第3話小話

「忘れ物ない?」

「大丈夫だよ」

王宮から、研究科の魔術師に一律に支給されている正装に身を包んだ旦那様は、いつもの5割増しでかっこいい。いつもの無造作ヘアも今日は綺麗にセットされている。上から下までじっくり眺めて、満足げにひとつ頷いた。

「どこへ出しても恥ずかしくない旦那様になっちゃって」

「出さないでね」

「今日は出しちゃうけどね。魔術研究報告会に。戻っておいでね」

うん、と一言返ってくる。

 本日は、半年に一度行われる王宮内全魔術師総動員の報告会なのだ。うまくいけば出世や研究支援につながるので、魔術師たちは日頃の成果の全てをここで披露する。結構大きな催しものである。

 珍しく緊張した面持ちの旦那様は、何を隠そう前回報告会の最優秀賞受賞者なのだ。権力も賞金も興味のない旦那様は、この報告会への参加をいつも辞退していたのだが、恩師からの頼みでどうしても断れず前回大会に出場した。

 頭まですっぽり隠れてしまうのではないかと思われるとんがり帽子を渡す。

「気合入ってるんだね」

「うん、前回は評価なんてどうでもよかったんだけど、今回は大賞狙ってるから」

 報告会の出席確認が届いてから、旦那様は日夜研究室にこもり何やら必死で取り組んでいた。出世もお金も特に興味がなく、したい研究をしてほそぼそとでも生きていけるならそれでいい、というスタンスの旦那様なのに明らかに張り切っていた。

「出世したいの?」

「出世は特に考えてない。責任ある立場になると自分のしたい研究を優先できなくなるからね」

「じゃあなんで今回はそんなやる気に満ちてるの?」

「お金が欲しくて」

思わず目を丸くする。

「・・・・・・人並みに物欲なんてあったんだね」

「え、結構欲深いよ俺」

「どこが」

「やりたいと思ったら我慢がきかなくてすぐ手を出しちゃうし。満足するまで離れられなくなるし」


 はあと息をついて、腕を組み半目になる。

「朝っぱらからやめてよ下ネタは」

「そう言う意味じゃないっ!研究のこと!」

「わかってるけどさ。あとそれ物欲とは言わないよ。本当、研究オタクなんだから」

「わかってるならからかわないでよ・・・」

 仕方ないじゃないか。新婚さんを楽しんでいて、やることもやってる関係なのに、未だにこんな話で顔を真っ赤にするんだから、意地悪したくもなるだろう。

「で、何が欲しいの?」


「新婚旅行に行きたくて」

アメジストの綺麗な目がほにゃりと歪んで、うっすらと頬を赤く染める。


まったくこの旦那様は。つくづく私を驚かせるのが得意なのだから。

上質のローブに思い切り抱きつく。半年ぶりに引っ張り出した服とローブは、皺だらけだったので昨夜必死でアイロンをかけたのだが、また皺が出来てしまったかもしれない。


「古城探検して、遺跡巡りして、工芸品作りしたい!」

しばしぽかんと口を開けてから、旦那さんは困ったような嬉しそうな、そんな顔で笑った。

「それ、俺の研究調査の仕方だよ」

「あなたの話を聞いて一度やってみたかったの」

 外の国へ出てみたことのない私に、たくさんの話を聞かせてくれる。研究の話をするときのキラキラ輝く姿を見て、興味がわかないはずがない。

 彼の見る景色を、一度でいいから一緒に見てみたかった。

「さすが、研究オタクのお嫁さん」

 こつりと額を突き合わせた。突き合わせてふふっと笑いあった。

 

「頑張ってね」

「頑張ってくる」

「いってらっしゃい」

「いってきます」


濃い隈を作ってゴミにまみれていても、恥ずかしがって真っ赤になっていても、どんな姿でもいつだって大好きな旦那様は、研究資料がたくさん詰まった大きな鞄を握り締め、ドアを開けて出ていった。


・・・・・・そして、すぐ戻ってきた。

パタン。ガチャ。パタン。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「え、帰ってくるの早い」

「・・・・・・」

旦那様は、青い顔をしてドアノブを握り締めたままぼそりと呟いた。

「玄関の前に行列が出来てて行けない」

「行列?」

固まってしまった旦那さんを押しのけて、そろりそろりとドアを開ける。

「・・・・・・誰もいないじゃない」

後ろを振り返れば、足元に指をさした旦那様。指し示されるまま顔を向けると。



「・・・・・蟻の列くらい飛び越えて行きなさいよ!!」



見事報告会にて2連覇を果たした旦那さんとその奥さんは、楽しい新婚旅行へでかけましたとさ。おしまい。

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私の魔術師様 庭芽 @niwakaameko

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