十三本目 『テトリス』児童公園のフリーマーケットにて
「うぅ~ん……!」
スーツを気にしつつ、目いっぱいの伸びをする。
実にいい気持ちだ。
午前中の外回りが思いのほか上手くいったということもあるが、何より、初夏の暖かい日差しと爽やかな風が心地良い。住宅街のど真ん中を歩いているということもあり、車のやかましいエンジン音もなく、耳に届くのは揺れる木々の葉が奏でるサワサワという耳障りの良い環境音だけである。
「たまにはアウトドアもいいもんだな」
木漏れ日を見上げ、目を細めながら言った。
……しかし、この程度でアウトドア気分に浸ってしまうあたり、自身の運動不足を痛感する。
「……ん?」
歩いていると、少しずつ環境音に混じって人の声が聞こえてきた。どうやら、前方に見える児童公園からのようだ。
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「おっ」
人気につられて公園を覗いてみると、遊具の無い奥の広場にたくさんの人だかりが見えた。地面に幾つも敷かれたカラフルなレジャーシートの上には様々な雑貨。日除けのパラソルの下には、40代から60代ぐらいのおじさまやおばさまたち。なるほど、確かに屋外でフリーマーケットを開くには良い季節だ。
「せっかくだし、ちょっと見ていくか」
実は、フリーマーケットを覗くのは割と好きだ。売られている物に持ち主の使用感が残っていて、当時を偲ばせるあたりがレトロゲーム趣味とどこか共通するものがあるのだろう。
「うーむ……とは言っても、意外と懐かしさを感じさせるものはないな」
出店している人のうち七割ほどが専業主婦のおばさまたちである。並べてある商品も使い古した衣服や手作りの小物が中心で、個人的にそそるものがあまりない。
とはいえ、まだ見ていない店の数は多い。根気よく順番に回っていく。
……すると。
「おお……」
ある店に目が留まった。
そこを仕切っていたのは、60代のお爺さん。並べてある原色だらけの玩具たちは、おそらく独り立ちした息子さんが子供の頃に遊んでいたものだろう。戦隊物の超合金ロボットやら、怪獣のソフビやら。どうやら世代的に私と近いらしく、ようやく郷愁を感じるラインナップに出会うことができた。
そして、その中で特に目を惹いたのが。
「うわ、初代ゲームボーイだ。なっつかしいなぁ」
そして、でかいなぁ。
元々は真っ白だった本体の色はすっかり黄ばみ、持ち上げてみると単三電池四本分を内蔵した重量がグッと手首にのしかかった。そうか、ゲームボーイとはこんなに貫禄があるゲーム機だったか。すっかり忘れてしまっていたぞ。
「それ、まだ動くよ」
「えっ? ホントですか?」
言われて思わずそう尋ねたが、よく考えれば動かないものを売っていてはいかんだろう。お爺さんに促されるまま電源に手をかける……と、その前に本体を裏返し、半分だけ顔を覗かせているセットされたカセットを確認する。有名なタイトルであれば、パッケージイラストの半分だけでも判別できるはずだ。
「なるほど『テトリス』か、定番だな」
改めて電源を入れる。
黄緑色の液晶画面に一瞬ノイズが走り……かなり色素の薄くなった「Nintendo」ロゴが、STN液晶特有のブレを伴って画面上部から降りてきた。このままでは遊びづらいと、側面のコントラスト調整ダイヤルをMAXにしてみると、なんとか見える濃さにはなった。
「このロシアっぽさ抜群の屋根をバックにした『TETRIS』の文字……うん、懐かしいな」
タイトル画面だけで、頭の奥底に仕舞われていた記憶が次々と蘇ってくる。
ああ、小学生時代、わざわざ自宅のガレージに友達みんなで集まってプレイしたな。そんなもの家の中で遊ぶのと一体何が違うのかと思うけれども、あの頃は、ただゲーム機が外に持ち出せるというだけで嬉しかったもんだ。そうそう、通信ケーブルを使った対戦も楽しかった。据え置きハードでは画面がテレビ一台しかなかったから、相手の画面が見えない対戦というのは本当にワクワクしたものだった。
と、そんな思い出たちが一瞬のうちに頭をよぎり、指は自然とスタートボタンを押していた。
「!?」
直後、その指が止まったのはBGMの選択画面。
「コロブチカじゃない……! 初期ver.じゃないか!」
権助はいたく感動した。ゲームボーイ版『テトリス』には初期・後期の二つのバージョンが存在し、後期版はTYPE-AのBGMがロシア民謡「コロブチカ」に差し替えられている。権助が当時遊んでいたのは初期ver.であったので、ますます懐かしさが助長されることになった。
「さて、ひさしぶりのテトリス、どこまで行けるかな」
両手の親指をグルグルと回して準備運動を終え、いよいよゲームスタート。
……が。
「……まぁ、そうだよな」
権助は苦笑した。
なんとなく気付いてはいたのだが……液晶画面の左右が結構な割合でライン抜けしており、映らなくなってしまっている。具体的に言うと、左端の1ラインと、画面右のNEXTミノがまったく見えない。
「ま、それはそれで」
風情がある……とは言わないが、一種の縛りプレイだと思えばそれもまた楽しいものだ。自分が左端に何を置いたか記憶しながら、瞬発力で次のブロックが見えた瞬間に配置場所を決める。緊張感はなかなかだ。
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「……っ! ……いけるか……ああっ!」
メエエエと山羊の鳴き声のようなSEと共に画面がブロックで埋まり、残念ながら10万点のロケットすら拝むことなくゲームオーバーを迎えてしまった。
……しかし、随分と遊んでしまったな、と店主のお爺さんの方を見てみると、うららかな日差しを浴びてうたたねを始めていた。
うーん、遊ばせてもらってこのまま帰るのも悪いな。
お爺さんの肩を軽くつつく。
「……ん~?」
「あの、このゲームいくらですか?」
「……あー、丸ごと300円」
「えっ? 安すぎないですか?」
「そんなもんじゃろ」
「そんなもんですか」
どうにもフリマの相場というものはよく分からないが、双方が納得できる金額なら問題はないだろう。
問題があるとすれば、午後からの営業にこのずしりと重いゲームボーイを持ち運ぶことになるというぐらいだ。
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「いやあ、いい買い物をしたな」
ホクホク顔でフリーマーケットを後にして仕事へと戻る。
「それにしても、久しぶりに遊んでもやはりテトリスは楽しいもんだな。……ん?」
何かが引っ掛かった。
茶色のビジネスバッグの底を漁り……ニンテンドー3DSを取り出して開いた。その画面には、見慣れた「ロシアっぽさ抜群の屋根」のアイコンがあった。
「あ……」
どうやら、以前にバーチャルコンソール版『テトリス』を購入していたことをすっかり忘れていたようだ。
ちなみに、お値段300円。
いやあ、いい買い物をしたな。
-おわり-
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