6
女は、一、二分で路地に戻ってきた。周囲を警戒しながらこっそりとドアを抜けてくる。手には菓子パン。どうやらわざわざ、おれのために買ってきたらしい。
「これ、たべて」
おれにしかきこえないほどのちいさな声でいう。こいつも心を見透かす天才だろうか。おれの腹はすでにたべものを受けつける体勢になっている。
あいさつもそこそこのまま初対面の女にくいものをめぐんでもらうというのは、どうにもプライドがゆるさないが、そんなこともいっていられない。欲のほうが先に立つ。
おれは逃走を中止し、踵を返す。女のほうにむかって歩いた。
無言のまま女の手からパンをぶんどると、三口ほどで平らげた。甘ったるいクリームが口いっぱいに広がって頬の内側がぴりぴりした。
「ははっ」
あきれたみたいに女が笑う。おれのくいっぷりに驚いたのだろう。そんなにあわてなくても、誰もとらないよ。そんなふうにいいたげだ。
笑いながら女はその場に腰をおろした。従業員口のドアのまえがコンクリートで一段高くなっている。クリームのついた指を舐めながら、おれは女をにらみつけた。目のまえのコンビニ女は胸がでかい。笑うとネームプレートごと上下に揺れる。コンビニの制服のうえにつけられたバッジのプレートに名前が書いてあった。日野葉留香。漢字が読めない。
「私ね」
名前のわからないコンビニ店員の女が暗く退屈そうに口をひらく。
「去年、こっちにでてきたけど、友達ができなくて」
ふーんすらもでてこないほど返事に困る。マユリといい、この女といい、どうして女はどいつもこいつもおれに身のうえ話をしたがるのだろうか。
そういえば以前マユリはこんなせりふをいっていた。ダンちゃんにはなんでも話したくなる。そういうところがおれの不思議な魅力なんだと。だが、そんなことをいわれたところで、はっきりいってそんな魅力はおれからすれば願いさげ。必要ないし、たとえそれに気づいたところで無視してくれ。心の底から、そう思う。
だが、この場合は、ちょっと事情が違う気がした。いちおうめしの礼くらいには話をきいてやらなければいけないのかもしれない。おれはもしかしてお人よしなのだろうか。
「それでね」
おれが話をきく体勢になった空気は女にもつたわったようだ。おれが返事をしていないのに、コンビニ店員の女は一方的に話を続けた。
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