どんどん日が落ちていく街のなかを、僕は家に向かって歩いた。夕日が眩しくてうつむいて歩く。目を閉じても瞼を通過して見えるオレンジ。眩しくて眩しくて、前が見えない。ぎゅっと目をつぶると涙が一つ零れ落ちた。

 頬にあたるかすかな風はとても冷たいのに、頬をつたい落ちていく涙はとても熱かった。


 ——「それはない!」


 だよね。


 ——「男同士とかきもいだろ!」


 やっぱりそうだよね。


 返ってくる言葉はわかっていたのに、なんで言っちゃったんだろう。今さら後悔したところで遅いのはわかっていても、数分前の自分を恨まずにはいられなかった。

 ずっと言わないでいようと思っていたのに。ずっと幼馴染のままでいようと思っていたのに。ずっと、この気持ちは隠していようと思っていたのに…。

 オレンジの街はどんどん青黒さを帯びていく。それとともに心が冷静さを取り戻していくのを感じた。

 「…帰りたくないな」

 こんな赤い目で帰ったら母さんが心配する。何があったか聞かれるだろう。それだけはどうしても避けたい。

 僕は人通りのない路地に入り、近所にある神社へと向かうことにした。

 

 神社は山へと入る途中の、少し小高いところにある。街の景色が一望できる穴場のスポットだということは、近所の人たちにすらあまり知られていないことだった。

 参拝客などほとんど訪れない寂れたその神社は、夕暮れ時の不気味な静寂に包まれており、まさに「侵すべからざる神域」という雰囲気を醸し出していた。

 鳥居をくぐり境内を見回す。久しぶりに来たけれど、相変わらず人が入った様子はなかった。枯葉を払って石段に腰を下ろした。

 僕はこの神社が好きだった。昔、しゅんとここで「秘密基地ごっこ」をしたことがある。兄さんとぽつぽつと増える街の灯りをかぞえたこともある。

 しゅんも兄さんも、そんな些細な過去の日のことなどもう憶えていないかもしれないけれど、僕にとっては大切な思い出の一つだった。


 ——しゅんとはもう、今までの関係ではいられないだろうな。


 さっきのやりとりが頭を駆け巡る。しゅんの言葉が何度も胸を刺す。眼下に広がる街の灯りがまた滲みだす。


 しゅんは僕を気持ち悪いやつだと思っただろう。嫌いになったかもしれない。もしかしたら離れていくかもしれない。


 何年も続いてきた関係を、何年も隠してきた想いを、たった数分で壊してしまった。しかも自分から。

 もう前みたいな「友達」ではいられない。たとえしゅんが今までどおりに接してくれても、僕はきっと応えられない。きっと、耐えられない。

 

 終わりはいつもあっけない。あとには何も残らない。

 それまで確かにあったはずのものが、全部消え失せてしまう。


 兄さんの時もそうだった。

 兄さんは何も言わずにいなくなってしまった。前の日までいつもどおりだったのに。本当に突然いなくなってしまった。


 暗闇と静寂のなかで、一人膝を抱え声を殺して泣いた。熱い吐息が凍てついた外気に溶けていくのを感じた。

 こんなに泣いたのは5年前のあの時以来だ。

 今回はちゃんと「後悔」ができてよかった。

 

 涙が落ちていくたび、心のなかの大切にしていた感情が、一つ、ひとつと色を失っていった。

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いろいろな色 緒結 @omusubi-kololing

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