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「きいてもらえて、すっきりした。誰にもいえなくて、ずっともやもやしていたから」

 誰にもいえなかったから、誰かにいいたかった。ようするに、誰でもよかった。そういうことだろう。

「きいてくれて、ありがとうね」

 そういって女は手をさしだす。握手を求めているのだろうか。おれはそれには応じず、手の甲に口づけした。ついでにぺろりと舌を這わせる。

「やっ」

 コンビニ女は照れたような、感じたような声をだす。この口づけは、おれなりのめしのお礼っていうやつ。おれは女の手から口を離すと、背中をむけた。もときた道を戻って路地を抜ける。

 通りにでると日はまだ高く、雑音がうるさかった。フィルターだかバリアーだかが、とたんに消えた。

 口には菓子パンのクリームの甘さよりも、汗ばんだ女の手の塩からさが残っていた。


 そのままぶらぶらそのへんで時間をつぶしているうちに夜になった。

 日が完全に落ちてから、おれはふたたびマユリの部屋にむかった。時刻はたぶん十九時くらい。ぼろくさいアパートの階段を二階にあがる。部屋のまえにつくと目玉つきのドアを叩いた。反応がない。なかには人の気配もなかった。まだバイトから帰ってきていないのだろうか。だが、時間的にはそろそろ帰宅してくるころだ。ドアにもたれてマユリの帰りを待つことにした。

 数十分ほど待っていただろうか。ようやくアパートの階段をあがってくる音がきこえてきた。暑さでぐったりとして座りこんでいたおれが顔をあげて首をめぐらすと、マユリの姿が見えた。

 マユリもすぐにおれの存在に気づいたようだ。

「あっ」

 疲れてへとへとだった顔が急に明るいものに変わる。小走りになり、一目散におれのまえまでやってきた。

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