5

 まあ、いいや。

 そう思いながら、ゆで卵をもう一口。ふかふかした黄身ごとかじる。

 マユリは料理をすでにつくり終えたのだろうか、おれの首にチョーカーを引っかけたあともキッチンに戻ろうとせず、こちらをじっと見つめていた。不思議に思っておれは首をぐいと伸ばす。マユリの奥のキッチンをのぞきこむ。

「ああ、料理」

 心を見透かす女がいった。

「できたなら、くわねーの」

 そういった目でおれはふたたびマユリを見つめる。マユリは曖昧あいまいに笑ってごまかす。どこかそわそわしているようす。おれが不思議に思っていると、とつぜんケータイが鳴った。この着信音は、おれのものではない。というか、そもそも、おれはケータイを持っていない。マユリのものであることは間違いなかった。

「あっ」

 マユリがソファを立ちあがる。跳ねるように動きが軽やか。パイル地のショートパンツの尻ポケットからケータイを抜いた。

「はい。もしもし」

 ひとことふたこと、単語だけの会話を始める。うん、うん、わかった、はい、待ってる。なんともあっさり通話終了。

 ケータイ電話を手にしたまま、再度おれのまえにしゃがみこんだ。

「ごめん。彼くる」

 おれはマユリの奥にのぞくキッチンにちらと目をやった。手のこんだ料理がふたりぶん用意されてならんでいる。

 なるほどな。そういうことか。

 もうしわけなさそうなマユリの顔からは「さっさと帰れ」という無言の圧力を感じた。おれは卵の残りを口に押しこむと無言でソファを立ちあがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る