十二本目 『19XX』 正月明け、むかし通っていたゲームセンターにて

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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「それでは、本年もどうぞご贔屓に」


やたらに広い一階ロビーにて、得意先の担当者と新年の挨拶をかわすと、私は自動ドアをくぐって建物の外へ出た。


高層ビルの合間に、古くからの映画館やボウリング場が顔を出す。ビジネス街と繁華街の狭間に位置するこの街は、学生時代によく通っていた、私にとっての第二のふるさとだ。


「ふう……正直、まだ正月気分が抜けないな」


と、一息ついた私の頬を冷たい外気が撫でたが、強く照り付ける日差しのおかげか、寒さはあまり感じない。一月にしては穏やかな気候と言える。やはり、地球温暖化が着々と進行しているということだろうか。


「こりゃ、『アルティミットエコロジー』の世界も近いかもな」


そんなことを考えている間に、前方から歩いてきた若いサラリーマンが私と入れ違いに自動ドアをくぐっていく。振り返れば、先ほど出てきたロビーには他にもたくさんのスーツ姿が見える。


「一月四日は、どこも似たような光景だな」


さて、新年の挨拶回りもこれで一段落だ。まだ陽は高いが、まあ、こんな日にガツガツと営業をしたところで大した成果は上がるまい。


「せっかく久しぶりにこの街に来たんだ。ちょっと散策していくか」


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「……ああ、ここもか」


と、携帯電話のショップを前に落胆する。


ここには、金の無い頃によくお世話になった食堂があった。ここだけではない。毎週同じ雑誌を買っていた本屋。有り余る時間を使って友人たちと駄弁っていた喫茶店。それらは皆、私の知らないうちに思い出の中だけの存在になっていた。


……いや、違うな。


いつしか私ですら通うのをやめ、「思い出の中だけの存在」にしてしまったからこそ、無くなってしまったのだ。


「店孝行、したい時に店は無し……か」


とぼとぼと歩いていると、左手に商店街の入り口が見えた。


「……あのゲーセン、まだあるのかな」


電子音の喧噪、友人たちの笑い声、クレジットを入れる時の身の引き締まる思い。ゆるんだスティックのボールをくりくりと締める手癖……古ぼけた商店街のアーチを見上げると、記憶の奥底に仕舞われていた90年代の感情が次々と掘り起こされてきた。このアーチの向こうには、それこそ毎日のように通っていたゲームセンターがある。


少なくとも二十年前には、あった。


「…………」


私の足は、自然と「そこ」へと向かっていた。


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「ま、そうだろうな……」


ゲームセンター不況が叫ばれて久しいが、やはりその店の姿は見当たらず、隣接していた牛丼チェーン店も巻き込んで、こ洒落た呑み屋へと形を変えていた。その汚れの無い真っ白な壁に貼られたチラシの「OPEN記念割引」の文字を目にすると、ますます「もう少し早く訪れるべきだった」という、詮無い後悔が沸き上がってくる。


「弔いの酒でも頼んでやりたいが、あいにく下戸だからな」


メニューを見ながらそんなことを呟いていると、ふと、壁にもう一枚……何やら手描きの地図の入った告知チラシが目に入った。


「ん? 移転のお知らせ……?」


『現在地』の文字のすぐ南、ここから斜向かいの位置に赤く塗りつぶされた長方形がある。その地図に従って振り向くと……そこに、見慣れた看板の掲げられたビルがあった。


”ゲームセンター・デトロイト”


「なんだ、意外としぶといじゃないか」


憎まれ口とは裏腹に、私の頬は緩んでいた。


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以前に比べて敷地面積こそ狭くなっていたが、フロア数は全三階から四階に増加しており、ゲーム筐体の総数自体はほとんど変わっていないようだった。むしろ、客の数で言えば多いぐらいだ。


おいおい、まだ正月明けだぞ。


ゲームセンターの数が減ったことで、一極集中が起きているのだろうか。


「しかし、やはり古いゲームが多いな」


ざっとラインナップを眺めてみるに、華やかなりし90年代の対戦格闘ゲームやシューティングゲームが中心だ。新作ビデオゲームの本数がめっきり減った近年は、こういう昔ながらのゲームセンターにとっては厳しい時代だと言える。


「とは言え、こうして青春時代に心血と小遣いを注いだゲームたちにまた会えたのは喜ばしいことだ」


と、私は一台の馴染み深いゲームの前に座った。


よう、久しぶりだな。


そのゲームは、カプコン、1996年『19XX -THE WAR AGAINST DESTINY-』。


猫も杓子も格闘ゲーム一色だった時代が終わり、各社がまた様々なジャンルに挑戦し始めた頃、六年ぶりに登場したシューティングゲーム・シリーズの新作であった。


後半までの緩やかな難易度曲線に加え、多すぎず速すぎず、視認性の高いピンク色の敵弾と、一度敵をロックオンすれば後は弾避けに集中できるマーカーミサイルシステムのとっつきやすさもあって、家庭用移植にこそ恵まれなかったものの、初心者から上級者まで幅広いプレイヤー層に楽しまれた名作だ。


「おっ、まだ1プレイ50円で頑張ってるのか。すごいな」


感心しながら財布から50円玉を取り出し、コインシューターへ落とそうとした……その時だった。


いきなり背後から声をかけられた。


「コレ、ワタシイッショニ、イイデスカア?」


驚いて振り返ると、私を大きな影が覆っていた。


身長190cm近くはあるだろうか。もじゃもじゃの金髪に青い目。おそらく二十代前半の白人男性が、立ったまま、にこやかに私の返答を待っていた。


このゲームを一緒にプレイしたい、ということだろうか?


突然のことに、私は思わず頷いてしまってからそう考えた。青年は「thanks!」と笑うと、隣の筐体からズズと丸椅子を引き摺って来て2P側に座った。


ううむ……これも成り行きだ。やるか。


二人でコインを投入し、まずは操作する機体を『ライトニング』『モスキート』『震電』の三種から選ぶ。


「ワタシ、『ライトニング』ネ」


青年は遠慮なく、さっさと自分の使いたい機体を選んだ。

続いて私が『モスキート』を選択する。


「『シンデン』ジャナインダ」


なんなんだ、別にいいだろう。モスキートの3WAYが一番攻撃力が高いんだぞ。などと口にする間もなくステージ1が始まる。


まずは緩やかに弧を描いて飛来する敵編隊を殲滅し、パワーアップアイテムを出現させる。本作のアイテムは、一定時間ごとに四連射・2WAY・貫通レーザーへと順番に変化するため、自機の得意武器へと変わったタイミングで取得することが重要だ。


……と、そんな私の意図が彼に通じているはずもなく。


「アイテム、イラナイノ? ジャア、モラッチャオ。Oh! レーザーショットネ!」


ライトニングに貫通レーザーを装備してはしゃぐ青年。さらに、敵の出現パターンなど知ったことか言わんばかりにそこらじゅうを無秩序に飛び回るおかげで、本来、わずかな操作で躱せるはずの自機狙いの敵弾が画面中に散らばり、流れ弾となって私たちを強襲した。


ああ、カオスだ。

無法地帯だ。

こうなってはもう、綿密に築き上げた攻略パターンなど無意味だ。

私のプランが音を立てて崩れ去っていく。


これはもはや……もはやこうなってしまっては……。


(うん、こうなってしまっては、もはや別のゲームとして楽しめるな)


そう割り切ってしまえば、これはこれで楽しいものだ。


何もストイックに一人でクリアやハイスコアを目指すだけがシューティングゲームの楽しみ方ではない。二人で時に協力し、時に妨害しながら、アドリブだけで進めていくのもまた、面白い。


なんだか、家庭用ハードにたくさんのシューティングゲームがあった子供の頃を思い出すな。


「イイチョウシデスネー」


私が左の敵を攻撃すれば、青年が右の敵を足止めする。青年が耐久力の高い中型機に集中砲火を浴びせていれば、私もそれに加勢する。一緒に空を飛び回っているうち、なんとなくだが連係プレイもできるようになっていた。どうやら、ゲームの中に国境は無いようだ。


とはいえ。


「Yes! 『亜也虎改』ゲキツイ!」


海の向こうの人と協力して日本の戦闘機を破壊して回るのは、若干気が引けないこともない……か?


「Oh! シマッタ」


ステージ2の中盤で、青年が一度目のミス。さすがに急造コンビでは限界があるか。


その後、なんとかステージ4まで到達したところで、ついに私の最後の一機が撃墜され、二人の戦争は終結した。


戦い終わって、自然とお互いの方を見た。


「アリガト! ニッポンノ、イイオモイデ、デキマシタ!」


と、差し出された手を握り返して「いや、こちらこそ」と答えた。


「ソレジャ、bye!」


そう言って手を振り立ち去る青年は、最後に一度だけ振り向いた。


「Happy new year!」


さて、今年もたっぷりゲームを楽しもうか。



-おわり-

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