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俺の失言の後もゆうは普段どおりを装い、他愛のない話をしていた。でも、俺にはゆうが心配をかけまいと、寂しさを気取られまいと振る舞っていることがわかった。ゆうはいつも自分より相手を気遣う。
しばらくするとゆうの家に着いた。いつもならおばさんが出迎えてくれるが、今日はいないようだった。
「母さん買い物に行ってるみたい。先に僕の部屋行ってて」
ゆうは書き置きのメモを見ながら言った。ゆうの家には小さい頃から来ていたから、我が家のように勝手を知っていた。
俺は返事をし、階段を上がってゆうの部屋へ向かった。向かって正面にはけいさんの部屋がある。ドアはぴたりと閉じられていて中の様子はわからないけど、きっとけいさんがいなくなった5年前と、なにも変わらずにあるんじゃないかと思う。
小学生の頃に見たけいさんの部屋は、とても質素だった記憶がある。けいさんはいつもドアを開けたまま勉強をしていて、俺たちがゆうの部屋で騒いでいても怒ったりすることは一度もなかった。目が合うといつも優しく微笑みかけてくれる人だった。
——けいさんは今、どこで、なにをしているんだろうか。
「どうしたの?」
飲み物を持って階段を上がってきたゆうに後ろから声をかけられた。俺はその声で一気に現実に引き戻された。
「あ、いや、なんでもない」
「ドア開けてくれる?両手ふさがってるから」
俺たちはゆうの部屋に入った。ゆうの部屋は昔から変わらない。
小説やマンガがいっぱい詰まった本棚があり、よくわからないゆるキャラのぬいぐるみがあり、あるべきところにあるべきものが収まった、いかにもゆうらしい部屋だ。
机の上の写真立てには、ゆうが小学生の頃に撮った家族写真が入っていた。
「はいこれ。続きのマンガね。読み終わらなかったら持って帰っていいから」
「ん、さんきゅ」
「…元気ないね。ひろくんに断られたからって、そんなに落ち込まなくてもいいじゃん」
ゆうはちゃかすように笑って言った。
「ちっげーよ!ひろのことなんてどーでもいいもんねー!」
「すぐいじけるんだから」
ゆうは帰り道の出来事をもう気にしていないみたいだった。俺はちょっと安心しつつマンガを読み始めた。
*****
日が暮れ始めた頃、おばさんが買い物から帰ってきた。夕食を食べていくように勧められたが、今日はやめておいた。いつもいつもお世話になるのは、さすがに申し訳ないという気持ちがあったからだ。
「じゃあ俺帰るわ。マンガ借りてくな」
「うん。あ、送るよ」
「いいって、女子じゃないんだし」
「僕が送りたいだけだから。遠慮しなくていいよ」
ゆうは変なところ頑固だ。結局、途中にある公園まで送ってくれることになった。
その公園は、俺たちが小さい頃よく遊んでいた公園だった。高校生になった今では、通りかかるくらいになったが。
夕方の空は青黒さとオレンジの間でグラデーションして、街全体をオレンジに染めていた。さすがに冷え込んできていた。俺は寒さに耐えきれずに叫んだ。
「さっみーな!いつになったらあったかくなるんだ?」
「明日は今日よりは暖かくなるらしいよ。予報では」
「まじか!早く夏になんねーかな~」
俺は手を合わせて息を吹きかけた。指はかじかんで少し赤くなっていた。
公園に着き、俺はゆうに「ここまででいいよ」と言い、ゆうと別れようとした。するとゆうが「あのさ、」と話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「僕、さ…」
ゆうはうつむいて黙り込んだ。その様子に俺はただならぬ気配を感じた。
「え、どうした?具合悪いのか?」
「いや、ちがっ、くて…そうじゃないけど…」
ゆうはそれきり黙り込んだ。煮え切らない態度のゆうに、寒さのせいもあって俺はいらつき始めた。ゆうはなにか葛藤しているように下を向いていた。
「なんだよ、さみーんだし早く言えよ」
俺が急かすと、ゆうは困ったような顔をしてぼそりと言った。
「……す、き…なん、だよね…」
「……………………………は?」
スキ…?すきって…好き?
「だ、誰が?…誰を?」
俺は理解できずに問い返した。ゆうは俺の目を見て、今度ははっきりと言った。
「しゅんのこと、前から好きなんだよね」
ゆうはそれだけ言うと、またうつむいた。ゆうが、俺を、好き…?
……あぁ、そういうことか。俺は納得して笑った。
「なんだー?いまさら。俺もだよ」
「…え?」
「当たり前だろー?嫌いなやつと長く友達やってるわけねーじゃん!」
「……ちがうよ。そういう意味じゃない」
「はあ?じゃあなんだよ」
「恋愛、対象として…だよ」
「……はあっ?いやいやいやいや!ないないない!それはない!」
俺は脊髄反射的に言葉を発していた。まったくなにも考えていなかった。
「男同士とかきもいだろ!いきなりどうしたお前!キャラじゃないぞ!」
俺はゆうが突然かましてきた冗談に笑って、ゆうの顔を覗き込んだ。
「……だよね。ごめん、忘れていいから。……帰るね」
軽く笑ったゆうはそれだけ言うと、背を向けて来た道を歩き出した。
俺はその時、確かに見ていた。気づいていた。ゆうの笑顔が心からのものではないことに。寂しさを隠した笑顔だったことに。
でも、俺はゆうを追いかけて謝ることはしなかった。だって、その時は本当に冗談だと思っていたから。俺はゆうの背中を見送ることもせずに家へと帰った。
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