十一本目 『モンスターハンタークロス』 帰宅途中の電車内にて

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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いわし雲の浮かぶ茜色の空の下、仕事帰りの私は馴染みのない駅で次発の電車を待っていた。


腕時計に視線を落として時刻を確認する。


「いつもより、三十分は早く帰れそうだな」


営業先からの直帰の許可が下りていたことに加え、たまたま目的地が自宅方面だったことも重なり、一足お先の帰路である。


それから五分と経たないうちに駅へと滑り込んできた電車に乗り込むと、私は悠々と座席を確保した。見回すと、全体の六割ほどしか座席が埋まっていない。


あと三十分も違えばサラリーマン達がどっと押し寄せる時間帯となり、こう簡単にはいかなかっただろう。


「ええと、路線図によれば……自宅の最寄り駅まで十六分といったところか。よし」


ビジネスバッグの奥に潜ませたNEWニンテンドー3DS LLと、音漏れ防止性能を重視して選んだイヤホンを取り出した私は、心の中で呟いた。


”ひと狩り、行くか”


そう、私が現在、移動時間も惜しんでプレイしているのは、今や国民的アクションゲームとなった『モンスターハンター』シリーズの最新作、『モンスターハンタークロス』である。


「ひと狩り行こうぜ」のキャッチコピーが有名なので、多人数で遊ぶパーティーゲームという印象が強いタイトルだが、もちろん一人でも楽しく遊ぶことができる。


むしろ、一人で難度の高いモンスターと対峙している時には「ああ、いかにもカプコン産の骨太アクションゲームだな」とさえ感じる。


(……おっと)


ガタコン、と車内が一度大きく揺れ、電車が出発した。車内でのゲームプレイにはすっかり慣れているため、多少の揺れは問題ない。


(電車はいいな。ゲームをしている間に目的地まで連れていってくれるものな)


コンティニューを選びゲームを再開、まずは拠点となる村でクエストを受注する。

さて、次に狩猟するモンスターは。


(ほう、ディノバルドか)


ディノバルドと言えば今回のパッケージイラストを飾る、いわゆる「メインモンスター」だ。刃のように鋭い尾っぽを地面に擦りつけて発熱させ、灼熱の一撃を繰り出してくる……と、発売前にゲーム雑誌で読んだ記憶がある。なんとも強そうだ。


(制限時間は50分か。初めて戦う相手だが……まぁ、15分もあれば倒せるだろう)


と、これまでの経験則から推測し、さっそく狩りへと踏み出した私であったが……最初の一歩目で、ある問題に気が付いた。


(しまった、食事を忘れた)


モンハンシリーズでは、狩りの前に食事を採ることで様々な恩恵を受けることができる。例えば今回であれば、火耐性の増加する食事を選んでいれば、ディノバルドの得意とする炎攻撃のダメージを減らせるというわけだ。


(ううむ……まぁ、よかろう)


予定通り15分で狩ったとして、降車時間ぎりぎりだ。ここで村に戻って時間を余計に使いたくはないので、このまま行くことにする。


戦いの舞台である「古代林<昼>」フィールドに降り立った私は、まず液晶ディスプレイ右側の3Dボリュームを少しだけ上げた。あまり上げると臨場感が出過ぎてモンスターと戦いにくくなるが、せっかくの立体視を使わないのも味気ないものだ。


(さて、ディノバルドはどこにいるのかな)


本体の右側に付いたスティックで、カメラをぐるりと回してモンスターを探す。


NEWニンテンドー3DSシリーズにて搭載されたこのスティック、動かしやすさで言えば以前の「拡張スライドパッド」に一歩譲るものの、ゴツい周辺機器を接続しなくてよくなったという点において、通勤電車内でのゲームを大いに遊びやすくしてくれた有難い機能である。


(お、いたな)


鬱蒼と茂った木々の隙間から、その黒い巨体が見え隠れしていた。近づこうとした瞬間、ディノバルドが私の気配に気が付いた。お互いに目が合い……ディノバルドが咆哮した。こちらも背中の太刀を抜き、戦闘態勢に入る。


(まずは懐に潜り込むか)


巨大な尻尾を使っての大振りな攻撃が主力だと予想し、それらが役に立たないであろう接近戦に持ち込む作戦を取ることにした……が、まるでその心理を読んでいたかのように、ディノバルドはいきなり口から火炎弾を吐き出してきた。


想定外の遠距離攻撃に吹き飛ばされるハンター。ダメージに加え火傷まで負ってしまった。仕方がない、ここはひとまず退避だ。


(やはり、初見の攻撃は対処が難しいな)


私が愛用している「ブシドースタイル」は、相手の攻撃が当たる直前に回避をすることで直ちに反撃に移れるのが長所だが、逆に言えば、これは相手がどんな攻撃をするか知っていなければ役に立たない代物だ。初めて戦う相手には少々相性が悪い。


(まずは態勢を立て直さねば……)


いったん隣のエリアへと逃げ込み、地面を転がって体に纏わりつく火を消した後、持ち込んだ回復薬を飲んで体力を回復する。それから再びディノバルドの居るエリアへと舞い戻る。


今度は、少し離れて相手の動きを観察することにした。


(なるほど、尻尾を使った攻撃と、口からの火炎弾がメインか。突進攻撃は少なめだから、狙うはやはり接近戦だな)


そんな結論を出しつつ遠くから眺めていると、突然ディノバルドが尻尾を地面に擦りつけ始めた。恐らく尻尾を回転させての攻撃だろうが、やけに擦りつけている時間が長い。これだけ予備動作が大きいということはそれなりの大技なのだろうが……まぁ、さすがにここまでは届かないだろう。


それが油断だった。


尻尾の回転と共に生じた衝撃波がエリアの半分を覆い尽くさんばかりに広がり、ハンターは再び吹き飛ばされた。さらにその威力も絶大で、一瞬にして体力の4分の3が消えてなくなった。加えて、ハンターの起き上がりを狙っての尻尾叩きつけが追い打ちをかける。


残る体力もすべて消し飛び、哀れハンターは担架でベースキャンプまで運ばれてしまった。


(これは……マズいぞ)


正直、思った以上に手強い。こんなことなら、もっとしっかり準備をしてくればよかった。などと言ってみても、すべて後の祭りである。


ふう、と一息ついたところで電車が駅についた。構内の柱に取りつけられたプレートを確認する。あと駅三つ、ちょうど半分か。相互乗り入れ駅ということもあり、どかどかとたくさんの人が乗り込んできた。


「だあ!」


大声を上げ、小学校低学年であろう男の子が隣の座席へと飛び込んできた。その隣に、まだ若い母親が座る。


「こら、暴れない」


母親の言葉に特に反応するでもなく、男の子は投げ出した足をぶらぶらと揺らしている。


「…………んー」


やはりというか、その視線は自然と私のNEWニンテンドー3DS LLへと向けられた。


(まぁ、子供というのはそういうものだ)


気にせずゲームを続行する。


改めてディノバルドの元へと向かい、被弾覚悟で接近戦を挑む。ダメージを受ける度に回復薬を飲み、また挑戦する。とにかくそれを繰り返すしかない。


(地面に尻尾を擦りつけているのは攻撃の前兆……口で尻尾を研いでいる間は無防備……)


戦いながら、少しずつディノバルドの動きを学習していく。


こうしてトライ&エラーを繰り返して攻略していく楽しさは、今も昔も変わらない。プレイヤー自身に知識とテクニックが蓄積されていく過程というものは実に快感だ。


……とはいえ、さすがに回復薬の手持ちが尽きそうだ。このままでは先に倒れるのはこちらだろう。


(ここは戦略上の撤退だ)


いったんディノバルドの居ない森の中へと逃げ込み、まじまじと周囲を見渡す。よく見ると、地面から植物が幾つも生えている。


(ここから薬草とアオキノコを採取して調合……よし、回復薬ができたぞ。これにハチミツを加えて回復薬グレートを作れば、まだ少しは戦えるな)


モンハンは「知識」のゲームである。


フィールドの特性を知り、アイテムの使い方を知り、そしてモンスターの生態を知ることが、ハンターとしての強さに繋がるのだ。


(よし、準備ができた。もう一度……)


「着いたー!」


突然、隣に座っていた男の子が叫んだ。


「静かにして」


と、母親が男の子を連れて降りていく。つられて駅名を見ると。


「あっ」


慌てて3DSの蓋を閉じ、私も降車した。


直後、扉が閉まり電車は次の駅へと去っていった。一体、いつの間に到着していたんだ。つい狩りに夢中になって乗り過ごすところだったぞ。


「しかし……中途半端だな」


思いのほかディノバルドに苦戦してしまい、随分と時間を食ってしまった。この後、帰宅前に週末の食材を買い込む予定なのだが、どうにもこのままでは気持ちが悪い。


私はガラスで仕切られたホームの休憩所へ入り込むと、壁沿いに並べられた椅子の一つに座って狩りを再開することにした。


「こいつだけは狩っておかないとな」


繰り返し接近戦を挑んだおかげで、さすがに動きのパターンも読めてきた。ここからさらに着実にダメージを与え続け、ついに。


「よし、足を引きずったな」


モンスターが足を引きずるのは、討伐寸前の証である。


このまま別のエリアへ逃げていくつもりだろうが、そうはいかない。ここぞとばかりに、本作から搭載された必殺の「狩技」を繰り出し……。


ついに、ディバルドは倒れた。

クエストクリアーの文字が画面を覆い尽くす。


「ふう……」


ひと狩り終えて、改めて腕時計を確認する。少々予定時間をオーバーしたが、まぁ、いつもより早めの帰宅時間であることに変わりはない。


と、思ったのもつかの間。


「……?」


狩りの終了直後、いきなり見たことの無いムービーが始まった。


「まさか……」


予感は的中した。ムービーが終わった後に流れ始めたのは、スタッフロール。


つまり、エンディングである。


「ああ……」


どうやら、いつも通りの帰宅時間になりそうだな……と諦めつつ、駅の休憩室で感慨深くエンディングを眺めるのだった。



-おわり-

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