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「はい。ダンちゃん、どうぞ」

 五分か十分かたったころだろうか。おれがソファで身体を伸ばしてくつろいでいると、キッチンからマユリが小走りにやってきた。手には卵。殻はすでにむかれている。楕円形の真っ白なゆで卵は宝石のかたちをした消しゴムみたいな質感だ。とりあえずといった感じでゆでたのだろうか。おれはしぶしぶ身体を起こした。

「ダンちゃん、よっぽどおなかすいてるって顔してるもんね」

 こいつはおれの心が見えるのだろうか。制作中の料理とは別ラインで、わざわざいそいでゆでたらしい。おれはマユリの手から、殻のむかれたゆで卵を受けとった。ちょうどたべごろの温度。指で押して卵の硬さをたしかめる。

「ふふっ」

 そんなおれの姿を見てマユリが笑った。

「大丈夫だよ。ちゃんとなかまで硬くしておいた。ダンちゃんの好きなハードボイルドだよ。安心して」

 そういってピストルのかたちをつくった指を自分のあごに持ってくる。どうやら探偵のモノマネらしい。かたゆで卵か。くだらない。

 マユリは出会ったばかりのころ、おれが半熟卵をまずいといって吐きだしてやったことをしっかり覚えているようだ。はっきりいって、あんなものはとてもくえたもんじゃない。どろどろの卵黄はくいごたえがないうえに、獣のにおいがする。おれはかたゆで卵の頭をかじって頬ばった。

「あっ、そうそう」

 よくしゃべる女は思いだしたようにいった。ソファのまえから立ちあがる。

「ダンちゃんがきたらわたそうと思っていたものがあるの」

 そういってソファ背面にあるクローゼットをあける。木製の扉がアコーディオンのように折りたたまれまんなかから左右にひらく。壁一面が収納スペースになっているマユリ自慢の物置だ。

 首をめぐらし、おれはクローゼットをあさるマユリの背中に目をやった。部屋着のキャミソールからのぞく華奢な背骨と肩甲骨。腕をあげたときにちらとのぞく脇はむだ毛の処理跡がわずかに赤い。冷房をいれていてもクローゼットは蒸すのだろう。マユリの白い肌はうっすらと汗ばんでいて、さわれば貼りついてしまいそうな質感だった。

 おれは卵をくいながら、マユリの筋肉の動きをしばし観察した。べつになにをしようってわけじゃない。おれはただただ、見るだけだ。

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