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 マユリのアパートは玄関をあがってすぐにキッチンがある。その先はガラス戸で仕切られたフローリングの六畳だ。生活するための空間はすくないが、そのぶん収納スペースを広くとってあるので便利なんだと初めてこの部屋にきたときにマユリにきかされた。なぜか女はどいつもこいつもおれに日々の話をやたらとしたがる。一説によると、女は一日に三万語をしゃべらないと発狂するのだそうだ。

 なんだかなあ。男にはまるでわからない感覚だ。

 マユリがいうには、この部屋は一面の壁がまるまる収納スペースになっているそうだ。ウォークインクローゼットとまではいかないが、軽自動車一台くらいなららくらく収納できる広さがある。マユリはその広いスペースの収納に日々の生活用品をすべて押しこんで暮らしている。そのおかげで、部屋が散らからずにすむのだそうだ。

 まあ、どうでもいいけどね。

 そんなふうに思いながらおれはマユリのあとをついて歩いた。キッチンのコンロにちらと目をやる。鍋が火にかかり、もくもく湯気を立たせている。作業台には、ふたりぶんの皿が用意されていた。

「ふっ」

 鼻で笑ってしまう。

 もうきてくれないかと思っていた、そんなせりふをいうわりに、フリーターのこの女はきっちり食事を用意して待っていたらしい。

「ねえ、ダンちゃん」

 ガラス戸をあけるとこちらを振りむきマユリがいった。

「おなかすいてるんでしょ、どうせ」

 もうすこしでできるから、部屋で待っていろという意味だろう。それだけいうと、自分はさっさときびすを返しキッチンに戻っていく。

 どうせで、悪かったな。

 見透かされたみたいで悔しいが、マユリの推理は間違っていない。うなずくだけにとどまって、キッチンに戻るマユリとすれ違う。ひとりで奥の部屋のスペースにむかった。

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