大三角形の方です!
…………あ〜〜!
やっぱりこっちも穢れかけてる!
せっかく作ったのに! もう、何てことをするんですか!
はあーー……。
は? 追加注文?
(ちりんちりん。)
(がしゃんどぽどぽどぽん)
はい、お客様とそのお連れのご友人様方、お気をつけておかえりくださーい。
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