第24話「嘘」

 ムークは腕を組み、頷いた。

「さあ、これで糞マジシャングループのメンバーは全部だな」


 一列に並んで座っているレヴェカたちラチッタの一員は、みな手足をきつく縄で締め付けられ、身動きの取れない状態にされていた。


 ラチッタで最も力持ちの大男が狼狽。

「くそ、この男ひょろいのにすごい力だ……」

 その弱音に、レヴェカも悲観せずにはいられない。


 ムークは不機嫌そうに口を開く。

「さぁ、お前らがルリアと旅をしてるのはバレてんだ。さっさと出してもらおうか。どこに隠した!?」


 しかし突然姿を消してしまったルリアの行方を知るものはいない。

「…………」

 一同はしんと黙り込む。


「さっさと言え!!」

 その怒号にびくっとするレヴェカ。


「……アタイたちも知らないよ。たしかに一緒に旅はしてたけど、この宿に戻ってこなくて」

「生意気な口の利き方だな。まぁいい。しらばっくれるなら吐くまで我慢してもらうまでだ……」

 ムークはそう言うと騎馬用のムチを取り出した。


* * *


 ルリアは宿屋の前に立っていた。


(みんな、夜帰ってこなくて心配してたかな……。まずは謝らないとな……)

 もう思いながら、建物へと入る。


「え……」

 そして小さな驚き。


 入って正面にある受付のテーブルが荒らされていた。

 そして近づいてみる。


「!?」

 奥には店員が二人、気を失って壁に寄りかかっていた。


「息はあるみたい……。ケガはなさそうだけど、誰がこんなこと……」


 そして顔を青ざめる。

(そうだ……レヴェカさんたち……!!)


 ルリアは焦る気持ちをいったん沈め、周囲を確認。

 置き傘があることを見つけ、魔法でそれを短剣へと変形させた。


 そして宿屋の二階へと急いで駆け上がる。

 廊下を走り、共用スペースに入ったときにことだった。


* * *


 ぱふっと大きな体にぶつかる。

 ルリアは一瞬倒れそうになるもなんとかバランスを整え、すぐに首を上げた。


「おお、久しぶりだな」

 ムークだった。


「……!!」

 慌てて後退し、短剣を構えるルリア。


 一方ムークは小さく何度も頷きながらにやけていた。

「おいおい、久しぶりの再開なのにずいぶんと冷たい態度だな」


 ルリアは勢い任せに言う。

「レヴェカさんたちを放してください! みんな明日が晴れ舞台なんです! ずっと努力して……、もがいて……、やっと掴んだ大きなチャンスなんです!!」


 フンと鼻で笑うムーク。

「お前……、なんでこいつらが縛られてるか分かってるか?」

「……」

「俺はお前を捕まえに来たんだ。理由はそれだけ」

「お前を捕まえられれば、こいつらは解放してやるよ」


 ルリアはまぶたを閉じた。


 今までのラチッタでの出来事を思い返す。

 徐々に打ち解け、親切にしてくれたメンバーとの光景が次々とよみがえる。


 再び目を見開いたルリア。

「分かりました。私は大人しく捕まるので、皆さんを放してください」

 決心を決めた表情でそう語る。


 すると、ムークを大きな右手をルリアの頭に乗せた。

「いい子だ、ルリア」

 ルリアは唇を噛み、拳を握り、煮えかえるような苛立ちをぐっと堪えた。


「ダメ!!」と叫び声。

 レヴェカだった。


 しかめっ面になるムーク。

「ああ?」


「そんな交換条件、ルリアが認めてもアタイが認めないから!!」

「何が言いたい」

「……今のアタイたちがあるのは、ルリアがいたおかげだから。もがきたくてももがけなかった状況を変えてくれたのはルリア。そして私たちが今こうして夢をもう一度見られてるのもルリアのおかげ……!」

「……」


 そしてレヴェカは声を大にした。

「アタイたちにはルリアが必要なんだ!!」


 ルリアは目頭が一気に熱くなった。

 あまりのうれしさに流れ出しそうになる涙を必死に堪える。それと同時に思い出すのは図書館で読んだ魔女に関する本の記述だった。


『昨日まで親切だった魔女が突如別人のようになってしまい、人々を裏切る事例もある』


(なるほど……あれはこういうことだったのか……。レヴェカさんにこんな素敵な言葉を掛けてもらえるのなら……大丈夫……。私は喜んで……)


 ふぅと息を整えるルリア。

 心を鬼にする決心をし、表情を悟られないよう下にかしげる。

 そしてそっと口を開いた。


「私は……そうは思わない……」


「え……」レヴェカっは戸惑いの表情を浮かべた。


 ルリアは続ける。

「私はこの人たちと旅をするのが嫌で嫌で仕方がなかった。いつもどこかに逃げ出したかった……、早く裏切りたかった……。この人たちとこんな疲れる旅を続けるなら、あの屋敷に戻りたい……、そう思ってます」

 感情を無にして、淡々とそう説明する。


「嘘よね……? アタイたちのことを思ってわざとそう言ってくれてるんだよね」

「本気です! ……というか、そういうふうに私の内面を勝手に想像するところも嫌でした」

 辺りは静まりかえった。


「だから……、もう私に構うのはやめてください」

 その言葉に、誰も何も言おうとはしなかった。


* * *


(……これでいい。これでいいんだ)


 暗雲立ちこめる夜空の下、揺れる馬車の荷台の隅、ルリアはじっと座っていた。

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ものかげの魔女ルリア 九十 @kuju

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