落とし穴をつくる会

飛竜

これは「神」の世界の話

落とし穴、それは人が行く道に作られた巧妙な罠。「道」を「人生や生き方」とした時の、人を陥れる罠もまた、落とし穴と呼ばれる。


我々「落とし穴をつくる会」の活動は、後者の落とし穴をつくること。人生の落とし穴をどうやってつくるのか?そういう難儀なことは聞かないで頂きたい。ただ一つ言えるとすれば、事は異世界で起こっているということだけだ。貴様たちの世界と連動した別の世界、そこに我々はいる。我々の世界では、貴様たちヒトの意識の誘導を行い、「運命」を操作するのだ。ヒトのいう「神」が暮らす世界と言ってもいい。

「神」はヒトの意識をより良い方へ誘導するだけだが、我々は違う。我々はなるべく目立たぬよう、誰にも見つからないように、ヒトを陥れる罠をつくる。「神」を善とするなら、我々は悪となるだろう。しかし、落とし穴は悪ではない。挫折も失敗もない人生など、無味無臭でつまらないではないか。我々はヒトの人生に色をつけているのだと、誇りを持って活動している。


ちょうど良い標的がやってきた。金持ちで人生を侮っている若者の意識。物事がうまく行き過ぎて、挫折を一度もしたことがないらしい。こういう環境は、この意識を担当する「神」がくじで決めたものだから、仕方がないと言えば仕方がない。しかし、担当の「神」はこの意識を甘やかしすぎてはないのか。金持ちという境遇があるうえに、やること全てがうまくいく道に進ませるなんて。おかげでこの若者の性格はねじ曲がっている。俺にとって不可能なことは無い、俺より凄いやつも偉いやつもいない。そんな傲慢なことを思ってしまっている。ここらで一回、我々の落とし穴で現実を思い知らせてやらねばならない。


落とし穴は完成した。それほど緻密に計算したものでも、うまく隠したものでもないが、あの若者の意識なら簡単に引っかかるだろう。今回つくった落とし穴は、人望がないゆえに独立して立ち上げた事業が失敗するというもの。唯我独尊の彼には人のことを考える頭などない。そんな彼に頼る客などいないだろう。最初は物珍しさや彼の親の会社の信頼や知名度から客が集まるが、彼の対応に人は失望していく。穴に落として、そういう道を歩ませる計画だ。


若者は簡単に落ちた。道にある落とし穴などまるで気付かず、確かめもしないで、ずかずかと偉いそうに歩いていたところだった。担当の「神」はやられたという顔をしていたが、その表情には「まあいいだろう」という感情も含まれていた。「神」も調子に乗って甘やかしすぎていたことは分かっていたのだ。

親の会社に事業を吸収された若者は、はたと気づいた。自分も失敗するのだと。気づくのに遅すぎたということはない。むしろ、これからだ。そう親に言われて、若者の目には眩い光が宿った。これからは失敗しない、侮って油断しないと宣言した。これまで良い道ばかりを進んできたのだから、力は十分にあるはずなのだ。気持ちを切り替えれば、さらに活躍できるはずである。我々の落とし穴は、その切り替えの役に立ったに違いない。これから頑張って欲しいと思う。


今回は簡単な仕事だった。普段はもっと大変なのだ。なにしろ、落とし穴対策委員会なる組織があって、意識や「神」に注意を喚起するからである。慎重になった意識を落とすのは難しい。しかし、そういう状況の方が落とし穴をつくる会の本領を発揮できる。いつかその様子も見せてやろう。


今日はもう貴様たちの世界へ戻った方が良いだろう。この世界の空気は貴様たちには合わないだろうからな。我々はまた獲物を探して、落としてくるよ。手応えのある意識を狙うつもりだ。じゃあ、失礼する。貴様たちは早く帰れよ。

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