十四本目 『ポケモンGO』謎のオブジェの足元にて

 2020年1月某日、夕刻。


「いやー、ありがとうね権俵さん!」


「いえいえ、喜んでいただけてよかったです」


 さて、これで今日のアポはすべて終わりだ。ちょっと早いが、直帰の許可がおりているので気兼ねなく寄り道ができるぞ。……17時10分。うん、まだ間に合いそうだ。


「そうだ、せっかくだし中でお茶でもどうよ?」


「えっ? いえいえ。そういうわけには……」


「そんな遠慮せんと~。な~?」


 いや、遠慮しているわけではないのだが。


「こないだ親戚から最中をもらってね。これ、甘さ控えめだから食べやすいんだよ~」


「いや~、あの~……」


「……ん? あれ? もしかして何か用事あった?」


「……ええ、実は」


「も~、それなら早く言ってよ! はい、さっさと帰った帰った! またね!」


「本当にすみません……。それでは、また来週伺いますので」


「はいよ!」


※ ※ ※


「察しのいい方で助かった」


 とはいえ、思っていたよりは時間に余裕が無くなった。足早に目的地へと向かおう。


「ええと……確か、そこのおもちゃ屋の角を曲がって……」


 スマホに表示された地図に従って歩いていくと、どんどん住宅密集地帯の中へと入り込んでいってしまう。一体、こんなところに何があるのかと言えば……実は、何も無いのだ。


「ここか」


 到着したのは、児童公園の中央に立てられた、グネグネと天に向かって伸びる鉄製のオブジェ。前衛的である。これを誰が作ったのか、これで何を表現しようとしたのか、そんなことは何も知らない。いや、知る必要がない。前述したように、オブジェ「そのもの」に対しては何の目的も持っていないのだ。


「開始5分前か。なんとか間に合ったな」


 よくよく周囲を見ると、他にも数名、スマホに視線を落とした人々が立っている。約束の時間が近づくにつれ、更にぞろぞろと人が集まってきて、最終的には30名近くになった。老若男女様々で、パッと見には共通点は無さそうに思える。こんな何も無いところに、一体なんだというのか。事情を知らない人が見れば、とにかく不思議な光景だろう。


「確かに何も無い。現実世界には」


 地図が表示されたスマホに目を向けると、そこにはピカチュウやニャース、コイキングといったポケモンたちが、大きな灰色のタマゴを頂きに掲げるポケモンジムの周りで可愛らしく動いていた。


 『ポケモンGO』である。


 自分はポケモン世代ではなかったが、どうせ営業で各地を回るのであれば何か楽しみがあった方がいいだろう……という理由で始めたのだが、存外ハマってしまった。


(あと10……9……8……)


 タマゴの上に表示された数値が減るのに合わせて、心の中でカウントダウンをする。


(3……2……1……0!)


 と同時にタマゴがまばゆい光を放ち、中から産まれたのは。


「おおっ、ミュウツー!」


 言わずもがな伝説のポケモンである。そう、今日ここへ来たのはこのためなのだ。実は一週間ほど前に、特別なポケモンと戦える「EXレイドパス」が運営から送られてきており、それが行われるのが今日この場所、この時間だったのだ。


「早速バトルだ」


 ミュウツーをタップし、レイドバトルへ参加表明をする。


(よし、大人数のグループに入れたぞ)


 バトルは最大で20人同時に協力プレイができるが、その枠は早いもの勝ちである。そのため、今回のように30人ほど参加者がいる場合は20人と10人に分かれてしまう。当然、人数が多いほうが有利なわけで、多数チームに入れたのはラッキーということになる。バトルが始まり、巨大なミュウツーを大勢のポケモンたちが取り囲む。


「これはさすがに楽勝だな」


 本来なら、どのポケモンをぶつけるかを考えたり、相手の攻撃をタイミングよく避けたりといった戦略やテクニックが存在するのだが、この人数で襲いかかると、もはやタップ連打だけで事足りてしまう。ものの数十秒で、あっさりとミュウツーは倒れてしまった。しかし、本番はここからだ。


 従来のポケモンとポケモンGOとの大きな違いは、バトルとGETのパートが分かれていることだ。ポケモンGOでは、一度ポケモンを倒したあとで改めてモンスターボールを投げるのである。


「まずは長押し……」


 画面をタップすると、ミュウツーを中心に"円"が広がった。その円はタップし続けることで縮小し、一定の小ささになると、また元の大きさに戻った。この円の中にボールを当てるとGET率が上がり、さらに円が小さければ小さいほどその確率は高くなる。


「狙うは最高確率の"excellent!"だ」


 円が最も小さくなったところで一度画面から指を離す。こうすることで、次にタップするまで円の大きさを保存することができるのだ。


「さあ、我慢比べだ」


 今回、自分が所属する青チームが使えるボールは10球。ジッと待ち、ミュウツーの動きを観察する。せわしなくピョンピョンと跳ねている間は、とても狙いがつけにくい。かと言って何も考えずにボールを投げてもパンチで叩き落されてしまうだろう。


「まだだ……まだ我慢しろ……」


 ミュウツーが隙を見せる瞬間を待つ。待ち続ける。


「うう……」


 何が辛いって、屋外ゆえの寒さである。ああ、自宅の近くでやってくれれば部屋の中から参加できるのにな……等とポケモンGOのコンセプト自体を揺るがす発想が頭をよぎる。……と、ミュウツーが動いた。


「……きたっ!」


 ミュウツーのパンチに合わせて画面をタップし、グルグルと指で円を描く。こうすることでカーブボールとなり、当てるのは難しくなるが捕獲率はさらに上がる。そしてパンチの動作が終わった瞬間を見計らい……。


「今だ!」


 発射角、左斜め上45度。ボールは狙い通りのカーブを描き、ミュウツーの頭に重なった極小の円に見事命中した。


"excellent!"


「よしっ」


 グラリ、とミュウツーを吸い込んだボールが揺れる。グラリ。二回。あと一回……のところで、勢いよくミュウツーがボールから飛び出した。

 

「あっ、金ズリ投げるの忘れてた……」

 

 金ズリとは、捕獲率を大幅に上げる「金のズリの実」のことである。伝説ポケモンを捕まえるための必需品であるが、それゆえ貴重なので普段はあまり使われず、肝心な時に忘れがちである。


「もう一度……」


 金ズリを投げ、改めてチャンスを待つ。数十秒後、再びパンチの挙動が見えた。


「今だ!」


 命中……が、今度は一度もボールが揺れることなくミュウツーは脱出を果たした。いくら捕獲率を上げても、最後は運頼みである。ポケモントレーナーに出来るのは、与えられたボールの数だけ全力を尽くすことだけである。


※ ※ ※


「……今だ!」


"excellent!"


 グラリ。一度……二度……そして……三度! カチリと軽快な音が鳴り、ついにミュウツーはボールに納まった。


「8球目か、危なかった……」


 なんとかGETに成功してスマホから顔を上げると、同じくやることを終えた人々が散り散りに帰っていくのが見えた。普段はなんの接点もないポケモントレーナーたちが、共通の目的を持った時にだけ集まり、またこうしてそれぞれの暮らしへと戻っていく。ポケモンGOをプレイしていない人からすれば、一体我々が何のために集まっているのか傍目にはさっぱり分からないだろう。そういう秘密結社めいたところが、なんだかワクワクするじゃないか。さて、自分もそろそろ帰ろうか。


「あ~! もう人いない~!」


 なんだなんだ。声のする方に目をやると、一組の男女が息を切らせながらやってくるのが見えた。


「だから言うたやろ、レイドバトルは出遅れたら参加でけへんって」


「え~、やっとミュウツーGETできると思ったのに~!」


「……待ち合せに遅れたの、誰やったっけ?」


「うう……でもでも~、女の子は支度に時間がかかるんだよ~」


 カップルでポケモンGOを遊んでいるのだろうか。彼氏の方が背は高いが、童顔でまだ高校生くらいに見える。女の子は少し頼りないお姉さんといったところか。


「まあ、そのうちまたチャンスあるって」


「せっかくの……せっかくのEXレイドパスがぁ~」


「あのう……」


 なんだか見ていられなくなって、つい声をかけてしまった。


「もしよければ、ミュウツー交換しましょうか?」


「えっ!?」


 女の子が目をまんまるにして驚いている。


「いや、伝説ポケモンですよ? さすがにそれはちょっと……」 


 間に入ってきた彼氏はそう言うのだが、私としては別に構わない。


「いいんですよ。このミュウツー2匹目なので」


「えっ」


「お~! おじさん、やり込んでるね~」


※ ※ ※


「ミュウツーきた~!」


「ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして」


 喜んでもらえたようで良かった。さて、今度こそ帰ろうか。


「あっ!」


 急に彼女が叫んだ。どうした、交換したポケモンが何かおかしかったか?


「そこにカモネギいる~! アメ欲しいからGETしなきゃ~!」


 カモネギ? いくら捕まえてアメを集めたところで進化はしないはずだが。


「あー、えっとですね……」


 困惑していると、彼氏が説明に入った。


「新作の『ソード・シールド』でカモネギが初めて進化するんですよ。ネギガナイトっていうんですけど」


「とは言っても、ポケモンGOにはまだ……」


「ええ、実装されるのは当分先やと思うんですけど、どうも待ちきれへんらしくて……」


 と、彼氏が苦笑いをした。


「ほら~! 一緒に捕まえよ~!」


「はいはい。……ほな俺、行きますね。どうもありがとうございました」


「いやいや。ポケモン生活、楽しんでください」


 駆けていく彼氏が肩から下げた鞄には、年季の入ったカモネギのキーホルダーがぶら下がっていた。


「仲のいいことだ」


 さて、今度こそ自分も帰ろうか。……と、その前に、さっきのおもちゃ屋に寄り道だ。


「ソードとシールド、どっちにするかな」


 カモネギの進化した姿が妙に気になる2020年であった。


-おわり-


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ポケモンプレイヤーを題材にした作品を書いておりますので、お時間ありましたらこちらもよろしくお願いいたします。


『お父さんのフシギダネ』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893903072

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