十本目 『UFOあらかると2』 駅前のプライズ専門ゲームセンターにて

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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ガタン、ゴトンとリズムを刻む走行音。


身体を揺らす緩やかな振動。


暖かな春の日差しを受けながらの昼食後の電車は、まるで揺りかごのようだ。まぶたが次第に店じまいの準備を始める。


「いかん。これでは営業どころじゃあないぞ……」


危うく飛びそうになる意識をどうにか保ちつつ、とにかく一旦この揺りかごから離れねばと、何も考えず次の駅で飛び降りる。


まだ少し肌寒い外気を体に受けて、ようやく少し意識がはっきりしてきた。ふう、と一息ついて、柱に書かれた駅名を見る。ここは昔はよく営業に来ていた町だが、そういえば最近はとんとご無沙汰だ。


「……あの駅前ビルのゲーセン、まだあるのかな」


ふと、かつて通っていたゲームセンターのことを思い出した。確か、駅の窓から見えたはずだが……。


「おっ」


見覚えのないビル群に、美しく整備された駅前広場。景色はすっかり変わってしまっていたが、駅のすぐ正面にある四階建ての古ぼけたビルは、まだそこにあった。その三階と四階の窓に分かれて書かれた「ゲーム」と「センター」の文字を目にすると同時に、この店で初めてクリアしたゲームや、もう十年以上会っていない常連たちの顔が浮かんできた。


「ちょっと寄ってみるか」


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目的のゲームセンターは、この小さなビルの上階部分に入っていた。一階と二階は昔からずっとパチンコ店で、入店するためには脇の入口から三階への直通階段を上がらなければならない。昔はこの階段も楽々と昇れていたが、この歳になるとかなり息が切れる……。


「……ああ、そうか。ここもそういう風になったか」


階段を昇ったところに貼り出されているフロア案内図を見て、呟く。


-3F プライズゲーム-

-4F メダルゲーム-


かつて、この狭い店内にぎっしりと敷き詰められていたビデオゲーム筐体の数々はその姿を消していた。


それはそれで残念なことではあるが、実を言うと、私はこういうゲームセンターも好きだ。プライズゲームもメダルゲームも、ビデオゲームとはまた別の楽しさがあるからだ。


「メダルは……ここでやるのはマズいか」


もしここで勝って大量にメダルを獲得してしまったら、使い切るのにどれぐらいの時間がかかるか分からない。かと言ってカウンターで預かってもらっても、平均的な預かり期間である一ヶ月以内にまたここに来られるとは限らない。


……いや、どちらにしても皮算用なのだが。


「よし、今日はプライズの日だな」


指針を決め、まずは店内のプライズ機を見て回る。


やはり定番中の定番であるセガのクレーンゲーム『UFOキャッチャー』シリーズを中心に、ぬいぐるみや箱入りのフィギュアを景品としたものが多いようだ。


昔のクレーンゲームといえば見下ろしてプレイする物がほとんどで、景品もカプセルトイが多かった。それを目線の高さに持ってきた上、目立つぬいぐるみを景品にしたというのは、プライズゲームの歴史としては圧倒的にエポックメイキングな出来事だったと言えるだろう。発売から三十年が経った今でも、こうしてジャンルのトップに君臨しているというのは実に凄いことだ。


「なるほど。ずらして取るタイプ、か」


UFOキャッチャーの中を覗いて、仕組みを理解する。


かつては景品を持ち上げて穴に落とすタイプが主流だったが、今はアームの力が弱く設定されているものがほとんどで、持ち上げるのではなくアームの開閉動作を利用して、景品を少しずつ穴までずらして落とすタイプが多い。


つまり、最初から1コインで景品が取れないことが前提というわけだ。


あまり良くない改良のように聞こえるが、百円でホイホイ景品を取られてしまってはゲームセンターとしては商売にならないし、ほんの十数年前までは「景品が穴に落ちかかっているように見えるが、実はマジックテープで地面に接着している」という詐欺まがいの配置がまかり通っていたことを考えれば、随分と親切になったものだ。


もっとも、これには近頃のゲーセン不況によって、真っ当な配置をしているメーカー直営のゲームセンターばかりが生き残ったという理由もあるだろうから、素直に喜んでいいものかどうかは悩ましいところではあるが……。


「ううむ、こういうのも悪くはないんだが……」


景品がどうしても欲しいというのなら話は別だが、残念ながらこの店のぬいぐるみやフィギュア自体には特に思い入れがない。興味があるのは「取れたか、取れなかったか」だ。そうなると、1コイン入魂を座右の銘とするゲーマーとしては、やはり負けると分かっている勝負に百円を投入するのは少々抵抗がある。


「1コインで勝ち負けが決まるものといえば、景品は小物になるか」


小物のプライズとは、つまりキーホルダーやストラップである。


これらは『UFOキャッチャー』系のクレーンで救い上げるには小さすぎるため、また別の専用筐体が存在する。代表的なものはバンプレストの『コンビニキャッチャー』シリーズや、セガの『UFOあらかると』シリーズだ。


「コンビニキャッチャーデラックス……♪」


かつてテレビで流れていたCMソングを口ずさみながら店内を探索するも、件の筐体は見つからない。


「ここには無いのか……。お、『UFOあらかると』はあるみたいだな」


店の一番奥……コカ・コーラの自動販売機の隣に一台だけ『UFOあらかると2』が設置されている。よし、これに決めた。


「玉は六つか。ギリギリのところを狙えば一発で落とせそうだな」


『UFOあらかると』は、景品がプラスチック製の小さな玉が連なって出来た紐の先に貼りつけられており、その紐が穴からぶら下がっているというプライズ機だ。


この紐をフォークのように先割れたアームで挟み込んで下の穴に落とすと景品獲得となる。アームは縦横に一度ずつ移動でき、ベストな位置で止められれば、一度に「玉」六つ程度を穴に向けて下げることができる……つまり、それが一発で景品を落とせるかどうかの目安となるわけだ。


「アームの開き具合は……初期設定のままか。実力勝負だな」


目標の景品……よく知らないアニメのキャラクターが描かれたストラップ……に目線を合わせる。狙うなら、それなりに高い位置にある景品が良い。アームの上昇速度はかなり速いので、低い位置の景品は狙いづらいのだ。


意識を集中してスタート……そしてストップ。

アームは見事に景品ぎりぎりの高さで止まった。


「よし、行けそうだ」


続いてアームの横移動。


これも縦移動と同様に景品が近すぎると狙いづらく、かと言って遠すぎると高さの目算が難しいので、中央付近の景品が狙いどころとなる。


深呼吸をして……アームを移動する。


まだだ……もう少し……よし!


「来たか!」


アームはぴたりと景品の真上で止まった。左右のアームが玉を挟み込み、景品ごとググっと下方へ降ろしていく。ガン、ガン、という小気味よい音と共に、一つ、また一つと玉が穴を抜け落ちていく。そして……。


「よしっ!」


最後の玉が穴から抜け落ち、筐体下部の出口から景品が姿を見せた。


「これは……今日は『行ける日』だな」


この『UFOあらかると』は動体視力と反応速度が非常に重要なプライズ機である。そのため、その日の体調によって「行ける日」と「行けない日」が存在する……というのが私の持論だ。


そして、せっかく『行ける日』なのだから、やるしかない。


私はポケットの財布から次の百円玉を取り出した。玉六つ以内の景品は、まだまだあるぞ。


「よし、次! また次!」


今日は本当に調子が良い。次から次へと景品が落ちてくる。これで早くも五つ目だ。


「……ん?」


その落ちてきた五つ目の景品が……なんとも不思議な代物だった。


少し厚めの青いプラスチック製の直方体。キャラクター物のストラップにしては妙に淡泊だ。不思議に思い、手に取って裏返してみる。


「景品No.5」と書かれている。


どうやら、交換用の札らしい。


……交換用?


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「………………」


店から出てきた私を、通行人たちが不思議そうに見つめていく。それはそうだろうなと思う。


「どうすりゃいいんだ」


現在、絶賛外回り営業中の私が両手で抱えていたのは、巨大なクマのぬいぐるみだった。


プライズゲームというものは欲しい景品があるから遊ぶものなのだなと、改めて理解した春の日であった。



-おわり-

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