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それからしばらく時間がたった。どうやらおれはゴミにばかり気をとられてしまっていたようだ。そのため周囲への警戒をおこたってしまっていた。だからポリバケツわきの従業員口がひらいたことに、すぐに気づかなかった。
「あっ」
頭上で声がした。だしぬけだった。おれはあせった。キャッツアイの瞳が首のうしろにあるからだろうか。顔をあげなくてもわかる。すぐそばに気配を感じる。誰かがいる。
やばい。そう思った。おれは顔をあげず、とっさにポリバケツを蹴り飛ばした。
「きゃっ」
声がきこえる。どうやらでてきたのは、店長のおやじではなく女の従業員だったらしい。アルバイトかなにかだろう。
予定ではポリバケツがその場でぶちまけられるはずだった。しかし、予定ははずれた。残念ながらポリバケツは倒れない。わずかに奥に動いただけで直立不動の姿勢をとっている。
おれは踵を返した。走りだそうとして地面を蹴った。一歩を踏みだす。そのとたんだった。
「待って」
うしろの女が叫んだ。さすが接客業のコンビニ店員。声がでかい。路地にはほかに誰もいないはずだから、おそらく言葉はおれにむかっているのだろう。それにしても泥棒に待ってなんていうやつが、どこの世界にいるというのだ。
わけがわからなかったが、おれは首をめぐらした。身体だけはいつでも走りだせるように女に背中をむけている。顔だけをうしろにむけた。前傾姿勢からななめうえの前方にある女を見つめた。目があった。女はにこっと笑っている。
ミディアムくらいの茶色い髪。背はマユリよりもすこし高いだろうか。目も鼻も口もパーツにあまり主張がない。まる顔で、どこか垢抜けない感じ。もっといえば退屈そうで頭が弱そう。年齢は二十歳そこそこだろうか。田舎からでてきた大学生といった雰囲気だった。
上空の雲が動いて路地に光がさしこんだ。おれの首のうしろにかかったペンダントトップが光を透かして地面で黄色い影になった。その影がおれの視界の端にちらとうつった。
「あ、きれい」
数メートル離れた先で頭の弱そうなコンビニ女がつぶやいた。おれはじっとやつの目を見る。おれではなく、首にかかったキャッツアイの瞳を見ながら女がいう。
「あの」
どうやら魅了されたらしい。おれを店長だか警察だかにつきだすつもりはないようだ。女はふわふわした声でたずねてくる。
「ちょっと待ってて」
そういって小走りにドアをくぐり路地から消える。静寂のなか、妙に張りつめた空気とクリソベリルの影とおれだけが残った。
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