九本目 『太鼓の達人』 長崎ハウステンボス、ゲームの王国にて

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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周囲360度、どちらを向いても遥か遠くまで続くオランダの街並み。


しかし、そこから少しばかり視線を上げれば、今度は雄大な九州の山々が目に入ってくる。このアンマッチさが、なんとも言えない世界を作り上げている。


「懐かしいな……」


私がここ、長崎ハウステンボスを訪れたのは高校二年生の修学旅行以来だから、かれこれ十八、九年ぶりだ。


「それにしても、ツイていたな」


ツイていた……その言葉には二つの意味が含まれていた。


ひとつは、長崎市内での大型案件の受注を決めたことで、長崎の営業所から数日のリフレッシュ休暇と、ここ長崎ハウステンボスの1DAYパスポートを授与されたこと。そしてもうひとつは……。


「休暇が『ゲームの王国』開催期間に重なるとは、本当にツイている」


『ゲーム王国』とは、2014年から長崎ハウステンボスが始めた企画の一つで、古くは世界初のアーケードビデオゲームである『コンピュータースペース』や、同じく世界初の家庭用ゲーム機『オデッセイ』から、新しきはPS4やヘッドマウントディスプレイ『Oculus Rift』まで、数々のゲームを取りそろえた展示会、兼、それらを実際に遊んで楽しめるという娯楽施設だ。


そして私は、ろくに長崎観光もせずに朝一番からここでひたすらゲームに興じていたというわけだ。


「『コンピュータースペース』筐体四色そろい踏み……本物の『オデッセイ』に『Atari 2600』……『アフターバーナーⅡ』ダブルクレイドル筐体に『ハングオン』……ああ、実に素晴らしい催しだった……」


『ゲームの王国』メインスペースであるゲームミュージアムを後にした私が余韻に浸っていると、不意に「ぐう」と腹が鳴った。


腕時計に目をやると、針は午後二時前を指していた。ううむ、ゲームに夢中になり過ぎて、昼飯をすっかり忘れていた。


「どれ」


入園時に受け取った地図を広げて、食事処の種類と場所を確認する。


「せっかくだから、長崎らしいものを食べたいな」


いや、わざわざハウステンボスまで来ておいて延々とゲームに勤しんでいた人間が今さら何を言うのかという話ではあるのだが。


「お、佐世保バーガーの店か。いいな、ここにしよう」


手にした地図上で、現在位置から目的地までの道順を目で追った。


「あの川に沿って歩いていけば辿り着けそうだな」


ハウステンボスのシンボルである、高さ105メートルのタワー「ドムトールン」を左手に見ながら、園内を流れる川に沿ってのんびりと歩いていく。佐世保バーガーまであと半分の道のり……というところで、川のほとりに何やら賑やかな絵柄の描かれたテントが立てられているのが目に入った。


「ん? ありゃ何の絵だ? ……ちゃんぽん? それから風車? ……の、コスプレをした和田どんと和田かつ? ……あっ!」


しまった。私としたことが、こんな大切なことを失念していたとは。


テントに描かれた和田どん・和田かつとは、バンダイナムコゲームス『太鼓の達人』のマスコットキャラクターだ。そして、川を挟んでテントの向かい側に見えるは、不自然に真っ白で平たい巨大な建物の壁面。


そう、ここで行われるイベントこそ、あの壁面をスクリーンとしてプレイする『3Dプロジェクションマッピング 太鼓の達人』なのである。


巨大スクリーンを使ったゲームプレイと言えば、『ゲームセンターあらし』や『ファミコンロッキー』を聖書として育ってきたゲーマーにとっては、死ぬまでに一度はやっておきたい憧れ中の憧れである。


「どれ……」


テントの中を覗き込むと、中には二台の『太鼓の達人』筐体が鎮座しており、受付の折り畳み式テーブルの向こう側に、係員らしきスタッフジャンパーを着た青年が一人。恐る恐る訊いてみる。


「あの、これ遊んでみたいんですが……」


「はい、どうぞ」


と、係員はテーブルの上にプラスチック製の抽選箱を取り出した。


「こちらのゲームは夜間のみ営業のため、プレイできる時間帯が限られております。そのため、この抽選で当選した方のみプレイしていただける仕組みとなっております」


にわかに緊張が高まる。まさかのいきなり大一番だ。こんなもの、貯め込んだラックの種でもあればハムスターの如く貪り食っているところだぞ。


「なお、こちらが当選カードになります」


そう言って係員が掲げた黄色い紙切れが、やけに神々しく見えた。


ええい、ままよ……と思い切って箱に手を突っ込む。


ガサガサとした感触……この中から、あの輝くイエローカードを引き当てるのだ。こう見えても私は、昔から「あ、これミミックかな?」と思って開けた宝箱はことごとくミミックだった男だ。あの時の感覚を思い出せば……あ、でも『マインドシーカー』は結局クリアできなかったな……。


「あっ……」


最後に余計な記憶が蘇ったのがいけなかったのか、箱の外に出てきた私の手が掴んでいたのは、なんとも悲しげな青いカードであった……。


「はい、当選おめでとうございます」


事務的に告げる係員の声。


「へ?」


手にしたカードをくるりとひっくり返すと、「太鼓の達人プレイヤー当選券 プレイ予定時間18:00~18:30」と書かれた黄色い裏面が姿を現した。


「なんだ。驚かせやがって」


安心したせいか、また「ぐう」と腹が鳴った。


よし、佐世保バーガーを食って、本番に備えるとするか!


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「話には聞いていたが、凄いイルミネーションだな」


『ゲームの王国』と同じく……というより、現在の長崎ハウステンボスにおける一番の花形イベントであるイルミネーション『光の王国』。午後五時半を過ぎたあたりから、徐々にあちこちからLEDの輝きが現れ始め、陽が沈む頃には辺り一面がすっかり光の世界となっていた。そして、ライトアップされ虹色に光る川のほとりを歩きながら、私は決戦の地へと戻ってきた。


「おお……」


昼間は単なる真っ白なキャンバスだったあの壁面に、荘厳なまでに巨大な『太鼓の達人』が出現していた。


中央には元の建物の形状を活かしたプロジェクションマッピング、その左右には筐体二台分のプレイ映像が投影されている。


その大きさ、53メートル×11メートル。まさしく世界最大の『太鼓の達人』だ。


「これ、お願いします」


早速テントの中に入って当選カードを係員に渡すと、二台のうち左側の筐体、その2プレイヤー側に案内された。


「よろしくお願いしますねー」


と、気さくに話しかけてきたのは、先に1プレイヤー側に待機していた女性だ。


「あ、こちらこそよろしくお願いします」


一方、右側の筐体には大学生ぐらいの双子の兄弟が待機しているのが見えた。四人が揃ったところで、係員が説明を始める。


「この『3Dプロジェクションマッピング 太鼓の達人』では、四人で同じ曲を演奏してもらいます。皆さんの合計スコアが高ければ、中央の建物に何か変化が起きるかもしれません。がんばってくださいね!」


なるほど、四人同時プレイかつプロジェクションマッピングとの連動もあるのか。ただ単に大きな『太鼓の達人』というわけではないのだな。


「どの曲にしますか?」


1プレイヤー側の女性が、係員から預かった曲目表を手に尋ねてきた。二人の大学生兄弟と一緒にそれを覗き込む。


アイドル、アニソン、クラシックにゲーム……どうやら、ラインナップはこのイベント独自のものらしい。オフラインだから、バナパス(バンダイナムコゲームス発行のIDカード)も使えなさそうだ。個人的には『源平討魔伝』BGMのアレンジである『KAGEKIYO』を選びたいところだが……。


「四人とも知ってる曲がいいですよねー」


「あ、ええ。そうですね」


女性の意見が圧倒的に正しかった。


「あ、『TRAIN-TRAIN』どうですか?」


「分かります」


「いいですよ」


兄弟が同時に頷きながら答える。


「ええ、それで」


続けて私も了承する。


ブルーハーツか、懐かしいな。


「それでは、行きますね!」


1プレイヤーの女性が、太鼓の縁(ふち)をカツカツと叩いて曲を選び……見た目によらない力強さで皮を叩いて「決定」の音を響かせた。


「……っ!」


思いのほか大きな音響がハウステンボスに響き渡る。


「行きますよー!」


なんだ、この女性は。構え方が「ガチ」だ。よく見れば難度も一人だけ「むずかしい」だ。これは……負けられない!


いや、「ふつう」を選んだ時点で負けているのだが!


「ハァッ!」


譜面に合わせて力強く太鼓を叩いていく。


おお、これは……思っていた以上に爽快だぞ。


屋外の開放感と、いつものゲーセンとは比較にならない大画面と大音響。おまけにギャラリーの数が半端ではない。同じゲームでも、スケールが変わるとここまで違うものか。


「あ、見てください! まんなか!」


言われて左右の画面に挟まれた中央の建物を見る。おお、壁に大きなヒビが入っている。これもプロジェクションマッピングか。


「もうちょっとですよー!」


いよいよ曲が終盤に差し掛かる。サビ前の四連打で、四人の動きが完全にシンクロした。


そうだ、これは協力プレイだ。


たまたま、このハウステンボスで出逢った見知らぬ旅人四人が、こうして一つの目標に向かって挑んでいるなんて、なんとも楽しいじゃないか。


「……っ! どうだ!」


曲が終わると同時に、四人の視線が中央の建物へ集中する。


ヒビが建物中に広がり……ついに崩れ落ちた壁の中から、長崎名物・カステラのコスプレをした巨大な「和田どん」が姿を現した。


「やりましたよ!」


大喜びする隣の女性と、勢いでハイタッチをする。

奥の兄弟も笑いながら和田どんを指さしている。

みんなでやり遂げた一体感。


なるほど。

そりゃあ楽しいわけだ。ゲームというものは。



-おわり-

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