六本目 『ツイスター』 大阪・アメリカ村、ピンボール専門店にて

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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「独特の、どこか地に足のつかない浮ついた雰囲気……この町は変わらないな」


アーティスティックにぐねぐねと折れ曲がったカラフルな街灯を見上げながら、私は呟いた。


ここは大阪、ミナミのアメリカ村……通称アメ村。道頓堀を観光の街、日本橋をオタクの街とするなら、ここはさしずめ若者の街だ。


……とは言っても、私のように若い頃から「日本橋」が似合う人生を送ってきた人間にとっては、折れ曲がった街灯も、壁に描かれた派手なグラフィティも、大きなサングラスに首から金のネックレスを下げた若者たちも、むやみに長いソフトクリームの売店も、すべてが縁遠く、どこか近寄りがたい存在だ。仕事でなければ、進んで足を踏み入れようとは思わない土地だと言えた。


その空気は三角公園の周辺になると一段と濃くなり、向かいのファッションビルなど、前衛的でこじゃれた洋服や靴を売る店や、見たことも聞いたこともないアジア映画の特集上映を行うミニシアターなどが入っており、いかにもな世界が広がっている。


「……完全なるアウェイだな」


正直、ここで粘って営業を続けてもまったく受注を取れる自信が無い。


「まあ、来る前から分かってはいたが……やはり場所を変えるか」


と、きびすを返した一瞬、視界の端に何やら自分の興味をそそるものが映った気がした。


「ん?」


視線を戻すと、レトロなデザインのピンボール台の写真を中心に据えた看板が、ファッションビルの天井からぶら下がっていた。


「祝・開店『アイアンボールワールド』……ほお、今時ピンボール専門店とは珍しいな。ちょっと寄ってみるか」


看板によると、このビルの二階に店舗が入っているらしい。私は、側面がスケルトンになったコシャクなデザインのエスカレーターに乗り込み、吹き抜けを周回するように螺旋を描きながら上階へと昇った。


「なるほど、こういう形式か」


そこには入口然とした扉はなく、受付のカウンターを境界線として三十台ばかりのピンボール台を配置したオープンスペースとなっていた。


ピンボール台の電飾を強調するために落とされた照明が、店の敷地を明確にするのに役立っている。


「なかなか雰囲気、あるじゃないか」


受付カウンターの上には店員イチオシ台の手描き解説書が並んでおり、脇には瓶コーラが幾つも収められた小さめの冷蔵庫と、これまた小型の両替機。


見た目以上に奥行きのある店内は、歩みを進めるほどに外界の音と光が薄れてゆき、代わりに台から発せられる電子音と電飾とが、次第に存在感を増してくる。


「うずうずしてくるな……」


店の最奥は大きく開けており、その中央に立つと店内の様子が一望できた。入口付近には『アベンジャーズ』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』『スタートレック』といった、比較的最近のハリウッド映画を題材にした台が多く設置されており、奥へ行くほど年代を遡っていく配置となっていた。


解説書によると、最も古い台はなんと60年代のものだと言うから驚きだ。ほんの一部とはいえ、ピンボールの長い歴史が集約されたこの空間に立っていると、ちょっとした時間旅行者の気分になる。


「……おっ」


カツン、という心地よい金属音が耳に届いた。


どうやら、私以外にも客がいるようだ。音のした方へ目を向けると……いかにもアメ村らしいというか……ファッション用語に明るくない私の語彙では如何とも表現のしづらい…例えるなら『龍が如く』で神室町をうろついていそうな格好の若者たちが、熱心に左右のフリッパーを操作していた。


彼らが遊んでいるのは……。


え?


スーパーマリオ?


「いや、しかし……」


『スーパーマリオブラザーズ』を題材にしたピンボール台は確かに存在する。『どうぶつの森』シリーズに家具アイテムとして登場する青いピンボール台のモデルになっている物だ。子供の頃、百貨店のゲームコーナーで実物も見たことがある。


……しかし、これはどうもそれとは違う。


台は黄色いし、『マリオ3』のイラストが描かれているのにBGMは『スーパーマリオワールド』だし、脇に描かれたルイージやキノピオのパチモン臭はメイド・イン・チャイナ感に溢れている。一体これはなんだろう、海外用に作られたものだろうか。


「!?」


その時、彼らのプレイを見た私は自分の目を疑った。


通常、得点やフィーチャーの情報が表示されるプレイヤー真正面の液晶画面……なんとそこに、軽快にジャンプアクションを繰り広げるマリオの姿があったのだ。


しかもどうやら、プレイヤーのお兄ちゃんが左右のフリッパー操作ボタンでこのマリオを動かしているらしい。


「あ、いや、そりゃあマリオと言えばそういうゲームだが……それにしたって、なんて無茶なシステムだ」


これはどうやら、後でじっくり調査してみる必要がありそうだ。私はひとまずその場を後にして、他の台を見て回ることにした。


「『Hook』、『リーサルウェポン』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に『スター・ウォーズ』……やはり映画の台が多いな」


各々の台から流れてくるテクノ調にアレンジされた映画のテーマ曲は、もしもこれらの作品が当時ゲーム化されていたら……という妄想をかき立ててくれる。


「色々あるもんだな……と、これは『ツイスター』か。確か大竜巻を題材にしたディザスター・ムービーだったか」


昔、観た覚えはあるが内容はあまり記憶に無い。そんな特に思い入れの無い映画のピンボール台に私が注目したのは、台の上部に小さな扇風機が鎮座していたからだ。


「もしかして……回るのか?」


吹きすさぶ強風に足を踏ん張りながらフリッパーを弾く……なんともワクワクするじゃあないか。はやる気持ちを抑えながら、ちゃりちゃりと財布から百円硬貨を取り出す。コインシューターに硬貨を投入すると、台に灯りがともった。


「いくぞ……!」


銀の鉄球が装填され、いざプレイ開始だ。


いや、プレイ開始……なのだが。


「………………」


いつまで経っても風が来ない。見上げると……確かに扇風機は回っていた。


だが。


「『超』がつく微風だな……」


これで災害が起きるというなら、毎年、春一番で日本は壊滅だ。整髪料で固められた頭髪にそよ風を浴びながら、黙々とフリッパーで鉄球を打ち返す。


ううむ、ピンボール自体は楽しいのだが、なんというか……これだけ種類のある中からわざわざ『ツイスター』を選んだ意味が早くも無くなってしまったというか……。


「っと!」


突然、ボールの軌道が変化した。慌ててフリッパーを動かすも、ボールは見事にその脇をすり抜けて行ってしまった。1ミスだ。


ただの鉄球が変化球と化したのは、フリッパーの左奥に見える回転する床……いわゆる『スピナー』の効果によるものだ。ちなみに『ツイスター』ではスピナーに竜巻のイラストが描かれているが、他の台……例えば『TMNT』なら、主人公の好物であるピザが描かれていたりと、デザイン面の工夫が楽しめるポイントでもある。


「気を取り直して」


改めて、ハンドプランジャー(ボールを打ち出すバネ)を引っ張り、プレイフィールドに二球目を送り込む。勢いよく飛び出したボールは絶え間なくバンパーに弾かれ続け、瞬く間にスコアを伸ばしていく。


が、ここで再びボールがスピナーの上へ。


祈り虚しく、またもボールはフリッパーの隙間めがけて軌道を修正した。こうなると、もうフリッパーの動きだけではこのボールを救うことはできない。


となれば……やるしかないだろう。昔、テレビで上手い人のプレイを見てから一度やってみたかった、台揺らし!


「おりゃア!」


両腕に目いっぱい力を込め、ガコンと台を震わせる。それにつられて、一瞬ボールも震えた。……が、しかし。結局ボールはお決まりのルートを通って視界から消えてしまった。


やはり、見様見真似ではダメか。


「……次がラスト、か」


気を引き締めて、最後の鉄球を送り込む。激しく飛び出したボールはひとしきりプレイフィールド内を飛び跳ね、バウンドを繰り返した後、再び問題のスピナーの上へ。今度こそ弾き返す…そう思うと、自然と両腕に力がこもった。


「ん……?」


ボールが落ちて……こない。


「なんだこりゃ…!」


視界に映る、衝撃の光景。


ボールがスピナーの中心……言うなれば「台風の目」にピタリと張り付いたまま動かなくなってしまったのだ。


と、その直後。


突然フィールド内に次々と新しいボールたちが自動的に送り込まれてきた。


一体何が起こっているというのか。


私の理解が追いつくのを待たず、増殖したボールたちはフィールドを降下し、台風の目となった最初のボールに一つ、また一つと吸い付いていった。


「これは……磁力か?」


ようやくカラクリに気付いた次の瞬間、今度は無数のボールたちを乗せたままスピナーが高速回転を始めたではないか。


「おい、まさか……」


台風による暴風は、それ自体の危険度もさることながら、その強い風によって吹き飛ばされた看板や自転車などにぶつかってしまう事が非常に危険であるとされる。


つまり何が言いたいのかといえば。


「やっぱり!」


猛スピードで回転するスピナー。唐突にその磁力から解放された総数六個もの鉄球たちが、溜めに溜めこんだその遠心力を推進剤とし、爆発的な勢いでプレイフィールド内へと散らばった。


「なっ! おいっ……どれを……!?」


複数のボールを目で追いかけようとしたせいで、ボール一つ一つに対する集中力が散漫となり、結果……一球、また一球とフリッパーの隙間へと転がり落ちていく。


「くそっ、これだけはなんとしても……!」


その気合いだけが空回り。最後のボールは、おかしなタイミングで空振りしたフリッパーの下へと潜り込んでいってしまった。三球消滅、これにてゲームオーバーだ。


私は、思わず不甲斐ないプレイを演じた我が両腕を見つめた。


ううむ、自分がここまでピンボール下手だとは。割とショックである。


「……………………」


その時、ガツン! と、突然なにかが弾けたような轟音が『ツイスター』台から鳴った。


「!? ……まさか、どこか壊しちまったか?」


どうしよう。とりあえず、店員を呼んで……。


「それ、もっかいできるで」


店員を探すために台を離れようとした私に声をかけてきたのは、先ほど『スーパーマリオ』台を打っていた若者だった。


「え?」


「ゲームオーバーになった後な、クレジット追加の抽選があるねん。ほんで、今のが当選した音。びっくりするやろ、めっちゃ音でかいから」


そう言って、まだ少し幼さの残る笑顔を見せた。


「へえ、それは知らなかった。ありがとう」


「あとな……台揺らしやけど、もっと早よ揺らした方がええで。揺らすっちゅうか、台をずらしてボールの軌道自体を変えてまう感じで」


「なるほど……確かにその方が合理的だな」


「やろ? あとな、この台のフィーチャーやけど……」


なんというか、思っていたよりも人懐っこい性格のようだ。


……そうだな。いくら自分の趣味とは縁遠いアメ村と言っても、そこで生活しているのはやはり普通の若者なのだ。かつて、自分も若者の一人であったし、『ツイスター』の扇風機だって、決して見た目通りの働きはしなかったじゃないか。


「そういえば、さっき向こうの『スーパーマリオ』をプレイしていたようだけど……」


「あ、興味ある? ほんなら、これ終わったらやりに行こか。オレ、昔のマリオは知らんけど、あのピンボールはようやってるねん。色々教えたるわ」


「それはありがたい。是非、よろしく」


「なんやオッチャン硬いなぁ。こっちこそよろしゅう!」


近寄りがたいと思っていた「若者の街」が、少しだけ身近になった気がする…そんな一日だった。



-おわり-

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