八本目 『ディフェンダー』 夜の電気街、レトロ洋ゲー専門ゲームセンターにて
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※この物語は、おそらくフィクションである。
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「……世の中、どうしてこんなに寒いんだろうか……」
答えは分かりきっている。
冬だからだ。
1月も中頃になるとすっかり正月気分も抜けきってしまい、そこに残っているのは、ただひたすらに寒さに耐える外回りの日々だけだった。
今日の仕事を終えてすぐに胃に流し込んだネギラーメンも、腹の中ですっかり熱を失ってしまった。
夜の電気街……その静寂に包まれた裏通り。コートに首をすぼめながら、吹き抜ける寒風をその身に受けつつ地下鉄の駅を目指して歩く。
「ん? ありゃあ、なんだ?」
進行方向左手に見えたのは、この裏通りには珍しく、店の外にまで客の溢れている活気ある様子だった。
「一体、何の店だ? ……というか、こんなところに店なんてあったか?」
電灯の少ない通りに、ぼんやりと浮かび上がる赤いネオンの光。BARか何かだろうか……と近づいてみると、そのネオンは意外にもよく見知ったロゴマークを形作っていた。
漢字の「小」の字を描くように伸びた三本線。
老舗のゲームメーカー「ATARI」のマークだ。
「ATARI……? あのATARIか?」
首を傾けてガラスの向こうの店内を覗き込むと……そこには、俄かに信じがたい光景が広がっていた。
お世辞にも広いとは言えない、細長い敷地の店内。その左右の壁面にぎっちりと並んだ、いかにも年代物といった佇まいのアップライト筐体たち。そして、それらに群がる……これまたびっちりと狭い通路を埋め尽くす人、人、人。その様子、満員電車の如し。一体これは何事だ。なんだかよくわからんが、とにかく”熱”のある空間であることだけは確かだ。
がらりとガラスの引き戸を開いて店内へ足を踏み入れた私を、さらなる衝撃が襲った。
「ハ……ハンドル仕様コンパネの『ペーパーボーイ』!? あっちのは『ゲームセンターあらし』にも登場した『ディフェンダー』! あれに見えるはまさか……純正筐体の『ミサイルコマンド』!?」
このラインナップ、私がまるでテリーマンか雷電かという解説をしてしまうのもやむなしだろう。一体、なんなんだここは。
天国か?
天国だ。
ATARIか?
大ATARIだ。
ここは果たして本当に21世紀のゲームセンターなのか。それとも、仕事に疲れて夢でも見ているのか。
「夢にしてはリアルだな……。これは是非とも、1コインを投入して夢か現か確かめる必要がある」
と言い終わるより早く、私は人ごみをかきわけて『ディフェンダー』に百円硬貨を投入していた。
「これがあの『ディフェンダー』か……」
ウィリアムズ社の『ディフェンダー』と言えば、元祖横スクロールシューティング。コナミの『スクランブル』と並ぶ古典タイトルだ。以前から、是非一度……いや二度三度とプレイしたいと願っていたゲームの一つである。張り切ってスティックを握った私は……猛烈な違和感を覚えた。
「あれ? このゲーム、たしか任意の横スクロールシューティングのはずだが……」
かちゃかちゃとスティックを動かしてみる。やはりだ。
やはり、「縦」にしか動かない。
一体、これでどうやって左右にスクロールさせるというのだ。と、不思議に思いながら今度はボタンに目をやると、こっちはこっちでまた別の驚きがあった。使用するボタンの数、なんと5つ。対戦格闘ゲームならともかく、シューティングゲームで5つはちょっとばかり多いんじゃないか。
「こんなにたくさん、いったい何に使うんだ……?」
そんな疑問を持つプレイヤーが多いのか、各ボタンの横にそれぞれ用途が書かれたシールが貼られていた。
「えーと……基本攻撃の『レーザー』、いざという時の『ボム』、自機の『左右反転』に『ワープ』? それから……あ、『加速』ね」
なるほど、左右への移動はこの『加速』ボタンで行うというわけか。それにしても、なんというか随分と煩雑だ。この辺りのまだ洗練されていない感じがなんとも黎明期のゲームだな……などという私の賢しい感想などは、いざゲームが始まった瞬間にどこかへ吹き飛んで行ってしまった。
「おお……」
つい声が出てしまった。
それほどまでに衝撃的な映像だった。
決してドットでは描けない美しい斜線と、ベクタースキャンならではの滑らかなスクロール。そして何より、自機から次々と放たれる七色のレーザーの美しい軌跡に、私の目は完全に釘付けになった。
ううむ、ネット上の動画で観るのと実際にプレイするのとでここまで違うものか、ベクタースキャンのゲームというものは。
「……っと、しまった」
美麗な映像に見惚れている間に、すっかり敵機と敵弾に囲まれてしまった。上手く操作すれば抜け出せそうではあるが、まだまだ加速の加減もよく分かっていない習熟度だ。
「ここは無理に危険を冒さず……一発、ボムをかましておくか」
5つのボタンを手探りし、見つけたボムボタンを押し込んでみる。直後、画面がフラッシュし、自機を取り囲んでいた敵機たちが一瞬にして無数の光の粒子と化し、それはたちまち円形に広がっていった。
デジタルの夜空に映る無機質で澄んだ花火。これがシューティングゲーム史上、初めてのボムが生み出す景色か。なんとも言えぬ感動がある。
「なんて見惚れているから……」
気付けば、再び敵機に囲まれている。
「もう一度ボム……」
ちらりと、画面左上に表示されたボム残数に目をやる。あと二発しかないのか。できるだけ温存していきたいな。となれば。
「ワープ、やってみるか」
好奇心もあり、今度はワープボタンを押してみる。すると期待通りワープ航法にて危険地帯を見事に脱出した我が自機は、また別の敵機たちが待ち構える宙域に出現、瞬く間に爆発四散の憂き目にあった。
「ううむ、どこに出られるかは分からないのか……なかなか挑戦的なシステムだな」
それから続けてプレイしていくうち、全体マップによる現在位置の把握、左右反転を使った敵機との位置取り、さらわれる人々を救出できたか否かにより上下する難度など、実に奥深い楽しさを秘めたゲームであることに気付かされていった。
その楽しさの中には、現在のシューティングゲームに受け継がれたものもあれば、切り捨てられたものもあった。5つものボタンと上下にしか動かないスティックは、きっとたくさんの楽しさを試行錯誤した証なのだ。
「凄いもんだ……まさにゲームの歴史だな」
改めて店内のゲームたちを眺めた。
大きなロケット噴射レバーが目を引く『ルナランダー』。左右に転がすムーブローラーでアクションとシューティングの二役をこなす『メジャーハボック』。フラフラと、ぎこちない動きを再現した自転車のハンドルで操作する『ペーパーボーイ』。
まだ現在のようなスティック+ボタンというビデオゲームの汎用操作系が確立されていなかった時代の、自由なアイディアに満ちたゲームたちだ。そこにはもちろん多少の欠点もあったが、それ以上に人を驚かせ、楽しませる大きな魅力があった。
「……しかし、ありゃなんだ?」
気になったのは、『ディフェンダー』の隣にある『720°』というゲーム。
スケボーに乗った少年を操り、空中で様々なトリックを決めて得点を稼いでいく……というゲームのようだが、とにかくプレイヤーの操作が奇怪だ。
キャラクターを動かしているのは見慣れたジョイスティックなのだが、何故だか”斜め”に刺さっている。しかも、その刺さった土台がターンテーブルのようにグルグルと回転する仕組みになっているのだ。
……と、眺めているとキャラクターが飛び上がった。途端に、ジョイスティックを土台ごとグルグルと回し始めたではないか。その回転に合わせて、スケボーも回る。グルグル回る。
なるほど、キャラクターの動きと操作の一体感を出すためのアイディアか。
それはいい。
それはいいのだが、なんというか、プレイヤーの動きが……。
「まるで碾き臼だな……」
思わず呟いてしまったその一言に、入口カウンターの向こうに居た髭面の店員らしき人物が反応した。
「碾き臼か。そりゃいいな!」
「あ、すみません。つい……」
「いやいや、こういう変なコンパネも含めて面白いのがATARIのゲームだから!」
と、大声で笑った。
「なるほど……。それにしても凄いラインナップですね。普通ならどれも博物館行きだ」
「まー、自慢じゃないけどアメリカ本国でもレアな筐体は多いね。どれも年代モンでいつぶっ壊れるか分かんないから、すぐに修理できるように、こうやって一日中張り付いてやんなきゃいけないんだよ」
「一日中ですか! そりゃあ、大変だ」
「そ。アーケードゲームの保存ってのは本当に大変なんだよ。お金はかかるし人手は要るし、メンテナンスの技術もなきゃいけないし、たとえ修理できたとしても、交換するパーツがいつまでも生産されてるわけじゃないから自前で準備しなきゃなんないし。正直、今でもやっていけてるのが不思議なぐらいだよ」
そう言って、彼は苦笑いをした。
「だから、ウチの営業日は月に一回だけなの。それが今の精一杯」
精一杯とはまた随分な謙遜だ。これだけの数の骨董品に近いゲームたちを揃え、なおかつ現役で遊べるようにするなど余程の愛情が無ければ到底やれることではない。そして恐らく、その愛情の源は……彼の視線の先にある、子供のような笑顔でいにしえのゲームに挑むプレイヤーたちの姿なのだろうと、私は理解した。
「ゲームは遊んでナンボ、か」
ふと腕時計を見る。分かってはいたことだが、楽しい時間というものはこんなにも早く過ぎていくものか。そろそろここを出なければ終電に間に合わない。後ろ髪を引かれつつ店を後にする私の背中に、先ほどの店員の声が届いた。
「来月までには『スター・ウォーズ』修理しとくから、また来てよ!」
名作と名高いATARIの『スター・ウォーズ』だと…。
そんなことを言われてしまっては、また来月も遊びに来るしかないではないか。
「ゲーセンか……。ゲーセンだな、やっぱり。うん」
斜陽の娯楽と呼ばれて久しいゲームセンター。
だが、運営者と遊び手の努力と愛情次第で、まだまだいけるんじゃないのか。そんなことを考えながら歩く夜道は、もう寒くはなかった。
-おわり-
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