七本目 『妖怪ウォッチ2 元祖』 親戚の子供と、通夜振る舞いの席にて
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※この物語は、おそらくフィクションである。
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八畳二間の広々とした和室に、見知った顔が十五人ばかり並んでいる。
部屋の中央に置かれた大きなテーブルの上には、寿司からサンドイッチまで色とりどりの料理たち。私はその中から鮭入りのおにぎりを手に取り、一口食べたところで「ふう……」と小さく息をついた。
先週末に祖母が亡くなったとの報せを受けて会社を早引けしてから、今までずっとバタバタしっぱなしだった。やれ役所の手続きだ、やれ式の準備だ、やれ戒名はどうするだ、やれ通夜振舞いのコースはどれにするだ……。
もっとも、自分は喪主ではないし、規模の小さな家族葬なので、まだこれでも負担は小さい方なのだろう。
集まった親戚たちの顔を見て、みんなは本当に気持ちの整理をしてお別れはできているのだろうか……と、ふと思う。
自分は幸いにも寝ずの番をやらせてもらえたので、一晩ゆっくり祖母と一緒に思い出を振り返ることができた。……まぁ、その分、今になってこうして疲れが出てきているのではあるが。
「ごんちゃん、おつかれさま!」
丁度おにぎりを飲み込んだところに声をかけてきたのは、従姉妹の由里ちゃんだった。
「なんか、ごんちゃんと会うの久しぶりだね」
「うーん……十五年ぶりぐらい、かな」
「えっ!? そんなになる? そりゃあ、ごんちゃんも大きくなるわけだあ」
十五年前と言えばもう成人していたわけで、特にあれから大きくなったわけではないはずなのだが、やはり頻繁に会っていた子供の頃の印象が強いのだろう。
それにしても、そう言う由里ちゃんは本当に変わらない。自分より三つばかり年上のはずだが、持って生まれたその童顔と、昔から変わらない無邪気な喋り方のせいで、まるで子供のようにも見える。
「ほら、珀真(はくま)、お兄ちゃんに挨拶しな」
と、由里ちゃんが後ろに座っていた小学生の男の子を手招きした。珀真くん……たしか今年で八歳になる由里ちゃんの息子だ。数年前に離婚した旦那さんとは一度だけ会ったことがあるが、珀真くんと会うのは初めてだ。
「…………ん」
珀真くんはちらりとこちらを見ると、すぐに手元のニンテンドー3DSへと目線を落とした。お、初期型のコスモブラックか。
「こら、珀真。ちゃんと挨拶!」
由里ちゃんの注意にも特に表情を変えることなく、珀真くんは3DSを持ったまま立ち上がると、奥の和室の押し入れを開け、そのまま中に引きこもってしまった。
「もう。ごめんね」
と苦笑いすると、由里ちゃんは食事に戻った。まあ、知らない大人ばかりのこの空間は、子供にとっては居心地が悪かろう。それに、閉め切った押し入れの中でこっそりと遊ぶゲームが格別であることは、このおじさんもよく知るところだ。
……とはいえ、せっかくだからもう少し彼とお話をしてみたい。なにしろ、小学生ゲーマーと話せる機会などそうそうないのだから。
「ここはひとつ、天岩戸作戦で行くか」
私は部屋の隅に寄せていた鞄を開くと、入れっぱなしにしていたNEWニンテンドー3DS LLを取り出し、電源を入れた。それから数秒で、画面にばらばらとアイコンが並び始めた。さすがにファミコン時代のハードと比較すると起動に時間はかかるが、それでも旧3DSに比べれば格段に早い。
「さてと。来るかな?」
蓋を閉じ、スリープモードにして……しばし待機。
「………………お、来たな」
一分もしないうちに、本体の右上に小さな緑のランプが灯った。
すれ違い通信、成功だ。
すれ違い通信とは、近くのニンテンドー3DSを感知してプレイヤーデータなどをお互いに交換できる機能だ。さっそく「すれ違いMii広場」を起動し、やってきた珀真くんのMii(プレイヤーの分身)を我が3DSへと受け入れる。
ほう、名前は「はくまサマ」か。
・はじめまして!
・しねしねしねしねしねしねしねしね
・ぼくが最近 あそんだゲームは…
・妖怪ウォッチ2元祖
・それから…ぼく犬派なんだ
なるほど、コメントが分かりやすく小学生だ。さてと、相手のデータがこちらに届いたということは、逆もまた然りだが……。
「クッ……」
押し入れへと目をやって、思わず吹き出しそうになった。わずかに開いた襖の隙間から、こっそりとこちらを覗く視線があったからだ。私は3DSを前に出して、ひょいひょいと手招きをした。そして少しの間の後、珀真くんはのっそりとそこから出てきた。
「珀真くんはゲーム、好きなのか?」
「好き」
表情は相変わらず固いままだが、話には乗って来てくれるようだ。
「おっちゃんのやつ、NEW3DSだけど……触ってみるか?」
そう言って3DSを差し出すと、無言ではあるが興味津々といった様子で触り始めた。
「色々ゲーム入ってるから、好きなの遊んでいいよ」
その言葉を受けて、カチカチと画面上のアイコンを動かし始める珀真くん。
が、しかし。
「ん…………なんか、目が痛い」
とだけ言って、私に3DSを返却した。その時カーソルが合っていたのは、真っ赤な炎の中で雄たけびをあげるオオカミさん……『3D獣王記』であった。
そういえば、私の3DSのHOMEメニューはセガ3D復刻シリーズとバーチャルコンソールのレトロゲームで埋め尽くされていたのだった。どれも名作ばかりではあるが、いかんせん小学生を相手にした際の知名度・訴求力という点においては少なからず問題があったと認めざるを得ない。
気づくと、珀真くんは既に私のNEW3DSへの興味を失い、自分の3DSでゲームを再開していた。
弱った。どうしたものか。
「おっ」
私は、ふと珀真くんが脇に置いている透明なプラスチックケースに気付いた。中には、幾つかの3DSやDSのカートリッジが裸で収納されている。
「ゲーム色々持ってるんだなぁ。ちょっと見せてもらってもいい?」
珀真くんはゲーム画面を見ながら無言で頷いた。さっそくケースを開いて中身を見せてもらう。『ダンボール戦機』シリーズに、マリオやポケモンといった定番の任天堂タイトル……それらに交じって、個人的に意外だなと思ったゲームがあった。
「『ドラゴンクエストモンスターズ』リメイク版に、DS版『ドラクエ5』か……。珀真くん、ドラクエやるんだね」
「うん……なんかそれ、お母さんがめっちゃ詳しい」
なるほど。我々の世代は確かにドラクエのことをよく知っている。親がよく知っているゲームは子供に与えるハードルが低い、ということか。
「ところで、今は何のゲームやってるんだ?」
まぁ、先ほどのすれ違い通信でその答えは知っているのだが、話題のきっかけとするために敢えて訊いてみた。
「妖怪ウォッチ2」
流行り物ということもあり、一作目は私もクリア済みだ。ある程度なら会話も成り立つだろう。
「どこまで行ったんだ?」
「もうクリアした。これ、そのあとのダンジョン」
「ほう、すごいな。で、どの妖怪が好きなんだ?」
「フユニャン」
フユニャン……映画の前売り券に付いてきて争奪戦になったメダルの妖怪だな。
「フユニャンどう? 強い?」
「強い。でも、ここのボスの方が強い」
言われて珀真くんの3DSを覗き込むと、巨大な釣り針を持ったボスキャラと対峙しているところだった。
「確かに強そうだな」
バトルが始まると同時に、珀真くんの手にしたタッチペンがせわしなく動き始めた。
攻撃の指示、パーティーの入れ替え、アイテムの使用、必殺技の入力……とにかく操作が忙しいのが『妖怪ウォッチ』の戦闘の特徴だ。特にボス戦ともなれば無駄話をしている余裕などまったく無くなる。
私は弾んでいるんだかいないんだかよく分からない会話を一旦切り上げて、しばらく珀真くんの戦いぶりを見守ることにした。
「……………………」
攻撃、回復、ステータスアップ、入れ替え、攻撃、必殺技……根気強く戦い続け、戦闘開始から10分近くが経過したところで、ようやくボスの体力ゲージが半分を下回った。今のところ戦況は互角だが、とにかく持久戦だ。こうなると、アイテムの残数も気になってく……。
「珀真ー、そろそろ帰るよー。ゲーム終わってねー」
その無常な宣告は、いつの時代でも変わらず母親から発せられる。
「今……ちょっと無理……」
珀真くんは意識の半分をボス戦へ向けながら、どうにか返答した。
「もう。じゃあ、あと3分だからね」
制限時間という新たな敵の出現に、ますますタッチペンの動きが慌ただしくなる。しかし、コマンド選択式RPGのバトル……それも、一手一手に慎重さが求められるボス戦をそうそう早送りすることなどできない。
1分……2分……あっという間に3分が経ってしまった。
「ほらー、いつまでやってんの」
呆れた声で言いながら、由里ちゃんが珀真くんの腕をつかんで立ち上がらせようとする。
「あっ、由里ちゃん、ちょっと待ってやって」
「ん? どうしたのごんちゃん」
「これ、今保存できないとこなんだ。だからここでやめたら、きっと家に帰ってからまた最初からやり直すと思うよ」
「え、そうなの? ……珀真、あとどれぐらいで保存できるとこまで行くの?」
「こいつ……倒したら」
「あと5、6分てとこかな」
ボスの残り体力ゲージを見て、私が補足した。とは言ったものの、見たところ戦況は五分五分。もしここで負ければ、当然それはそれで最初からやり直しだ。何か私に協力できることがあればいいのだが……。
「ん?」
私はふと、あることに気が付いた。
「そのボスが持ってるでっかい釣り針……壊せないのか?」
「……あっ」
『妖怪ウォッチ』のバトルでは、攻撃したい相手をタッチペンで指定することができるのだが、巨大なボスが相手の場合、さらに特定の部位を狙って攻撃・破壊することで戦いを有利に運ぶことが可能なのだ。珀真くんはすぐさまボスの武器である釣り針に照準を合わせた。
「よしっ、これで行けるか……!」
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「……ダメだったな」
残念ながら、釣り針はボスの弱点ではなかった。
戦いに敗れた珀真くんは、小さく頷いて3DSの電源を落とした。ううむ、やはり、私も『妖怪ウォッチ2』をプレイしておくべきだったか。
「それじゃ、また明日ね、ごんちゃん。ほら珀真も」
「……ばいばい」
「おう、また遊ぼうな」
小さく手を振り、二人は去って行った。
「……子供はいいな」
子供は一生懸命にゲームを遊ぶから、話をしていてとても気持ちがいい。
子供の頃は、誰もが何かのマニアなのだ。それが、成長するに従って新しい趣味ができたり、日々の生活に追われることで好きなことへの情熱を失ってしまったりする。
願わくば、珀真くんには大人になってもずっとゲームが好きでいてほしいものだ。
「…………あっ」
私は、またあることに気付いてしまった。
「スリープモードにすればよかったのでは……」
-おわり-
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