10
マユリの部屋にはいると、おれはいつものソファにむかった。がんがんにきかせてくれた冷房が心地いい。一日じゅう炎天下で時間つぶしをやっていたのだ。身体はすでにへとへとだった。ソファのうえで身体を伸ばして、しばしだらける。料理の手をとめ、マユリがこちらにやってきた。
「今日はね、バイトでね」
ひと足先にできあがったのだろうか。ゆで卵を持っている。やはりどいつも、おれをストレスの吐け口にしているようだ。魅力という表現は、しょせんただのオブラート。おれはめしをもらう代わりに、三万語の被害者になる。もっとも女たちの会話に意見はいらない。ただ黙ってきいてうなずくだけでやつらはみんな満足らしい。なにもしなくてもいいし、しないほうがいいとさえ考えているふしがある。それだけでまじめに話をきいてくれる、いわゆるいい人というやつに見えるらしい。おれは本当は「いい人」なんかじゃないのにね。
ききじょうずと無関心はイコールノットのように見えるが、きかせる側からすればまったく差異ないおなじものなのだろうと思った。それにしても、どうでもいいから、その卵をさっさとよこせ。
「あっ」
ハードボイルドをおれにわたしながらマユリが声を弾ませた。きーんと耳にやかましい。どうやらなにかに気づいたようだ。
「ちゃんとつけていてくれたんだ」
そういって首もとのチョーカーを指でつまむ。
「でも、石が背中にいっちゃってるよ。まったく、ダンちゃんはだらしないな」
文句をいいながらも嬉しそうにマユリはキャッツアイの位置を調整する。おれの首もとにふたたび石の冷たい感触。
「これで、よし」
長い髪をうしろでひとつに束ねながらマユリは笑う。
「ほら、私も」
そういって部屋着のTシャツのなかからチェーンタイプのネックレスを引っぱりだした。トップにはお揃いのキャッツアイが光っていて、その目がこちらを見つめている。彼氏がいるのに、別の男とのお揃いが嬉しいというのも変わった女だ。べつに口説くつもりはないので、曖昧な笑顔だけで返事をした。
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